【コミカライズ】行き遅れ令嬢はおひとり様を満喫したい
よくある婚約破棄ものを書いてみたくなって書いてみました。
初めての短編もの。
誤字報告、本当にありがとうございます。
また、初めての感想いただきとっても嬉しかったです!
とても励みになります。
色々とご意見いただきまして、婚約者だった人たちのその後を追加することにしました。
「シャルロット!もう我慢ならない!貴方とは今夜限りで婚約破棄させていただく!」
デビュタントの会場で、ファーストダンスを踊って婚約者と離れて壁際で飲み物を飲みながら友人と和やかに会話していた私は、突然大声で婚約者に怒鳴られてびっくりして振り返った。
そこには、ずっと片思いをしている大好きな婚約者のギヨームがいた。
その隣には人目を憚らずにギヨームの腕に絡みつくジャンヌがいる。
「ジャンヌが話しかけたにも関わらず、無視し、挙句ぶつかったと言うではないか。
今まで、政略結婚だと思いずっとずっと我慢してきたが、この状況ではこの先が思いやられる。
もう、金輪際顔も見たくない。
婚約を破棄する!」
私と一緒に飲み物を飲んでいた友人も、目を丸くしている。
当事者の私はポカンとして思わず口が開いてしまった。
何を言っているのか意味が分からなくて、何も言えないうちにギヨームはジャンヌの手を取ってさっさと会場を後にしてしまった。
「……え?私、婚約破棄されたの?」
周りの友人がシャルロットを労るように近くに寄ってきてくれた。
「……何今の?」
「さぁ……どう言うことでしょう?」
よく分からないけど、デビュタントのこの日に私婚約破棄されちゃったみたい。
会場に来ていた両親に目を向けると、お父様がとても怖い表情していらっしゃる。
うわぁ……。これ、ダメなやつ。
仕方なく、せっかく人生に一回限りのデビュタントを早々に切り上げて私も退出することにした。
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私は転生者で、前世では仕事もバリバリしていた。
帰宅の時に飲酒運転に巻き込まれて交通事故で死んでしまった。
あ、これ、死ぬな。
と思った時に、ふっと真っ暗になったと思ったら転生していたのだ。
私が転生したのは侯爵家の令嬢。
5歳の愛くるしいお目々まんまる金色の髪の可愛い女の子が鏡にうつった時は流石に倒れた。
徐々に年齢にあった行動にも慣れていって、シャルロットとしての人生を生きていた。
4年前、12歳になった時に、初夏の侯爵家の庭園で婚約のための顔合わせを行った。
初めてあった5つ年上のギヨームは、それはそれは爽やかな青年で、ひと目で恋に落ちてしまった。
栗毛色の柔らかな髪と、爽やかな庭の緑と同じ色の優しそうな瞳、真っ白なブラウスが清潔で真っ赤になってしまって、恥ずかしくてお母さまのスカートに隠れてしまった。
それから、ギヨームは月に一度は花を贈ってくれたり手紙を送ってくれたり、
婚約者としての義務をきちんと果たしてくれていた。
会えるのは3ヶ月に一度だったけれど、会えるのがすごくすごく楽しみで毎回嬉しい時間だった。
淑女の嗜みとして、お母様が出席する茶会に少しずつ一緒に参加するようになって、
そこで色々な家柄のお友達ができた。
婚約していない令嬢から、社交界の色々な令息の話も聞いた。
ーーーセギュール家のフィリップ様、先日お兄様に二人目の赤ちゃんが生まれたんですって!
ーーーまぁ、それでは今まさにアプローチのいいタイミングですわね!
ーーーお父様に話してみようと思うの!
ーーーアンジュー伯のところのコンラート様がようやく婚約に前向きになったらしいわよ。
ーーーえーっ!じゃあお父様にお願いして釣書を送っていただかなくちゃ。
ーーーずるいわよ、私だってお母様にお願いしてアンジュー伯夫人とお茶会セットしていただかなくちゃ。
ーーーひとりで抜け駆けなんてさせないわよ!
