7 グラディオスside
ストラグル王国の国王、兄であるユリウスと話し合ったグラディオスは王城の庭園を歩いていた。
王城にはいくつか庭園があり、城の前に広大に広がる庭は一般公開されている。美しく整えられた庭園は常に多くの人で賑わっている。
一方、今グラディオスが歩いているのは奥にある王族専用のもの。だからこそ、ほとんど誰ともすれ違うことは無い。
兄との話を終えたグラディオスはぐったりと疲れていた。早く帰りたいのが本音だが、庭園にジョゼフィーヌがいるから一度挨拶をしておくようにと言われたのだ。確かにグラディオスはジョゼフィーヌと直接交流したことはほとんどないと気付き、こうして足を運んだのだった。
藤の花がアーチになるように作られた小径を歩いていく。薄紫色の美しいトンネルを歩いていると、少し離れた場所から話し声が聞こえてきた。
「あなたまた本ばっかり読んで、お勉強も良いけどドレスや宝飾品のセンスを磨くことも大切でしてよ。」
「クリスティーナ様、ご忠告ありがとうございます。本日の予定を終えましたので読書をいたしておりました。」
「そうやってわたくしたちと交流しないのが問題でしてよ。その本、お貸しなさいな。預かってあげる。」
「あ!クリスティーナ様、申し訳ございません。これは私の大切なたった一つの宝物なのです。これだけは。」
そういってジョゼフィーヌが手を伸ばすが、その必死さすら厭わしいかのような表情をクリスティーナはうかべる。
「あなた、こんな薄汚れた本がたった一つの宝物ですって?ルキアス様からも様々な贈り物をいただいているでしょうにその言い草は何ですの?だいたいあなた―。」
これ以上対立が進むと面倒なことになりそうだなと考えたグラディオスは、後ろをついて来ていたベリルとわざと大きな声で話す。
「ベリル、陛下が仰っていたあの花はどこに植えられているのだったかな?」
「閣下、藤のアーチよりもう少し奥に進まれた先でございます。」
「そうか、そういえばそうだったな。」
とっさの機転で声の大きさをあげたベリルとともに、白々しい会話をしながら美しいアーチを進んでいく。どうやらグラディオスの声は聞こえていたようで、妃候補たちの不穏な会話も終わっていた。
「これはこれは。王子殿下の妃候補の方々かな?お邪魔をしたのであれば申し訳ない。」
グラディオスが偶然を装って声をかけると、妃候補はそろって淑女の礼をとった。
「いえ、ランバート公爵閣下。わたくしどもは散歩をしていただけでございます。どうかお気になさらず。ごきげんよう。」
クリスティーナとその取り巻きと化した側妃候補たちの後ろ姿を見守っていると、ジョゼフィーヌから声がかかった。
「閣下、お助けいただきありがとうございます。」
ふうわりと微笑み、ジョゼフィーヌは鈴を転がすような声でそう告げた。
「ジョセフィーヌ嬢には気付かれていたのだな。これは思ったよりも恥ずかしいな、ベリル。」
「そうですな、小芝居がばれてしまいましたな。」
ハハハと笑うベリルにつられ、ジョゼフィーヌもコロコロと笑った。今まで張りつめていた緊張感をようやくゆるめることが出来た様子に、グラディオスもほっと息をついた。
「ジョゼフィーヌ嬢は陛下から聞いているかとも思うが、この度ジョゼフィーヌ嬢には我が家に来ていただけたらという話になったのだが。」
「はい、お伺いしております。もったいないほどのお話でございます。」
「その件なんだが、嫁だとかなんだとかは置いておいて我が家に滞在しないか?客人としてしばらくもてなそう。」
「客人でございますか?」
よく事情が飲み込めないといった顔でジョゼフィーヌは言われた内容を繰り返す。
「だって私たちはほとんど話したこともないだろう?うちに来て話をしたり出かけたりしないか?勿論ジョゼフィーヌ嬢がしたくないなら無理にとは言わないが。」
「そんな!私のことを考えてくださってありがとうございます。」
「いや、当たり前のことだろう。うちにはその手に持っている本のシリーズの鉱石図鑑もあるしな。」
そう告げると一気にジョゼフィーヌの瞳がキラキラと輝きだした。城に来て以来妃教育を真面目に受ける彼女はあまり表情が変わらないイメージだったが、実はかなり感情豊かなのかもしれない。
「ではまた1週間後に迎えに来る。」
そう告げてグラディオスが立ち去ろうとした瞬間、先ほどまで喜びで輝いていた瞳にさっと寂しさの色が増したような気がした。
「ジョゼフィーヌ嬢?」
不安になって名前を呼ぶと、ほんの少し頬をこわばらせた不器用な笑顔で返事をする。
「はい。1週間後を心から楽しみにいたしております。」
じっとジョゼフィーヌ嬢を観察し、ふむと一度グラディオスは頷いた。
「もしよければ今日一緒に帰るか?」
グラディオスは寂しそうな顔に引きずられるように、そんな言葉をかけていた。あまりにも急な話で混乱させてはいけない、そう思ってジョゼフィーヌの顔を窺うと、瞳にはまたあのキラキラとした輝きが戻っている。
「はい、とお答えしても失礼には当たりませんか?」
正直な話をすれば、ここで急に連れ帰るのはよろしくない。だがどうせ甥が娶りたくないと駄々をこねたせいで、グラディオスもジョゼフィーヌも迷惑をかけられている訳だ。そう考えると多少の無理は言っても良いのではと思えてくる。
先ほど見たところによると他の妃からのあたりも強そうで、ここは居心地が悪いのかもしれない。
色々な言い訳を考えているが、グラディオスは実際のところジョゼフィーヌの瞳の輝きを消したくないだけなのだ。ただこの時はまだ、捨て猫をつい拾って帰ってしまうかのような感情だった。
「じゃあ一緒に来るか。ただ覚悟はしておいてくれ。私の屋敷は当たり前だが女性のものは何一つ置いていない。だからそろえるまでは不自由をかけてしまう。城から持ちだすものもあるんじゃないかな?」
「いえ、私は身一つでこの城へ保護されました。この6年間でいただいたものがいくつもありますが、それも妃という身分であったからこそ頂けたもの。王家へとお返しします。」
あまりの潔さにグラディオスは関心しつつ、ジョゼフィーヌの手を引いて馬車へと向かうのだった。