10 出題編 現場へ
波戸絡子の行動記録
2332年11月23日午前9時28分
私は井出ちゃんを伴って、都内神田にある事件現場へと向かった。
目的地まであと数十メートルほど――というところの道端で森岡才刑事の姿を見つけた私たちは、文字どおりの『自動車』である【カプセル】から降りて、彼と合流する。
「お待ちしておりました」今回もこの大柄な刑事が案内役なのだそうだ。
「よろしいのですか? 私たちの相手なんかして」井出ちゃんが令嬢のように微笑む。
「何をおっしゃいます」という刑事の言葉は最後、笑い声で滲んだ。改めて恭しく、「むしろ光栄です」と続けた。
「本当はサクラさんたちと被疑者討伐イベントに参加したかったのでは?」
「もう早くも残り6名だそうです」刑事は笑顔のまま、器用に眉をあげた。「今日中に済んでしまうかもしれませんね」
こちらです、と刑事が手で促し、私たちは並んで歩き出す。
さすがに『イベントの街』の名高いこと神田エリアである。本日もいくつか催し物があるらしく、周辺の土地は『関係者以外立ち入り禁止』の制限が多い。視界もその関連らしき建物や塀に阻まれ、たかだか19メートル先にあるはずの現場が見えない。『陸地はどこも海抜0メートルで統一』されたフラットな24世紀では珍しい雰囲気だ。そのふだん感じられない空気に少しだけ気分が高揚してしまったのか――
「今日中もなにもサクラがアタリを引き当てた時点で終了でしょう?」私は柄にもなく会話を再開させてしまった。
「そう上手くは事は運ばない」刑事の代わりに、左隣を歩く井出ちゃんが応えた。「――と踏んでいるわけですね?」
「いえいえ」刑事は苦笑いして見せる。彼は井出ちゃんのさらに左側、私たちを先導するように半歩前方にいた。「この事件にそんな面白味はないと思いますよ」
「被疑者を8名に絞った警察の手際は完璧である、と?」私は彼の横顔に尋ねる。
「それを今から先生方に提示するのが、今回、私に課せられた仕事となります」刑事は歩きながらこちらに向き、冗談めかして胸を張る。
「というか、櫛引検事は、なぜ波戸先生に依頼を?」と、井出ちゃん。
弁護士である私たちは、業務中――とくに第三者がいる場合、上司部下先輩後輩関係なく、互いに『先生』という敬称をつけて呼び合う。通例だ。
「ええと……」刑事が井出ちゃんと私の顔を交互に窺う。「私に訊いているのですか?」
「半分くらいは」後輩は片目を閉じてみせる。
「そうですねえ……」森岡刑事は声に笑いを含ませた。「単純に、先生方にはオブザーバーというか、立会人のような役割を求めているのだろう、と理解しております。官憲だけではなく、第三者による『犯行は被疑者にしか出来なかった』というお墨付きを得るため、と申しますか……」そこで彼は控えめに私に顔を向けた。「それがほかならぬ『ミス・クレーター』による鑑定なら世間も納得するでしょうし」
『ミス・クレータ』とは、誰かが付けた私の『二つ名』だ。
ダサいし不本意だが、不名誉なものではないことが唯一の救いではある。
あ、ちなみに『ハッキング資格所有者』である私は、カタカナ語の語尾の『伸ばし棒』を使用できないという謎の制約を受けているがお気になさらないように。とはいえ『ギター』や『ミラー』などの例外もあったりする。
「とかなんとか言いながら、あえて味方に引き入れることで犯人の弁護につかせない――なんていう狙いがあるのではないかと私は睨んでます」井出ちゃんは実際に刑事を見つめたようだが、その声色同様、横顔は優しかった。
「あ~、なくはないですね」なるほど、という感じで刑事が頷く。「検事は『六日囲碁』の有段者ですから」
「数手先を読んでいる、という意味の慣用表現でしょうか?」井出ちゃんは私のほうに顔を向けた。
「いや、六日囲碁では、取った相手の駒を味方にできるんです」刑事が答える。
