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知らない男から電話で「お前の恋人は預かった。無事に返して欲しければ、今すぐ彼女に会いに来い」と脅された

作者: 墨江夢

 俺・遠藤直斗(えんどうなおと)には、付き合って一年になる恋人がいる。

 彼女の名前は、谷原果歩(たにはらかほ)。俺と同じ、高校二年生だ。


 親同士が知り合いということもあり、俺と果歩は子供の頃からの付き合いだった。謂わゆる幼馴染というやつだ。


 俺にとって果歩は一番近い異性で、だからこそ恋愛感情を抱いていなかった。

 近すぎるせいで、ほとんど家族みたいな感覚だったからなぁ。実妹に恋をする兄なんて、まずいないだろう?


 だから俺が果歩に抱いていたのは、親愛或いは家族愛で。「果歩が好きだ」と豪語することは出来るけど、それは決して恋愛的な意味ではなかった。


 一年前までは。


 去年の夏休み。遠藤家と谷原家合同で毎年恒例のキャンプに行った。

 都会では決して見られない満天の星空の下で、果歩は突然俺に告白したのだ。


 ――私、直斗のこと好きなんだけど。その、そういう意味で!


 いきなりの告白に、当然俺は驚いたさ。

 だって今まで果歩を恋愛対象として見たことなかったし、果歩も同じだと思っていた。


 しかし蓋を開けてみたらそれは勘違いで。果歩はずっと前から俺に好意を寄せていてくれたそうだ。


 俺と果歩は幼馴染だ。家族みたいな存在だ。

 でも、もうこれまで通りではいられない。

 告白を受けるにせよ断るにせよ、俺たちの関係性が大きく変わるのは明白だった。


 果歩に恋愛的な意味で好意を抱いているかと問わられると、「わからない」というのが正直な答えだ。

 果歩のことは……うん、好きなんだと思う。だけどこれまで恋愛なんてしたことがないから、その「好き」が異性に向けられるものなのかわからない。


 じゃあ、果歩の告白を拒むのか? それはそれで、気が引ける。


 現状俺は果歩と手を繋ぎたいと思わないし、キスしたいとも思わない。その先だって、然り。

 だから何よりも優先すべきなのは(それこそ自分の気持ちよりも、だ)、果歩を泣かせないことだった。

 彼女を泣かせたくないという思いだけは、間違いないのだから。


 結果俺は、果歩と付き合うことにした。好きかどうかもわからないのに。

 そうやって自分の気持ちに明確な名前をつけられないまま交際を続けて――現在。


 俺のスマホに、知らない番号から電話がかかってきた。

 電話に出ると、これまた知らない男がこう語る。


『お前の恋人は預かった』





『お前の恋人は預かった』


 不審な人物からの、不審な内容の電話。普段だったら、「あっ、そういうの間に合ってます」と言って、即切りしていただろう。


 しかし「恋人」というワードが出てきた以上、無碍には出来ない。ましてや謎の男は、果歩を預かったとほざいていやがるのだ。


「……お前、何者だ?」

『そうだなぁ……「愉快な誘拐犯」とでも名乗っておこうか』


 成る程。バカということか。こっちは全然愉快じゃないっての。


 誘拐犯と名乗っていることや、「恋人は預かった」と言ったことから、果歩はこの愉快な誘拐犯(以後誘拐犯)に拐われたと考えるべきだろう。

 そうなると、俺の取るべき行動は一つ。……通報だ。


 だって俺、ただの高校生だからね。桁外れの推理力とか持っていないからね。

 困った時は、人に頼るのが吉だ。だからお巡りさん、助けて下さい。


「あっ、すいません。今忙しいんで、後でかけ直します」


 そう言って電話を切ろうとすると……誘拐犯に待ったをかけられた。


『警察に電話するつもりなのだろう? 言っておくが、通報したら恋人は無事では済まないぞ。この通話を勝手に切ることも許さん』


 どうやらこちらの思考はお見通しのようだ。

 俺はタップしかけた「切」ボタンから、ゆっくり指を離した。


「わかった。お前の指示に従う。だから……果歩の無事を確認させてくれ。彼女に危害は加えていないんだよな?」

『確かに。恋人ならば、心配するのは当然のことだよな』


 いや、たとえ恋人じゃなくてただの幼馴染だったとしても、誘拐されたら心配すると思う。一般的に考えて。


『恋人の声が聞きたいか?』

「聞かせてくれると助かる。果歩が一先ず無事だとわかれば、俺もお前の言葉を信頼出来るんだな」

