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9 ■読み飛ばし可■ VS標的呼称・戊(後編)


 ソメナイの行動記録 

 2332年11月23日 午前9時14分



 さて、腕を折ったとき、男たちがあげる声は、どういうわけだろう、不染井をゾクゾクさせた。

 なるほどガンブレードでの『首切り』では味わえない反応だ、と彼女は思う。

 それをもっと聞きたい――というわけではないが、不染井は、折った腕を足場にするように背中に飛び乗り、カエルのように蹴って、その場から退避する。こうすれば、不染井の両手、両足の裏で合計4枚貼れるし、蹴り押された腕折れ人間がさらなる『快感』で暴れるため、周辺の敵の注意を逸らすことが出来る。

 そんなふうに不染井は、まるで、たこ焼きの面倒を見るような甲斐甲斐しい手際で、次々と札を貼り、折り、飛花させる。


 札の『複数貼り』にも意味がある。

 前述したとおり、札を1枚貼ると4.2731秒後に効果を発揮するのだが、2枚目以降はボーナスがつく。1枚貼るごとに歌詞の詠唱えいしょう速度が1・1倍ずつ速くなって、つまりは9枚ほど貼れば、猶予時間は2秒を切る計算になる。もちろん貼る場所にもよるが2秒で9枚すべての札を剥がすのは、北斗神拳の継承者ならともかく、ここバトル世界であっても至難のわざだろう。17枚貼れば、1秒を切る計算になるが、13枚貼った時点で『勝負あり』と判定され、札は身体に定着し、剥がせなくなる。札の使用者である不染井にも取り消せない。この場合、死ぬまでに最長1.36秒ほど猶予はあるが、その間に自死やギブアップは許されない。ただし、第三者による他殺(討伐手柄の横取り)はありうる。


 原則として、札は接触により接着するが、その際、ある一定の圧力量が必要となる。この『圧力量』は、のべ量、総量であり、平手打ちやキックなど、そこそこ力積のある攻撃なら『一瞬』で接着するし、軽く触れているだけでも接触時間の総量が長ければ、やはり接着する。圧力量が足りなかった場合、詠唱は始まらず、身体を揺らしただけで簡単に剥がれてしまうが、どんなに強く、あるいは長く押したところで接着力に違いは出ない。一定だ。


 このように札は接触により接着するのだが、例外として、不染井は足跡を通じて、地面に、直径9~42センチ大の円型の札を設置することが可能である。もちろん、それは『裏側』を上にしているから、他のプレイヤが踏めば、足の裏に貼りつく。一般には、踏み圧力センサ型の地雷を思わせるが、『忍者』という彼女のクラス(バトル世界における職種)を踏まえれば『埋火うずめび』という表現のほうが適切だろうか。ただ、これには枚数制限があり、10枚が限度。けれど、今、足の裏に貼られた札を剥がそうと一本足になっている全身鎧は10名以上いる。『ホンモノ』の札は前述のとおり10枚が限度だが、『ニセ札』は際限なく設置できるためだ。ただし、ニセ札はこの『踏みワナ』形式のみで、不染井の身体から直接敵の身体へ貼ることはできない。


 踏みワナ限定の『ニセ札』は、貼られた瞬間、ホンモノと同じように、頭の中で歌詞が流れ、札の効果や貼られた箇所もアナウンスされるが、ニセモノなので4.2731秒経っても死なない。注意深く聴けば分かるのだが、じつは4句目から歌詞が異なる。『これはニセ札ですよ~』というむねうたう4句目と5句目が字余りになっているせいで、詠唱速度が少し遅く、4.7714秒後に、勝手に剥がれ、消滅する。こちらはホンモノと一緒に貼られていても、詠唱速度は倍化しない。原則無害だが、ひとつだけ、特筆すべき効果がある。


 『ニセ札』を貼りつけたまま、不染井を倒すと、呪いが掛かってしまうのだ。


 『ホンモノの札』は、不染井を倒した瞬間に効果を失い、勝手に剥がれ消滅するのだが、『ニセ札』は、殺害の呪いで『ホンモノ』に変化する。この『変換』の際、特殊な保存則が適用されるらしく、その数式上の辻褄つじつま合わせのため、札の『定着化』が生じる。要するに、剥がせなくなる。


 端的かつ総括的に言えば、『ニセ札をつけたまま不染井を倒すと、呪いで死ぬことが確定する』ということだ。


 たとえば、不染井を殺したあとに札が定着した部位を自ら斬り落としても、その断面に新たに『札』が現れる――というような、ホラー映画さながらののがれらない状況になる(ただし、自死や他殺は可能)。