「う~ん」と井出ちゃんは腕を組む。「前回も思ったのですが、『囲碁』というより『将棋』ですよね、それ」
いや、心得のある者なら分かる。あれは囲碁だ。
「ではサクラさんが刺客として選ばれた理由も同じによるもの、と?」井出ちゃんがさらに尋ねる。
「サクラは日本代表だからね~」私は口を挟んだ。「討伐できて当然。万が一、負けるようなことがあれば――」
「目下、同じポジションを争う、検事のご息女の格が、何もしなかったにもかかわらず、あらら不思議、相対的に上がる、というわけですね?」井出ちゃんの言葉は『もちろん私は理解していますよ』という思いが強すぎて、いささか説明ゼリフくさかった。
「いやいや、そんなおかしな裏工作して身の丈に合わない大舞台に出たら、むしろ恥をかきますって」刑事が横槍を入れた。「素直に、不染井さんの実力や経験を見込んで、ということだと思いますよ」
「では、勝負ですね」井出ちゃんはこちらに微笑みを向けた。「サクラさんが早いか、私たちが早いか」
どうやら考えることは似たようなものらしい。
さて、事件の最重要参考人――被疑者たちは、官憲が捜査に着手するまえにバトル世界に逃亡を果たしている。
バトル世界にいるあいだは現実世界の法律は適用されないというルールを悪用――いや、悪用は言い過ぎか、『与えられた権利を行使している』ような状態だ。
『貴方』の生きた21世紀に存在した法律で言えば、『国会議員の不逮捕特権』に近い。
『国会会期中、議員は原則として逮捕されない』というような。
それに倣って、この状況を端的に表現すれば、『被疑者は、バトル世界にいるあいだは逮捕されない』と言えるし、その認識で充分だろう。
もちろん、バトル世界で死ねば――つまり誰かに殺されたりすれば強制的に『こちらの世界』に戻ることになるから、そのタイミングで『指名手配』が効力を発揮し、有無を言わさず官憲に身柄を確保され、絶対に間違えないウソ発見器こと【エイリアス】に掛けられることとなる。
この相関を【TEN】は、バトル世界の『討伐イベント』として反映させた。
そう『イベント』だ。
【TEN】公認の『緊急討伐イベント』となれば、そこでやりとりされる経験値などの報酬が倍化される等々、参加者全体にさまざまな恩恵が与えられることとなる。いわゆる『参加することだけでも意義がある』状態だ。
それが被疑者たちが、無辜なのにも関わらず、犯人と共にバトル世界へ身を投じた理由だろう。
要するに、前回、サクラがやったことの模倣、繰り返し、というわけだ。
そのような『道』をつくった責任を取らされたわけではないだろうが、今回の捜査陣の指揮を執る櫛引検事に、サクラは討伐チームへの参加を強制された――というのは『貴方』も知るところだ。
ん~、でも、どうだろう、サクラにしてみれば、渡りに船、という感じではないだろうか。
先ほど刑事の言葉にもあるように、サクラは早くも被疑者の一人、『弥勒雲 拳太』(みろくも なくる)を屠っている。
彼をはじめ逃亡者たちは国内ランキング軒並み4ケタ台――つまりは中級者であり、いよいよ来月に控えた、年に一度開催されるバトルゲームの世界大会『バトルカップ』、そのウォーミングアップとしてはもってこいの相手だ。『チーム戦では、未知より、半分くらい手のうちが分かっている相手のほうが厄介』が原則なので、新ワザ解禁、お披露目の場としてもこれ以上ないタイミングに思える。
ちなみに弥勒雲氏は、すでに【エイリアス】を用いた聴取を受け、『被害者殺し』を否認し、シロ判定を受けたそうだ。
まあ、よくよく考えるまでもなく、今回私たちに与えられた役割は『探偵』ではなく、滞りなく警察の捜査が行なわれたか、不備は無かったか――をチェックする『監査員』だから、もし途中でサクラが『真犯人』を討伐し、【エイリアス】により、それが確定したとしても、そこで任務終了とはならない。調査自体は続くわけだ。けれど、とはいえ、やはり経過は気になるので、『サクラの討伐情報および【エイリアス】判定』は随時報せてもらうことにしている。