『強気な発言だ。……良いだろう』


 誘拐犯が電話口から離れると、彼と入れ替わるように、果歩の声が聞こえる。


『直斗! 助けて!』


 どこか恐怖の入り混じった、果歩の叫び。彼女の声を聞いて、俺は半信半疑だった誘拐が実際に起こっているものなのだと確信する。

 本当に誘拐されているのなら、一刻も早く助け出さなければ。


「果歩、大丈夫か!? 何もされていないか!?」

『大丈夫……ではないけれど、怪我したりはしてないよ』

「今どんな状況なんだ? 手錠をされているのか?」

『ううん。ただ椅子に座らされて、ロープで縛られてはいるけど』


 よくドラマなんかで見る誘拐の光景なので、彼女の現状が容易に想像出来た。

 長時間縛られていれば、体が硬直してしまいいずれは不調をきたす。それに今は何もされていないだけで、ずっと何もされない保証はどこにもない。

 1時間後は? いや、1分後は? それどころか、こうやってあれこれ考えている間にも誘拐犯は果歩に何かしようとしているのかもしれない。そう思うと、気が気じゃなかった。


 誘拐犯め、許すまじ。


「……果歩、絶対に助けるから」


 俺が宣言すると……果歩ではなく、誘拐犯が『ごめん』と返してきた。


『まだ会話の途中だったんだな。てっきり終わったものだと思って、スマホを取り上げてしまった』

「……もしかして、さっきのセリフ果歩に伝わってない?」

『あぁ。凄くかっこ良かったんだけどな。残念! ……私から伝えておこうか?』

「結構だ!」


 つまり俺は誘拐犯に「絶対に助けるから」と格好つけて言ったわけか。……恥ずかしい。

 誘拐犯め、本当に許すまじ!


 気を取り直して、これからの行動について指示を仰ぐとしよう。警察に頼れない以上、自力で果歩を見つけるしかない。


「おい、誘拐犯。目的は何だ? 金か?」

『高校生に金銭を要求する程落ちぶれちゃいないさ。私の要求はただ一つ。……お前がここに来ることだ』


 俺と会うことが目的ということは……誘拐犯は俺に復讐しようとしているのか?

 波風立てずに生きるがモットーの俺だ。人の恨みを買うことは、少ないと思う。


 最近恨みを買った人物がいるとすると……2組の小林とか? 一昨日の昼休み、あいつの目の前で最後の一個のプリンを買っちゃったんだよなぁ。

 たかがプリンと侮るなかれ。食べ物の恨みは恐ろしい。


 あとは4組の斎藤か? 先週の放課後、あいつが入る直前にトイレットペーパー使い果たしちゃったんだよなぁ。

 その後斎藤は小一時間、人が来るまで個室で足止めをくらっていたとか。恨みを買うには、十分すぎる。


 誘拐犯が小林ならば、「来る時にプリンを買ってこい」と指示する筈だ。斎藤ならば、「トイレットペーパーを買ってこい」と言う筈だ。

 つまり誘拐犯の次の一言で、その正体がわかると言っても過言じゃないわけで。


 俺が誘拐犯の次のセリフを待つ。すると彼は、


『ここに来る前に、駅前の花屋で花を買ってくるんだ』

「……花?」


 誘拐犯が指示したのは、プリンでもトイレットペーパーでもなく花の購入。

 前言撤回。犯人の正体はまるでわからない。


「ひと口に花と言っても、色々種類がある。何を買えば良いんだ?」

『それは自分で考えろ』


 自分で考えろと言われてもな……。


 しかしそう指示された以上、従う他道はない。俺は果歩を救うべく、駅前の花屋に向かうのだった。





 どんな花を買っていけば誘拐犯の眼鏡にかなうのか、さっぱりわからない。取り敢えず、仏花だけは避けた方が良いだろう。

 悩んだ末に、俺は駅前の花屋で薔薇を一輪買った。

 

 花屋を出た後で、俺はリダイヤルで誘拐犯に電話をかける。

 誘拐犯は、すぐに電話に出た。


『愉快な誘拐犯だ』

「わかってるよ。……花、買い終わったぞ」

『ほう。随分早かったな』


 恋人が身の危険に晒されているんだ。1秒でも早く買いに行くに決まっているさ。


『で、何を買った?』

「薔薇だ。一輪だけだけどな」

『そうか。少し待っていろ』


 そう言って、誘拐犯は2、3秒電話から離れる。

 微かにだが、誰かと話している声が聞こえたのだが……気のせいだろうか?


『合格だそうだ』

「合格だ……「そうだ」?」


 何だ、その他人行儀な言い方は? この誘拐の首謀者も、花を買ってこいと指示したのもお前なんじゃないのかよ?


