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4 ■読み飛ばし可■ バトルワールド

 ソメナイの行動記録

 2332年11月23日午前8時57分


 バトルワールド――


 人類から『神』の役目を押しつけられた人工知能群【TEN】は、『軸』をずらすことで、地球表面上にぴったり被せるように、けれど、互いに干渉できない『新たな地球』を構築し、その地平をまるまるゲーム世界として人々に提供した。これは言うまでもなく、『21世紀末まで人類が生きた地球』から『現在の地球』へと全人類の移住を達成させた手法と同一のものである。


 人類独自の文化維持・発展のため、自らを含めすべての人工知能に『創作行為』を禁じた【TEN】であるから、これは『その例外的な創作』または『そもそも創作には当たらない』と解釈されるのが常だったが、近年、そうではなく【TEN】の神としての義務――すなわち『天地創造』の一環とかいする見方が示され、着実に支持を増やしている。


 さて――


 そのような経緯いきさつで誕生したバトルワールドでは、プレイヤは現実世界とほぼ同じ姿かたちのゲームキャラとなって、たとえば、剣と魔法のファンタジィ風、あるいは人気の高い21世紀風、はたまたスチームパンク、サイバーパンク等々『選ばれなかった未来』風など、それら世界観で展開される『RPG』や、人類史や小説を下敷きとした『国盗りシミュレーション』。さらには『プレイヤ同士のバトルロイヤル』または『チームを組んでの陣取り合戦』、『魔物狩り』や『自給自足』、『クラフト』要素を含んだ広義『アクションゲーム』など、おおよそ『生身の肉体』で挑める、あらゆるジャンルの実体験型ゲームに興じることができる。


 この『生身の肉体』というのは醍醐味であり、ひとつの特長だ。


 『現実世界』では制限される【マシン】による感覚・筋肉アシストが、このゲーム世界内では最大限利用することが許される。

 身体能力および身体操作の劇的な向上はもちろん、痛みや疲労など生きるうえでは必要ではあるがゲーム世界ではわずらわしいそれら生物的なくびきから解放され、視界も思考も発想も澄み渡る。ゆえに『その場にいるだけで胸躍る』ような世界となっている。


 ところで、個人の嗜好が優先されるゲーム世界であるから、たとえ同じタイトルであっても、それぞれ『自分の観たい時代設定及び世界観・倫理観』で楽しむことができる。そのため、内容は百花繚乱、プレイヤの数だけ異なる風景――『作品』となっている。ただ、RPGにしろシューティングにしろどのようなジャンルであったとしても『武器あり格闘アクションゲーム』の要素が共通して組み込まれていることから、『果たして全プレイヤの中で最強なのかは誰か?』という疑問が生まれるのは必然で、ほどなくして、それを解決するような格闘競技大会――『ツヴァイ』が開催される運びとなった。


 このように企画、実施された『ツヴァイ』は順調に回を重ね、着実に歴史を積み上げ、今や『観ていない者を見つけるのが優勝するよりも難しい』と言わしめるほどの盛況ぶりで、各ジャンルのトッププレイヤの実力がほぼ拮抗していることもその『盛り上がり』の一因なのだが、なにより、このバトル世界では、現実ではすっかり不要になってしまった『喜怒哀楽』をはじめとした原始的な感情が、快感をともない呼び起される仕組みになっていることが大きい――そんなふうに指摘する向きもある。


 ありていに言ってしまえば『プライド』が刺激されるのだ。


 あるいは、自分はどこの何者であり、なにかに属している、という現代社会では形骸化しつつある帰属意識が生じ、膨らむ。


 それはいつしか、『1対1最強決定戦』だけでは飽き足らず、今も現実世界で数年に一度、定期的に行なわれている球技大会のような、選手を『出身国』でカテゴリィ分けした団体戦――『バトルカップ』の登場を希求する推進力となった。


 そのようにして、まもなく実現した『バトルカップ』は『する以上に観るのも好き』なプレイヤたちを歓喜させることとなるのだが、その熱狂ぶりは本流である『ツヴァイ』に迫らんとする勢いで、あまりの要望の多さに『年齢制限』を設けた世代別の大会も実施されるほどだった。


 それでもやはり白眉は、年に一度開催される、年齢制限のない、いわゆる『無印のバトルカップ』で、その競技レベル、関心度、視聴満足度いずれも最高峰と言えた。


 さて、そのえある大会の『日本代表』に選ばれた『不染井そめないよしのあや』は、バトルカップ開催を来月に控え(シード権のある日本は再来月の2次予選から)、ここフクシマエリアでの国内合宿に参加していた。   

