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9 ジョゼフィーヌside

「料理長!今日の収穫はあるかしら?」


使用人しか使わないはずの厨房の裏口のドアをジョゼフィーヌはバタンとあける。


「姫様、今日も元気でなによりですな!今日はかなりの収穫ですよ。このまま持っていかれますか?」


「もちろんよ、料理長。だからこその、この服よ。」


胸をはって庶民の普段着である木綿のワンピースの裾をつまむ。そんなジョゼフィーヌの姿を厨房の料理人たちは孫を見守るような目で見つめている。


「よし、じゃあ俺も一緒に行きますよ。」


奥から15、6歳程度の青年がエプロンを外しながら歩いてくる。


「ゼフ!でも仕事はいいの?私一人でも大丈夫よ。」


一国の王女にもかかわらず、ジョゼフィーヌには護衛の一人もついていない。


「いいえ、そもそも量が多いので姫様だけでは無理ですよ。」


ケラケラと笑いながら、荷物をジョゼフィーヌの手押し車にどんどんとのせていく。



「でも手押し車を押す王女なんて、姫様も変わってる。」


「はは、違いない!」


ジョゼフィーヌはこの軽口が飛び交う厨房が大好きだ。


「はいはい、変わりもの王女で十分ですよ。時間が無いからもう行くよー。」


「待って姫様、俺が押すから。」


そうやって二人は歩いて行く。



ジョゼフィーヌが何をしても怒られない。


それを理解してからは、彼女は思うがままに生きるようになった。


「でも姫様、考えましたよね。城の料理の残りを持っていくなんて。」


「考えたのは料理長だけどね。」


「普通の王族は食べ残した料理がどうなるかなんて考えないんじゃないですかね。」


「私にお金があれば、孤児院も救貧院にも寄付できるけど、残念ながら何も持っていないから。」


そう言いながら王女とは思えない逞しさで歩く。小さな背中を見つめながら、彼女がこの国の王族でさえ無ければなとゼフは思うのだった。



散財を続け、王女を売り払う。

民衆を虐げて、国の頂点だけで享楽に耽る。


そんな王族のなかでただ一人、ジョゼフィーヌだけが民衆の希望だった。





ジョゼフィーヌにとっての運命の出会いから5年、あと2年もすればジョゼフィーヌもどこかの金持ちのもとへと出荷される、そんな頃、おそろしい噂が街を駆け抜ける。



「ジョゼフィーヌ様がもう嫁がされるらしい。」


「それは本当なの?」


「相手は?」


庶民が唯一敬愛する王女。


彼女が嫁ぐということが、どのようなことなのか庶民たちは十分に理解していた。


「相手は東の国の伯爵様らしい。」


「ヒッ、何てこと。」


それは庶民にもゴシップとして伝わるほど評判の悪い男だった。


幼い子供を愛でる趣味があり、伯爵の治める領地では見目の良い幼子はすぐに領主館に引き取られる。そうして戻ってくるものはいないらしい。


ゴシップだからこそ面白おかしく誇張されているはず。


それでも火のないところに煙はたたない。


「伯爵様のところへ嫁に行くってことは、正妻かい?」


「いや、正妻もお子も既にいるらしいぞ。愛人だとよ。」


「ああ、そんな。」


正妻であれば、ある程度の扱いを受けるはず。しかし他国に愛人として売られていくのであれば、王女の命ですらいつまで持つか分からない。


「私たち、こんなことを黙って見ているの?」


「王女様はそんな扱いされていい人じゃないぞ。」


自分たちには何ができるのか、そんな考えは驚くべき早さで街に浸透していった。





「なんだか今日は違う、街が騒がしい?」


ジョゼフィーヌは自室の窓にかかるカーテンから外を覗く。


日中は目が焼けるほどまぶしい白銀の世界で、夜は一歩歩いたらもう戻れなくなるほどの闇の世界。


それが当たり前だったはずなのに、その夜は明らかに様子が違っていた。


松明の炎で昼のように明るい外の世界、バタバタと使用人たちが走り回る音。


それらを聞きながら、ジョゼフィーヌは人生の終わりを理解した。



「とうとうクーデターが起こったのか。」



家族もいない。


愛を知らない。


市井の民は慕ってはくれているけれど、それは家族や好きな人への愛とは違うのだろう。


それなら今死んでも良いかもしれない。


そんな風に感じたジョゼフィーヌだったが、ふと「図鑑に描かれていた草花を見てみたかったな。」と感じた。



「姫様!おられますか?」


必死な声がして、乱暴にドアが開かれる。大きな音に、思わず身をすくめてしまう。


「良かった。姫様、ここから逃げますよ。みんな姫様を逃がしたくて来ています。」


その声にようやく冷静になると、声の主が厨房で顔なじみのゼフであると気づく。外を見ると、農夫や商人といった顔なじみたちが松明を掲げて城を囲んでいる。


「私、逃げるの?」


「ええ、自由になりましょう。姫様。」


「でも王族だから、私もこの身で責任をとらなければ。」


そう告げるジョゼフィーヌは、普段の明るさや朗らかさは消え誇り高い王族の姿だった。一瞬のまれそうになるものの、必死でゼフはジョゼフィーヌに言い聞かせる。


「クーデターを起こした我々は、姫様の首を望んでいません。」


強い意志がこもる瞳でそう告げられ、手を引かれるままにジョゼフィーヌは走った。


力の限り走り、疲れた体で馬に乗る。そして森の中で夜を越す。


満身創痍になりながらも、ジョゼフィーヌはストラグル王国へとたどり着いたのだ。


最後にゼフはこう言った。


「姫様、我々はみんな姫様が大好きです。そしてきっと、これから特別な感情で姫様を好きになってくれる出会いもあるはずです。生きてください。自由に生きてください。」


その言葉にジョゼフィーヌは頷くことはできなかった。


明るく前向きな彼女ではあったが、愛されないことはこの世の理みたいなものだったからだ。



結果として、故国の王族は処刑され、城は明け渡された。だがジョゼフィーヌの首はまだつながったまま。


クーデターが起こり、隣国であったストラグル王国に保護された。10歳のジョゼフィーヌが持っていたのは彼女のたった一つの大切なものである植物図鑑だけだった。



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