第二十四話「長話、小話」
「いやあ、船長さんの物分かりが良くてよかったっす」
そうケラケラとサラが笑う。
「いや、すまん。」
「気にしないでください。何とかなったんすから」
サラが最初にここへ乗り込み、話をしていらしいが、
その交渉は見事なものだった。
甲板に突き刺さるという大ポカをやらかしたルーカスすらも挽回し、
金と体、彼女が持っているものすべてを使って
いともたやすく船長から
この荷物置き場にいることを許された。
「もっとかかると思ったんすけどねえ」
そう言って見せるサラの横で
リリーはじっとしている
何だかうつむいたまま動かない。
「ホント、あのヴォルフって相手してるとキリないんすよねえ
無駄に頑丈なくせに一つの群れに何十匹もいるから
倒してると日が暮れるんすよ
そんなに消耗したくありませんし」
「船がなかったらどうしたんだ?」
「ここらへんで野宿するためと、腹いせもかねて全部倒すんじゃないすか? 面倒っすけど
でも、その間に他の魔獣も来るとなると、いよいよ日が暮れるなあ」
額や首筋に汗を流しているサラだが
いつも通りの調子で話している。
話している時の彼女は楽しそうというか
逆に全員が黙ると気まずそうにしてしまうので
きっと沈黙が嫌いなのだろう。
「それにしても、私の誤算でしたねえ」
「何が?」
「この速度で出れば、相手に情報が伝わる前に
列車で乗り切れると思ったんですが、申し訳ないっす」
サラが頭を軽く下げる。
「俺と同じあれのことか・・・
あいつは何であそこにいたんだ?」
「わかんないっす。ただ、今朝戦った彼らとのかかわりはあるかもしれませんが、
直接連絡を取ったわけではないでしょう、あの人たちはにこれないんで」
そう言ってサラがあのトランシーバーのようなものを取り出す。
「となると、張ってたってことっすかねえ」
「張ってた?」
「ええ、さっきまでいたゴーギャンのいる場所からへシラスに行くとき、
交通手段は列車ぐらいしかありません。
なので、列車を止められるとかそういう措置を取られる前に
乗りたかったんすが・・・相手の方が一枚上手でしたね」
「・・・・そうか・・」
(あれ?これって・・・俺・・)
「疑ってると思ってます?」
「・・・・まあ」
彼が思い立った一本の道筋
それが彼の頭をよぎったと思ったら
彼女はそれを先取りしてきた。
「確かに、疑うならまずあなたっすね
でも、どうでしょうかねえ」
含みを持って笑い、ルーカスを見ている。
だが、ルーカスはいつも通りだ。
いや、いつも通りというよりは、昔ながらの彼だ。
嫌なことは力を抜いて受け入れる。
それに何かわめいたりしないが、その静かさはどこか恐ろしさを纏う。
「まあ、ルーカスさんの行動はずっと把握してますから
今は疑ってませんよ?」
「・・・それはよかった。」
二人の間に沈黙が流れる。
サラは少しソワソワしているが、
これまでの流れの手前、口を自ら開こうとはしない。
だが、ルーカスは開いた。
「そう言えば、さっき言ってなかったか」
単純に気になっていたことを聞く。
「何すか?」
サラもさっきまでの重たい雰囲気を捨て去り、
普通に接してくれた。
「話しやすいところで話してくれるんだろ?、この革命の事」
「ああ~」
「何も知らなくても戦えないことはないが、今暇だし、気にもなるから話してくれよ」
「ええ、まあ、いいっすよ、どこから話そうかな~」
そう言って彼女があごに手を当て、ぶつぶつと何かをつぶやく。
そして、
「まあ、この革命騒動の発端はテオ兄様、ゴーギャンさん、第一区長のニコさんっす。」
彼女はまず三人の名前を挙げた。
(聞いたことある名前だ)
「話は、テオ兄様が、っていうかテオ兄様の素性から話しときましょうか
テオ兄様はクラーク家っていう昔ながらの金持ち一家の末裔、
直系の嫡子っす。私はその家政婦やってる人同士の子供なんすが、それは置いといて
そのテオ兄様がエディリン学院在学中の時に
この銃にある魔導回路を作ったんすよ」
「作ったのか」
「ええ、作ったんす、詳しいことは私、知らないので
よくわかりませんが、ひとまずこれを使うと魔法を習得せずとも
魔力さえ持ってれば、簡単な魔法が使えるようになりました。」
サラが拳銃型の魔導銃を前に出し、分解していく。
「これっすね」
そこから出てきたのは、基盤だった。
銃の持ち手と銃身から出てきた二つの基盤は
ルーカスが前世で見たことがあるようなないような
そんな電子部品みたいな風体で、それが彼女の手に握られていた。
「で、これ作ったはいいんすが、
学院内でも評価が大いに割れまして、
擁護派と反対派みたいな感じで教授連中が分裂したんすよ
でもまあ、これだけなら大学内の問題で済むっす。
でも、」
分解した魔導銃を慣れた手つきでまた組み立てる。
