転生したのにチートもギフトもないとかありえねえ
目を覚ますと今度は硬い地面の上だった。
あの時と同じで身体は動くし、無傷のままだ。
そして、俺を覗き込むピンク髪の女の子の姿があった。
「よかったー、ちゃんと起きた!」
その女の子は俺の生存を喜んでいた。
「誰?」
その子は喜び終えると姿勢を正して自己紹介を始めた。
「初めまして、私ピリカって言います。ミスティーチャン様の命で、あなたのこの世界での生活をサポートすることになりました。」
ピリカと名乗る女の子の背にも、あの種族のシンボルらしい羽が生えている。
それは先ほどの記憶が現実であったことを俺に突き付けてくる。
マジで俺は底辺に転生させられたってことかよ……俺はあんな種族を天使だなんて認めないぞ。
渋々現実を受け入れ、顔を上げると目線の先には水またりがあった。
俺は重い身体を起こし、それを覗き込むとため息が出た。
映るのは今まで見慣れた顔と身体だった。
何が第二の人生だよ、転生させるなら子供からじゃねえのかよ……。
「あのー、すみません。」
俺の絶望に割って入る声が聞こえた。
「あ?」
改めて見ると、さっきの奴らと比べて、こいつは幼く見える。
中学生、良くて高校生くらいか。
「あなたのことも聞いていいですか?」
ピリカが俺に自己紹介を求めてきたからそれに応える。
「よ、吉野光史郎……。」
ピリカは数秒俺の顔を見ると後ろを振り返って言う。
「後ろに何かありました?」
「え、別に……。」
「そ、そうですか。私の斜め後ろを見ていたので気になって、あはは……。」
ちょっと変わった子なのか? 俺の担当とか言ってたけど不安だ。
「そうだ! そんな光史郎さんに嬉しいお知らせと悲しいお知らせがあります!
どちらから聞きたいですか?」
悲しいお知らせも何も、俺は既に絶望のどん底だぞ。
更に下があってたまるかよ……。
「じゃあ、悲しい方から」
「では、悲しいお知らせを発表します!」
元気よくハキハキとした喋りは全く悲しさを感じさせない。
「光史郎さんは無事、下級階級での転生を果たしてしまいました!」
無事じゃねえよ、ガキが……。
配慮の無さにムカついたが、現状から更に落ちないことが分かり少しホッとした。
「じゃあ、嬉しい方は?」
「では、嬉しいお知らせを発表します!」
先ほどと同じ喋り口だが、今度は期待を煽ってくれる。
「光史郎さんには転生し直す権利が与えられました!」
煽った期待に見合う朗報に俺は数秒間フリーズした。
やっぱり俺の転生は間違っていたんだ、次こそチート能力を持って生まれ変われるんだな。
「転生します!」
今度は俺が元気に返事をした、すると対照的にピリカの喋りが弱くなる。
「その、転生をやり直すことは出来るのですが、条件もあります。今回、光史郎さんの能力の範囲内での転生となりましたが、それは次の転生でも変わりません。」
俺は事体が好転しないことを理解し、下を向いて言う。
「それじゃ意味ねえじゃん。」
何が嬉しいお知らせだ、ぬか喜びさせやがって。
俺の元気が消えると、逆にピリカの喋りが元気を取り戻す。
「ただし、天使局の決定で6期6生の取り決めがされました!」
俺は今喋っていた内容が全く理解できなかったが、ピリカは続けた。
「1期を半年と定め、各期の終わりに再度転生をするという取り決めで、これを6回繰り返すことになります。つまり光史郎さんは今日から半年後に1回目の再転生が認められます。ですので、この期間で光史郎さんの能力が認められれば、中流や上流への転生も可能になるということです。」
よくわからなかったが、半年後にまた転生するチャンスが来ることは分かった。
でもあの女は俺を正しく評価できるのかよ……あの見下した目は根に持つぞ。
いまいち喜んでいない俺を横目にピリカが切り出す。
「これからのことは一旦置いておいて、まずはこの世界のことを紹介しますね。」
ピリカに案内されて俺は集落のような場所に来た。
周りには木造で大型の住居がいくつか並んでいて、住民の姿も見える。
身に付けている衣服はつぎはぎの布のようで、最低階級の生活レベルの低さを物語っていた。
「光史郎さんにはこれからここで生活してもらうことになります。」
改めて現実を突きつけられると、身体に見えない何か重たいものが伸し掛かってくる。