 そんなわけで『札』を踏んだ時点で、敵は不染井への攻撃を中断する――という説明にぜひ違和感をおぼえてほしい。

 そして、『いや、彼らはミロクモの取り巻きの『ザコ』であるから、別にニセ札を気にする必要はない。むしろ、不染井と刺し違えられるのなら、大金星なのでは?』と反駁はんばくする厳密性、気骨があれば、事件は解決できるだろう。 


 ……話が横道に逸れた。

 

 敵が攻撃を中断しているのには、切実な理由がある。

 『呪い』にはもうひとつのペナルティ――『呪いで死んだ者は、その前後12時間にさかのぼって得た報酬を没収される』という効果があるのだ。殺し損――以上になるわけだ。

 そのため、全身鎧たちは、不染井そっちのけで、足裏に貼りついた札を躍起やっきになって剥がしているという状態。

  

 ちなみに【プロペ】や『ペット』を介して、自分に貼られた札の『真贋しんがん』を知ることは原則として許されない。

 もちろん『分析スキル所有者』ならば、戦闘中に相手の『得物』を解析し、対応するプログラムを作成することができる。チーム戦の常套手段だ。どこまで解析するか深度によるが『真贋判定』ならそこまで難しい話ではない。ただ不染井には『使い魔』がいる。解析の邪魔をしたり、結果を改竄かいざんすることはお手のものだ。


 余談だが、不染井を倒しはしたが、自分もニセ札の呪いで死んだ場合、その勝負は『両者死亡扱いのノーコンテスト』となる。その場合、前述のとおり、報酬こそ得られなかったものの、『曲がりなりにも不染井を倒した』というはくがつく、と考えそうなものだが、第三者――とくに上級者ほど『不染井が逃げるために、わざと倒させた』と見る傾向があり、褒めてすらもらえない。むしろ「まんまと逃げられたな」という評価を受ける。このような事象を指し示す『勝たせ逃げ』や『負け逃げ』という用語も存在し、あるいは海外では皮肉を込めて『奉仕的な殺害』と呼ばれたりもする。やはり倒し損――以上となる。


 これをミロクモに置き換えてみれば、倒したのにも関わらず、不染井殺しの名誉も得られず、これまでイベントで獲得した全ての報酬を奪われ、かつ、現実世界へ強制帰還。間髪入れず官憲に確保され、【エイリアス】……。そして、なにより、この居るだけで楽しい世界からの退場――めくるめく逃亡劇の終了。

 

 最悪の結末だ。


 それを怖がってか、『ひとり4の字固め』状態――片足を曲げ、足裏についた札を剥がしている全身鎧たちの陰に隠れたミロクモは動かない。


(むしろ、なにか企んでいてほしいけどね)


 不染井はあえてミロクモ以外を狙って札を貼っていく。

 なにしろ時間に余裕があるし、『全員殺害』することで報酬もアップする。   

 さて、もう充分長くなっているが、最後に得物に札が貼られた場合も説明しよう。

 スタンダードに手で持ったり、足やヒジ、ヒザに着けるような『武器系』には、効果は無効。身体能力や防御力を向上させるような『衣服系』の場合、札は効果を発揮する。当然、自力で剥がすことも出来るが、いったん、脱ぎ、闘牛士のマントのように胴体から離すか、『生成衣服』そのものを消せば、札は共に消滅する。


 以上、ホンモノとニセモノの『2種類の札』の存在と性能を示した説明文が『自分あるいは仲間に札を貼られること』をキッカケに、プレイヤの脳に流れる。


 プレイヤの頭脳の性質や出来を問わず、一瞬で読了し、解釈できる。

 ただし、その先、それら札の『対策』や応用手段について考えを巡らすのは、自力となるし、それら『対策』を講じるためにひょっとしたら一番重要かもしれない『札』のサイズの限度や形状のルール、不染井が引っ張った際の粘着度などが意図的に省略されているため――


 不染井は、短冊たんざく――いや、包帯のように細長く伸ばした札の端を、近接した二人の敵のひたいにそれぞれ付け、札の中央を踏むことで、両者を引っ張り、衝突させる。そうやって不本意ながら抱き合った両者を、また新たな包帯型の札でぐるぐるにテーピングし、固定する。もちろんそのかんも、空いた手や、走る足運びのついでに、爪先や足の側面で蹴るように、あるいはヒザがぶつかったついでに――という感じで札を追加させるのを忘れない。