ーーーうふふふふ
いろんな話が聞けるので、シャルロットはニコニコしながら恋バナにもなっていない恋話を聞くのだった。
「シャルロットはいいわよね。素敵な婚約者がいて。」
「たまたまタイミング的に必要な政略契約だったのよ。」
「それでもシャルロットはぞっこんじゃない!」
盛り上がっているところで、一人言いにくそうにしている友人が、さっと顔を曇らせたので、どうしたのか聞いてみると、
「あの……その件なんだけど、最近よくない噂を聞いたのよ。
その……ギヨーム様に恋人がいるって。男爵家の令嬢らしいんだけど……」
それを聞いて私は固まってしまった。
その後、色々と調査したらギヨーム様は一つ年下の男爵家の令嬢ジャンヌ様と恋仲だと言うことがわかった。
二人の交際が始まったのは婚約後で、そういえば最近3ヶ月に一回の訪問が急遽いけなくなってしまった、と連絡があったのだった。
確かに、ここ最近は直接の訪問が半年に一回になっている。
それでも、ギヨームとジャンヌの二人の恋が叶うことはない。
だって私がギヨーム様と政略婚約しているのだもの。
私は複雑な気持ちだったけれど、ギヨーム様を恋い焦がれる気持ちは失われずに
ジャンヌ様に嫉妬したけれど、あと3-4年もすれば結婚するのは自分だと言い聞かせてぐっと堪えた。
恋人がいると言う話は社交界でも有名な話だったけれど、次男のギヨーム様はいずれ侯爵家に婿入りする。
その時に、愛妾として囲うのは父が許さない。
ーーー子供の体の私では魅力が足りないのかもしれない。
それまで、青春のひとときだし、目を瞑るくらいの男気がないとダメよ。ダメダメ。
そう言って自分を宥めて、悲しい気持ちに蓋をした。
友人の令嬢たちも、結婚は恋愛できればラッキーだけど政略結婚をするのは義務だ
と言うのは皆わかっていたから特に問題にもならなかった。
それなのに、だ。
何で、しかも婚約破棄?え、爵位下だよね?我慢してたの私だけど?
確かにジャンヌ様が今日、私の側によってきて扇で口元を隠しながら何かボソボソ言っていたけど
ざわざわしたパーティーではもちろん全然聞こえなくて、聞き返したらふっと横を向いてどこか行っちゃったし。
その時に、ぶつかってきたの向こうだけど?
どう言うこと……?
百年の恋も覚めるってこう言うことなんですけど。
何とか家に帰ってから、父は怒涛の勢いで家令と鬼の形相で書類を認めていた。
「慰謝料ふんだくってやる!
こちらの方こそ金輪際顔も見たくもないわ!
社交界に一歩たりとも顔を出せないようにしてくれる!!!」
と言う怒鳴りが執務室から聞こえてきて、普段大人しい家令も
「許すまじ!許すまじ!」
と合いの手入れている……。
と言うことで、あっという間にギヨーム様との婚約破棄は確定してしまった。
さよなら、私の今世での初めての恋。
さよなら、私の4年間。
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社交界でも今回の醜聞は面白かったみたいで、私自身はギヨーム様にずいぶん昔から浮気され「捨てられた方の女」として噂になってしまった。
ギヨーム様はというと、つい先日ジャンヌ様とこじんまりと結婚式をあげられたとお友達が教えてくれた。
なんと、ジャンヌ様はあの騒動の時にはご懐妊だったらしく、
純愛を貫いた二人、と美談になるところが、「とんだ泥棒猫」というのがジャンヌ様の評価になってしまった。
ギヨーム様は子爵家の次男として侯爵家とビジネス的な繋がりを期待されたのに慰謝料まで取られて、もともと家を出ることになっていたけれど、そんな醜聞も追い風になって勘当に近い形で追い出されたみたい。
お父様から結構色んなところに圧力をかけてて、お二人に夜会へのご招待はグッと減ったけれど、むしろそちらは優しかったのかもしれない。
だって夜会に参加すれば、
「まぁ、あれが、略奪したお方……」
「あら、なんだか思っていたよりもずっと、なんていうか、普通ですのね……」
「結婚まで我慢なさればよろしかったのに」
「まぁ初めての恋で舞い上がったんでしょう」
「あらあら、若気の至りでかなり損な選択なさったのねぇ」
と、散々な言われようで、お二人はすぐに社交界に顔を出さなくなった。
それでも、私だって散々だったから、そんな二人のことなんて気遣える余裕はなかった。
だって、本当は花もはじらう16歳、寡婦でもなし、
新たに婚約者を探したいところで夜会にも出たかったのだけれど
出席するたび夜会で「捨てられた方の令嬢」と呼ばれるものだから、早々に挫けてしまった。
ひどくない?