さて――
中で格闘技の大会が行なわれているらしい、『柵』という漢字みたいなデザインをした格子塀で囲われた敷地の前を横切ると、「さあ、こちらが現場です」と刑事が前方を手で示した。
――とは言っても、一見して、そちらには建造物などはない。プリン色だった地面がそこからブルーに変わっているだけ。何もない平地。おそらく、分かりやすいよう敷地にあたる領域にだけ色を塗っているのだろう。むやみやたらに広い。
刑事に促され、ブルーの領域に足を踏み入れた瞬間、【マシン】による『五感アシスト』が強制的に掛かる。
まるで、今の今まで潜水していたんじゃないかと思えるほどの解放感が全身を包む。
五感をそれぞれ取り出してメンテナンスし直したような明瞭感で歓声をあげたくなる。
目の前に広がったさまは、一言で言えば、枯山水、という感じだった。
足元にはいつのまにか細かな砂利が敷き詰められ、辺り一面に広がっている。空も同様の色――曇天。
敷地の四辺ぴったりに盛り土――いや、そこから一段地面が高くなっていて、その奥には『初秋』という風情の、少し黒ずんだ木々が林立し、その幹や枝、濡れたような葉や、それがつくる影に阻まれ、もう、隣の格闘技会場は見えなかった。振り返ると、こちらも同様の変化があった。木々に埋もれるように鳥居を模したような『門』が生じている。高さ10、幅は4メートルくらいだろうか。鳥居と表現したように扉などはないから、本来ひらけているはずの『門』の向こう側は、線香の煙で霞がかったようになって、見えない。敷地は四辺をほぼ東西南北に向けているから、こちらを『西門』と定義すれば、100メートル以上離れているだろうか、反対側の『東側』にも同じような『門』があるのが確認できた。南北側には、少なくとも現時点では『門』の存在は認められなかった。
そのようにして木々に囲われた枯山水――砂利のフィールドには依然として建造物などはなく、原則として平坦だったが、ところどころにせいぜい膝の高さぐらいまでだろうか、『山』のような起伏も存在した。あるいは、大きなものではその『山』と同じくらいの、小さいのは、ここから確認できるもので、ソフトボールサイズの、それぞれ岩や石なども配置されていたが、飛び石にしては点在――離れ過ぎている。道を示すようなものはなさそうだ。
再度、刑事に促され、私たちがザクザクと歩を進めると、その影響を受けて、砂利が波紋を立て、『水面』の形状を変えた。波は速く、数メートル先の石にぶつかると、わずかに飛沫をあげ、風になってこちらに返ってきて、私たちの頬を優しく撫でた。それは、なんとなく『あ~、江戸時代の匂いだな』と思わせる不思議なものだった。【TEN】はヒトが行き来する時間旅行は禁じたが、『コンピュータによる人類史の再現シミュレーション』という形での『タイムマシン』を完成させ、人類へと提供しているから、これは本当に完璧に再現された江戸の匂いなのかもしれない。
さて、たとえ勢いよく四股を踏んだとしても、靴に砂利が入るなんて不都合はないし、砂浜のように圧力差でブーツのヒール部分だけが埋もれるという面倒もない。その名のとおり、じゃり、じゃり、という踏み心地は悪くはなかったが、二歩ほど進んだところで、例によって、私は飽きてしまって、『五感アシスト』を消した。
足元が、本来の、プリン色の地盤プレートに戻る。
空も青空に戻ったが、敷地の四辺には蛍光グリーンで彩った擦りガラスのような壁が出現し、やはり隣の格闘技会場は見えなかった。『門』の部分は、そこだけ切り取ったように穴が出来ていた。言葉にすると矛盾しそうだが『透明な何か』に阻まれ、穴から敷地の外は見通せなかった。
