第三十二話「一転攻勢:前編」
鋭い斬撃が腹に迫るルーカス。
その刀身に両手が伸び、掴んだ。
咄嗟の行動で彼自身、何の勝算もなく
無意識にやったことだった。
だが、それはこの戦いの勝敗を分ける一手となった。
両者、目を刀に向ける。
その刀を掴むという奇行、
そして、その手から一滴の血も出ないという
その異様な光景に目を丸くしていた。
彼の両手に黒いあの血管のような管がくっきりと浮かび上がり、真っ黒ではない。
まるであのアダムのように全身に黒い管が浮かび上がり、
彼はその万力のような力でもって刀を掴み、
男の斬撃を的確に防いでいたのだ。
それを見ると、ルーカスは
「おら!!」
刀を思い切り、振り回す。
持ち主である男を壁に叩きつけようと回転した彼の動きは、
逆に男がルーカスの足を払ったことで大きく空振り、仰向けに倒れてしまった。
倒れた彼めがけて、腰にある脇差を抜き、顔に向かって投げようとする男。
それにむかって、ルーカスは足の力だけで勢いよく、素早く起き上がり、
「ふん!!」
頭突きを食らわせる。
「う゛っ」
男は額に勢いよく飛んで来たルーカスの頭突きをもろに食らってしまい、
足元でズルズルという音を立てながら後ろに下がらされる。
短刀が手から零れ落ち、からんと金属音が鳴る。
丸腰になった男は顔を歪ませながら額に手を当てルーカスの方を睨んだ。
一方、ルーカスの顔は不思議そうな顔で自分の手を眺めていた。
「また、変わりおったな、今度も魔法か?」
「ハハ、そうさ、魔法さ魔法」
(何が起きた?)
誤魔化すように笑いながら、
ルーカスは手を見て、開いたり閉じたりして眺めてみた。
(なんだァこれ?・・・・でも、わかることがあるナ)
ルーカスが男の顔を見る。
そして、その顔の口角が吊り上がっていく。
(わかる。多分、俺は・・・勝てる)
刃を握りしめてだらんと腕を下すルーカスと、
痛そうに額を手で触る男、二人が再び向かい合う。
男の顔に冷静さが戻っていき、身構えていく。
ゆっくりと両腕を腰元まで下げ、手を軽く開き、
ルーカスと向き合う。
そうやってまた沈黙が始まるかと思いきや、
いきなりルーカスは動いた。
片膝をあげて、
ルーカスは思いっ切り振りかぶり、
持っている刀を男に向かって投げる。
狙い通りに跳んでいく刀、持ち主に向かって
刃を向けながら投げられたそれと
同じタイミングで、ルーカスも男の方へと向かって走った。
顔面ど真ん中に飛んでいった刀と迫りくるルーカス。
その両方に男は全く動揺せず、
冷静にまず、顔を傾け、刀を避けた。
そして、右腕を回し、刀の柄を掴むと
掴んだ刀をそのまま振り下ろした。
咄嗟の動きであっても
その動作には確実な殺傷力があった。
振り下ろされた刀は
数舜の間に懐に入り込もうとして来ていたルーカスの頭を
真っ二つにするであろう軌道で、彼に向かっているのだ。
(取った!)
これまでのルーカスの動きを見ていた男はそう確信していた。
速度、タイミング、軌道、
すべてがかみ合い、今まさに刀はルーカスの頭をとらえようとしている。
確実に頭を両断できる。そう思っていた。
しかし、
その瞬間、ルーカスの速度が上がる。
スローモーションのように流れていた男の視界、
お互い同じような速度で動いていたはずの光景、
その中でルーカスだけが突然、早回しになった。
(!?)
男の表情が驚きに変わり切る前に
ルーカスの頭と体が刀からそれていき、
男へ近づいていく。
刀と男の右側、外側へと体が逸れ
その腰元には曲げられ、縮こまりながら
今にも服を突き破りそうなほど、力がこもった不吉な右腕がある。
そして、その右腕が男に近寄る。
(ああ、これは・・・)
筋力と魔力の障壁を力ませ、衝撃に備える男。
刀を振り下ろしたその時から、
彼の見る時間は現実に引き戻された。
次の瞬間、腰元にあったはずの拳が
ドゴンッ!!!!
彼の鼻あたりに突き刺さった。
拳の肌に限りなく近い場所の爆発ですら傷一つつかないだろう固い膜が
男の魔法膜と骨を砕き、激しい衝突音と骨の砕ける音が辺りに鳴り響く。
その衝撃で一瞬男の体が浮いたかと思うと、
ルーカスはそのまま拳を振りぬき、男を後ろに殴り飛ばした。
男は後ろに数メートルの距離、宙を舞った後、
ドサンという音を立て、力なく地面に倒れた。
その倒れた男を少し眺めた後
「・・・・・マア、いいや」
そう言い残してルーカスは去っていった。




