第四話「らしい世界」
ルーカスは駅へと入っていった。
書類とペンだけが入っただけのスカスカなカバンを背負い、
レンガ造りの駅に入り、階段を上って改札へと歩いていく。
そこでは多くの人が出入りしている。様々な年代の人間が、改札に立っている。
改札にはズラリと横に並んだ仕切りがあり、駅員に切符を見せることで中に入れるようだ。
仕切りの横に立つ駅員に役所からもらった切符を見せ、中に入る。
憐れむような、馬鹿にするような視線を感じた気がするが
きっと彼の勘違いだろう。
そこを抜けると、下りの階段がいくつかあり、
番号の降られた階段が何本も下に伸びていた。
切符に書いている8番を探し、そこの階段を下っていく。
そこらに転がる落ち葉やゴミを掃除する清掃員の横を通り過ぎ、
列車の出入りするホームへと降り立つと、
そこには、蒸気機関車のような真っ黒の列車が客の搭乗を待っていた。
ルーカスが前世で実際見たような電車とは違い、
分厚い金属に覆われ、武骨な印象を与える。
窓も少なく、扉は辞書よりも太い。
天井部分には人が十分に立てるような
幅の板とガードレールのようなものがあり、
何やら棒のようなものが等間隔に設置されている。
そんな奇妙で物騒な列車に入ろうと、ルーカスは扉に触れた。
「ふっ! んんんん!!!」
その重たい扉を両手で引き、体重をかけて、
10歳の少年一人の力でどうにかこじ開ける。
「はあ、はあ」
閉まりそうになる扉を
息を荒くしながら、体で押さえて、中に入ると
少し懐かしいような光景が目に入ってくる。
横に長い椅子が両側に設置され、
上に荷物入れの網棚、つり革がぶら下がっている。
(なんか懐かしい光景だな)
直接見たことはないが、古い時代の電車と言われれば信じるような
内装であったが、人はまばらだ。
日本の超過密な満員電車という訳ではなく、
自由席の車両の中には、ちらほらと空席がある。
あの人だかりもどうやら大量に横に並べた列車列に分散したのか
なんなのか彼にはわからなかったが、結構余裕があるようだ。
その空いた席に座り、カバンを腹に抱える。
周りには大人もいれば自分と同じ年代の子供も見かける。
よくよく見れば授業中隣にいた奴も見かけたが、
窓の外をぼけっと見続けている。
そうこうしていると時間が来たのだろうか
笛の音が鳴る。
ピュるるるる
という音と共にゆっくりと動き出し、ガコンガコンという重低音を吐き出しながら
腕を振って安全確認していた駅員たちを列車はすさまじいスピードで通り過ぎていく。
それと同時に彼にとって名残惜しくもないレンガ造りの街並みをも次々と過ぎ去っていった。
ガタンガタンという音が車内に響き
列車に揺られるルーカスは、切符を見た。
『予定時刻 出発12:30 到着21:45』
こんな長旅に揺られ彼が行く場所は
第二地区と呼ばれる場所だ。
この国は人が住める地域を区切り、
それを1から5までの区域にまとめている。
それらはそれぞれ何十kmも離れていて、
区切る理由が理由なだけに移動する場合も危険を伴ってしまうのだ。
ルーカスが生まれ育ったのは第五地区で、
第二地区は山沿いに広がる区域だ。
そこに彼は向かっている。
(コリン採掘場・・・・)
暇な彼は書類を取り出し、赴任先を眺めていた。
『第二地区 労働派遣先 コリン採掘場』
その採掘場で彼は働くことになるのだ。
列車に揺られ、すさまじい速度で様々な風景が入れ替わり、過ぎ去っていく。