ねじみたいな細かい部品もあるが魔法で回しているらしい。
「あの人、いうなれば、財閥の御曹司なんで、
急にその傘下にいたあのゴーギャンさんがやってる
ガンウェポンズって言う会社に話を持ち掛けたんすよ
魔導回路を使って武器作れないかって
まあ、どうしてそこまで有名でもない彼らに頼んだのかは知りませんが、
結果、その試みは大成功
見事、魔導銃が爆誕しました」
組み立て終わった魔導銃を前に出し、
ルーカスの近くに置く。
「こいつができたっていうのは本当に大ニュースでした
大学内ですら揉めてたものを、色々すっ飛ばして
武器にしたんす。しかも実用的な段階まで。
そんなことしたもんだから、テオ兄様は中央政府に呼び出されて、
おじいさま、おばあさま方からおしかりを受けたらしいんすが
この時の態度があんまりよろしくなかったみたいで
『魔導銃は国を崩壊に導く恐れがある』って言って
テオ兄様が指名手配されました。」
「ただ、悪運が強いというか何というか、
テオ兄様に協力者が現れたんすよねえ
それも強力な」
「それが・・・区長か?」
「そう、その通り。第一区の区長、ニコさんは中央政府に猛反発
したっす。昔っから感情的になりやすいおじさんではありましたが
正面から中央政府と分裂したんすよ。」
「それだけだと区長おろされて終わるんすが、
魔導銃の販売、流通がその頃にはもう始まってまして、
低クラスの市民とか村民はあれがどれだけ役に立つか知っちゃたんすよねえ
銃と替えの回路さえあれば、騎士に頼らずとも魔獣を殺せる。
それだけでどれだけ安心できるか
金で安心買えるなら安いってことで、魔導銃は飛ぶように売れました。」
「そして、元々ニコさんは感情的に突っ走ることで人気を得た政治家っす。
偏ってても、衝動的でも、必ず誰かに刺さるような意見を言うし、その通り動く。
その彼が魔導銃を盛り上げれば盛り上げるほどその熱は加速していきました。」
「市民が必要としたものをニコさんが守ろうとしてる。
中央政府はそれを弾圧するしかしない。
どっちに民意があるかは火を見るより明らかっす」
「それを受けて、中央政府は結構な強硬策を取っちゃいまして、
開発者のテオ兄様とゴーギャンさんは追われる身になって、
ニコさんは新聞とかで徹底的にこき下ろされてました。
でも、それが主に低クラスの反感を買って、各地じゃデモが起きる始末
それを受けても、魔導銃とか回路の容認に関して政府は聞く耳を持ちません。」
「その溝がどんどんと修復不可能になっていって、ニコさんやテオ兄様も
周りの熱にあてられたのかは知りませんが、今では
革命軍なんて組織して、いつしかこんな事態になったんすよ
はい、ここで、私のお話終わりっす。
これ以上深く知りたいなら本人たちに聞くしかないっすね」
「そうか、ありがとう。説明してくれて」
興味津々と言った様子で聞いていたルーカスは礼を言う。
彼自身それを聞いたところで何もできないが
単純に興味が満たされて、満足していた。
「いえいえ、いいんすよ
それにしても、採掘場ってこういう情報も全く入らないんすか?」
「ああ、一切入なかったな。たまに売ってた雑誌にも
そんなことは書いてなかった。」
「へええ、本当に刑務所みたいなんすねえ」
「まあ、あそこ以外はどうか知らんが」
「あそこは特にひどいとは聞いたことはありますけど、
私も知りませんね。・・・ほかに何か聞きたい事とかあります?」
「気になったことねえ」
ルーカスが上を向き、
「・・・これにあんたが加わる理由とかか?」
そう言った。
その言葉が発されると
さっきまで饒舌にいろいろと話してくれていたサラの顔が一気に曇る。
「・・・・・」
面食らった様子で、
目が泳がせ、見るからに動揺していた。
「・・・・・・・・」
そして、びっくりした様子を見せた後、
目をそらして、口を開かなくなってしまった。
(地雷だったか・・)
感情的には反応しないルーカスだが、
一応、「・・・悪い、嫌なら言わなくていい」
と謝罪の意を口にする。
やっとサラの口が開いた。
「・・はは、
そうっすね、あんまり人にして気持ちい話でもないですし」
力なく笑うサラ
いつも怖いほど明るく、実際に怖い彼女だが、
一瞬、どんよりとした雰囲気を漂わせていた。
「まあ、・・・その普通の話なんすけどね」
そう言う彼女の目線は下に沈み、
何かを懐かしむような、悲しんでいるような
そんな様子で、ルーカスから目をそらして
床ばかりを見ている。
だが、それも
「ごめんなさい、他にはなんかあります?」
という言葉と共に終わりを告げた。
彼女の顔がぱっと笑顔に切り替わる
その笑顔があまりにいつも通り過ぎて
ルーカスには
彼女が今まで見せてきた顔全てが嘘なのではないかと
思えるほど普段通りの顔だった。




