人生やり直せなくても死にたくはない
「光史郎さん、あなたはこれからどうなりたいんですか?」
最初にピリカは俺に質問を投げかけてきた。でも笑顔が無く真剣なピリカを見ると俺にはこれが質問ではなく、何かの確認作業のように感じる。
「そりゃ転生したんだし、凄い能力を手に入れて世界で活躍したり、可愛い女の子とスローライフを楽しみたいさ。」
「そうですよね。ならそのためにやらなければならないことがあることも分かりますよね。」
「だから俺はお前の本を使って魔法を勉強したんだよ。なのにお前がちゃんと教えないからちゃんと魔法が使えなかったじゃねえか。」
「魔法はちゃんと使えていましたよ。あれが今の光史郎さんが扱える最大の威力です。」
「ふざけんな、あんなの何の役にも立たなかったぞ。お前も見てたなら分かるだろ。」
「確かに討伐依頼を受けるべき魔力ではありませんでしたね。今の光史郎さんの魔力は6歳の子供と同等ですから。」
俺の魔力が他の奴らより弱いことは討伐の件で嫌でも理解させられた。でも子供と同レベルとは考えもしなかった。
「だから私は最初に討伐依頼は避けることをお勧めしましたよね。」
「そんなこと聞いてねえよ。だったら俺が受けようとしたときに止めればよかっただろ。」
「そうですか……でも一度自分の身で失敗を経験しない限り光史郎さんは自分の力を過信し続けてしまうと思いましたので。」
「そのせいで俺は死にかけたんだぞ。」
俺は腕の傷をピリカに見せた。
「光史郎さんはガルムの爪が掠って軽い擦り傷を負っただけじゃないですか。」
俺がどれだけ恐ろしい想いをしたのか一切考えていない返事をされたが、俺は何も言い返すことが出来なかった。
「そのせいで一緒に討伐していたメンバーの方に迷惑をかけたうえ、助けてもらったのに光史郎さんはその後なにをしてましたか?」
あの時の俺はとにかく惨めで恥ずかしい想いをさせられた、それもこいつがちゃんと仕事をしないせいだ。
「今と同じ態度を取ってましたよね。」
無意識な自分の行動を指摘されたせいで、こいつに全て見透かされているように感じて俺は身震いした。
「私は光史郎さんを観察する中で、大きな問題点を3つ見つけました。」
目の前にいるのは悪魔で、今まさに俺の首元には鎌が構えられている。
「光史郎さんにはコミュニケーション能力、現実感、自制心が大きく欠けていると思います。」
俺は今異世界に転生してるんだよな? なんでこんなこと言われないとならないんだよ。
「俺は魔法の才能で成り上がるんだよ。だからそんなもん関係ねえよ。」
「でもその結果が今の光史郎さんですよね。住む場所も失ってこれからどうするつもりなんですか?」
ピリカに指摘されて自分のこれからについて初めて考えた。俺はこれからどうなるんだろう。でも俺は今とにかく何もやる気が起きないんだから仕方ないだろ。
「転生する。」
「次の転生までまだ5ヶ月以上ありますよ。それにこのままじゃ次転生しても今と変わらないままじゃないんですか?」
「確かに今回俺は何も持たず転生させられたけど、次は何か能力を与えられるかもしれないだろ。」
「光史郎さん、私の話を聞いていただけてましたか? 転生後の能力は本人の能力の範囲内でしか与えられないと説明したはずですよ。光史郎さんにはなりたい自分の理想があるんですよね? ならそれに向けて一緒に頑張りましょうよ。」
確かに俺は理想を持ってるけど、そのために頑張るって気は起きない。
「頑張りたくない……。」
「え……。」
「俺は頑張らずに自分の理想を叶えたい。」
ピリカは口をポカンと開けているけど、俺はそんなにおかしいことを言ってるか? 誰だって頑張らずに理想が叶ったら嬉しいだろ。
「いやいや、そんな御伽噺みたいなことを願っても事態は何も変わりませんよ。何もせずに理想が叶うなんてありえませんし、お願いですからそんな子供みたいな考え方やめてください。」
「よく考えたらこの転生だって御伽噺みたいな出来事だろ。だったら次の転生で突然に力に目覚めてもおかしくないはずだ。」
ピリカが返答に困っている。俺は間違ったことを言っていないんだから当然か。
「確かに天使に取っても天界に人間が現れたことは御伽噺のような出来事でした。でも転生のシステムは天使の魔法で管理されている以上、イレギュラーはまず起こりません。」
「100%無いとは言えないはずだろ。」
「そ、そうですけど精度は限りなく100%に近いですよ。」
ピリカも俺の論理に押されて形勢は徐々に俺に傾いている。
「なら俺はそのわずかな可能性に賭けて最後まで諦めない!」
