第二話「差異」
食事が終わり、洗面台に通されたルーカスは初めて自分の顔を見た。
黒髪、黒い目、
八歳くらいの男児といった体つきで
髪は少しクセがあり、前髪が目元までかかっている。
白いシャツにサスペンダーの付いた茶色の短パンという服装は
自身がお坊ちゃんなのだということを自覚させられる。
(イケメンには生まれたのかな?)
顔立ちはまあ良い方だろう。
ただ、その顔には生々しい青あざが頬にあり、
他にも縫ったような傷跡が額や頬に残っていた。
(少しは大事にして欲しいね)
洗面台は石造りで、ごちゃごちゃと色んな道具が戸棚に敷き詰められている。
歯ブラシらしきものを取り、歯を洗い、そこを出ると
メイドたちが出迎えてきた。
「学校のお時間です」
何が何だかわからないまま
あれよあれよと外へ連れ出され、
車輪の付いた車に乗らされた。
大きな車輪に大きな長方形の枠が先についている。
自分が乗らされた部分は柔らかいシーツが詰められ、
そこで寝転がることもできるほど広い。
すでにカバンが中にあり、中には本が何冊かと筆記用具が入っていた。。
両面には窓の付いた扉があり、前には何もないのでよく見える。
馬車のようだが馬はいない。
代わりに前に来たのは若いメイドだ。
ロングからミニのスカートに履き替えた
メイドが一人、その前の枠の間に立った。
「では、ルーカス様行きますよ」
「え?」
そう言うと彼女は走り始めた。
とてつもない速さで、周りの景色があっという間に通り過ぎていく
乗り心地は決して良いとは言えない。
(じ、人力車!?)
激しく揺れ、石に車輪が当たれば激しく
上下し、メイドが心配そうにルーカスの方をうかがってくる。
そんなことも周りの景色を確認する間もなく、
気づけば学校のような場所に着いた。
「着きましたよ」
顔を赤くし、肩で息をするメイド
汗を流し、降りるように促してくる。
特に返事もせず、ルーカスは人力車を降りると、
ゆっくりとどこかへ人力車は捌けていった。
前を見ると学校があった。
レンガ造りの大きな校舎が広がり、校門は数メートルの幅があるだろう。
何人もの人が出入りしている。
自分と同じような短パンにシャツと上着と言った格好の
子供たちやスーツをきた大人もそこらを歩き回っている。
ルーカスは自分の記憶をたどり、
どうにか自分がここで何をしていたのかを思い出す。
案外覚えているもので歩いていくと記憶にある
場所にたどり着いた。
『クラス0』
と扉には書かれている。
(変なクラス分けだな)
その扉を開けると
中には数人自分と同年代と思わしき子供がいた。
挙動不審に震え、周りを気にする子
ぼけっと上の空で空中を見続けている子
机に突っ伏していて眠っている子
部屋の端で何かをぼそぼそとつぶやいている子
手や足に痣が目立つ子
誰もしゃべることがなく、仲が悪いどころか
互いに存在を認識しあっているのかもわからない。
そして一様に暗い顔で、全員によくよく見れば痣があるし、
目は死んでいる。
空いた席に座り、ルーカスもぼけっとしていると
教師が来た。
そこから始まったのは明らかに投げやりな授業だ。
教科書を読み上げるだけで、別に問題を解かせるわけでもない。
教科書を見て、読んで、時間になると帰っていく。
こっちが聞いていようが何をしてようが気にしていない。
ただ時間さえ過ぎればいいらしい。
そんな教師をBGMにしてルーカスは
教科書を読んでいる。
彼自身前世の記憶も曖昧なようで
自分の精神年齢がいくつなのかはっきりしていないが、
八歳の児童向けに作られた本程度であれば
すぐに目が通せた。
サクサクと読み進め、内容を理解していくルーカス
そこには難しいことが書かれているわけはなく、基礎的な教養が載ってあり、
教科は四つ、算数、国語、社会科と魔術というものに分かれていた。
算数は四則演算や図形について
国語は有名な作家や歴史的な文章が載せてある。
日本と特に代わり映えしない内容だ
しかし、
そこで一つルーカスが非常に気になった教科書が一つあった。
それは社会科の社会規範と言う科目だ。
社会科は歴史と社会規範という教科に分かれている。
歴史ではこの世界、この国の歴史や宗教が簡単に記載されていた。
かつてはいくつかの国だったここら一体を
統一し、現在ではここはカティア国というらしい
そして、カティアで主流の宗教と言うのがメディナ教と言うらしい。
昔の皇帝やら国王やら、今は民主制のこの国の創立メンバーやら
が書いてあるよくある歴史の教科書だ。
そして、社会規範にはこの国での制度が具体的に示されていた。
これの中にある一つの項目が彼の目を引いた。
(クラス制度?)