あっちも散々な言われようだけど、私だって同情されておかわいそうになんて毎回言われればそりゃいきたくもなくなります!
傷心の私は、もうすっかりしょげかえって、一生独り身なんだわ。とぐずぐずいっていた。
実は、お父様がしっかり新しい婚約者を探そうと動いてくださっていたのだけれど、
やはり人の噂が邪魔をして断られていることも知っているのだ。
ギヨーム様とジャンヌ様は、初恋の純愛を結局貫いた形だからいいわよ。
ギヨーム様は家を出た後全然パッとしなくて超貧乏だっていうけど、
愛があればいいんでしょ、あの二人は!
私には誰もいないのよーーー!!!!
「もうお一人様だーーーーーーーーーーーーー!」
何度目かのお断りのご連絡をいただいてため息をつくお父様の姿をこっそり盗み見て絶叫した。
そんな私を慰めようと、両親は領地で療養するように送り出してくれた。
ちなみに、私には天使な弟がちゃんといる。
だから、侯爵家に残っちゃうと弟がいずれ大人になった時に困るかなぁ……と思いつつ、そうなったら侯爵家でもつ子爵位と領地を譲り受けて小さい領地を治めようと考えた。
ーーーそうよ。もともとギヨーム様と結婚したら、ギヨーム様に子爵位を譲って
私も子爵夫人になるつもりだったのだもの。
ただ、夫がいないだけよ。
その為にも、領地経営での課題などを教えてもらって本格的に家族のために生きていくんだ。
私が、可愛い弟のジョーンを支えるんだから。
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「今まで、よく考えてみたらずっと、お茶会したり刺繍したり、家庭教師の授業を受けたりでお家からあまり出ていなかったのね、わたくし」
王都にいるお父様の代わりに領地の経営を担う叔父のロベール子爵に連れられて町の商工会議所についてきた私は思わず呟いてしまった。
あまりにもこの世界の常識に馴染みすぎてしまった。
よく考えたら、前世で結婚しないなんて普通だったし、女性でも仕事バリバリして、成功している経営者もたくさんいたじゃない。
幸せの形は、いっぱいある。
それが、どんな世界だろうと。
私は、この世界で、自分の与えられた人生を楽しく生きていかないともったいない。
そして、私の大事なものは家族。家族と領民を支えながら楽しい時間を過ごしたい。
そうして自分の生きるべき道を決めた私は、叔父と一緒に色々な事業を展開した。
最初は福祉部分から。
視察をしてみたら、孤児院も病院も衛生状態が良くないのが気になったのでそこから着手した。
病院は手洗いや包帯の消毒の徹底、医療機器の使い廻しをやめたり、部屋の換気や掃除の徹底をしたら目に見えて完治率が上がっていった。
看護師という概念も立案して、大きな病院だけでなく全ての病院に規模に応じて看護師を配備するようにした。
看護師には、孤児や寡婦を教育する教育機関を作って、そこを卒業して資格を得ると看護師になれるというようにして社会的な居場所を作り、地位が向上するような活動をした。
学校という概念もなくて識字率も低かったから、初等教育機関を領地の首都で試験的に運用を始めてみた。
そこでは男女問わず門戸を開き、それも家庭教師をしているような寡婦を斡旋したのでコストも抑えられた上で質の高い教育を提供できた。
18歳のお誕生日を迎えると、叔父様から、今度から商工会議所の定例会議に参加するように声をかけられた。
メイン産業の農業部分をどう伸ばしていくか、災害時の対応をどうしていくかという会議に参加し始めた頃には、私は知らない間に王都で領地経営に新しい風を吹き込む次世代の若手経営者として有名になっていた。