ピリカは最初に俺を木造の住居の中に案内した。
押し扉の前に連れられ俺は扉に手を掛けたが、鍵が掛かっているのか開かなかった。
「失礼しますね。」
ピリカは硬貨らしきものを扉にある穴に入れていた。
「光史郎さん、扉を開けてください。」
俺がもう一度扉に手を掛けるとブゥンという音がした。
「これで光史郎さんはこの部屋の契約を完了しました。」
急に契約という言葉が出てきて、俺は身構えた。
「俺、サインも何もしてないけど……。」
「この施設は宿泊日数に応じた硬貨を支払い、扉に触れることで部屋を借りれるんです。ちなみに今、10日分の硬貨を支払ったのでこの期間は寝床に困ることはありません。」
俺は扉に目を向けて、何度か触れてみる。
「ふ、触れるだけ?」
「はい、厳密には光史郎さんの魔法紋で認証しているんですが。」
今、何で認証してるって言った? 難しい言葉で喋りたがるのはバカの証拠だぞ。
「あー、魔法紋というのは、人間が持つ魔法を使うための組織のことで、その形状は一人一人違うので、その違いで認証を行ってるんです。」
魔法……そういえばファルルージュが転生したら魔法があるとか言っていたような。
「じゃ、じゃあ! 俺にも魔法が使えるのか!」
俺が興奮して聞くと、ピリカが一歩後ろに下がって答える。
「は、はい、転生した際に光史郎さんにも魔法紋が与えられているので……。それと伝え忘れていたのですが、転生の際に言語や魔力などこちらの生活に必要な能力も与えられています。これも光史郎さんの能力に応じたものですが。」
クソな世界に落とされたと思ったけど、魔法の世界っていうのは悪くないな。
実は俺には魔法の才能があって、賢者になれたりして……。
「魔法についてはまた明日にしましょう。外も暗くなってきましたし、夕飯を買いに行きませんか。」
今度は違う木造の建物に案内された。
この施設では食べ物を売っていて、パンやイモ、肉などに値札が付けられていた。
「食べ物はここで買うことになります。あとこれはミスティーチャン様から光史郎さんへの贈り物です。およそ10日分の食事には困らないと思います。」
ピリカが扉を開ける時に持っていた硬貨の入った袋を手渡された。
「流石に無一文で放り出すのは酷だという、ミスティーチャン様の御好意です。」
こんなところに落とされた時点で差し引きマイナスでしかないが、これは有り難く受け取っておく。
「ということで、生活についての説明はこんなところですかね。光史郎さんも今日はお疲れでしょうから、魔法やその他諸々の説明はまた明日にしましょう。何か質問はありますか?」
俺が黙っているのをピリカが数秒間確認する。
「で、では私は天界に戻りますね。また明日の朝に来るので失礼します。」
ピリカが虚空に手をかざすと暗黒の穴が発生した、俺が落とされた穴と同じなんだろうか。
その穴に入る前にピリカがこちらを向いて言う。
「それと、もう少し私の方を見てください。」
そう言ってピリカが暗黒に消えると同時に穴も消えた。
私を見てくださいって……もう惚れられてしまったか?
俺は適当な夕食を見繕って、さっき契約した部屋に戻った。
扉を開けて室内を見ると、内装は仕切りが立派な馬小屋といった感じで、ベッドは無く代わりに何層かに重ねられた布があった。
食事を済ませた頃には外も暗くなっていて、俺は薄汚れた布の上に寝転がった、そして俺は以前の生活が恋しくなり泣いた。
もう家に帰りたい、ネットしてゲームして過ごす日常を返してくれ。
何もかも俺を出かけさせたバカ親のせいだ。
確かに親はうるさいが、俺は実家での平穏な生活にそれなりに満足していた。
親に恵まれなかったのは運が悪い、国に恵まれなかったのも運が悪い、
ハローワークに仕事がないのも運が悪い、トラックに轢かれたのも運が悪い。
そしてこんなところに転生させられたのも運が悪い。
こんな恵まれない環境で生きてきた俺は可哀そうだ。
明日は魔法がどうのって言ってたな。
俺には魔法の才能があって、それを賞賛する可愛い女が隣にいて、成り上がってチート能力を手に入れる、それくらいが無いと俺のこれまでの不運な人生とつり合いが取れない。
本当の自分の姿を想像しているうちに、俺は眠りに落ちた。