この国の人間は生まれたときに魔力を量り、
それに応じてクラスを割り振る。
一番下のクラス0から最高のクラス4まで存在し、
全国民で見た割合は
クラス0が約20%、クラス1が約30% クラス2が約30% クラス3が約20%であり、
クラス4は1%にも満たないそうだ。
そして、問題なのは次の記述、
『クラス0の者は10歳になると再検査を受ける。
そこでもクラス0なら農業や鉱業のための労働員として派遣され、
そこでの仕事に従事しなければならない。』
というものだ。
(扉の前にあったクラス0ってのはそういう意味だったのか・・・
っていうと、つまり・・・)
周りを見渡し、教師を見る
(ああ、なるほど・・・)
彼の顔に薄ら笑いが浮かんでくる
なぜか笑いがこみあげてきてしまう。
(そうか、そういうことか・・・)
確信を持ったわけではないが、ルーカスにはなんとなく想像がついてしまった。
なぜ両親があんな風なのか
なぜ周りの子供たちの目が死んでいるのか
なぜ自分たちが傷だらけなのか
なぜ教師が投げやりなのか
どうやら自分の能力のせいらしい
教科書にクラス0からクラス4に診断が変わった者が
いたのだからあきらめずに頑張ろうという記述もあったが
とてもそんな気は起きない。
魔術の教科書に書いてあることは
魔術が使えることが前提で話が進められていて
どうやらクラス0であっても通常、
ある程度の魔法は生得的に使えるのだそうだ。
この短時間の間に彼の行く先が一つひとつ黒く塗りつぶされていき、
最後に残ったのは農業をさせられる
強制労働員というところだけだった。
(どうしようもないなあ・・・・
せっかく転生したんだから、なんかあるかと思ったんだけど・・・)
ルーカスにとってそれは絶望と言うほど深くもなかったが
残念ではあった。
(まあ記憶ないわ、いきなり父親に殴られるわで
もう心も動かなくなってきたな)
教師の声は完全に無視し、勝手に教科書を読んでいたら
いつの間にか授業の終わりを告げるベルが鳴っていた。
それを聞いた瞬間、そそくさと教師は帰っていく。
ベルが鳴った瞬間話すのをやめるその変わり身の早さは
驚くべきものだった。
どうやら昼休憩のようで鞄をあさると財布があった。
特に何も言われた記憶もないが、
ルーカスの記憶には一人で食堂に通う自分がいる。
なので、彼はその通りに行ってみることにした。
食堂に着くと、
騒がしく、活気に満ちた子供たちが大勢いた。
綺麗に列を作り、周りと話しながらカウンターに着くのを待つ。
だが、席で大騒ぎするでもなく、丁寧な所作で食事を勧めている。
(家とはえらい違いだな)
また、そこにいる子供たちは
耳が長かったり、頭から獣の耳みたいなものが生えていたり、尻尾があったり
と多種多様な外見をしていた。
まずはルーカスと同じ人間
茶髪、金髪、黒髪といろいろな髪色の子供たちがいる。
それ以外に特筆すべきことはなくルーカスが元居た世界と人間と
外見的には同じだ。
次に、耳の長い少年少女たちは耳が横に長く先がとがっている。
所謂エルフと言う奴だろう。大人しそうな子供たちが多く、
髪色は銀髪や金髪が多いが、別の髪色のエルフも少なからずいる。
最後に、犬や猫のような耳が頭から生えている子たち
そういった耳のほかに腰から細長く毛の生えた尻尾が生えていて
それを出すためにあけられているのであろう腰のあたりにある服の穴から
尻尾を出している。髪色は茶色や黒のほかに赤色などもいるようだ。
(まあ、お決まりのやつか・・・
あれがエルフで、あれが獣人ってことかな)
社会科の教科書にあったことを思い返し、
一人一人を当てはめていく。
(とりあえず、耳が長けりゃエルフで
ケモ耳と尻尾が生えてれば獣人だったか
混血が進んでるんだっけ?
そして、俺は人間と)
自分の番が近づき、耳の長いおばさんが
注文は何かと聞いてくるが、メニューを見てもルーカスには
何が書いてあるかよくわからなかった。
読みはわかるのだが、意味が思い出せず、
思い返しながら注文しようとするが何も出てこない
(ええと、なんだラゴートって
バーゲン?
読めても意味が出てこないな
他の奴を見た方がいいか・・・・・・・)
周りを見て、何を注文するか決めようとしたその時、
そのメニューの中、彼の目に一つの料理名が飛び込んできた。
日本語とは違う文字体系、その中にくっきりとわかるものがあった
(か、つ、ど、ん・・・・
かつどん!?)
それを頼んでみると本当にかつ丼が出てきた。
何の肉かは知らないが豚風味の肉が油で揚げられ、
衣がついており、それが少し黄ばんだ米の上へ
少々の葉っぱと共に乗っけられている。
そして、その上から茶色の液体がかけられ。
見た目はどこからどう見てもかつ丼だった。
スプーンとフォークの間の子のようなものを使い
それをほおばってみる。
(かつ丼だな)
少し風味は違うが大体かつ丼であった。
(なぜ、かつ丼?
他の料理はこの世界特有の名詞なのになぜ?)
少し思い悩むがこんなこと考えるまでもないだろう。
(・・・まあ、でも答えは一つか・・・・)
(俺だけじゃない)
ルーカスはかつ丼を早々に食べ終わり、校庭の適当な場所へ
導かれるように座って、社会科の教科書を見ていた。
(日本人みたいな名前を名乗る奴らもいるようだし、
もしかすると結構な数が来てるのか?
まあでも・・・・・)
教科書を置き、校庭を眺める。
遊びまわる子供たちは楽しく走り回っている。
しゃべり、遊び、笑い、楽しんでいる。
整った身なりに
食堂でも、ここでも節度のある振る舞い、
しかし、彼らが笑顔であることは変わらない。
(誰か他にも来てるかもしれない。
だけど・・・・あと二年でどっかへ飛ばされる俺には関係なさそうだな)
目の前の子供と自分を比べ、思いを巡らせる。
彼に実感はないが、過去は変わらないのだ。
この風景も、記憶をさかのぼれば幾度となく見てきていた。
頭にこびりついて離れないこの光景は
きっとルーカスと言う人間にとってありふれてものであったのだろう。
「はあ・・・」
深くため息をつき、空を見上げる。
雲に覆われた空、地面を明るく照らすことはなく、
今にも雨が降り出しそうなその下でルーカスは
ぼんやりと校庭を眺め、始業のベルが鳴ってもしばらくそこに居続けた。