 

 『日本代表』の名のもと召集された彼らではあったが、この、何においても個人が優先される世の中では、ナショナルチームとしての活動は年に数回あるかないか程度で、これがほぼ初顔合わせという者も珍しくない。しかもその大半がふだん2~6名ほどで構成された小規模パーティの経験しかなく――不染井に至ってはソロ専門、というていたらくで、つまるところ、団体戦には不慣れな面々だ。


 本番のバトルカップは、1チーム31名ずつ、敵味方合わせて最大62名のプレイヤが入り乱れての大戦場である。

 当然そこを勝ち抜くためには団体戦特有の戦略が必要になる。

 そのため、互いの特性を知り、戦術や局面での約束事を決め、徹底し、チームとしてのクオリティを深めることが今回の合宿の主な目的であるが、国内トップレベルのプレイヤが一堂に会することなど、そうそうあることではない。

 しかも前述したように、この『バトル世界』では、『現実世界』ではすっかり不必要になってしまった、生存競争を由来とした、極めて原始的な、さまざまな欲求が、快感を伴いつつ沸き立ってしまうような精神作用がなされる。

 となれば、選手同士『互いを知るため』という口実のもと、序列を明らかにしようとする探求心――いさかいが起こるのは必然だろう。

 とはいえ、一目惚れめいた、その衝動には相手を選ぶし、かつ、双方向で生じないと成立しない。

  欧米では『セッション』と表現されるが、この国では『手合わせ』と呼ばれることが多い。


 不染井が『手合わせ』に選んだのは、力士――しかも現実世界でも現役の、大関。

 プレイヤネーム、無敵山むてきやま

 国内ランキングは不染井の6個下の、23位。

 身長を、現実世界と同じく171センチに設定している不染井より、ずいぶん高い位置に顔がある。

 そうめんのたばのようにった頭頂部のマゲを含めると、縦のサイズは205センチほどで、横幅も広い。

 たとえ不染井が3体に分身して横並びになっても、力士の背中側からはその忍術は拝めないだろう。

 この『国内には珍しい巨漢タイプ』というのもなんともそそられるが、まず、裸なのが面白い、と不染井は思う。

 13メートルほど離れて相対あいたいした無敵山は、現実世界と同じように下半身にマワシを着けている無防備な格好。


 そして、素手だ。


 これで世界トップクラスの、デタラメな武器やギミックとやり合おうというのだから、いっさいの皮肉抜きで、面白いというほかない。実際、今回が世界大会初デビューの、正々堂々を馬鹿正直に体現したような彼が、見事に立ち回わることができたとしたら、どんなにか愉快だろう――

 不染井は、対峙した無敵山の姿に対し、まずは、ほとんど、そういう意味合いでの『面白さ』しか感じなかった。

 見苦しいとは思わないし、圧迫感もない。ましてや、あべこべに羞恥しゅうち心をおぼえる――などということもなかった。

 強いて言えば『あの黒光りするマワシの下はいったい?』などという微笑ましい好奇が多少ないこともなかったが、おそらくマワシを斬り落とした場合、『それ』はプレイヤの目には隠されてしまうか、あるいは、そもそもマワシ自体、斬り落とすことなど出来ない仕様だろう――不染井にはそんな予測が立つので、彼の外見に関しての思考はそれ以上進まなかった。


(ただ、そうだなあ……)


 彼女は認めつつあった。

 鍛え抜かれた無敵山の肢体――その美しさに。

 そして『美しいものは、たいがい、強い』というのが、この世界における彼女の、多少の願望を込めた、経験則だった。


 さて。


 かくいう不染井も、21世紀初頭の女子高生みたいな制服姿になっている。

 『なっている』という表現は、彼女自身で選んだものではないからだ。

 原則、このバトル世界ではコスチュームは自分自身で選ぶ――『見せたい自分を見せる』のが通例なのだが、最近の不染井はその権利を譲渡して、『対戦相手が選んだ格好』で臨むことにしている。どんなにゴテゴテのドレスを着せられても動きに支障はないし、相手が18才以上ならば『素っ裸』も可能なのだが、驚くほど需要がないので、『忍者っぽい衣装』とそれは選択禁止にしている。今回の無敵山のように、とくに要望がないときは、相手が潜在的に不染井に対して思い抱いている衣装になる――

 このセーラー服は、前回のバトルカップで彼女が好んで身に着けていたものだった。

 つまりこれは『無敵山は、不染井が前回から成長していないとタカをくくっている』とも解釈することが出来る。


(なるほどね~)