もう一度いう。私が知らない間に。
そんなこんなで私の知名度がグングン上がっていたある初夏の気持ちの良い日に、
叔父様が緊張した面持ちで若い男性を連れて定例会議にやってきた。
「あら、ロベール叔父様、そちらの方は?」
「このか……」
「あぁ、ルイと言う。ヨーク公の親戚筋なのだ。今回は周遊していたところでシャティヨン侯の領地を通りかかったものだからご挨拶に伺ったら、子爵がちょうど仕事に向かうところだったらしくてな。
面白そうだからついてきたというわけだ。
しばらく邪魔するが、気にせず進めてくれ。」
叔父様が話そうとする上からかぶせてグイグイ自分勝手に話すルイ。
ーーーうわぁ、なんかよくわかんないけどめちゃボンボンぽい。
しかも、親戚筋って言ってるし。ヨーク公に関係する嫡男の方で”ルイ”という名前は貴族名鑑で見たかぎりいなかった。
……てことは。こいつ。ヤバイ。関わっちゃダメなやつ。
はい、放蕩息子かイタくて社交界普段出てない人。
「はぁ、ルイ様ですか。私はこちらのシャティヨン家が長女、シャルロットと申します。
既にお聞きお呼びかと存じますが、本日は商工会議所の定例会議を致しますのでお構いできないかと思います。もしよろしければ屋敷でお待ちいただけましたらお寛ぎいただけるよう準備させます。」
「それには及ばん。先ほども言ったがこの会議に邪魔する。気にせず進めろと言ったはずだ。」
ーーーうわぁ……めちゃ感じ悪い。商工会議所のマイスターの皆様の目線が一気に悪くなったし。
「かしこまりました。それでは、ロベール叔父様、本日の議題から進めましょうか」
「そうですね。それでは、前回議題に出ておりました塩害被害の多い東地区の田園領地に関しての対策について調査結果が出た方はいますか?」
「いやぁ、塩害だから畑にするわけにもいかんし、もういっそ街にしちまったらどうかね。」
「いやいやあんな辺鄙な田舎町にしたって、道ひかないかんしそれは銭かかるべ」
「あぁ、街道を整備してしまうのは一案として良い案ですね。他には何かありますか」
「冬季に水を張ると、塩分が薄まって春になっても使えるという研究があるようですわ。
時間がかかるプロジェクトになりますが、もし許されるのでしたらこの冬季に一部田園を実験地区に指定して検証したいと思いますがいかがでしょうか。」
「へーそんなやり方あるんか。」
「もし有効でしたら水をどうやって引くのかという懸念点はございますが、街道を新たに引くよりは楽に実現できますわ。」
「それは確かにコスト的にも良さそうだね。水を入れるだけで、塩害が回避できるならいいかもしれない」
「「「じゃあ、姫様の案でやってみようか」」」
「ありがとうございます。では、対象地区の方達との交渉内容やタイムラインを次回以降詳細詰めていきましょう。皆様にお力添えいただくと思いますがどうぞよろしくお願いいたします。」
丁寧で、頑張っているシャルロットに会議に参加するおじさんたちの目が優しくなる。
「では次の議題、現状の綿花栽培は全国でも一番の収穫高を誇っていますが、二次生産をもっと積極的にしたいと思います。こちらについて案がある人はいますか。」
「今、ボゾン家と契約してあちらで綿を加工して布にして販売しているので、同じように取り扱ってもらえる家がないか売り込みに行ってみるか」
「そうですね、それはいいかもしれません」
「綿花栽培をしている農家と、それを加工する事業者を自領内でももっと推進することはいかがかしら?
