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evil tale  作者: 明間アキラ
第一章 「弱き人」 ー幼少期編ー
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第三話「学校と家庭」

ルーカスは教室のドアを開けた。


チャイムから時間が経ち、しばらく経っている今

教師に何か言われるのかと思っていたら、誰もルーカスの方を見ようともしない。


前ではその全自動教科書読み上げ機が仕事をこなしていて、

生徒たちは相変わらず、教室の隅で縮こまっていたり、上の空だったり

寝ていたりしている。


そんな人たちの前を通り抜けて、

彼は席に座り、また教科書を眺める。


この世界の知識を知るためにはどうやら記憶だけでは不十分らしいと

思ったルーカスは、国語やら魔術やら社会科の教科書をパラパラと読んでいく。


彼は自身の記憶をさかのぼっているが、やはり不安定のようだ。

それにもかかわらず、都合よく読み書きをしている自分を疑問視しながら

この世界の常識を集める。



そうやって真剣に教科書を読むと案外頭に入るもので、

あっという間に時間は過ぎ、終業のベルが鳴る。


教師は帰り、生徒もそれを聞いた瞬間、スイッチが入ったかのように

出口へと歩き始めた。


ロボットかゾンビかと思わせるような彼らの動きを見て、

驚きつつ、ルーカスも校門に歩くと

行きと同じメイドが待っていた。


何も言わず人力車に乗り込み、家へ帰る。


相変わらず揺れる車内だったが、

一回経験したので、少し彼も鳴れたようで、

今度は周りの景色を見た。



窓の外に広がっていたのは、

レンガや大理石で整えられた家々、まだ完全ではないにしろ少し舗装が入った道。

歩道と車道らしきものが分かれているが、車道はまだ砂煙の立つ大地であるのに対し

歩道は整えられ、車道との小さな仕切りが作られている。


道行く人々はスーツやドレスに身を包んでいる。

スーツにシルクハットにステッキを持つ紳士風の男や

ジャケットは着ているが、帽子もステッキもない若くまだ元気そうな男


丈が長く、華やかな装飾に身を包んだ女もいれば

短い丈のスカートに短髪の女もいる。


基本的にみんなは馬車のようなもので移動しているが、馬というには少々禍々しく、大きい。

そんな形が似ているだけのでかい化け物に車を引かせたりしている。


そんな化車がはびこる道路には信号のようなものは見当たらず、

交通整理もろくにされていない。


皆絶妙に空気を読んで歩いていたり、空を飛んだりして町を行き来しているらしい。


というか普通にぶつかる人たちもいた。


そんな奇妙で不思議だが、どこかノイズがかかった白黒映画のような

風景に少し現実を忘れて見入っているといつの間にか屋敷に帰ってきていた。


さっきまで見ていた物たちと何も変わらないのに

この建物だけは嫌な現実感をまとっている。


その建物へ、メイドに続き、彼も入っていく。


(本当に嫌な現実だ)


家へ入ろうとすると庭にあの男が立っていた。


「待っていなさい」


ルーカスはそう言われ、庭に立たされる。


「今度はちゃんとできるまで家に入れないからな」


腕組みをして、彼を見るその男の顔は

やけに焦っていて、また酷く高圧的に感じさせる。


だが、どうしたってできないものはできない。

ルーカスも人差し指を立てて、今朝と同じようにやっては見るものの

火なんてものは出ない。


そして、案の定、見る見るうちに男の顔が赤くなっていった。


(・・・・・またかよ)


ルーカスの目から光が消えていく

体が強張る。自然と力んでいき、下を向いてしまう。


そこへずかずかと男が近寄る。


「お前!

そんなことでは・・ほんとにクラス0だぞ!

わかってるのか!!!」


指を向け、小さな子供に向かって突きつけ、怒号が眼前で放たれる。

彼の耳に大声が響き、多量のつばが顔にかかる。


(痛い)


耳にキーンという耳鳴りがするほどの大声

吠えられてルーカスも耳が痛くなってくる。



「仮にもホール家の息子であるお前がなぜ・・・・

こんなことではお前はまともな職に就けず、一生肉体労働なんだぞ!

もしコリン採掘場にでも配属されてみろ! お前なんかすぐに死ぬだろうな

それが嫌だったら、もっと努力して見せろ!

最近話題のカティア騎士団に入った騎士は最初はクラス0だったんだぞ!