 前述のとおり、このゲーム世界では『怒り』という感情はその形を保ったまま、高揚や意欲、快感に変換される。

 不染井は、セーラー服をブラウスに変更して、スカートもロールアップして、丈を短くした。

 黒い髪をサラサラとした質感に変え、耳からあごにかけてのラインを隠さないようなショートカットにする。

 前髪は眉毛の上まで。けれど整え過ぎて、ぱっつんにならないよう毛先をナチュラルに波打たせる。

 勢いよく動いたり、向かい風にあおられたりしても、おでこがちらりと見える程度で、無様に逆立ったりしないように設定。

 髪とスカート、ソックスと靴は同色――ブラックにして、それぞれ揺れたり、ひるがえった際、その速度に比例して、メタリックなダークグリーン色の影が現れるようにした。

 わずか1秒足らずのあいだにそのような変更を果たした理由を――彼女の感情を、言葉で表すのは難しい。近いのは『気まぐれ』だろうか。

   

(一撃で殺すには?)

 

 という不染井の思考に応えるように、濃淡鮮やかな青系の紙だけを集めて組み上げたようなハヤブサ型の使い魔が現れ、彼女にしか聞こえない声で返す。

「この位置からは視認しにくいでしょうが、対象の左肩後方、うなじと肩甲骨けんこうこつの中間辺りにマークをつけました。『ガンブレード』をそこから差し込めば……、そうですね、30センチほど刃を差し込められれば、あとは斬り裂くようにして頸部けいぶを両断できます。不染井様の現在の『手持ち』で、この手法による『首斬り』以外で一撃で対象を仕留める方法はありません」


 この鳥型がそう言うのなら、そうなのだろう。

 彼女は納得し、『ガンブレード』を生成する。

 

 不染井の武器――いわゆる得物えものである中世西洋風大剣めいた『ガンブレード』は、斬りつけた相手の『生命エネルギィのようなもの』を奪い、一発だけ光弾として、剣先から『放出』できるという特長がある。『放出』する光弾を相手にぶつければダメージを与えられるし、その際の逆噴射――つまり放出時に起こる凄まじい反動、反作用を利用すれば、ホウキにまたがるる魔女のごとく、猛スピードでその場から大きく移動することもできる。便利だ。ちなみに『ガンブレード』とはあくまでこのゲーム世界における『武器カテゴリの名称』であり、コルトパイソンやM29をひとくくりに『リボルバー』と呼ぶのに等しい。さらに余談の余談だが、20世紀の日本で制作された超有名RPG、その8作目に出てくる同名の『ガンブレード』は、その性質からこのバトル世界では『振動剣』にカテゴライズされる。前人類への尊敬や遠慮があるのか、現時点で――いや、過去遡っても、その使用者は存在しない。

 ともあれ、得物は個性で、プレイスタイルになる。

 ――であるのに、無敵山は素手だ。

 本来、オリジナル武器をデザインし、生成するために与えられた『生成ポイント』をそちらには使わず、身体能力向上へ回しているらしい。アフリカ勢みたいなことをする――と不染井は思ったが、前回大会で旋風を巻き起こした彼らだって、なにかしらの武器は持っていた。


(カラテじゃん)


 バトル世界共通語としての『カラテ』は、武器を持たず徒手空拳で戦うプレイスタイル全般、ないし、その使用者を指す。あるいは戦いの最中、間抜けにも武器を失って、素手になってしまったプレイヤを揶揄やゆ、嘲笑する用法もあるが、前者の『カラテ』は世界的にも珍しく、その『手合わせ』には愉悦がともなうことが約束されている。

 ゆえに願ってもない相手。


 けれど不染井はすぐには向かわず、わざと自分を焦らすように、ガンブレードを手首で回す――いや、手首を『軸』に、刃がプロペラのように高速回転しているようにも見える。

 彼女が『フィッシュテール』と命名した、ペン回しのように無意味な手遊びだが、回転中は、ふだん1メートル20センチもある剣の全長をある程度自由に短くすることができて、今は直径71センチの円をつくっている。時折、円の表面に浮かぶ水銀みたいな『照り』が美しい。実は、手首だけではなく、足首でも、首でも腰でも回せるし、右手首で回していた刃を両肩を介して、左手首に送る、などという技も――その理屈は彼女自身にも不明だが――可能だ。『なぜ回せるのか、なぜ送れるのか』という理由は分からないが、『こう回そう、あちらに送ろう』という己が操作している実感、手応え、楽しさはある。



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