表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/40

8 ■読み飛ばし可■ VS標的呼称・戊(前編)


 ソメナイの行動記録

 2332年11月23日午前9時13分



 アオモリ――

 ヒロサキ・エリア。

 かつての果樹園を思わせる跡地。

 戦場は、その一角。

 広さはサッカーコートの半分くらいで、土の地面にはベージュ色に枯れた雑草がまばらに生えている。

 地表には、ごくごく緩やかな起伏があるが、木々や目立った障害物などはなく、ひらけている。

 そこで不染井を待ち受けていたのは、20名以上はいるだろうか、西洋風の全身鎧の大群。

 イベント報酬目当てで『逃亡者』と結託する者たちが現れてもおかしくはないと思っていたが、眼前の全身鎧たちの装備には統一感が認められる――つまり、逃亡まもなく『チーム』を組んでいるという事実は、不染井を少なからず驚かせた。 


「ご注意を」青いハヤブサ型が出現する。「全員もれなく『ガンブレードによる刺突・斬撃に対する自動防御プログラム』を換装しています。相手の攻撃をいなしてのカウンターか、あるいは放出攻撃のみ有効です」

 前回、不染井が『殺人事件の被疑者』としてバトル世界へと逃亡した際、その討伐を容易にするため、対ガンブレード専用の自動発動型の防御スキル――いわゆる『プログラム』が広く配布された。その後、無事、事件は解決を見て――つつがなく『逃亡劇』は終了し、『プログラム』は無用の長物と化したはずだが、相手はどこからかそれを調達してきたようだ。


(対策が講じられてる、ってことね)不染井はガンブレードのフェイクをくるくると回しながら思う。


 つまり相手側に『討伐イベントに不染井が参戦している』という情報が伝わっている、ということだ。

 けれど――

「おあつらえ向きってことだね」不染井は左側の口角をあげる。「新ワザの」


 陶器――いや、チェスの白駒めいた質感の全身鎧たちは、さながらボーリングのピンのように等間隔に整然とフォーメーションを組んでいた。

 それは、いかにも『真正面から崩したくなる』陣立てであり、実際、これまで多くの者が真正面からの攻略を試みたようだ。


 その気持ちは分からなくもない、と不染井は思う。


 徒党を組み、いわゆる『陣』を敷いた敵を相手にする場合、バトル世界の教本のほとんどが『持久戦』を推奨する。すなわち、陣外からチクチクと一人ずつ各個撃破して、確実に戦力を削っていく戦法だが、それは単なるセオリィであって、唯一の方法ではない。

 外からではなく、内側から――敵陣に深く潜って一気に『ボス』を狙う『陣破り』という手法がある。

 こちらのほうが手間も時間も掛からず面倒なく、かつ、見事攻略したあかつきには、『敵を全滅させる』よりも割り増しの報酬や『称号獲得』はもちろん、なにより望外の達成感が胸を満たす。それはまさにアタッカー冥利みょうりに尽きる快感で、たとえ観客としてはたで見ているだけでも『3次元ドミノ倒し』のフルコンプリート作品を目の当たりにしたような、なんとも痛快な気分になる。

 そして、そういった『陣破り』は、力任せには行かず、即興的に、テクニカルに立ち回る必要がある。

 プレイヤとしての総合力が試される、というわけだ。

 『隙あらば腕試ししたい』という挑戦者たちの原始的な欲求をいたく刺激するのだ。

 全身鎧たちの個々のレベルや国内ランクがそれほど高くないことも慢心を誘うポイントだ。

 今こうして対峙している最中にも彼らが見せるちょっとした所作だったり挙動だったりに、格上のプレイヤは、隙や甘さを見つけることができて、それは「なにを偉そうにザコが集まって陣なんか張りやがって。違いを見せつけてやるよ」と挑戦心をきつけられる眺めとなる。


 されど『陣』である。

 

 あまたの先人たちが身をもって実践し、計算に研鑽けんさんを重ね、最適化された陣は、手練てだれのプレイヤであっても真正面からでは、おいそれとは攻略など叶わない。

 それはみな重々承知してるはずなのだが、果たして、いざ陣と相対あいたいしたとき、高揚感と共に挑戦者の脳裏に浮かぶのは、そのような事実やそれがもたらす警戒ではなく、いつか観た世界のトップチームの派手なふるまいだった。

