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第二章 承


 そして卒業式の翌日、わがレイヴィン侯爵家には伯母一家と、婚約者であるアンソニーと彼の妹シルヴァ、そして彼らの両親であるローゼンメイデ子爵夫妻が呼ばれました。

 そして私の有責で婚約解消がなされる事になり、かなりの金額が慰謝料としてローゼンメイデ子爵家に支払われる事になったのです。

 しかし、私は納得出来ませんでした。何故私の方が有責なのか理解が出来ませんでした。そして伯母もこう叫んだわ。

 

「これは子爵家にお金を渡すための陰謀だわ。赤の他人にそんな勝手な真似をさせない。ここは私の実家よ!」

 

 すると父は淡々とこう言ったのです。

 

「ジェニファーが以前学院内でジャレット君と淫らな男女交際をしていたという証人は多数いるよ。これは言い逃れが出来ない。

 大体この屋敷でも似たような事をしていたらしいじゃないか。昨日使用人に尋ねたら初めて教えてくれたよ。何度も注意したのにお前は聞く耳をもたなかったと。

 しかもアンソニー君がこの家の為に経営の仕事の手伝いをしに来ている時でさえ、お前とジャレット君がいかがわしい事をしていたと聞いて、申し訳なくて私はどうやって彼に謝ればいいのかわからないよ。

 他にも良い縁談が山程あったのに、彼はそれを断って婿入りを決めてくれたというのに。

 本当に申し訳ない。子爵夫妻にもなんと言って謝罪すればいいのかわからない」

 

 父の言葉に私は驚きました。

 アンソニーとの婚約は子爵家の方のごり押しで決まったのだろうと思っていたからです。だって伯母様がそう言っていらしたから……

 

「いいのです。傾きかけていたレイヴィン侯爵家をわずか十数年で立て直し、子爵家出身でありながら自分の実力だけで宰相の地位まで上り詰めた侯爵様に憧れて、僕は貴方の義息子になりたいと思ったのですから。

 ジェニファー嬢の為と思って厳しい事を言い続けてきましたが、結局こんな結果を招いてしまった事を心からお詫びします」

 

 アンソニーがそう言って頭を下げました。

 私のため? あれが私のためだったと言うの? 本当に私のためを思うのなら、ジャレットのようにもっと優しく言ってくれたら良かったのに。

 もっと綺麗だとか可愛いと褒めてくれたら良かったのに。

 もっと贈り物をしてくれたら良かったのに。

 もっと遊びに連れ出してくれば良かったのに。

 

「それに娘の為に色々助言をしてくれたり、一人ぼっちにならないような側に居てくれたのに、辛い思いをさせ、大切な卒業パーティーまでだいなしにしてすまなかったね、シルヴァ嬢! 婚約者のエルマー君にも後で謝罪するつもりだ」

 

「私にまで慰謝料だなんて却って申し訳ありません。

 私、ジェニファー様とは本当にお友達になりたかったのですが、結局嫌われたままで、残念でしたわ……

 私は皆様がおっしゃるようにジェニファー様がお一人だから可哀想だと思っていた訳ではありませんの。寧ろ人と群れないところが素敵だと思っていたんです」

 

 シルヴァ様の意外な言葉に私は驚いてしまった。彼女が私をそんな風に思ってくれていたなんて、想像もしていなかったからです。

 

 そして、伯母一家の方はシルヴァ様の婚約者がエルマー卿だと知って驚愕していました。

 何故ならエルマー卿自身も立派な騎士ですが、彼の父親は騎士団長をしているダンガン伯爵で、伯母夫妻の長男ハンクスの上司だったからです。

 

 細身で中性的で伯母似のジャレットとは違い、その兄のハンクスは誰にも似ていない赤髪で精悍な顔立ちで鍛え上げられた立派な体躯をした騎士でした。

 普段は無口で無表情な彼が顔を歪ませて唸り声を上げていました。


 何かおかしいわ。何故こんな事になったの? 私は被害者のはずなのに、まるで私が悪いみたいじゃない。こんなの絶対におかしいわ。

 昨日と同じに私は訳がわからなくなって、こう叫んでしまいました。

 

「どうして私が悪いの? 私の気持ちも聞かずにお父様が勝手に縁談を決めてしまったからこんな事になったのでしょう? 

 それなのになぜ私の有責なの? もしこちらが悪いというのなら、それは全部お父様のせいでしょう。それなのに私を悪く言うお父様なんて大嫌いだわ。

 お父様なんてもういらない。この屋敷から出て行って。

 この屋敷は私のものよ。婿のお父様の勝手にはさせないわ」

 

 父の顔が真っ白になり、全ての表情が消えました。

 そして暫く間を空けてからこう言ったのです。

 

「わかった。お前が私をもう必要ではないというのなら出て行こう。お前も成人に達した事だしな。

 だが女ではこの家は継げない。どうするつもりだ」

 

 出て行くつもりもないくせに何故そんなくだらない事を聞くのかとイライラしながら私はこう答えたわ。

 

「ご心配はいりませんわ。ジャレットが婿入りしてくれますから」

 

「・・・そうか。

 私はジャレット君とだけはお前と結婚させたくなかったのだが、こうなったらハイネル伯爵家に全て任せよう。

 それではジャレット君、できるだけ早く君に侯爵家の仕事を引き継ごう」

 

 なんと父がそう言ったので、私は本当に驚いてしまった。まさか父が本気で侯爵家当主の地位を人に譲ると言うなんて思ってもみなかったからです。

 