お前も~~~~~~~」


男はくどくどと話し続ける。

いかに、ルーカスの行く末が悲惨か

いかに、努力や勤勉さが尊いものか

いかに、彼にそれがないか


それを聞いていると

彼の頭から記憶が引きずり出されてくる。


この男の怒号に説教、飛び散る唾に高圧的な態度

彼の記憶の中にある男の姿はこればかりだ。



男の演説はヒートアップしていき

今度は手が出てきた。


また襟首を掴まれ、持ち上げられる。


(近い・・・・)


顔を背けて、目を合わせようとしないルーカスの態度が気に入らないのか

男の右手が持ち上がる、


「お前!」


手が振り上げられる。

そこから振り下ろされた手のひらは

寸でのところでとまったが、ルーカスは叩かれると思って、顔を仰け反り、後ろを向いてしまう。


持ち上げられた無力な少年はただ父親の怒りの視線を受け、

ただ耐えることしかできない。


まだ叱責というよりも罵倒に近いそれは続き、

顔に唾が飛び、少年の顔が歪んでくる。


(放してくれよ・・)


これに恐怖を感じていた彼にも、今度は苛立ちがつのり始めた。


なぜこんなことをされなければならないかと怒りが沸々と湧いてくる。



光のない目が見開かれ、

死んだ目の奥からは暗い絶望が見える。

何にも期待しない、期待できない。信じられない。

まるで自分の命すらどうでもいいとすら感じさせる。


それまでして目の前の男に叩きつけたい彼の感情の発露、怨念と怒りの塊


それは諦めと勇気を生んだ。間違った勇気を


その勇気はルーカスに目の前の圧倒的な強者を目下げ、蔑む力をくれた。

軽薄に睨むわけでもなく、脅し従わせるわけでもない。


ただ見下し、貶め、道端にあるゴミにも及ばないと

父親に訴えかけるように、

目は口よりも雄弁に語ってくれた。


『はなせ』


年相応の出来損ないであるはずの少年から放たれた

その視線は、男を驚かせのには十分だった。


男は反射的にルーカスを後ろへと放って、後ずさりをしている。


そのように人から見られたことがなかった男は驚き、怯えてしまったようだ。


ましてや、息子にそんな視線を向けられると思ってもいなかったのだろう。


こちらを見て、何か言いたげにしながら後ろに下がる男は

そのまま家に入ってしまった。


「はあ」


(死ぬかと思った)


何か考えがあったからこうなったわけではない。

彼は単純に男に嫌気がさした。それだけだった。

だから殴られないのは意外だったらしい。


庭で一人、寒空の下で放置され、ぼけっと空を眺めるルーカス

夜風の冷たさは命の危機で掻き消え、いまもその緊張と興奮の熱を残したままだ。



「あれは・・・月かな

あんま変わり映えしないもんだ。

どこいっても・・・・」


夜空に星は見えない。

きっと町が明るいからだろう。

そんな中に大きな月が一つ、今日は満月のようで爛々と光り、

彼の方へ光を浴びせてくれる。


「ほんとに変わり映えしないもんだな

何もかも・・・・・・・」


しばらくするとまたメイドが迎えに来てくれた。

食事は三人が集まるテーブルではなく、自室に運ばれ、そこで食べろとのことだった。


あそこよりはましな殺風景な部屋で、彼は一人、ご飯を食べる。


献立はパン、ステーキ、凝った添え物の野菜

具体的な名前は彼には分らない。


バターの風味が効いて、柔らかく甘い野菜に

噛むことすら必要のなく勝手にほどけていく肉、

香ばしい匂いを放ち、程よい固さと柔らかさをもったパン


手間をかけて作られた料理は

子供には分不相応ではないかと思わせるほどの味わいで

ルーカスはそれを口に運び、その味に浸っていた。


「うまいなあ・・・・ここで食う飯じゃなかったら、もっとうまいのかな」


彼は笑ってしまいそうになるのを堪えながら、それらを食べた。


風呂に呼ばれ、一人で入る。高そうな石鹸で体を洗い、

広めのバスタブ、その端っこの方で彼は縮こまって温まる。


ルーカスは入って早々、まだ温まり切っていないはずの体を風呂から出し、部屋に戻った。



片づけられた部屋で何をするでもなく、ベッドに横たわり、眠りに落ちる。

明日からも何もない日々がくるのだと、夢を見ることもなく、また目覚めるのだった。





それからというもの

これと変わり映えのしない日々が続いた。


懲りずに繰り返される父親からも罵倒も相変わらずで

母親はまともに話そうともしない。


前の様に睨んでも今度は逆上されるだけだった。


「お前は出来損ないだ!!」というセリフは

耳にたこができるくらい聞いただろう。



毎日朝早くに起こされ、できもしない魔法の訓練をさせられ罵倒される。

そこでよく言われたものだ。


逆にここまでやらせようとする父親の情熱もすさまじいが

ルーカスにそんな情熱的な愛情が届くわけもない。


ある日は一晩中、人差し指を立てて庭に立ち続けた。


(この世界にも、季節があり、熱い時期と寒い時期があるんだと肌で感じられた)


ある日は魔法を使う父親に戦闘訓練と称し、体中を痛めつけられた。


(魔力が高いと身体能力も防御力も高いなんて

ありがたい情報を拳を使って直に教えてくれた)


ある日は、意味もなく早朝から走らされ、さぼると殴られた。


(ずっと「出来損ない」「このままじゃ、お前の将来は終わる」

「もっと努力しろ」「お前は俺の息子なんだぞ」と叫ぶ父親を見て、聞いて、

いつ、どこで、どのセリフを言ってくるかわかるという要らない特技も身に着いた)


