第三十二話「一転攻勢:中編」
サラとジョージが嫌味を言いあった大部屋、
そこには今、多くの穴が開いていた。
その部屋の中には肩を激しく上下させ、
顔には滝のような汗を滴らせながら佇むリリーがいて、
「はあ、はあ」
荒い呼吸で無理やり体に空気を送り込む彼女が見つめる先、
いくつもある瓦礫の穴のうち二つから一人と一体が顔を出した。
もっともその一人すら人なのかも怪しいが。
光沢のない石炭のような真っ黒の体表、腕が剣のような形状をしている
2m近い人間の男性のような体をしている頭のない化け物と、
体中に明るい水色の管を浮き上がらせた背の高い水色髪の男が
ゆっくりと歩いてくる。
化け物は叩きおられた片腕の剣を元に戻しながら
水色髪の男、アダムは通常の人なら曲がってはいけない方向へ曲がってしまった首と千切れた腕を再生しながら
少しずつリリーの方へ歩み寄っていく。
「無駄だ。あんたじゃ俺を倒せない。」
静かにそう言い放ち、歩を進めるアダムは
息も絶え絶えのリリーに向かって踏み込んだ。
一歩で飛び込み、間合いに入る。
リリーの動きのキレは一目で見て、悪くなっていることがわかる。
その顔の真横で、アダムの右ストレートが風を切り裂き、
彼女の傷だらけの顔にさらに傷を増やしていく。
そこからくる左フックを顔を後ろにやって躱すと
またアダムの右ストレートが彼女の顔にまっすぐ飛んできた。
それをリリーは何とか手を前に交差させて、防御するも、
その衝撃で後ろにズルズルと下がらされる。
そこへまたアダムが踏み込もうとしたその時、
その部屋の壁が破壊され、誰かが入ってきた。
床にちらばる瓦礫を踏みつぶしながら
中に入り、周りを見渡す。
「ルーカス」
リリーが彼の方を見て、名を呼ぶと、必然的に
彼もそちらを向いた。
「ケッコウ大変そうだな、アンタも」
顔や手に黒い管が浮き出たままの彼は周りを見渡す。
化け物とアダム、リリーをゆっくりと見て、
まるで見定めるかのようにじっくりと見始めた。
「へえ、そういうことなのか」
ルーカスの目にアダムが止まった時、
また彼は口を開いた。
「俺の水色版ってことなのかな?」
そのアダムも驚いたような顔で彼を見ていた。
「!?」
予想外の何かが出てきたような反応を示す。
驚いて言葉も出ないと言った顔だったが、
次第にその顔に怒りが戻ってきていた。
アダムがリリーからルーカスに目線を移す。
しかし、彼が跳びかかる前に両手が剣の化け物が
ルーカスへ跳びかかっていた。
「アァ?」
跳び上がり、振り下ろされる巨大な剣。
それをルーカスは軽々と手で掴んで受け止めた。
「アンタぁ、ジャン君かな?」
ルーカスの右手が固く握られる。
「お」
ルーカスの方を向いていたアダムは何かを叫びながら
彼の方へ走ろうとしている。
だが、
化け物には右拳が、
そして、目の前にいる相手を忘れた
アダムには右足による蹴りが同時に叩きこまれ、
彼らが同じ方向に吹き飛んで、また新しい風穴を作った。
ドオン!
という音を立てて、二人はまた屋敷を壊す。
しかし、パラパラと落ちる瓦礫を肩や体に乗せながら
二人はまた現れた。
体に何も異常はないらしく、
それぞれ相まみえる。
二組のうち、
まずぶつかったのはルーカスたちだった。
およそ理性の感じられない化け物はただただ走り、
ルーカスへと近づいていく。
間合いにとらえて、両腕をふるうが、
ルーカスの動きに翻弄されることとなった。
横に振った剣はしゃがまれ、軽く飛び越えられ、
縦に振った剣は半身になって避けられる。
近くにいるのにルーカスに剣が当たる気配がない。
そのことに焦ったのか化け物の剣を振る速度が上がり、
それと比例するように動きが乱雑になっていく。
それを彼は楽しそうに避けていた。
一方、リリーとアダムは
アダムの果敢な攻勢をリリーが受ける形になっていた。
アダムの綺麗な右左の拳をリリーが、手を使いながら自身の体を
腕の外側へ移動させて、捌く。
その外側からリリーは右足の前蹴りを放つが、
「!」
その蹴り足をアダムはもう片方の手でつかんでいた。
「ふん!!」
手に力が入り、その怪力がリリーの足を持ち上げようとする。
リリーの体を叩きつけ、投げ飛ばそうとするアダムだったが、
リリーはアダムの怪力によって固定された足を軸に回転した。
左足が上がり、それが後頭部をとらえる。
バシン
と蹴りが入り、
更に、アダムの腕を抱え込みながら、左足に体重をかけていく。
左ひざ近くでアダムの顔を地面へ押し、
持たれた右足で腹を横に払うようにすることで、
二つの足が円を描いた。
その円運動にアダムは逆らえない。
(一体何が!?)