 バトル動画投稿サイトに『陣破り』というタイトルと共に上げられるのは『世界各国の名だたるエースプレイヤが単身あるいは少数のチーム(せいぜい4名――カルテットまで)を組んで、鮮やかに陣を破る』という痛快な映像――だが、これはダイジェスト版だ。

 陣破りのまえには、ほぼ例外なく、ディフェンス側と同数の――あるいはそれ以上の人員による陽動や遠隔攻撃が仕掛けられるのが常で、映像は、陣が充分に揺らされたり、部分的に切り崩されたあとから始まる。

 これを認識していない――あるいは認識したうえで「これだけ実力差が離れていれば」と高をくくってか、すでに、不染井のまえに計148名のプレイヤが挑み、ものの見事に返り討ちにあっている。   

 『逃亡者』に挑むのにあたり、彼らが提示する『挑戦者条件』を満たさなくてはならないことも大きい。

 たとえば、全身鎧たちの統率者であり、逃亡者である標的呼称『』ことプレイヤネーム『ミロクモ』が提示した条件は以下のようなもの。


 条件1『一度の討伐戦に参加できるのは最大で12名』

 条件2『持ち時間は最大で12分』

 条件3『ただし、参戦人数と持ち時間は反比例する』

 

 つまり、この総勢24名の全身鎧が形成する陣に対し、討伐者側は最大で12名しか参加できないし、今回の不染井のように単身で討伐イベントに参加すれば持ち時間は12分だが、最大の12名でエントリィしたら持ち時間はたった1分しか与えられない(たとえば7名なら小数点以下切り捨てで102秒)というカセが与えられている。

 当然、時間切れなら逃亡者側の勝利だ。

 敗れた参加者たちは、決着後48時間以上経過しないと再びミロクモに挑むことは出来ないし、前の戦闘で倒されたミロクモ側のプレイヤは一戦ごとに全員体力MAXの状態で復活するから、挑戦者側は戦果を引き継げない。

 きっちり8時間、誰もミロクモたちに挑戦しなかった場合、これら『挑戦者条件』を緩めなくてはならないのだが、これだけ『条件』を釣り上げても、討伐は早い者勝ちということも手伝ってか、参加者はあとを絶たず、条件は維持されたままだった。

 もちろん、現実世界の事件とリンクしたこの討伐イベントの報酬が絶大である、という理由もあるが、なにより『どういう形であれ、イベントに関与したい』という意欲の表れかもしれない、と不染井は想像する。いわゆる『参加することにも意義がある』状態だ。

 だから、逆に、逃亡者に加担する者の気持ちも、彼女には理解できた。


「現実世界で逃亡幇助ほうじょ罪に問われることもありませんしね」鳥型が思考を――いや、『行動記録』を読んでのことだろう、言う。「さて、そろそろお時間です。開戦まであと10秒……、9……、8……」とカウントダウンを始める。


 それに合わせて不染井は『24世紀唯一の国内歌手・清雲きよくも青雲あおい』こと、セーウンの曲を聴覚に流す。

 ちょうどカウントゼロが歌い出しになるよう、鳥型に調整させて。


 不染井はガンブレードをフィッシュテールしながら、敵陣に視線を向けた。

 俯瞰で見れば相手の陣形はハート型で、『割れ目』を不染井のほうに向けているような状況。

 『割れ目』の深奥に『ミロクモ』がいるのが目視できた。

 つまり、ターゲットは真正面にいる。

 攻略者がまっすぐそこに飛び込めば、ミロクモは下がり、すかさず左右両翼が侵入者を潰すように挟みこむ古典的な戦略だろう。

 V字の鶴翼かくよくで内部に誘って360度包囲する――というやつだ。

 