 このような『札』という名称を超えた、奔放な使い方をされてしまうと、とっさには対応は出来ない。


 札を貼られたときの言葉による詠唱も、数字によるカウントダウンと違い、一度歌詞を見失うと、残り時間が把握しにくくなるから、心理的なプレッシャがはなはだしい。

 なにより、全身鎧達の想定より不染井の間合いが近い。

 当初はガンブレード対策をした大勢で囲み、不染井が味方を斬ったあとの隙を狙うつもりだったが、ヒットではなく、タッチアンドアウェイでは隙がなく、そもそもこちらが伸ばした腕よりも近い範囲で動いてくる。蚊のように厄介だ。   

 だからといって、組みつこうとすると、掴んだ『肌や服』の上から、不染井は後出しで札をつくるのだ。

 それは掴んだ瞬間に脱皮されてしまう、という感じで、いかにも『忍者』らしい風情ふぜいだ。

 なので、不染井を抱きとめたつもりが、腕の中には抜け殻――いや、大きな札である。

 わざわざご丁寧にも『接着面』をこちらに向けて生成された札は、あらかじめ折り目がつけられているのか、掴んだ者に覆い被さるようにしおれて、密着する。

 こうなると、どのように接着しているか自分では分からないから『フチ』を探すのは至難で、そもそも視界が塞がれるのは致命的である。

 

「最小は、競技かるたの札サイズだよ」不染井は笑みを浮かべた伏し目で言う。もう、敵はミロクモしか残っていなかった。「短辺がね。それと、指は5本で『指』って認識されるから――」同じ部位で続けて札は貼れない、というルールにより、「ピアノでトリルするみたいに一度に何枚も貼れないから、そこは安心していいよ」実演するように、不染井は見えない鍵盤に右手を置き、親指から小指までスムーズに12345、12345……、と動かして見せる。「あと、もちろん、札は刃物で斬れるし、焼いたり、破くこともできる。少しでも欠損すれば、効果、消えちゃうし」


「意訳してお伝えします」いつの間にか鳥型が顔の横でホバリングしていたからか、ミロクモは二度見して驚いた。「『もし奥の手があるのなら、心残りがないよう、出し惜しみせずにご披露ください』です」


「マジかよ……」鉄仮面越しでもミロクモの声はクリアに聞こえた。「ガンブレード削除しちったんかよ?」


 その問いに不染井は意表を突かれた。

 どうやら彼は、この期に及んでそちらのほうに関心があるらしい。


「ご心配には及びません」鳥型が答える。「ガンブレードは現在、ワタクシめが預かっています」


 そう言って、鳥型は頭の上に巣を出現させる。キャベツの千切りを絡み合わせて作ったような、ある意味生活感のないパステルグリーンの巣には、マヨネーズ色のタマゴがあった。注意深く見れば、その表面に『ガンブレード』を示す銀色のアイコンが刻印されていることに気づけるはずだ。

 

 前述のとおり、不染井は、この鳥型の固有スキル『托卵たくらん』を利用して、『ガンブレード』と『札』の二つの生成武器を登録している状態だ。

 『同時登録』はしているものの、使用する際は、必ず、片方は『担保』として鳥型に――巣に預けておかなくてはならないため、『同時使用』は許されない。

 さらに戦闘中に――たとえば『刃』から『札』に代えたい場合は、一度仕舞った得物を再生成するときと同じく60秒間の『待機時間』をなくてはならない。だから相手の性能を見誤ると、再生成まで得物を使わず徒手空拳で当座をしのがなくてはならないわけで、選択には慎重さを要する。


 それでも『生成ポイント』の上限が38ポイントの不染井によるガンブレード(登録必要生成ポイント:30)と札(登録必要生成ポイント:37)の同時登録は、そもそも『生成武器は一人ひとつ』の原則からして、いささかずるい気もするが、世界を見渡せば『18個の生成武器を登録し、同時に11個扱える』という固有スキル『怪盗の武器庫(アーセンズ・アーセナル)』の使い手、元フランス代表の本名NG・プレイヤネーム『公爵シュバリエ』を筆頭に、中級者レベルでも、最大6つの生成武器を登録できる『アスラ系スキル』など、わりと存在する。なので、そこまで後ろめたく思うものではないし、『名にし負う』我らが国の代表選手の『進化』である。「ずりーよ」というネットの声の中にも歓迎の色が認められた。彼女が『進化』したということは、とりもなおさず自分たちにも同様の『進化』があってもおかしくない、というこの世界の『原理』が下支えになっている。


