誰も本当の俺を評価してくれない
「吉野さんねえ、こんな条件じゃ仕事見つからないよ?」
「で、でも、30代の平均年収は……。」
「そういうのは人並み以上の経験をした人が主張するもんなの。
あんた今まで何やってた?」
俺は吉野光史郎、大学を卒業した後に8年のニート経験を経て今に至る。
今日は親にネット回線を人質に取られ、交換条件としてハローワークに来ている。
「ネ、ネットで情報収集とかは出来ますけど……。」
「あのねえ……。」
おいジジイ、なんだよそのため息……。
俺はバカなヤンキーの迷惑投稿から学校を特定して、退学させたこともあるんだぞ。
「普通の30代に求められるのは実務経験なの、分かる?
だから実務経験の無い吉野さんは、条件を選り好みしてる場合じゃないの。」
選り好みだと? ふざけるな。
俺が求めてるのは、人間らしい生活をするための最低条件だろうが。
土日に仕事があって、残業は月60時間もある、それで月給20万?
こんな底辺職に就いたら、大学に行った意味ないだろうが。
「で、でも」
「でもじゃない!」
定年近そうなジジイとは思えない怒声がフロア中に響いた。
で、デカイ声出すなよ……。
老害はすぐ恫喝して相手を言いなりにさせようとする。
「あんたのためを想って言うけどね……」
親や親戚からもこの言葉を聞いたことがある。
そしてこれに続く言葉が俺にためになったことなんて一度たりともない。
「あんたいつまで甘えて生きるつもりなんだ?
30にもなってまだ自立出来てないんだろ?」
老害が偉そうに説教を垂れてくる。
うるさい、うるさい、うるさい。
「職業訓練からでも始めてみないか?」
今度は少し冷静さを醸し出すように続ける。
ムカつく、ムカつく、ムカつく。
「大丈夫だ、まだ間に合う。」
最後に老害は慰めるような目で俺を見る。
「もういい!」
俺はハローワークを飛び出した。
帰り道を数分歩くとムカつきが多少はマシになった。
「俺はあいつのストレス解消のためにわざわざあんなとこに行ったんじゃねえよ。」
別に俺は働く気がない訳じゃない、働きたいと思える仕事に巡り会えてないだけだ。
だからそんな仕事と巡り会うまで、実家で機を伺っているだけなんだ。
やりたくない仕事は長続きしない。
俺は長期的に物事を考えてるのに、それを理解できない無能が多くて困る。
たしか昔に受けた職業適正診断では、芸術家タイプとか言われた。
特別な才能を生かせない親もこの国もクソだ。
親ガチャと国ガチャでハズレを引いた俺の苦労も考えろ。
ノーマル縛りの人生で、俺は留年もせず大学までちゃんと卒業しただろうが。
就活も、好きなゲームやアニメの会社にエントリーして、ちゃんとやっていた。
そこで失敗しただけで、俺の人生はまだまだこれからなんだよ。
だから今は高く飛ぶために力を溜める時期だ。
誰も本当の俺を理解しようとない、ムカつく。
「うっ。」
何かに肩を押され、少しよろけた。
振り返ると、スーツを着たサラリーマンらしい男が会釈していた。
「すみません、急いでいたもので。」
「あ、い、いや……。」
サラリーマンはサッと謝罪を済ませ、駆け足で去っていった。
ハッ、昼間から駆け回ってご苦労なこった。
俺はあんな社会の奴隷には絶対ならない。
むしろ俺が指示を出してあいつらを動かす、例えるなら軍師みたいな仕事が俺には向いてる。
「ん?」
ズボンのポケットでスマホが振動した。
「そうかガチャ更新の時間か、今回は限定キャラが出るから引かなきゃな。」
俺が歩きながらガチャを回すとスマホには見飽きた地味な演出が映し出された。
「ちっ、トップランカー様に舐めた排出してんじゃねえよ。」
どいつもこいつも俺の機嫌を損ねやがって、ムカつく。
後10連だけ……、最後に10連だけ……、やっぱもう10連だけ……
「あっ石、全部消えちゃった……。」
なあ運営、人が毎日努力してコツコツ貯めた石を一瞬で奪って満足か?
「はあ、もうやめた。」
空を見上げて降伏を宣言した。
と、見せかけて……親のクレカ発動!
すると俺のスマホには虹色の演出が映し出された。
「えへへ、やっぱ俺って頭いいなあ。」
油断したな運営、最初の石は囮で本命は親のクレカだったんだよ。
「さーて、ガチャ自慢でもしますか。」
ハハ、爆死した奴らの嫉妬が気持ちいいなあ。
俺は完全にソシャゲに釘付けだった。
だから自分が赤信号を渡っていたことにも、大型トラックが迫っていたことにも気付かなかった。
クラクションでハッとしたのとほぼ同時に身体が宙に舞った。
俺が最期に見たものは、スマホに映し出された女の子キャラクターだった。
目を覚ますとふかふかなベッドの上だった。
朧げな記憶を辿ると俺はトラックに轢かれたはず……
どうやら俺は助かったみたいだ。
身体を起こすとベッドの傍にいた長髪の人が俺に気づいて、どこかへ駆けていった。
寝起きでぼやけた視界に白い残像が映った、ナースだろうか。
状況を少しづつ把握すると意識もはっきりしてきた。
それと同時に疑問が生まれた。
「俺、無傷?」
今さっき無意識に身体を起こしたけど、トラックに轢かれたんだぞ。
よほどぶつかり方が良かったのか?
いや、それでもおかしい、俺の身体に擦り傷の一つもない。
奇妙な出来事に頭が混乱してきた。
「……は?」
俺の目の前に、長髪の女が現れた。
そしてその背には白い羽が生えていた。