「スタート」鳥型が開戦を告げると、それまで背筋をピンと伸ばしていた不染井は、前傾になって、まっすぐミロクモ目がけ、最短距離で駆けていく。


 真っ向から陣破りに行く。

 敵はこれにきちんと反応した。

 やはりミロクモを隠すように2名の全身鎧が阻む。

 トラディショナルな日本家屋の、ふすまのような動きだった。

 他の全身鎧も動いている。

 彼らは文字どおり全身――頭のてっぺんから足先まで分厚そうな金属板で身を包んでいたが、思いのほか関節部分が曲がり、スムーズに動いた。

 手には21世紀の手術――いや、拷問を思わせる刃物や針、かぎを握っていた。

 もう一方の手をフリーにしているのは掴むためだろう。

 すでに、不染井を囲むように全身鎧たちは動いている。

 そのポジショニング――3名を1ユニットとしたブロック形成の動きは綿密に決められているようで、そこそこ速く、不染井が『襖』に到達するまえに波のように包囲を完了した。


「風がみましたね」鳥型はのん気に言ったが、不染井が要望するまえに、背の高い全身鎧たちがつくった『暗さ』に対応して、目の光感度を自動調節してくれている。恩着せがましくその旨を報告することもない。 

 林立する全身鎧の群れ。

 このうちの誰か一人にでも掴まれたら最後、『障子紙』程度の耐久度しか持ち合わせていない不染井である。あっという間に殺到され、なぶり殺しの憂き目に遭うのは明らかだった。

 それは、これがチーム戦なら『戦犯』呼ばわりされるかもしれない失策であり、彼女が行なおうとしているのは、そのリスクと背中合わせの『スタンドプレイ』と言える。

 失敗すればもちろん、たとえ成功しても『独断専行』の悪印象は拭えず、年明けに開催されるバトルカップ本番での、選手起用に響くかもしれない。

 

 だが不染井は躊躇なく突っ込んだ。

 

 彼女のプレイスタイルを知る観客が居たなら「あ~、いつもどおりだな」と苦笑いしながらも、期待に胸をワクワクさせる眺めだろう。 

 不染井は走りながら、くるくる腕で回していたガンブレードを上空に投げる。

 分かりやすい陽動だが、何名かはそれを目で追った。

 むしろ、それに騙されなかった者こそ『格下』だ、と彼女は決めつけて楽しくなる。

 そもそも、この世界は、走るだけで楽しい。

 なにしろ、どんなに走っても疲労しないし、足首をひねっても痛みもない。

 途中、目玉焼きの黄身みたいに地面からせり出た石を飛びこえる際、即興で、崖を駆け上がるカモシカのようなステップを試してみると、想定していた以上に素早くスムーズに美しく動けた。心地よい靴音が鳴らせたのも高揚の後押しになる。流れる風景が、顔に当たる風が、頭の中の発想を刺激して、声をあげたくなるくらい、ひたすらに楽しい。

   

 正面の敵は、鉄仮面を被った顔をこちらに向けていた。

 見据えたまま、動かない。

 速度を落とさず突っ込んでくる不染井に戸惑っているようだ。

 でなければ『判断の遅いひと』だと彼女は思う。

 猛然と駆けてきた不染井はこの全身鎧Aの腹部に左手のひらをつき、ストップ。

 勢いを渡したが、全身鎧Aは微動だにしなかった。

 不染井と共同でパントマイムをしているような眺めだった。

 93パーセントくらいだろうか。そうやって突進の慣性を殺した彼女だが、残りの7パーセントの勢いが両足を浮かせる。

 疾走中に前ブレーキを掛けた自転車の、後輪が浮くイメージ。

 不染井は、全身鎧Aの腹部に手のひらを付けたまま、それを軸にして、敵の眼前、ふところで回転する。

 パルクールでいうところの、ウォールスピン。

 全身鎧をカベに見立てての、壁面片手つき、膝を折りたたんだ屈伸型の、側転宙返り。 

 不染井は宙でネコのように身をひるがえすと、先ほど手を離したばかりの全身鎧Aの腹部に蹴りを入れる。攻撃のため、というよりは、蹴ることで飛び、その場から去り、退避するため。競泳の、壁タッチからのターン、そして壁キックという一連のム-ブに似ていないこともない。実際、彼女は泳ぎの名手だ。