今まで以上に高級な綿布の製作に特化して、王都からデザイナーを雇い最先端のドレスも作るのです。
6次産業化すればブランド力も上がりますし、コストも安く利益率も上がるのではないでしょうか。」
「あー、なるほど、じゃあ新規取引先開拓と、新ブランド開発の二軸で行ってみましょうか。」
「それであれば、アルトワ家と交渉するといい。あそこは数はいないが装飾に関して高い技術力を持つ職人がいる街があったぞ。現在はこれといった大きな取引先があるわけではなかったから、このような機会があれば高い技術力を取り入れられると思う。」
それまでじっと聞いていたルイが口を挟んできた。
皆、ぎょっとしたが、
「何だ?私が知っていることを言ってはいけなかったか?」
「いえ、流石周遊されているとおっしゃるだけございますね。アルトワ家は我が領地よりもかなり北よりであまり資源もない為今まで交流がなかなかなかった領地でございます。
そのような情報も持っておりませんでした。
感謝申し上げます。」
ただの放蕩息子かと思っていたが、あんなマイナーな領地も見ていたとは。
どんな装飾なのかわからないけれど、ただの綿布を作っても王都のデザイナーがわざわざこんな田舎の領地で腕を振るってくれるとは思えない。
なるほど、そういう仕掛けもありか……
「他に、合わせて提供できる宝飾品に関して安価に提供してくれそうな取引先はございますか?」
「それであれば、ブラージュ商会に相談してみると良い。
あそこは、カペー家と独占契約を持っている。カペー家が宝石加工の際に出る屑石を何かに使えないかと言っていたから、この領地のマイスターたちに相談してみると良い宝飾品を作れるのではないか?」
う、打てば響く……!
この人、情報量半端ない……
「よしっ、いいアイデアをいただいたし、こうしてはいられないわ。」
そして、シャルロットは生き生きとまた出かけていくのだった。
温かな目で見守る商工会議所の人たちを見て、ルイはシャルロットが愛されているのだなと思った。
「女性の身であの様に会議に出てくるのは不快と思ったりはしないのか?」
あけすけに質問する。
「いやぁ、初めてきたときは、婚約破棄されたお子ちゃまが遊びでお勉強しにきたと思ってましたわ。
でも、こっちの話に入れる前に病院やら貧困地区の環境改善やら、あれこれやって頑張ってる姿見てますからね。」
「あの子は、弟のジョーン様を支えるんだ、というのがいつも口癖で。
結婚はしないで領民家族のみんなのために頑張るといっつも言っとりますわ。」
「へぇ……まだ18か19くらいだと思ったけどそんな自分の結婚諦めてんの。」
「何でも、婚約破棄されて、旦那様が色々相手を見繕おうと手を尽くしてるんですが、捨てられた方のお嬢ってことで誰も婚約してくれないんだそうで。」
「それも随分前の話ではないか。」
「いやぁ、それが、当初探して方々に断られて、さらに行き遅れ感が出てしまったのと、年も重ねてしまったということもあってなかなか決まらないんだとか。
ご本人も、旦那様が頑張っていらして、それでも決まらないことをご存知で
その状況も嫌なんだとこぼしてましたよ。だから、私は一人でいいんだと、家族と一緒にいられればそれで十分なんだとおっしゃってました。」
ーーーそんなこと思っていたのか、あの娘は。
そんな素振り見せず、領地のことを考えて全力で頑張っているのに。
そんな彼女のことをルイはなんとか守ってやりたいと思ってしまった自分に気がついた。
ルイはシャルロットの邸宅に滞在し、帰るそぶりを見せなかった。
