俺には魔法の才能があるのかもしれない
目を覚ますと外は日の出だった、こんな時間に起きたのは何年ぶりだろう。
久々の早起きは案外気持ちよくて生まれ変わったような気分になり、床に敷いた薄汚れた布が本当に生まれ変わってしまったことを思い出させた。
だが、そこまで悲観的にはなっていない。
俺は夢を見ていた、あれは多分天啓なんだと思う。
夢の中の俺は、誰も敵わないとされていたドラゴンを魔法で倒し、一国の王女に求婚され、共に世界を旅していた。
これまでの人生は環境に恵まれなかった。
でも、もしかしたらこの世界なら俺の才能が発揮できて、正しく評価される時がくるかもしれない。
だから俺はこの世界で人生をやり直そうと心に決めた。
数年ぶりの早起きは俺の本気の表れなのかもしれない。
「おはようございま~す。」
ピリカが寝起きドッキリの撮影みたいな小声で例の穴から出てきた。
多分俺はまだ寝ていると思っていたのだろう。
小娘の侮りにマウントを取る気分で俺は朝の挨拶を返した。
「おはよう。」
「え、お、おはようございます!」
ピリカが今度は元気よく笑顔で挨拶を返してきた。
俺に会えたのがそんなに嬉しかったのだろうか。
そして俺も早く魔法を使えるようになりたくて、ピリカに会うのを楽しみにしていた。
「早く魔法を教えてくれよ。」
俺から話を切り出すとピリカは驚いたように見えた。
「光史郎さんがやる気なのは嬉しいですけど、折角朝早く起きたので先に掲示板を見に行きましょう。」
掲示板なら現世で毎日見てたけど……。
ピリカに案内されたのは住居と食品売り場とはまた別の木造の建物だった。
中にはここの住民らしい奴らで埋め尽くされていて、コルクボードらしき板に貼られた紙を取っている姿が見えた。
俺の隣には羽を生やして宙に浮いている女の子がいるが、誰も反応しないあたり俺にしかピリカの姿は見えていないようだ。
「ここが案件掲示板です。見ての通りあの掲示板に仕事の案件が張り出されるので、それを取って指定の場所で仕事をこなし、現場の管理者に魔法印を貰い、受付に提出すると報酬が支払われます。」
ファンタジー作品で見るギルドみたいで胸が躍ったが、動画越しに笑って見ていた底辺労働者の姿とも重なり何とも言えない気持ちになった。
だがそれは今だけの話、俺の能力が開花したらすぐにこんな階級抜け出せるはずだ。
俺は少し背伸びして掲示板を見ながら言う。
「俺に向いてる仕事はあるんだろうか。」
「種類はいくつかあるはずなので、色々試してみたら良いと思いますよ。ちなみに条件のいい仕事程早く取られちゃうので早起きが習慣になると楽かもです。」
ピリカはそういうと掲示板の近くへ行って、少しして戻ってきた。
「今出てた仕事は炭鉱、製造、建築、討伐あたりでしたね。おすすめは……。」
「討伐!?」
周囲の人間がこっちを見てきて。俺の声は周りに聞こえていることを思い出して恥ずかしくなった。
だが、ゲームみたいな仕事に俺は感動を隠せなかった。
「ここは国の一番外側ですから周辺の魔獣が出ることもあって、その討伐の仕事ですね。報酬は高いですけど、その分危険も伴うので魔法を扱えるようになるまではおすすめ出来ません。」
「魔獣なんかも出るのかよ。」
本当にゲームのような世界に俺は感心していた。
ピリカは俺が魔獣に不安を感じていると思ったのか詳しく説明を始めた。
「この世界は主に人間の生活圏と魔獣の生活圏に分かれていて、この国エルサンドは下流階級の生活圏が魔獣の生活圏との境界線になっているんです。ですが、この地域の魔獣はあまり狂暴ではないので生活する分には脅威になりません。」
いつかこの地域に居ないはずの強力な魔獣が現れた時には、それを倒すのが自分の使命なんだと自覚した。
俺が強力な魔獣討伐を夢想しているとピリカが割って入った。
「というわけで、仕事についてはこんなとこです。じゃあ最後にお待ちかねの魔法について説明しますね。」
俺とピリカは仕事へ向かう下流労働者を横目に部屋へ戻る。
へへっ、下流の皆さんご苦労さん。
俺はあと9日は無職で過ごせる特権階級なんだよ。
部屋に戻るとピリカから文庫本程度の冊子を渡され、中身を見ると魔法について記述されていた。
「私も光史郎さんに魔法能力がどこまで備わっているか把握できていないので、魔法の基礎の基礎から纏めさせてもらいました。」
俺が転生されることが決まってからこれを作ったのか?
