(9)
部屋の窓から星空が見えていた。そんなことに気付くのも初めてで、そのことにやや興奮しながら、リンファスはハンナが寝ている部屋をそっと抜け出す。
既に深夜の時間帯になっており、廊下には人がまばらに居るだけだった。
玄関を抜け、ひらけた視界には、リンファスたちが今日来た街道と、平原に広がる其処此処にそびえる樹々、そして天頂は満天の星空だった。
(……凄いわ……、こんなにいっぱいの光の粒……。私、どうして今まで、これに気付かなかったのかしら……)
思えばあの村に暮らして、上を見上げるという事をしたことがなかったのだと気付く。
ファトマルに不景気な顔を見せるなときつく言われたし、村人からは視線が合うのも厭われていて、俯くことが当たり前になっていた。
今、夜空を仰いで、若干首の後ろに違和感を覚える。それだけの間、リンファスは俯いて過ごしてきたのだった。
さあ、と風が流れる。ザザ、と梢の葉が揺れ、ここがあの狭くて薄暗いリンファスの家ではないことを、自然は感覚をもってリンファスに知らしめていた。
ザザ、ザッ、ザザッ。
不意に、梢が揺れる音に混じって、不協和音が聞こえた。夜なのに鳥でも飛び立ったのだろうかと梢の方を見上げると、いきなり背後から口を塞がれた。
「っ!?」
急なことに驚いていると、背後でひそめられた声が叫ぶのが聞こえた。
「やっぱり白いぞ! 花乙女だ!」
背後の声の主(声で分かる。男だ)が誰かに話し掛けると、声の主がリンファスを肩に担ぎ上げようとする。
声の主は、どすん、と腹に拳を打つと、リンファスの声を封じ、そのまま体を持ち上げられて、ふわっと足元がおぼつかなくなった、その時。
「うぎゃああ!!」
ザシュッ、と何かを切り裂く音がすると、男が大きな叫び声をあげてリンファスを地面に落とした。
うっ、と鈍い呻きを上げると共に何が起きたのかを見極めようと目を開くと、地面に落ちたリンファスの視界に、黒いマントの裾が見えた。その脇には、闇に光る、刃の切っ先。
「花乙女に護衛が付いていることは、知っているだろう」
低く、温度を感じさせない淡々とした声を発し、リンファスを庇った声が容赦なく男に切りかかる。人さらいは悲鳴を上げて許しを請うた。
「き……、切らないでくれ! 金に困ってたんだ!」
「お前の事情など、僕が知ったことではない」
冷ややかな声が夜の闇に落ちる。このままでは男が切られてしまうと悟り、リンファスは自分を庇った黒いマントの裾に縋りついた。