『違う! 間違えた! 今のは忘れてくれ! 撤回!』


 誘拐犯、凄え必死だな。

 咳払いをした後で、誘拐犯は言い直した。


『薔薇を一輪買ったのだな。合格だ』

「……そりゃあ、どうも」


 何だろう? 段々とこの誘拐犯が、単なる間抜けに思えてきた。


 この調子ならもしかすると、うっかり自分の正体を漏らすかもしれない。そう考えた俺は、カマをかけてみることにした。


「……プリンがそんなに食べたかったのか? それともトイレの個室に1時間閉じ込められたのが、苦痛だったのか?」

『プリンにトイレ? お前は何を言っているんだ?』


 プリンにもトイレにも反応しないということは、やはり誘拐犯は小林でも斎藤でもないみたいだ。

 本当に、一体誰なのだろう?


 その後も誘拐犯からの指示は続いていく。

 甘いものを買いに行け。本を買いに行け。映画のDVDをレンタルして来い。などなど。

 様々な指示を出されたわけだが、全てに共通して言えることは「具体的に何を買うのかは任せる」ということだった。


 両手がいっぱいになるくらい買い物を終えたところで、誘拐犯から最後の指示がくだされる。


『買い物はもう終わりだ。愛しい恋人のもとに来るが良い』

「恋人のもとって……ノーヒントじゃ果歩がどこにいるのかなんてわからねーよ」


「愛し合っていればわかるだろ」とか言われたら、「んなわけあるか」と反論するつもりだ。俺と果歩にそんな特殊能力はない。


『ヒント、か。そうだな……お前と恋人の始まりの地とでも言っておこうか』


 俺と果歩の始まりの場所。そんなの、最早ヒントじゃなくて答えだった。





 電車を乗り継ぐことおよそ1時間。俺は毎年夏恒例のキャンプ場に来ていた。

 俺と果歩の始まりの場所、それはすなわち俺が彼女に告白された場所ということで。この星空の下のどこかに、果歩はいる筈なのだ。


 去年泊まったコテージに向かうと、ドアの前で一人の男が立っていた。


 全身を黒い服で覆っていて、顔には仮面をつけている。怪しさ満載のこの風貌……間違いない、この男こそ誘拐犯だ。


「指示されたものは持ってきたぞ」

「そのようだな」

「だったら早く果歩を解放しろ」

「それは私の役目ではない。……絶対に助けるんだろう?」


 この野郎。人の恥ずかしいセリフを蒸し返しやがって。


 誘拐犯がドアの前から退いたので、俺はその隙にコテージの中に入る。

 コテージの中では――


「あっ、直斗!」


 ――果歩がくつろぎながら、テレビを見ていた。


 椅子に縛られてなどいない。彼女が座っているのは、俗に言う「人をダメにするクッション」だ。

 飲み食い出来ないわけでもない。思いっきりポテチを食べながらコーラを飲んでいた。


 目の前の光景を見た俺は、理解が追いつかない。これはどういうことなんだ……?


「えーと……果歩は誘拐されていたんじゃないのか?」

「あー。それ、嘘」


「テヘッ」と、舌を出す果歩。嘘って、どういうこと!?


 すると誘拐犯がコテージの中に入ってきて、状況の説明をし始めた。


「要するに、偽装誘拐だったってことだよ。「君が本当に自分を愛してくれているのか確かめたい」って言って聞かなくてね。計画したのはこの子で、私は協力したまでさ」

「狂言誘拐なんて、そんな馬鹿げたことに協力したのか!? 一体何で!?」

「そりゃあ、父親だからだよ」


 そう言って覆面を外すと、露わになった誘拐犯は、確かに果歩の父親だった。

 口調を変えていたから、全然気付かなかった……。


「馬鹿げたことだと、私も思うよ。でもその動機は、決して馬鹿らしいものじゃない。……父親としても君にきちんと聞いておきたい。本当に娘を愛してくれているのか?」

「それは……」


 俺の果歩を思う気持ちが、恋かどうかわからない。そう思っていたのは、どうやら俺だけではなかったようで。

 1年の交際を経て、果歩も同じようなことを感じ取っていたようだ。


 きっと果歩は、本気で俺を好きでいてくれている。だからこそ、狂言誘拐を計画したのだ。


 果歩の父親からの、「娘を愛しているのか?」という問いかけ。その答えは……俺の両手の中にある。


 薔薇の花を始め、指示されて買ってきた甘いものや本は……全て果歩の好きなものなのだ。

 俺は無意識のうちに、彼女を喜ばせたいと思い、何を買うのかを決めていたのだ。


 今なら自信を持って、「果歩を愛している」と言える。 

 ただもう恋人が拐われるのは勘弁だ。もう離さないと言わんばかりに、俺は果歩を抱き締めるのだった。

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