色々な教訓を彼にくれた。

ついにはメイドにもあたる始末で

「お前らごときが口を出すな」

という怒号は月一で聞くことができた。


家が最悪ならば学校はどうか


学校では10歳までの二年間、教科書が変わることもない。


どうやらクラス0には学力の試験すらなく、授業に出ていればいいらしい。

最低限知っておくべき常識だけ書かれた教科書は

ぼけっと眺めるだけで、ルーカスが大体覚えられるほど内容は薄かった。


それを眺めながら、前での暗唱を眺めていれば授業が終わる。


寝ていても、おもむろに立ち上がってみても、違う本を読んでいても、

授業に出なくても、問題がない。


いつも父親の愛情を受けて疲れているので

とりあえず学校に行き、適当な場所で寝転んでいると一日が終わる。



そんな日々を繰り返しているともう二年が経ってしまった。




ルーカスがいつも通り起きて学校に行くと

教室の前に張り紙がしてあった。


『クラス0の生徒は、体育館に来てください』


彼がそこに足を運ぶと

何やら大きな器具がおいてあった。


問診票みたいなものに名前を書かされ、

医者のような奴にそれを渡す。


金属製の太い円柱に入り、外から指示がくる


「魔力を出せ」と


彼がこの二年間で知ったことは恐らく自分に魔力なるものは扱えないということ。

その彼に魔力を求めるということは、両腕のない人間に腕を動かせと命令することと等しい。

少なくとも彼にはそう思えた。


程なくして診断が終わり

問診表には大きく『クラス0』と記載されていた。


「後日、役所の方からご自宅に連絡がいきますので」

そう言われ、家に帰される。




家に帰り、その問診票の紙を両親がご飯を食べる机に置き、自室へと帰る。


時間が経ってから自室の外へ出ると、

両親の反応がうかがえた。


見つからないように遠くからこっそり伺うと

母親はやはり気にしなかったが、父親は一丁前に悲しんでいた。

膝を崩し、絶望して、泣いていた。


その様がたった一瞬だけ、まるで息子の失敗を悲しむ普通の親ように見えてしまった。

そう言う光景なのではないかと思えて、そう頭によぎってしまった。


その瞬間、彼は吐いた。


「おええええええ」


水洗式のトイレにこもり、白いドロドロを吐き出し終わり、

嘔吐物の色が透明になっても吐き続けた。


(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い)


凄まじい嫌悪感が体をめぐり、気色悪さが喉奥を刺激してくる。


胃が空っぽになるのではないかと思うぐらい吐き、

自室に閉じこもって、その紙を眺めていた。


『クラス0』という文字の書かれた書類

身体検査のような紙には魔力に関する項目がいくつかあり、

それらはすべて0と書かれている。


その綺麗にそろった0を眺めて、

ルーカスは体温の低くなった体を自分で抱きしめながら、意識が途切れるまで震えていた。




数日後、硬い文章の手紙が役所から届いた。

ルーカスが送られる強制労働所の場所、列車のチケット、その時刻や期限、必要な物のリスト

それを確認したメイドによって、準備がなされ、人力車に乗せられた。


あれほど新鮮で奇妙だった景色も二年たてばありふれたものになる。


全く名残惜しくもない町を人力車に乗りながら眺める。


こんな移動をしているのはとても少ないらしく

彼もこの二年で数えるほどしか見なかった。


もう慣れてきた激しい揺れにゆさぶられていると

いつの間にか駅に着いた。



人力車を引いていたのは薄緑の髪色をしているエルフで、

エルフだからと言って寿命が違うということもないこの世界でいうなら

きっと2,30代だろう。思えば彼女がほとんどすべてこの仕事をやっていた気もする。

ルーカスは名前も知らないようだが。


しかし、それも当然で、この二年、メイドたちは必要以上にルーカスと接触することを許されていなかった。

余り話しかけられもせず、彼が彼女らの声として聞いたことがあるのは、

ちょっとした挨拶と「学校に行きますよ」「ご飯の時間ですよ」「お風呂の時間ですよ」という文言ぐらいだろう。



そんな彼女たちにはルーカスも感謝している。

感謝はしているが特別な感情は持てなかった。



いつも通り人力車から降りて、歩いていこうとするルーカス

すると、「ルーカス様」と呼び止められ、思わず彼女の方を見る。


「・・・・・・」

彼女は申し訳なさそうな顔をしながら

唇を噛み、何かを言いづらそうにしていていた。


こんなに感情を表に出す彼女を見たのは初めてだろう。


そんな彼女がどうにか口を開いた。

「その・・・ごめんなさい。本当にごめんなさい。お元気で・・・」


泣きそうな声でそう言った。




彼にはそれが理解ができなかった。


(なんであんたが謝るんだ?)


そうとしか思えない。


(何を謝っているんだ? この人は・・・)


何かを言うべきなのだと思うが、表情筋はピクリともしない。

足を止めようにも勝手に動いてしまう。


(俺は何を言えばいいんだよ

 どうしたらいいんだよ)


結局、彼は無言で駅の奥へと消えていき、

それをメイドはただ頭を下げて見送っていたのだった。


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