商工会議所の会議にもよく顔を出して、そのうち事務仕事を手伝ってくれるようになって、
侯爵家の執務室でシャルロットとよくプロジェクトの相談をする姿が当たり前になった。
季節がすっかり巡って、初めてルイがやってきた初夏から、冬になった。
ずっと温めてきた、塩害地区の実験田園に水を入れるプロジェクトを始めるというときに
水を引いてくるための許可を取っておらず、勝手に水路を引いたことに対して土地の持ち主がものすごい勢いで抗議してきた。
よくよく調べてみると、冬季は川の水が凍るので水資源は貴重だから計画的に利用を決めているということだった。既に始まって使ってしまった水は返らないし、実際に困ってしまった領民がいることも事実。
真っ青になったシャルロットはすっかり自分の準備や確認不足を認識して凹んでしまった。
その様子を見ていたルイはさっさと出かけていって、あっという間に領民が困っている、不足が予測される水を隣接地の地主と交渉して引いてくることを取り付けてきた。
シャルロットは自分のあまりの不甲斐なさに部屋に籠もって落ち込んでいた。
ルイは遠慮がちにシャルロットの部屋を訪ねて、ベッドに伏せているシャルロットの隣に座った。
そして、優しい声で問題を解決したことを話してくれた。
「シャルロット、あなたは本当に普段から頑張っているよ。
失敗は誰にだってある。
そのように泣いていないで。貴方が笑顔でいると皆惹かれて頑張れるのだから。」
シャルロットは、普段少し横暴なルイがものすごく優しくしてくれて、
困ったことをあっという間に解決してくれて、そのギャップにスコーンと恋に落ちたのだった。
ーーーな、な、涙で化粧がぐちゃぐちゃ……見られたくない……
ハンカチで目元を押さえながら、隠れるようにしていると、ルイがグイと腕を掴んで
「なぁ、そんなに落ち込まないで。元気を出して。」
と顔を近づけてくる。
ーーーち、近い……!!!
耳まで真っ赤になってプルプルしたシャルロットに気がついたルイは
「うわぁ……か、可愛い……
ねぇシャルロット、君は知っている?僕がすっかり君の虜になっているって。
好きだよ、シャルロット。」
そう耳元で囁いた。
結局、シャルロットは蚊の鳴くような声で、「わ、わ、私も……」と呟いたので
浴びるようにキスをされたのだった。
部屋の扉の外で控えていたシャルロット付きの侍女に、その日は叩き出されたルイだった。
次の日、真っ赤なバラの花束を腕いっぱいに抱えてシャルロットの部屋にやってきた。
蕩けそうな目をして花束を渡して、シャルロットの顔を優しく両手で包み込む。
優しくキスを一つ、ゆっくりとすると跪いて、
「あぁシャルロット。愛してるよ。君をグズグズに甘やかして僕なしでは生きられないようにしたい。
どうか、僕と結婚してほしい」
とプロポーズした。
シャルロットは嬉しくて天にも登る気持ちで、「はい、はい、もちろん」と涙がこぼれた。
ルイはぱあっと顔を輝かせると、「急いで貴方の父君に婚約のお許しを貰わなくてはな。」と言って、
自分の家とシャルロットの父との調整をつけるために領地を離れることになった。
ーーーそういえば、ヨーク公の親戚筋、としか聞いてなかった……!
今になってルイの身元がよくわかっていなかったことに気がついてさっと顔が青くなる。
でも、気がついたときにはルイはさっさと出かけていった後だった。
しばらくして、王都のタウンハウスにいる父が慌てて領地に帰ってきたときに、ルイは第三王子だということがわかった。
「え?僕が第三王子だと知らなかった?