 周囲の全身鎧たちがようやく反応して振り返ったときには、不染井はそこに居ない。

 前述したように、彼らはフルフェイス型の鉄仮面で顔を覆っていたが、内側からは、なにも着けていないのと同然の視野が広がっている。だから単純に『実力で見失っている』状態である。

 不染井が女子選手ならでは肢体の柔軟さゆえ、低い姿勢のまま動ける、という事情もあるが、やはり、そのような体勢を持続しても『痛みがない』『疲れない』というこの世界のルールによる恩恵が大きい。

 全身鎧たちは「そういや視界の隅に影がよぎった――ような……」ぐらいに反応が遅れていた。


 さて、不染井が、先ほど、手で、足で、触れた全身鎧Aのミゾオチには、指紋、掌紋、靴跡の類ではなく、カルタのような『札』が貼ってあった。

 最初、白色だったそれは、あたかも付着した全身鎧Aの血を吸うように、徐々に赤く染まっていく。

 鮮やかな真紅に。

 札のフチは、もっとドス黒い濃い赤に。

 そして真紅に染まった札の面部分に、黒と白、あるいはピンク色の、毛筆体の文字が刻まれる。

 

 『世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし』


 一文字ずつ、たっぷり4秒以上かけて、在原ありわらの業平なりひらの和歌が刻まれると、札はワクを残して、黒々とした穴を開けた。

 ――と同時に、ワクがあたかも『傷口』の役割を果たすように、全身鎧Aから、サクラの花びらを模した美しいエフェクトが吹き出す。

 3秒ほどだろうか。

 3秒かけて、おそらく全身鎧Aの容積ぶんほどのサクラの花びらが吹き出た。

 見る者、受ける者に、爽やかな、けれど、切なさを想起させる風が巻き起こる。

 白く、ほのかに桃色に染められた風が消えると、残された全身鎧Aは直立したまま、一見、変化はなかったが、鉄仮面の下では『中の人』が恍惚の表情を浮かべていた。すでに息絶えている。

 ほどなくして、それは石化し、砂のように崩れ、たちどころに霧散した。

 当然相手はガンブレードで挑んでくるだろうと思い込んでいた全身鎧たちは声に出さず、動きだけで『動揺』を表現した。

 それを『なんか、かわいい』と脳の片隅で思いつつも――


(さすが我が国最高クラスの言霊ことだま使い)と札の威力に不染井は舌を巻いていた。


 待望の御子みこを生んだ一族出身の皇后を、花(サクラ)に見立て、んだ怨敵・藤原良房よしふさの祝歌に対し、『サクラなんかこの世になければいいのに!』とやり返した――と言われる業平公のこの呪歌の威力は段違いだ。

 わずか4.2731秒、札を身体にくっつけただけで『対象に死を与える』というのは破格の性能というほかない。

 まあ、この分野において『日本史上最強』と言えば、誰の異論なく、崇徳院すとくいんが筆頭に挙がるだろうが、不染井はいやしき忍者のである。さすがに天皇のお力を拝借するのには遠慮した(とはいえ、業平公も桓武天皇の正統な血筋なのだが)。

 さらに業平公のこの歌は、いわゆる『かきつばた』の要領で、各句の一番上――ではなく、一番下を一語ずつ拾えば、『にのばはし』と読める。これを不染井は『の葉は死』と読み換え、それを踏まえたデザインにすることで、札の威力の向上に成功した。札が赤く染まるのは、鳥居などを塗る『丹』色の葉、だからだ。英語圏のプレイヤにも『レッドカード・イズ・デッドカード』とイメージ的にも通じやすいだろう。多くのプレイヤの『共通理解』があればあるほど、得物に『力』が還元されやすい、というのは、上級者なら誰もが知るトリビアだった。


 この札こそがガンブレードに代わる不染井の『新ワザ』である。

 

