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なんで俺が肉体労働しないとならないんだ

「……ださい……さん。」


うるさい声が聞こえる。俺は眠たいんだから静かにして欲しいもんだ。寝返りを打って声をシャットアウトしようとする。


「……ください……ろうさん。」


寝返りに合わせて声の発生源も移動して俺の睡眠を妨げる。また声から逃げるために寝返りを打つ、それに合わせて声も付いてくる……これを何回か繰り返す内に眠気が失せて俺はしぶしぶ目を開けた。


「起きてください! 光史郎さん!」


目の前にはピンク髪が見えた。これが普通の女の子ならエロゲ主人公の目覚めだけど、残念ながら目の前にいるのは普通の女の子じゃないし、俺もエロゲの主人公でもないし、目覚めた場所は雑木林だった。


「今日から仕事復帰なんですから、早く起きてください!」


「起きた……。」


目を覚ましたことを伝えて、目の前のうるさいアラームを止めた。


「ちゃんと身体も起こしてください。早く行かないと良い仕事が取られちゃいますよ。」


誰かに起こされるなんて大学生ぶりか? 単位の掛かったテストの日に遅れないよう親が起こしに来たっけ。学生じゃないんだから自分の起きる時間くらい好きにさせてくれよ。


俺は身体を起こそうとしたが身体が動かない。というか起きようという気にならない。俺は横になってボーっとしたままだった。


「いつまで横になってるんですか起きてください!」


ピリカが急かしてくるが、やる気が起きない。今まで寝たい時に寝て、起きたい時に起きていた身体もしっかり引き継いでるのかもしれない。転生というより転移を疑うような再現度に感心すらした。


「今日も働かなかったら、また野宿することになりますよ!」


野宿という言葉に危機感を覚え、ようやく身体が起きた。


「最初の早起きだった光史郎さんはどうしちゃったんですか!」


確かに一時は自分に魔法の才能があると思ってやる気に溢れていたけど、それが無いと分かった以上あの時の俺はもう死んだ。そして今は「死にたくない」それだけが俺の原動力だ。俺はただ死なないためだけに立ち上がった。






「ほら、光史郎さんが早く起きないから仕事の種類も少ないじゃないですか~。」


ピリカはいくつもある掲示板を端から端まで飛び回ってボヤていた。


「俺に向いてる仕事あった?」


俺が何気なく投げた言葉を受けてピリカが目の前に戻ってきた。


「あった?じゃないですよ。光史郎さんも自分で出来そうな仕事や興味がある仕事を探すんですよ。」


「そ、そう言われても俺、仕事したくないし……。」


「ほらまた目を逸らした! 私との約束覚えてますか?」


俺は昨晩、ピリカに助けてもらう代わりに約束をした。

約束の内容は一つ、会話するときにはピリカの目をちゃんと見るということだった。こんな子供みたいな約束アホらしいと思ったけど、命には代えられずに承諾した。


「わ、わかってる。」


女相手どころか人と目を合わせることなく長い期間生きてきたせいで、人の目を見ることに抵抗がある。磁石の同じ極が近づけば近づく程反発する力を生むのと同じように、俺とピリカの目線が合うと見えない力が目線を逸らさせようとしてくる。


「よくできました!」


ピリカに笑顔で褒められたが、こんなことで褒められる自分が情けなくて嬉しさは沸いてこない。


「それで今日の仕事なんですけど、これにしました。」


ピリカは俺の意見を聞くことなく選んだ配達の依頼書を見せてきた。


「配達?」


こんな仕事なら転生前でも出来るじゃねえか。せめてここでしか出来ないような仕事で楽なのにしてくれよ。


「光史郎さん、顔に出てますよ~。今の光史郎さんの魔力じゃ、仕事の選択肢は限られるんですから仕方ないですよ。まずは生活を立て直すことから考えてください。」


「わかったよ……。」


生活だのシビアな問題を盾にされたら従わざるを得ず、俺は渋々依頼主の畑まで向かった。






「あんたが今日の配達係かい?」


「っす。」


畑に着くと年寄りの婆さんに迎えられた。


「光史郎さん! なんですかそれ、挨拶と返事くらいちゃんとやりましょうよ。」


返事はしただろ……労働者と雇用主は対等なんだ、俺は媚びを売ったりなんかしないぞ。


「また嫌そうな顔して黙らない! おはようございます! 本日はよろしくお願いします。ハイ復唱!」


婆さんの後ろに回ったピリカが指摘を飛ばしてきた。


「お、おはようございます。本日はよろしくお願いします。」


「はい、こちらこそよろしく。」


面倒になりそうだったから渋々従うと、婆さんの後ろでピリカが満足気に頷いていてウザかった。






婆さんから仕事内容を聞くと、俺の仕事は10軒の家に野菜を配達することらしい。底辺階級らしい単純労働で俺は既にうんざりしていた。


「じゃあ光史郎さん、野菜を積んで早速配達に向かいましょう!」


それを余所にピリカは元気に檄を飛ばす。


「見てるだけのくせに……。」


「何か言いました?」


「いや?」


俺が台車に野菜を積むと10軒分は積み切れないことが分かり、二回に分けて配達することにした。


「よし、じゃあ行こう。」


第一陣を積み終えて俺は出発の合図をした。


「ちょっと待ってください! なんですかこの積荷!」


「なにが?」


俺はピリカが何に引っかかっているのか分からなかった。


「今積んでる野菜の配達先全部バラバラじゃないですか! どんなルートで配達するつもりなんですか!」


「ああ。」


俺は指摘を受けて畑の東側、西側の配達先に分けて運ぶことにして、改めて東側に配達する荷物を5つ積み直して出発した。






東側の配達を終えた俺は空になった台車を引いて畑へ戻っている。仕事自体は本当に誰にでも出来る単純労働で、今までと違って一人で行動出来るから俺に向いていると思う。厳密には一人じゃないけど……。