 父の言葉にジャレットと伯母は大喜びでしたが、義伯父は相変わらず青い顔をしていたわ……

 

 そして一月後、父は本当に屋敷から出て行ってしまった。

 父の最後の言葉は、

 

「あと一月以内にお前が結婚をして新しい当主を迎えないと、この侯爵家はお取り潰しになる。その事だけは忘れるな!」

 

 の一言だけでした。他には何もありませんでした。

 私も父に謝罪しなかったし、引き止めもしなかったのだから当然だったのだけれど……

 だって父が私や侯爵位やこの屋敷や領地を捨てるだなんて、本当に思っていなかったんだもの。

 

 父が出ていってから二週が経って、私は伯母の屋敷で暮らしていました。

 何故なら父がいなくなった後、屋敷の使用人が全員辞めてしまったからです。まるで皆で申し合わせていたかのように一斉に。

 

「前々から慇懃無礼で生意気な使用人達だったから、辞めてくれてせいせいしたわ。私がすぐに新しい使用人を見つけあげるから心配しないでいいのよ。

 それにしても嫌味ったらしくみんな辞めてしまったけれど、一体どうやって暮らしていくつもりなのかしら。馬鹿な人達よね」

 

 伯母がこう言って笑うと、ハンクスがハァーと深いため息をつきました。

 

「馬鹿なんかじゃないよ。彼らは寧ろ優秀だよ。泥舟が沈む前に自ら降りて、立派な新しい船に乗り込んだのだからな」

 

「どういう意味?」

 

「レイヴィン侯爵、じゃないな、旧姓に戻られた義叔父上はローゼンメイデ伯爵として新たな家を興したんだ。そして、使用人達は皆そこへ移ったという事さ」

 

 ローゼンメイデ伯爵って、一体なんなの? 何故子爵家の次男のお父様が伯爵になるの? 私はわけがわからなかった。

 そんな私に従兄が呆れた顔をして説明してくれました。

 

 父は私が認識しているよりかなり優秀な人間なのだそうです。

 先日まで知らなかったのですが、我がレイヴィン侯爵家も父と結婚する前は借金で首が回らなかったらしいのです。

 祖父母はかなりいい加減な人達で、まともな領地経営が出来なかったらしい。その上その娘二人は美人を鼻にかけ、ドレスや宝石を買う為にお金を散財してしまったのだという。

 このままではレイヴィン侯爵家は破産してしまうと、今まで金を貸していた親戚達がその借金を踏み倒されては堪らないと、頭脳明晰で将来性の見込まれる父に頭を下げて婿に入って貰ったのだという。


 そして父はみんなの期待に応えて、たった一人でこの家を立て直したそうです。しかもその上、国家の赤字も黒字に変えたという事で、父は王家から伯爵位を賜ったのだそうです。

 

 何故娘のくせにそんな事も知らないんだと、従兄に軽蔑の眼差しを向けられました。

 知らなかった。確か数年前にお父様を祝う会を開くから、何か贈り物をなさったらどうですか?と侍女に言われた事がありました。けれど、そのパーティーの日に私はジャレットと一緒にお芝居を見に行ってしまいました。

 だって、なかなか取れない人気のチケットをようやく手に入れられたのですもの……

 戻ってきたら、使用人達からやたら冷たい目で見られて、私は訳がわからず癇癪を起こしたっけ……

 

 そうか。お父様は伯爵位を得られたのか、自分の力で。だから私が出て行けと言ったらすぐに出て行ったのだわ。

 もう婿養子だと蔑まれる事もないし、宰相だって辞めなくてもいいんだもの。

 そうか。本当にお父様は二度とこの屋敷には戻っては来ないのか…

 心のどこかで父はきっと戻って来るのだと、愚かにも私は思っていたのです。涙が溢れて周りが何も見えなくなってしまった。

 

 しかし、私がショックを受けているにも関わらず、伯母は父が本当に戻って来ないとわかりホッとしたようで、嬉しそうにこう言ったのです。

 

「そうとわかったら、サッサと婚姻届を出して、ジャレットを侯爵家の当主にする手続きをしてしまいましょう。期限まであと二週間しかないのだから。

 貴方もいつまでもグズグズ言わないで、書類にサインして頂戴!」

 

 伯母が私とジャレットの名前が記入済みの婚姻届を義伯父の顔面に突き付けました。すると義伯父は相変わらず青い顔のままこう叫んだのです。

 

「認めん! 二人の結婚など認めん! 婚姻届の証人欄になんか絶対にサインをしない!」

 

 すると伯母は鬼のような顔をして立ち上がると夫の顔を睨み付けながら叫び返しました。

 

「認めないって、どういう意味?

 私のたった一人の姪が気に入らないっていうの?

 貴方だって、実の娘のように可愛がってきたじゃない! 何故今頃になってそんなに反対するのよ」

 

「ジェニファーは今でも可愛いと思っているさ! しかし結婚だけは駄目だ。血が濃すぎる」

 

「何を言ってるの? 従兄妹同士の結婚はちゃんと認められてるわ。何の問題もないわ」

 

「・・・・・」

 

「黙っていないでなんとか言いなさいよ!」

 

「ふ、二人は従兄妹じゃない。兄妹なんだ! だから結婚は出来ない!」

 

 義伯父は今まで聞いた事のないような大声でこう叫ぶと、婚姻届の紙をビリビリに破り捨てました。

 そして私はその場で気を失ったのでした。

 読んで下さってありがとうございました!


 次章で完結しますが、第一章と違いシリアスで暗いです。ただし一応ハッピーエンドです。

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