 いや、『札』の構想自体は、不染井が以前から温めていたものだった。

 幼少から愛用していた生成武器『番傘』の限界を感じ、ひそかに新武器『札』を構想し、立ち回りなどの研究も順調に進み、バトルカップ本番もこれで臨もうと思っていた矢先、ひょんなことから己の『ガンブレード』の適性があることを不染井は知ることになる。試しにガンブレードに乗り換えてみると、期待どおり水を得た魚のごとくうまく立ち回れたので、すっかり札の存在を忘れていたのだが、ここに来てガンブレードのほうが有名になり過ぎてしまったようだ。無敵山には手のうちが読まれていたし、いまも、まさにご覧のように『中級プレイヤ』にも対策が講じられる事態になっている。それでもガンブレードの利便性から手放したくないと迷っていたとき、鳥型から『併用』の提案がなされた。鳥型の『力』を借りればノーリスクで『刃』と『札』の『条件付き併用』が可能になると知り、紆余曲折はあったが、最終的には『契約』を結んだ。

 当初23種を予定していた『札』だが、ガンブレードとの兼ね合いで2種類に絞った。

 業平公という自国の『権威』を借りたことも大きいが、この削減が、札に、かような破格の効果を与えたらしい。


 さて、今回のミロクモのようにチームを組んでいれば、味方の誰かが『札』を貼られた瞬間、上記の『ルール』は全員に知らされるし、身体のどこに何枚貼られたかも、本人には分かる。効果が発揮するまでどれくらい時間が残されているかも、『札』が貼られているあいだ頭の中で流れる歌詞を耳で追えば、分かる。かつ、せいぜい4秒以内に剥がせばいいのだ。札は手で触れることでフチが浮き上がる。分厚いガントレットや手袋を着けていても、指先に吸着力が生じるので、特別、剥がしにくい、ということはないし、たとえ地肌に貼られても、剥がす際に湿布しっぷのような痛みはない。するっと剥がせる。もちろん、仲間同士、互いの札を剥がすことも可能だ。そうでなくても、現実世界のシールと同じように強い力で削れば、剥がれる。

 そんな赤子の手でも出来るほど容易なことであるはずなのに、不染井は、次々と全身鎧たちを『飛花』させていく。

 その主たる要因は『読み』だろう。

 不染井は、敵がひしめく陣の中でも、わざわざ、より密集している場所を選んで飛び込んだ。敵同士の誤爆を誘発、あるいはそれを意識させ、躊躇ちゅうちょさせるのが目的――ではない。そもそも相手側が好んで敷いた陣である。接近戦に適した装備だし、特化したフォーメーションのはずだ。だからこそ、逆に、不染井があえて『相手の思うつぼ』の位置に立つと、敵は各々最適な行動を取る――全体として連動してしまう。その様は美しく、見事だが、動き自体は読みやすくなる。

 あるいは俊敏さで勝る不染井が、バスケット選手がやるようにふっと膝を折り、数センチほど身体を下げれば、それがフェイントになって、対面の敵は勝手に動く。


(合気道みたいだな~)


 フェイントに引っ掛かったことに気づき、慌てて体勢を戻した瞬間の敵に、不染井はすーっと突進し、先ほど同様、その勢いを殺すように、相手の胴体に手のひらを突く。そこで札を貼る。貼ったあとは、手を離さず、敵の身体を『支柱』代わりにして――よく磨かれた鎧の、そのなめらかな感触を楽しむように旋回し、他からの攻撃から隠れる。離れぎわ、背中にもう一枚札を、先ほどとは別の手で貼る。『ルール』上、同じ部位を使って連続して札を貼ることが禁じられているためだ。不染井はすぐさま近くにいる次の相手に向かい、同様のことを施すのだが、すぐに戻ってくる。背中に貼られた札を剥がそうと、後ろ手になった相手の手首を掴むと同時に新たな札を貼り、さらに余裕があれば腕を折る。折ってくれ、とばかりの体勢なので、ためらいはない。現実世界なら悲鳴ものだが、相手は快感にも似た声をあげる。このバトル世界では『痛み』の概念はなく、代わりにしびれる。その痺れは『本来こうむるはずの痛みを打ち消すほどの快感をともなう』と言われているが、現在、不染井は『オフ設定』にしている。言うまでもない。邪魔だからだ。ただ、男性プレイヤは『現実世界において女性に比べ、痛みに弱い』せいだろうか、『痺れ軽減設定』は出来ても、完全な『オフ設定』に出来る者は少ない。むしろ男性の世界ランカーには、この『快感』を活用するタフでヒロイックなファイターが多いように観察される。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