今の俺なら討伐依頼もこなせるだろう
あれから一週間ほど、俺は魔法の練習に明け暮れた。
俺は火魔法を集中的に鍛えて、確実にレベルアップしていた。
最初は火花が散るほどだったが、今ではライターほどの火を発生させられるようになった。
その間にもピリカはやってきていた、可愛い女の子が毎日訪ねてくるのは気分が良かったが、日に日に説教くさくなってきてからすぐ追い返すようにしていた。
そろそろ簡単な仕事から始めた方が良いだの言われたが、ピリカは何もわかっていない。
目先の利益にとらわれたら、その先にある本質を見失ってしまう。
俺は目先の安い賃金の仕事より、魔法を鍛えて高い賃金の仕事を目標にしてるんだ。
そのへんの判断が付かないあたりまだ子供なんだろう。
「そろそろ行くか。」
機は熟した、俺は今日から仕事を始める。
ここから新しい人生をスタートさえるんだ。
決意を胸にこれまでの練習の成果を再確認すべく詠唱を始める。
「火のエレメントよ、我が魔力と結合し焔をもたらし給え。」
右手の先からライターほどの火が数メートル先へ飛んだ。
俺は火花から火の玉まで火魔法を成長させた自分の才能に感心した。
ふと外を覗くと外で遊んでいる10代くらいの子供の姿が見えた。
子供たちは松明に大きな火を灯して振り回して遊んでいた。
別の日にはバケツを使ったのか疑うほど水浸しになって遊んでいる姿も見えた。
魔法の練習に集中したかった俺は子供の声にイラついていたが、自分の成長に夢中になるにつれて、そんなことで集中力が途切れることも無くなった。
俺は仕事を受けるために掲示板へ向かった。
「あった。」
俺の目は『討伐』と書かれた仕事に止まった。
内容はガルムという狼のような魔獣の討伐らしく、他に討伐の仕事が見当たらなかったからこれを受けることにした。
集合場所に向かうと俺と同い年くらいの男と20代前半に見える男2人が集まっていた。
「俺はナムだ。今日は俺を入れたこの4人で討伐を行う、よろしく頼む。」
俺と同い年くらいの男はナムと名乗る、こいつがこの仕事の管理者らしい。
「よろしくお願いします。」
年下の男たちが返事をしたから、俺も合わせて頭を下げると現地に移動となった。
移動の途中で今回の作戦について説明された。
内容は餌でおびき寄せたところを四人で囲み、四方から火魔法で逃げ場なしの総攻撃を仕掛けるといったものだ。
遂に魔法で戦う時が来て俺はワクワクしていた。
今は序盤の雑魚モンスターを弱い魔法で倒す段階だが、いつかはレアモンスターを最強魔法で倒せる日が来るんだ。
「よし、ここだ。」
ナムがポイントに着いたことを知らせた。
ここから4人は四方に隠れてガルムが現れるのを待つ。
しばらくすると二足歩行する狼のような生物が現れ、仕掛けた餌を食べ始めた。
「よし今だ!」
ナムが全員に合図を出した、その瞬間俺達は飛び出して火魔法でガルムに総攻撃を仕掛ける。
当然俺もそれに加わるために詠唱を始める。
「火のエレメントよ……は?」
俺は状況を理解できなかった。
俺が詠唱を始めた時には三人は火魔法を発動させていて、しかも火のサイズはバスケットボールくらいあった。
三方向から迫る火魔法に逃げ道を見つけたガルムは俺に向かって突っ込んできた。
「ひゃあっ!」
足がすくんで動けない俺にガルムの爪が掠って、きっかき傷を作った。
獲物を捕らえ損ねたガルムは再び俺にとびかかってきたが、その瞬間ナムの火魔法がガルムを直撃した。
ガルムはしばらくその場でのたうち回った後、動かなくなった。
それを確認するとナムはガルムを袋に回収して、後は帰還するだけとなった。
だが、ナムはその前に俺に詰め寄ってきた。
「おい、どういうつもりなんだ。なぜ火魔法を打たなかったんだ。」
「いや、その……。」
打たなかったんじゃない、打てなかったんだよ……。
お前らがあんな強い魔法を使うと知ってたら、お前らが詠唱もしないで魔法を使うと知ってたら、もっと待ってから仕事を受けてたさ。
「黙ってたら分からないだろ。理由を答えろと言っているんだ。」
理由なんて分かりきってる、俺が魔法を使えないからだよ。
でもこの状況で言えるわけないだろ惨めすぎる。
俺が自信満々に出してたあれは何だったんだよ。
「もしかしておっさん、魔法使えないんじゃないすか。」
「そんなわけないだろ、何か理由があるんだろ。」
理由なんてねえよ……年下の男の一人は俺をバカにし、もう一人は俺を庇ったがどちらの言葉も俺を傷つける言葉には変わりなかった。
「お前、俺と同じくらいの年代だよな。その拗ねた子供みたいな態度をやめろ、気味が悪い。」
底辺階級のくせに偉そうにしやがって、俺が成り上がったお前らなんて……。
これ以上反発したら俺が何年間も抑え込んでいたものが溢れ出そうだった、とにかく下を向いたまま黙って集落まで戻った。
俺は自信と惨めさと恥ずかしさと引き換えに報酬を受け取り、部屋に戻るとすぐに寝た。
次の日は、怪我の療養のために仕事はしなかった。
そこから数日間も療養に専念した。
次の数日間も出来なかったわけではないが仕事はしなかった。
そのうち賃料を払えなくなるから仕事をした、魔法石工場、炭鉱、門番と色んな仕事をした。
でもどの仕事も俺には出来な……、違う向いてなかった。
ついに賃料を払えなくなり俺は夕暮れの空の下に追い出されて、手元には埃まみれの本とベルだけが残った。
手元の物を見て、この期間ピリカが姿を見せていなかったことを思い出すと俺は腹が立ってきた。
あいつの仕事は俺をサポートすることだろうが、なんで俺が困ってた時に出てこなかったんだよ。
俺は分からないことだらけの環境で頑張ってたのに、あいつは仕事をサボってるなんて許せるはずがねえ。
俺は怒りを込めてベルを地面に投げつけた。
すると暗黒の穴からピリカが現れたが、これまでの元気な挨拶も笑顔もそこにはなかった。
「おい、この無能! 俺はお前がいないせいで辛い思いをたくさんしたんだぞ! 魔法だってお前の本じゃ全然……。」
だがそんなことは俺には関係ない、俺は思い付く限りの文句をこいつにぶつけた。
それを全て聞き終えるとピリカは口を開いた。
「私は恩師に人間は諦めない素晴らしい生き物だと教わって、人間に関れる仕事をしたいと思っていました。働き始めてからは全員がそういう訳ではないという事も知りました。それでも皆さん何かしらの努力を積んで生きていました。」
俺が何年間も抑え込んできたものにこいつが触れようとしているのを感じて、背筋が凍った。
「私はこれまでずっとあなたのことを見てきました。そしてあなたが抱える問題についても分かるようになりました。」
ピリカはこいつから見た『吉野光史郎』について語り始めた。