「なんでそんなレアケースに人生を全賭けするんですか! 折角なりたい理想があるんですからコツコツ努力を重ねて普通の成功ルートを歩みましょうよ!」
「それでも俺は努力しないで理想を叶えたい。人生を一発逆転したいんだ。」
俺の固い意志に返す言葉を失っていたピリカは困った顔をしている。
「もしかして生前でもそうやって努力から逃げて生きてきたんですか?」
転生したんだから昔のことは関係ないだろ。ピリカの困り顔が憐みを帯びてきて俺は嫌な気分になった。
「光史郎さんは生前30年生きていたことは知っています。その時は何をやっていたんですか?」
真っ先に俺の頭をよぎったのはゲームやアニメ、ネットサーフィンの記憶だった。
「……色々頑張ってた。」
「具体的に教えて貰えませんか?」
俺は頑張ってたよな、親ガチャも国ガチャも外れたのにちゃんと生きてただけ褒められるべきだよな……。俺はとにかく何かを言い返そうとしていた。
「口をパクパクさせてるだけじゃ分かりませんよ。」
何か言い返さないと……じゃないとこいつは俺の不可侵領域にまで足を踏み入れてくる気がする。でもなんて言ったらいいか分からない。
先に口を開いたのはピリカだった。
「もう待つのは辞めませんか? 生前の光史郎さんも現状が変わることに期待して待ち続けていたんじゃないですか?」
今度は向いてる仕事が見つかるまで待っていた自分が頭によぎり、嫌な汗が首元を伝う。
「待っていても何も変わらないし、行動することから逃げようとする負の習慣が蓄積して元に戻るのが困難になります。第一、転生のイレギュラーを待つことは行動しながらでも待つことは出来ますよね。」
今まで俺が押し込んでいたものが溢れ出すのが分かる。本当は気づいていたけど見ないふりをして何年間もやり過ごしてきた。『出来ないかもしれない』は保留し続ければ『かもしれない』のままにできる。ただ実践してしまったら『出来ないかもしらない』は出来るか出来ないで明らかになってしまう。実践の先が出来ないであることを察していたから、俺は『かもしれない』に色んなものを押し込んで保留し続けてきた。だからこそ俺は何とかして今回も保留できないか模索する。
「そ、そもそも人間は努力しなきゃならないって考え方がおかしい、生きてるだけで素晴らしいことだろ。」
「生きるだけのためにも人間は努力や行動が必要ですよ?」
ピリカはあっさり俺の言葉を否定した。
「食べ物を作るために田畑を耕したり、それを買うためにお金を稼いだり、住む場所を確保したり、命を維持するだけでもやらなければならないことはたくさんあります。生きる中ですべきことが習慣になって、特別なことをしていないように感じるだけで努力や行動は必要です。光史郎さんはどうやって生きてきたんですか?」
「どうやって生きてきたか……?」
寝て起きてゲームやネットサーフィンをしていただけでそれ以外に何かやっていた記憶がない。
「俺はどうしてたんだろう……。」
「生きるために必要なことを誰かが全て肩代わりしてくれていたんじゃないですか。」
「あっ。」
親だ、食事もネット代も小遣いも親が出していた。俺は生きるためにすべきことを何もしていなかったのか?
「生きているだけで素晴らしいと言っていましたが、今の光史郎さんはこの世界で生きていくことすら危うい状況です。」
ピリカに言われて自分が金を使い果たし、寝床も追われたことを思い出した。恥ずかしさや惨めさは一瞬で命の危険を伴う恐怖に変わった。転生する前なら死も怖くなかったが、いざ命を与えられると失うのが怖くなってしまう。自分が長年目を背け続けた現実が一気に襲い掛かってきた。
「俺の生活を維持していた親もいない中、一人でどうすりゃいいんだよ……。」
「もう私は理想の転生のために努力しろなんて言いません。私も協力しますから今はまず生きることを目標にしましょう。」
ピリカは俺に手を差し伸べてまっすぐな目で見つめる。その目に憐みは無く、ただ強い意志を感じる。
「生きるため……。」
俺はピリカから差し伸べてられた手をじっと見ると、不安と安心がごちゃ混ぜになって涙を溢した。
「まだ死にたくない、助けてください……。」
「はいっ!」
俺が泣きながら手を取るとピリカは初めて会った時と同じ笑顔を返した。
俺は転生したら楽しい生活が待っていると思っていた。でも実際に待っていたのは生前より過酷な環境での生活だった。ここから努力しまくって人生やり直そうなんて気にはやっぱりなれないが、死にたくないという目標が出来た。