敷地は、計測すると、140×140メートルの正方形で、高さも50メートルまではその範囲内らしい。
改めて見渡すまでもなく、やはり建造物らしき立方体は存在しなかった。
まだ『出現』させていないのだろう。
「事件当時こちらでなにが行なわれていたかは――」刑事は敷地の中央へと私たちを案内するつもりのようだ。「ご存知ですか?」
「いえ」彼の視線がこちらに向けられていたので、私は、わずかに首を横にふってみせた。
「ヒタチドウと呼ばれる剣術の国内大会です」刑事が言うと、彼の声に合わせて、空中に『ヒタチドウ』と毛筆体のカタカナが表示された。
「ヒタチドウ?」井出ちゃんが繰り返す。
「常磐道の誤読みてえだな」とセンゾが、ぽんっと現れて、言った。
センゾとは、『静的な21世紀人』である『貴方』に対する、『動的な21世紀人』と言える存在で、言うなればペットだ。
時折、こんなふうに茶々を入れてくる。
忘れているかもしれないので一応『外形』を説明しておくと、全長20センチくらいの二頭身で、くたびれた灰色の段ボールのような色合い。太いマジックペンで目と口を書いた頭部に、手と足のある胴体をくっつけた感じ。イメージとしては『グー』の下から『パー』をくっつけた感じ。『パー』は当然、中指を折り畳んだ状態だ。
「道は道でも、ロードではなくメソッドのほうですね」センゾの存在を知っている刑事は、丁寧な口調で彼にそう返すと、宙に漂う【マシン】を集め、手帳の形をした【プロペ】をつくり、めくる。「かの流派を設立したのは22世紀初頭に国内で活動した同名の――『ヒタチドウ』と呼ばれる、日本人で構成された剣術家集団で、それ以上の詳しい素性、人数などは明らかになっていません。私なんかは最初、『ヒタチ』という名称から『座頭市』の出身国にも設定されている『常陸』の国から頂いたのかなあ、なんて思いましたが、無関係だそうで。もっと言えば、彼ら創設者たちの名前や地名、出身地や発祥地などには一切関連はないらしく、剣術としての思想――つまりは『一断ち』あるいは『人断ち』を由来にしたものだと公にはアナウンスされています」刑事の説明に合わせて、宙に『一断ち』と『人断ち』の文字が浮かんだ。「読んで字のごとく、『一撃で、いかに刀を摩耗させずに敵を倒すか』を目的とし、それに特化した剣術で、究極的には、摩耗どころか、刀身を『かまいたち』の発生・射出器に見立てた『飛太刀』の完成――つまりは刀の飛び道具的活用法を目指していた、なんて説もあります……。ええと、ここからは私の想像となりますが、彼らはおそらくさらに技巧・思想を研磨発展させ、『かまいたち』を『かみ、いでたち』、すなわち『神の御出で立ち』と読み替え、風だけではなく、雷。つまり、発雷器としての――」
「要するに」私は刑事の饒舌を遮る。「チャンバラ大会みたいなものが行なわれていたわけですね?」
「チャンバラ?」刑事は一瞬、表情を険しくしたものの、すぐに諦めたような、脱力気味の笑顔になる。「……まあ、そうですね、対戦形式なので、感じとしてはチャンバラみたいなものでしょうかね」
「ウレタンの棒でか?」と謎の黒い棒を取り出したセンゾは、二刀流で構えて見せる。
「いえ、ホンモノを使います。【マシン】の筋力アシストを利用しない、素の状態――いわゆる『オリンピアン』状態で、真剣を用いて、斬りあう競技ですね」
「ホンモノの刀で斬り合う――って」『21世紀人』のエッセンスを含んだセンゾの声は相変わらず抑揚が豊かだ。「痛くねえの? つーか、死ぬだろ? 馬鹿か?」
「競技中は、刃の部分を【マシン】で代替しますから、痛みもありませんし、傷もつきません」気分を害した素振りなく森岡刑事はニコニコと答える。「ただ斬られると、強烈に痺れますけれどね」
かの刑事は過去に何度か体験したことがあるらしい。
「バトルっぽい感じ?」私は訊く。