この厚さの本をこの短期間で作るなんて……天使っていうのは暇を持て余してるのだろうか。
俺が本をパラパラと捲っているとピリカが声を掛けてきた。
「まずは実践してみませんか?」
実践と言われても魔法の使い方を知らない俺はフリーズした。
ピリカは一度咳払いすると漫画かアニメのような詠唱を始めた。
「水のエレメントよ、我が魔力と結合し潤いをもたらし給え。」
俺は何が起きるのか息をのんだが、何も起こらなかった。
「って、光史郎さんがいうと水魔法が使えます。」
手本を見せてようとしたわけじゃないのか。
ともかくこれが俺の魔法デビューだ、さっきの詠唱を……。
「忘れた。」
ピリカは俺から本を取り上げて、水魔法の項目を開いて返した。
改めて俺は右手を前に出し、詠唱を開始する。
「み、水のエレメントよ、わ、我が、ま、魔力と結合し潤いをもたらし給え。」
これを30歳が言うのはかなり恥ずかしいな、ここが自分の部屋でよかった。
そう思った直後、右手の指先から3滴の水が落ち、床に3つの染みを作った。
本当に自分に魔法が使えることが分かり、俺は舞い上がった。
初めてで魔法を使えたぞ……俺には本当に魔法の才能があったんだ。
「で、できた……。」
有頂天になった俺は自慢げにピリカを見た。
口元を手で覆い驚きを隠せていないピリカが口を開いた。
「こ、これは……。」
このリアクションは仕方ない、当人の俺でも驚いてるくらいだからな。
ピリカは頭を抱えた後にまた口を開いた。
「最初の内はこの基礎を繰り返して、魔法を強化することを目標にしましょう。」
無難なアドバイスに拍子抜けしたが、俺の才能をどう伸ばせばいいのか考えあぐねているのだろう。
「ひとまず、これが魔法です。魔法の原理は水・火・風・土の4つの自然エネルギーで、これを魔力と一体化させることで発生します。」
なんだかよく分からないが、この本を読めば分かることだろう。
「仕事の中には魔法を使うものも少なくないので、魔法に慣れたらそのような仕事を受けると働きながら魔力を鍛えることもできます。」
魔法の仕事……これこそ俺の才能が生かせる、俺に向いてる仕事なんじゃないか?
今は水滴しか出なかったが、すぐにもっと凄いことが出来るようになるはずで、俺は早くその方法を知りたい。
「もっと魔法を強くするにはどうしたらいい?」
「先ほどのお伝えした通り、基礎となる魔法を繰り返せば魔法紋が活性化して、発生する魔法も強まります。短期間で一気に変わるものではないので日々の積み重ねが大切になります。」
いやいや俺が求めてるのはそういうじゃないんだよ。
「もっと簡単なテクニックみたいなのを聞きたいんだけど。」
ピリカは困ったような笑顔で返答する。
「すみません、私の勉強不足でそういう方法は分かりません。」
はあ……使えね、この才能の原石を磨くのがお前の役割じゃねえのかよ。
でも許してやる、なぜなら俺には魔法の天才としての心の余裕があるからだ。
俺は早速本に目を落とす。
「じゃあ、俺は魔法の勉強したいからもう下がっていいよ。」
ピリカは変わらず困った表情をしている。
これまでこの子には、はっきり言ってくれる存在がいなかったのだろうか。
まあこの経験がこの子の成長に繋がればいいさ。
「で、では今日はこれで失礼しますね。あとこれをお渡ししておきます……。」
ピリカはベルのようなものを置いた。
「もし何かお困りでしたら、それを鳴らせば私が駆け付けますので……。」
「わかった。」
俺はすっかり本に夢中で目線は本から離さず返事をした。
「では失礼します……。」
ふと本から目を離すと俺は重大なことに気づいて、自分を責めた。
さっきの水魔法の染みをよく見ると、3つではなく5つになっていた。
危うく自分を過小評価してしまうところだった、これまで俺を正しく評価出来る存在に出会えなかったのだから、俺だけはちゃんと自分を評価してやらないでどうする。
自信を胸にその日俺は夜まで魔法の練習を続けた。