僕はエドワード・ルイ・フランクだよ。嘘なんてついていないし、ヨーク公の親戚だよ。叔父様だもの。」
けろりとしていうんだから!頭を抱えつつあぁ、ルイはルイだ、と思うのだった。
ルイ改めエドワード第三王子は、整ったみた目と快活な性格で社交界の女性の心を鷲掴みにしていた。
第三王子で、王太子と第二王子が既に既婚者、それぞれ子供も生まれていて
唯一の未婚の王子様ということでかなりの人気ぶりだった。
いずれは臣籍降下して公爵になることは決まっているが、その気楽さもまた優良物件として価値を高めていた。
普段社交界にも顔を出さないシャルロットでさえ、細々続いていた友人たちの交友の中で第三王子の話は聞いたことがあったのだった。
第三王子はモテるのに特定の女性を決めない。
婚約者も作らない。
自由気ままに国内外問わず視察に出かけては、色々な施策を提案している優秀な王子。
夜会で多くの女性に囲まれて、嫌な顔一つせずダンスを踊ってくれるけれど、誰かに心を決める様子もない。
年頃の令嬢は諦めきれない優良物件の動向を焦れた気持ちで見守っている、というのが情報通の友人情報だ。
色々なタイミングで全国各地を視察していて、今回もシャルロットの話を聞いて興味を持ったエドワード第三王子がピンポイントで訪問していたのだった。
エドワード第三王子自身、ちょこっと話題の女性がどの程度”盛られて”いるのか、それほどまでに侯爵は自身の娘の結婚を憂慮しているのかと興味を持っただけで、まさか自分が恋に落ちるなんて思いもしなかった。
王子から正式にプロポーズされて婚約がととのった後、一時的に王子妃になるため王都のタウンハウスに引っ越して花嫁修行と称して色々な妃教育を受けることになっていた。
王都に向かう馬車に乗り込んで、流れていく領地の景色や領民の様子を眺めて、
ーーーあぁ、私は確かに家族や領民を愛している
そして、傷ついた私をみんなはしっかり癒してくれたのだわ
本当にありがとうございました……
感傷に浸りながら、王都に向かったのだった。
タウンハウスでは、今まで領地経営をしていたときとは違い、一日が授業で時間が埋まった。
毎日令嬢を訪れては愛を囁いていく王子を嬉しく思うけれど、
毎日を漫然と過ごすことに対して恐怖心を感じる。
貴族の細やかな情報を頭に叩き込み、語学を学び、マナーを学び、王家の常識を学び、茶会を開き、王都の貴族との交流を持って毎日を忙しく過ごした。
「シャルロット……?どうしたの?浮かない顔して」
「殿下……いえ、なんでもございませんわ。ご心配おかけしてしまいまして恐縮です。」
丁寧に答えるシャルロットに、エドワード第三王子は顔を顰める。
「シャルロット……シャル。ルイと呼んで。君だけは、僕のことをルイと呼んで。
そして、領地にいたときみたいに話してよ。
あの、一緒に過ごした君に僕は惹かれたんだし、守りたいと思ったのだから。」
「ルイ……ありがとう。」
日に日に、王子妃としての準備が整っていくにつれてシャルロットは大人しくなっていく。
ルイは、シャルロットが自分の隣にいてくれることで守れるとずっと思っていた。
結婚して、いつまでも慈しむのだと思っていた。
でも、それではシャルロットは幸せではないのだと気がついた。
結婚式は無事に滞りなく行われた。
美しい春の良い日に、たくさんの花が城中に飾られ、街はお祝いムードに包まれ
美しい花婿と花嫁の新たな門出を誰もが祝った。
シャルロットも穏やかな微笑みを絶やさず、誰もが幸せになるような優しい王子妃という印象がついた。
結婚式の後、王子妃としての活動をする中で、王都の貧困地区の環境改善案をやんわりと話題に出したのだが、茶会に参加した王太子妃や第二王子妃、他の令嬢からは戸惑うような反応しか返ってこなかった。
それよりも、話題は誰それに子供ができた、子供たちがどんなに大変か、愛らしいか、と言った話題から
誰それはまた新しい愛人を囲っているらしい、あれこれは妻の方が若い恋人を作ったらしい、
と言った話題で盛り上がっていた。
シャルロットは、ニコニコしながら精神がゴリゴリ削られていくのを感じた。
夜会に参加すれば、第二王子が伯爵夫人とこっそり手を繋いで小部屋に入るところを見るし
夜風に当たりたいとバルコニーに出れば庭で情事に励むたくさんの不倫カップルが目に入った。