住宅地、屋敷、様々な人工物は時間が経つにつれ、少なくなっていき、
窓の外には緑が増え、農村がちらほらと現れ始める。
何度かこの人工物と緑が交互に現れ、何度も駅や中継地に止まって
時間が経つと、ルーカスと同じぐらいの歳であろう子供たちが
増えてきた。
目には生気が感じられず、皆一様に呆然と窓を見たり、俯いたりしていて、
所謂子供らしさというものは全く感じられない。
そんな子供たちばかりが席を埋め、大人が少なくなったため座席にも、空白が目立ってきた。
そして、そんな時、列車の前には大きな壁が現れた。
30m弱の高さがあるその壁に近づいていくと、列車の速度は落ちていき、
城門のような大きな扉が徐々に開く。
鎧を着た騎士たちが手を振り、何かしらの合図を送ると
列車はまた速度を上げてそこを通り抜けていった。
その先に見えたのはまず大きな溝、人工的な堀が作られ、水が流れている。
その上にかかった大きな橋を列車は渡って行く。
窓の外には敬礼をする騎士たちが列車を見送っていて、彼らが見えなくなると、
次に目に入ったのは原生林だった。
山に森林、川、どこもあまり人の手が入っていないのだろう。
その巨大な緑に何本かの線路が入れ込まれている。
伸びる草木が絡みそうになるほど近く、
車内放送から「枝が危ないから窓を開けるな」という警告が聞こえてくる。
そんな緑にあふれた風景をルーカスはぼんやりと眺めていた。
そうやって何時間か経つと金属同士がこすれる音がして、列車がゆっくりになり、止まる。
客用の扉は開かないのだが、
天井に向かって騎士たちが交代し、その小さな駅で休むものや
恐らく客が乗っていない車両などに歩いていく者もいる。
そういった中継地や駅に度々止まり、そこでは鎧を着た人たちが乗り降りしていた。
剣と盾を携え、腰にぶら下げている人間やエルフといった面々
鎧はその人の体つきが見て取れる程度には軽装で、
胸と背中、肩、腰、足に装甲があるが、その下の分厚い服を覗くことができる。
「あれが・・騎士か」
名誉ある職業、みんなの憧れ、
クラスがある程度高くなければなれない公務員。
軍人や警察の役割を持った彼らは生涯にわたり
その生活が保障される。
その分危険は伴うが、配属先によれば
一生、命の危機を感じることもなく生涯を終えることも可能だろう。
彼らが何人もこの列車に乗っている。
なぜそんなことをしなければならないのか、
彼は身をもってその理由を知ることになった。
時刻は18:00
空がオレンジ色に変わり始めるころ
周りは森林を開拓した線路、
すぐそばに樹海が広がり、線路の周り5m近辺のみ
地面が見える。
すると突然
ドゴン!
と凄まじい衝突音と金属やガラスが壊れる音が、彼のすぐそばから響き渡る。
ぐしゃりという音がなり、
列車へ飛び込んだ緊急のお客様が瓦礫の中から顔を覗かせる
「きゃあああ!!!」
泣き叫ぶ少女の悲鳴、咄嗟に逃げ出す大人たちの足音、
咄嗟に椅子から崩れ落ち、抜けた腰でどうにかはいずりながら子供たちは逃げようとしている。
そんな中、ルーカスはぼおっとそれを眺めていた。
赤く汚れた黒いくちばしに黒い体、黒い眼、
こんな金属の塊に首を突っ込んでも外傷はなく、
抜けないのが苦しいのかしきりに首を動かしている。
頭の毛は逆立ち、外骨格のようなものを纏ったその姿は
随分と違った印象を与えたが、ルーカスには見覚えがある動物だった。
(カラス?)