何が起きているかわからないアダムはなすがままに
頭を床へ叩きつけられることとなった。
その頃、剣を振り回す化け物の攻撃を
縄跳びでも飛んでいるかのように遊び半分で避け、
バカにするような笑みを浮かべていたルーカス。
焦ったのか派手な大振りで剣を振り下ろす化け物の一撃は轟音を鳴らしながら、
床に大きな割れ目を作るがそれをルーカスは軽く半身になって避け、
後ろへ回り込んだ。
ツンツンと
背中をつつき、あざ笑う。
急いで振り返った化け物が後ろへ向き直りながら振った横への剣も
軽く腕を抑えて止めてしまい、トンっと軽く背中を押し、化け物は前によろめいてしまった。
ルーカスは化け物を後ろから眺めるその顔には馬鹿にするような笑いが浮かび上がる。
そのルーカスの方を向き、化け物が両腕を振り下ろした。
バツ印を描くように切り裂こうと振り下ろされたその斬撃だったが、
今の彼にとってあまりに遅い。
(ハハ、ほんとにいいなあ!!)
化け物の腕が振り上げられた瞬間、彼は右手を腰元に置いた。
余りのスピード差に化け物は何も反応できず、
腕を振り上げたままの無防備な化け物の胸に
ルーカスの拳が突き刺さる。
黒く硬い化け物の体へいとも簡単に突き刺さり、
バキバキと岩を砕くような音がした後、
化け物の両腕から力が抜け、だらんと垂れた。
化け物が彼へと寄りかかる中
「?」
彼は化け物の中から何か予想外のものを感じ取るルーカス。
彼が不思議そうにしながらそれを引き抜くと、
出てきたのは、あのジャンという少年だった。
「へえ、コウなってんのか」
首を右手でがっしりと掴まれ持ち上げられているにもかかわらず、
生気のない目で遠くを見つめている少年。
ジャンは苦しそうに息をしながらも、彼にされるがままで
抵抗するそぶりも見せない。
それを見たアダムは、
「おい!!!!」
必死な形相で大声で怒鳴りながら暴れ始めた。
抱え込まれた腕を思いっきり動かし、
ミシミシと腕が嫌な音を立てる。
リリーにがっしりと抱えられて動かない右腕から血が漏れ、
肉が裂け、骨が悲鳴を上げる。
彼女は驚きながらも動かない。
その結果、アダムの腕は段々と千切れていった。
その顔には苦痛のくの字もない。
あるのは必死さだけだ。
アダムは完全に自分の右腕を引きちぎり、
再生させると暴れて拘束を抜けた。
リリーもその勢いに気圧されたのか
あっさりと彼からどいてしまう。
そして、自由の身となったアダムはジャンの方へと走った。
その顔に怒りと悲しみ浮かべ、踏み足で屋敷を揺らしながら駆ける。
しかし、その頃にはもう遅かった。
ぐさりという音と共に
少年の体に何かが突き刺さる。
ルーカスが左手で少年の体を貫いていたのだ。
すると、そこまで無反応だった少年の顔が一気に苦痛で歪み、
「ぎゃああああ!!!」
と突如叫び声をあげ、ガタガタと壊れたオモチャのように震えて、
パタンと
動かなくなった。
顔を背けて、動かないリリー。
何ともなさそうなルーカス。
そして、アダムは立ち止まっていた。
俯き、瞳から涙がこぼれる。
激情が彼に渦巻き、たたずむ。
だが、その感情に呼応するように
彼の周りの空間が歪んでいった。
蜃気楼のように揺れ、
床や空気がぼんやりとしていく。
そして、彼が顔を上げ、
ルーカスの方を見ると
周囲に激しい風が発生した。
彼を起点に全方向へ強風が発生し、瓦礫が壁へと吹き飛んでいく。
「おまえ、今何した」
低く、押しつぶすような声がアダムから放たれる。
無言の圧からは本当の怒りと殺意があふれ出し、
その圧力は実際にこの部屋を丸ごと破壊しつつある。
しかし、ルーカスはそんな圧を真正面から受け止め、
また不敵に笑ってアダムに語り掛けた。
もう煽る必要もないはずなのに、
その口調はまだ子馬鹿にするような口調が混じっている。
「そっちも殺しに来といて被害者面かァ?
こんなクソ野郎より子供の命の方が重いかァ?!!」
ジャンの死体を床へゴミのように投げ捨て、
手を前に出し、挑発するように指を曲げる。
そのあからさまな挑発でアダムの顔がさらに歪んでいった。
それでも、ルーカスは口を閉じない
底なしの狂気を彼にぶつけ、
アダムの怒りを買い続けていた
「お前ら主演のお涙頂戴劇で敵役やる気なんてさらさらネエぞ?!
お前がどんな悲劇抱えてるのか知らねえし、俺はバケモンだ。
いや、お互いそうか?」
「・・・・・・」
「運がなかったなあ、バケモン同士
地の底まで堕ちていこうか!!」
アダムが喋る気すら無くした頃、
アダムは完全にルーカスの言葉に気を取られていた。
そこを見逃さず、リリーは後ろから跳び蹴りを浴びせようとしたが
リリーがアダム近づいたところで、彼の動きが加速する。
絶対に間に合わないであろう状態から
飛んで来たリリーを回し蹴りで打ち落とした。
ルーカスも後ろを向いたアダムへ殴り掛かるが、もう眼前まで来ていた段階で
アダムの攻撃が先に届いた。
ルーカスも蹴りで後ろに飛ばされる。
(・・・・煽り過ぎたか?
ハハハ、まあいいや)
リリーは腕を挟んで守り切り、
ルーカスは腹部がへこんだが勝手に治った。
どちらもアダムの方を向いて構える。
「・・・堕ちるのはお前らだけだ」
アダムがそうぼそりと呟く。
構えもせず彼は二人を交互に見つめ、向かい合った。