「いや、もっと硬派な、快感のない痺れです」刑事は思い出したのか、ワサビでも舐めたような顔をつくる。
「斬られた~、口惜しや~」井出ちゃんが言う。「みたいな?」
「斬られた~、負けた~」刑事は彼女の真似をする。「――から、もっと修練しなくては~、みたいな、前向きな」
「あ~、心を入れ替えるってわけですね?」井出ちゃんが頷く。「『生まれ変わる』ためにはまず死ななくちゃいけない、と」
「馬鹿は死ななきゃ治らない――なら、新生のために一度死のうか、ってこと?」
私がそう言うと、刑事は唸った。「いやあ、まさかあの競技にそんな哲学的な意義が潜んでいたとは……」
その、しみじみ、という感じの声に、私たちは吹き出してしまった。
「要するに」いち早く、笑いを引っ込めた井出ちゃんがまとめる。「事件当時ここには、殺人にお誂え向きの凶器が存在し、各人その所持に不自然なところはない、ということですね?」
「ええ」と刑事は頷く。「そして、事件当時、参加者たちが所持していた刀こそが名実ともに『キー』となります……。さあ、見えてきましたよ」と刑事が前方を手で示す。やはり近づくと建物が『出現』する仕掛けか、最初そこにあったのは、霧に包まれ、ぼんやりとしたものだったが、さらに歩みを進めると、強制的に『五感アシスト』が掛かって、再び枯山水が出現。それと同時に眼前――俯瞰で見れば、敷地の中央に『建造物』が現れた。「あれが事件現場となった『求道覚志館』です」
彼の言葉に合わせ、照りのある紫色の砂を固めてつくったような『求道覚志館』という文字が現れる。ズッシャァァァッという間抜けな効果音も付随した。
「『道を求めて、志に目覚める館』みたいな意味でしょうか?」井出ちゃんが宙に浮かんだ文字を読む。
「『道を求める同志の顔を覚える――つまり、同志と出会う』とも受け取れますが」刑事は応える。「まあ、雰囲気だそうです」
「名付けたなあ」センゾが馬鹿にするように言った。
「略して、キュウカクカンの殺人ですね」井出ちゃんが建物を見やる。『本格ミステリファン』を自称する彼女は当然、『綾辻行人』もコンプリートしているようだ。「一見して、九角形ではなさそうですが」
厳密に言えば、裏側が見えないので、建物が『正九角形ではない九角形』である可能性はまだ存在する。
あるいは外観ではなく、中がそのような形にくり抜かれている可能性も否定できない。
「競技になぞらえて『ヒタチドウの殺人』と呼称すれば、周木律作品っぽくなりますね」森岡刑事が返す。「残念ながら、こちらの建物はなんの変哲もありませんが」井出ちゃんに感化されたらしく、この刑事は最近21世紀の国内ミステリィ物を読むようになったそうだ。
さて、『キュウカクカン』は、間違った意味での『五重塔』と表現できるように思えた。
水平方向――横と奥行のサイズが40×40メートルということなので、『貴方』やセンゾの生きた時代で言えば、ちょっとした体育館ぐらいだろうか。体育館ほどの広さの、けれど平屋だから高さが6メートルもない、異様に横幅の広い江戸時代風な日本家屋を、がしゃん、がしゃん、がしゃん、がしゃんと五つ積み重ねたような外観。例えるなら、同じ大きさの漫画雑誌をきちんと五つ重ね、それをアリの視点で見た感じだ。いや、この例えだと外壁が一直線で西洋的なビルや、あるいは重箱のようなものを想像してしまうかもしれないが、おそらく階を区切るよう、瓦屋根の庇がぐるりと周囲を巡っている。だから、雑誌と雑誌の間に、それより一回り大きな下敷きを挟んでいき、てっぺんだけは、ちゃんと勾配のついた――などと、果たして、これ以上不要領な外観の説明を聞いたところで、『貴方』に課した事件解決に役立つか、かなりあやしいところだ。単純に高さ30メートルくらいの『五階建ての建物』と考えてもらって構わない。支障があれば、あとで訂正するので。