「かなり無駄な距離を歩くことになるとこでしたよ。もう少し考えて行動しましょうよ。」


「わかったわかった。」


「分かってません!」


ピリカの母親のような小言を聞き流しているうちに畑に帰りつき、今度は西側の配達先の野菜を台車に積んで後半スタート。


「よし。」


「光史郎さんやる気出てきましたね!」


「終わりが近づいてきたから。そういや給料はいくら貰えるんだ。」


「光史郎さん……。」


ピリカが憐みの目を向けてきた。


「確かに仕事を選んだのは私ですけど、実行するのも報酬を受け取るのも光史郎さんなんですから依頼内容は読みましょうよ。こういうのなんて言うか知ってます? とーじしゃいしきって言うんですよ。」


三十歳のいい大人を子供扱いすんじゃねえよ……。


「ほらそれ! またムスッとした! ちゃんと言いたいことがあるなら言ってください。じゃないと光史郎さんの考えてることは伝わらないんですからね。」


「じゃあ、説教が多い。」


「私だってお説教したいわけじゃないんですよ。でも言わないと光史郎さんは気づいてくれないから。光史郎さんはもっと素直になりましょうよ。」


自分で考えろだの、考えていることが分からないだの言われて、正直に喋れば素直になれだあ?


「あなたの言うことは素直になんでも聞くのでどうぞ指示してください。」


「まったく、光史郎さんを更生させるにはまだまだ時間が掛かりそうですね……。あっ、次の配達先ですよ!」


配達先はどれも木造の民家で、扉の横には配達物を入れる箱が置かれている。その箱に麻袋にまとめられた野菜を入れて配達完了。


「あと4つ、さっさと終わらせよ。」


その後7,8,9つ目の野菜も問題なく配達し終えた。仕事内容自体は単純だけど、肉体労働は三十歳の身体にはキツイ。痛む足の裏、上がらない腿、台車を引いて張った二の腕。炭鉱仕事以上にハードな労働に最後の荷物を残して限界に迫っていた。


「はぁ……はぁ……。」


もう帰りたい……。


前半はあっさり終わったけど、後半は疲れも出てきて配達に掛かる時間も増えている。青からオレンジに変わっていた空は俺の体力ゲージを表してるみたいだった。でも俺の体力は既に赤ゲージだっつーの。


「もう無理。」


俺は台車から手を離して、地面に倒れ込んだ。


「確かに体力使う仕事だから辛いですよね。」


「うん。」


「でも光史郎さんこんなに身体動かしたの久しぶりなんじゃないですか?」


「久しぶりなんてもんじゃない、十年ぶり以上かも。」


「今までやらなかったこと、出来たじゃないですか。たった一日で一つ成長したんですよ。」


成長か、俺が最後に自分の成長を感じたのっていつだろ? それこそ二十年ぶりくらいだったりするんじゃないか?


「俺、成長してんの?」


「正直、私は途中で光史郎さんが投げ出すんじゃないかって心配してたんです。だけど光史郎さんは文句言いながらもここまで頑張ったんですから自信を持ってください。」


「確かにこんなに辛かったのに、なんで辞めなかったんだろ。」


自然と口から疑問が出た後に思い出した。


「あー俺、住むとこないんだった。ははっ。」


自分でも何の笑いか分からなけど、笑いがこぼれた。でもなんだか気分が良い笑いだった。


「ここで諦めちゃうんですか?」


ピリカが仰向けになった俺を覗き込んできた。そこで俺は今日の仕事を辞めなかったもう一つの理由に気づいた。ピリカの小言をずっと聞かされていたせいで、辞めるとか考える暇が無かったからだ。

思い返せば俺はこの世界で仕事をするときにこんな風に会話する相手いなかったな。俺は今日、ピリカに助けられてたのかな。


「ここで諦めたら俺、生きていけなくなっちゃうんだよな。」


「少なくとも今日も野宿確定ですね。」


「仕方ないか、死にたくないもんな。」


「はい!」


今日は飛び回るだけのピリカの言葉にムカつくこともあったが、今のピリカの返事は俺の身体を起き上がらせるには十分な力をくれた。


「それじゃあ、改めて最後の一軒頑張りましょう!」


オレンジ色の空の下、俺達は再び台車を引き始めた。






「おつかれさま~。ありがとうねえ。」


「っす。」


……じゃない。


「おつかれさまでした。」


台車を婆さんに返して、集落まで戻った俺達は今日の報酬を貰い、その報酬で今日の夕飯と寝床を確保することができた。


「この布切れが羽毛布団に感じる。」


「お疲れさまでした。初めて仕事をちゃんとこなすことが出来ましたね。」


仕事内容は単純だったけど、仕事を成功させたことに達成感を覚えた。


「私は諦めませんから、人は目標のために努力を続けられる生き物だって。その目標がただ死なないことだとしても。」


「努力……できてた?」


「はい! 光史郎さんは今日で一歩成長しましたよ。」


閉じかけの目でギリギリピリカの笑顔を捉えて俺は眠りに落ちた。


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