カラスのくちばしに足が見えた気がするがすぐさま
飲み込まれ、見えなくなってしまう。
ルーカスはその化け物と目が合う。
そいつは明らかに彼の方に向かって、大口を開け、もがいている。
空っぽの口にはべっとりと着いた赤い液体を滴り、
グァアアアア
と大きな鳴き声を響かせる。
一方、ルーカスはそれと目を合わせ続けていた。
ぼんやりとした目つきでそれを眺め、震えることも、怖がりもしない
(でかいなあ
体も入れたら人間よりも身長は高そうだ)
呑気にそんなことを考えていると、
化け物の頭が少しづつ中に入ってくる
グァ グァ
大口の中にピンク色が見える
それが一気に拡大し、ルーカスの顔の間近を通り、頬をかすめる。
かすった後には血が滲み、後ろの席が音を立てて崩れた。
きっと頭に当たれば死んでいただろう
それどころか、どこかに当たれば死ぬだろう。
それだというのに、彼は逃げ出すどころか笑い始めた。
口角の上がり切ったにやけ面を浮かべ、、
こめかみに人差し指を立て、ぐりぐりと押し付けて、嘲笑する。
「こ こ 」
大きく口を開け、ちゃんと狙えよと挑発するように
ゆっくりと口を動かした。
「だ よ」
カラスのような怪物は、顔をキョロキョロさせて
不思議そうな顔で彼を見つめていた。
目の前の貧弱な生き物が理解できないのか
気が変わったのか、首が挟まって苦しいのだろうか
しばらく化け物とルーカスは見つめあっていた。
そんな不思議な時間が流れていた最中、
突然、そいつの声が止んだ
そいつの上から何かが降る。
銀色の物体が高速で落ちてくる。
それが通り過ぎ、
外でぐしゃりという音が鳴った。
巨大な何かが転がる音もする。
その瞬間、化け物の首は少し痙攣した後、動かなくなった。
動かなくなった頭は、ぎちぎちにはまっていたのか
その場にとどまり、その不気味な顔はルーカスの方を見続けている。
「・・・・・・」
ルーカスは死体の頭を一瞥し、窓の外を見た。
そこに広がっていたのは初めて彼が
『らしい』と思う光景だった。
巨大な大量のカラス、それに向かって火の玉や矢が
降り注ぎ、大量の雷が雨雲から降り注いでいた。
火の玉は、カラスの化け物に当たると
爆発し、体を吹き飛ばし、肉片が辺りに散らばる。
その大量の弾幕で足止めされた化け物どもは
いつの間にか集まっていた大量の雷雲から
降り注ぐ雷に打たれ、羽を焦がされている。
カラスの声を重く低く響くようにしたような鳴き声が響き渡り、
段々と数が減り、どこかへと逃げていく。
そんな様が目の前に広がっていた。
(はじめて異世界らしいとこ見たな・・・
それにしても・・・・)
カラスの頭に近寄り、それを眺める。
「俺は何やってんだろうな」
先の行動を思い返し、カラスを触ってみる。
頭の感触は鎧そのもの、まだ少しだけ生暖かい
金属のようだ。長い舌はだらんと垂れて動かず、
目は動かず、開っきぱなしでもう乾いてきていた。
しばらくすると
『カーブラスは退けました
乗客の皆様は10号車以外をお使いください』
という女の声が列車の上から響く。
先頭から後ろへと通り過ぎていったとルーカスが思っていると、
彼のいた10号車の天井の一部が開き、一人の女性が入ってきた。
軽装ながらも金属鎧を身にまとい、
身軽に動く金髪のエルフと思わしき女性は
「ええ! あなた何してるの!?」
とそう驚き、ルーカスの下へと近寄ってくる。
「あ、危ないから離れなさい」
動揺しながらも強くも諭すような口調で話し、手を掴んで引き、
ルーカスは隣の列車に連れていかれた。
その女性は屈んで、ルーカスと視線を合わせ、
少年を叱るように話し始める。
「なんで逃げなかったの?」
「・・・・・・」
少年の目は退屈そうだ。
顔は女の方を向いているが、
その興味のなさそうな目は
どこを見ているかわからない。
「聞いてる? 次からは」
「わかりました」
少年が遮るように言う。
そのまま女の背を向け、
何も言わずに
と言って去っていく。
適当な座席に腰掛ける。
そんなルーカスに女は不満げな顔をするも、
そのまま天井の穴から上に上がっていき、その蓋は閉じられた。
その後は、列車に揺られ、時々止まる。
また襲われるなんてことはなく、
列車は順調に進んでいった。
外を眺めて、しばらく経つと、出発した時と同じようなものが見えてきた。
半透明の黄色の壁の奥に、石造りの壁
そこへと近づいていき、大きな堀にかかった橋の上をガタガタと走る。
城門をくぐって、中に入ると、そこには、またレンガやガラス、石に覆われた建造物が立ち並んでいた。
そこを通り過ぎ、様々な都市に立ち寄り、
大人たちが乗り降りして、また徐々に子供が集まる。
そこからまた時間が流れ、いよいよ周りに子供しかいなくなった頃、
ルーカスが降りる駅が来た。