「ただ『托卵』っていうネーミングはどうかなあ、とは思う」不染井は言った。

「あくまで私が仮に名づけたものなので、変更は随時受け付けております」鳥型が答える。「ただし、その場合、不染井様自ら名づけ親になっていただきますが」

「う~ん……」その手のセンスの無さを自覚している不染井は唸る。


 『托卵』は、常時発動型の補助系スキルだから、『喰らえッ、これが我が奥義・托卵じゃあ~い!』などと声高らかに叫ぶ機会などない。なので、そもそも凝った名前を付ける必要がない事実に不染井は今さらのように気づいた。けれど、だからこそ、見えないところにこだわるのがオシャレというものではないだろうか、と彼女は考えたりもする。


「『喜んで托卵を引き受ける鳥』って書いて、無償の愛――『アンコンディショナル・ラブ』って読むのは?」彼女は思いついて言ってみる。

「喜んで托卵を引き受ける鳥、とは私のことでしょうか?」と尋ねる鳥型の言い方が可笑しくて、不染井は笑った。「では、そのように名称変更なさいますか?」

「ん~……、やっぱ『托卵』でいいや」

「『托卵』と書いて――」

 不染井はまた笑った。「いいよ、ふつうに。『たくらん』と読む、で」

「むしろ、こちらに『名称』を付けたほうがよろしいのでは?」


 そう、鳥型が示した先には、13枚の札を貼られ、今まさに全身のほうぼうから花吹雪を拭き出し、ねずみ花火のように回転するミロクモの姿があった。


「僭越ながら『ウィンド・ミル』というのはいかがでしょうか?」と鳥型。

「いや、『忍者たる者、声を発さず殺せ』が鉄則だから」不染井はけむに巻いたが、理由はある。下手に『必殺技名』を付けて、『ラストは○○で決める!』と囚われてしまうのを予防するためだ。自分にはそういう幼さがある、と自覚しているのだ。「サムライはさあ、むしろ、殺すときに叫ぶよね? 『神速居合・○○!』とかって」

「直前に声を出しても殺せる、という自信の表れでしょう。実際、神速居合が決まったら、99.98パーセントの確率で終わりますから」

「100じゃないんだ?」

「殺されても死ななければ生きていますので」鳥型は、意趣返しだろう、煙に巻く。

 なにそれ――と言いそうになったが、不染井は、「あ、ネタバレはいいや、自分で考えてみる」と答えた。


 全身から花吹雪を放出し終えたミロクモは、石化し、砂状に崩壊すると、すぐに霧散した。


「ハズレだね」不染井は手の甲でガンブレードのフェイクを回しながら言う。ピザ生地を広げるような横回転にフィッシュテール本来の縦回転を複合させ、刃は摩訶不思議な美しい軌道を描いた。このようにガンブレードも『フェイク』ならば『札装備状態』であっても自由に出せる。逆もしかり。粘着力こそあるが、歌が流れないフェイクの札は常時出せる。道理と言えば道理だが、秘密だ。「あと6人……。5回ハズレで、最後に『真犯人』が残る確率は? 単純に6分の1でいい?」

「はい」鳥型は答える。

「え~」不染井は笑う。「次にハズレを引いたら5分の1になると思うけど? 増えてるけど?」

「その状況は不染井様が当初提示した前提条件から変容しています。もしお忘れなら『行動記録』でご自身の発言を読み返してください」鳥型はしれっと返す。「ちなみに我が主人ならば――」

「ランコなら――?」

「まだ6名のなかに真犯人がいると証明できていない」鳥型は不染井の親友の声で答えた。「――から、0か6分の1」

「ああ、言いそう」不染井は機嫌良く笑いながら、ひょっとしたらこれは『陣破り成功』の高揚かも、と気づいた。

「ところで、こちらから質問を差し上げてよろしいでしょうか?」

 不染井は鷹揚に、いいよ、という感じで視線で応える。

「ネタバレになるかもしれませんが」鳥型は訊く。「どうして彼がシロだと分かったのですか?」

「ただの勘」不染井はすぐに答える。「人を殺した奴は、たぶん……、こんなもんじゃないはず」

 しかし、それは単なる願望かもしれない、と彼女は思った。


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