夜会では会いたくもない人にも出会う。
ギヨームとジャンヌが参加していたのだ。
二人は互いを愛おしむ様子もなく、ジャンヌは男性と楽しげに笑って腕にすり寄っている。
ルイと離れたタイミングを見計ってギヨームも、シャルロットに寄ってきて、
「シャルロット、美しくなって本当に眩しい。
どうして君との婚約を破棄なんてしたのか。
ほんの少し、君と過ごすことができたら……」
とシャルロットの頬をなでて来たのをルイが見て不敬罪でその夜会から叩き出したのはついこの間のことだ。
煩わしい社交界での活動は、王子妃として求められる最低限はきちんとこなしながら、
語学を頑張ったシャルロットは、外遊が好きなルイと一緒に外交をこなすことも増えてきて、
色々な知見を広めていった。
そうして王子妃としての自分の人生を認められるようになってきたときに、シャルロットの妊娠がわかった。
結婚4周年の記念日に、ルイはシャルロットを連れ出して湖畔の別荘にきた。
たくさんの花で飾らせて、こじんまりとした庭にテーブルを出して。
「まぁ素敵!ピクニックね。」
妊娠中のシャルロットの体を労るようにして、いつも側にいられるときは離れないルイが抱えるように椅子までエスコートする。
「あのね。シャル。
君は、この四年間、本当によく頑張って僕の妃として隣に立ってくれていた。
毎日言っても足りないくらい、君のことを愛しているよ。
だけど、君は今、もっと幸せになる権利がある。」
パチクリと目を瞬いて、ルイを見つめる。
ーーーどういうことかしら……?
「シャル。
君が嫌がらないことを祈るばかりだよ。
あぁ……本当に君のことになると緊張する。
ようやく、父上からお許しが得て、叙爵と領地を与えてもらえたんだよ。
君さえ良ければ、公爵領で公爵夫人として、そして王都や各地を放浪してしまう公爵のパートナーとして
僕たちの家族や、領民たちを一緒に幸せにしてやってくれないか?」
シャルロットは、目を大きく見開いた。
どうしても足りないと感じていたもの。
それは、愛されるだけではなくて、お互いにパートナーとして支え合って生きている自覚。
ルイは、プロポーズの時に、鳥籠に入れて甘やかしたいと言っていたのに
今は、同じように考えて、同じように行動してもいいと言ってくれた。
王子妃として一歩も二歩も控えて王子を立てて、出しゃばった真似はせず、
他の高位の夫人・令嬢と合わない価値観をすり合わせて話をして、
とても気持ちの良いと思えない常識にも無理やり慣れるようにして。
もう、しなくて良い!
ただ、恋したルイと、自分や家族が幸せになることだけを考えて良い。
もちろん、必要な社交はあるけれど、それでも今の自分よりずっと自由。
「ルイ……私、私のことを深く理解してくれるあなたを愛してるわ。
ずっと一緒よ。」
そう言ってギュッとしがみついた。
ルイは、優しい微笑みで、シャルロットを抱きしめた。
「シャル。僕は君に恋をした。
そして、今、君を心から愛している。
君が心を自由に、嬉しい、楽しい、と思えることをして欲しい。
そして、君の隣にいて、もし違う方向だったとしても同じように前を向きながら手を繋いで人生をともに歩いていきたい。
愛してるよ。」
ルイとシャルロットは程なくして下賜された領地に移り、
二人は公爵領を大いに発展させ、その結果国内経済の発展に貢献した。
シャルロットは、公爵夫人としての名前よりも数々の領地改善施策の発案者として後世にその名を残すことになった。
「勘違いから、婚約破棄されて、誰からも見向きもされなくておひとり様を満喫していたのにどうしてこうなったのかしら?」
「ふふ……他の奴らの見る目がなくて本当にほっとしてるよ。
それよりシャル、今日のあの若い男は誰なんだ」
「前にも言ったじゃない……職人は工房でマエストロに師事するけれど体系だった教育はなくて、
目で見て盗め、なんていうからきちんと体系化してもっと技術力を高めるための仕組みづくりをするプロジェクトのマネージャーよ。」
「どうでも良いけど3m以内に近づけないで。」
「何その独占欲!」
「シャルが可愛すぎるのが悪い」
今日も二人の甘々な会話に、周りの人はいつまで新婚気分なんだと総ツッコミしたのであった。
おしまい。