5 グラディオスside
ストラグル王国の第一王子であるルキアス・ストラグル。
彼には父王と同じで5人の妃候補がいた。
幼少期から教育を施された彼女たちの中から正妃を一人選び、それ以外も側妃となることが決まっている。ルキアスと彼女たちは10歳程度から毎日のように顔を合わせているため、穏やかな関係を築いていると言われている。
今回ルキアスが立太子するタイミングに合わせて、彼女たちも候補から正式な妃になることが決まっている。
正妃となるのは隣国の王女であるクリスティーナだ。国王の異母妹が嫁いだ先で生まれた娘で、生まれながらの王族ということで凛とした優雅な立ち居振る舞いが魅力。黒髪に金色の瞳を持つ威圧系美女だ。
側妃はあざとい系ピンクブロンドのミシュリナ、赤毛の妖艶美女であるアデライード、銀髪に紫の瞳の儚げなローゼリアがいる。
そしてルキアスの妃から外すと言われているのがジョゼフィーヌ・トランドルだ
亡国の王女ながらも国民からの支持は高く、クーデターが起こった際も民衆の助けによって国外に逃亡となっている。逃亡先として選ばれたのがストラグル王国で、王太子の妃として迎え入れるということになっていた。
豪華絢爛な生活をしていた王族の中で、ただ一人慈善活動に励み、慎ましい生活を送っていた王女は民衆からの人気があったのだ。
北国特有の透けるように繊細なハニーブロンドに美しい森を思わせる新緑の瞳が印象的な娘であったと記憶している。
「彼女は北方で未だに人気があるはず。それをそんな扱いして良いとは思えません。」
国があった場所は王家が滅びた後、民衆から代表を選んで統治する一地方としてストラグル王国に属している。ジョゼフィーヌを妃として大切に保護するというのは北方の民衆からの支持を得るためにも大切な政策だったはずだ。
「ああ、私も彼女のことは大切にしたいと思っている。ただな、どうにも他の妃候補たちとソリが合わないようでな。」
苦虫を嚙み潰したような顔でユリウスが告げる。
「は?学園に通う子どもではないのですよ?そもそもそれを調整することだってルキアスの仕事でしょう。」
「お前が憤る気持ちも分かるんだがな。ジョゼフィーヌ嬢が優秀過ぎて、他の娘たちが意識しすぎるようだ。」
「それこそ酷い理由じゃないですか。」
「ああ、酷いな。酷いが人とはそういうものでもあるよな。我らの母上殿たちもくだらないことで諍い、妬み、足を引っ張り合っていただろ。」
「ですが優秀だから外すだなんて。」
「ジョゼフィーヌ嬢は博識だ。影からの報告で学習状況を聞いていると、努力家というよりは知識欲が強い。嬉々として学問をおさめるタイプだな。だが私は妃としての能力はクリスティーナ嬢の方があると考えている。」
「弱者を排除しようとしてもですか?」
「まあ、できれば排除せず、共存して欲しかったがな。クリスティーナ嬢は傲慢で威圧的だ。あれは生まれながらの王族らしい娘だ。しかし一方で、周囲の令嬢をまとめる力は強いし、他人からの悪意をはねのける強さもある。正妃となるからにはある程度の腹黒さは必要だろう。」
「それはまあ分かりますが。」
「一方ジョゼフィーヌ嬢はとにかく博識だ。知識を吸収することも、それを使うことも得意と見える。側妃となったら文官たちの掌握もたやすいだろうし、有識者とのパイプとしても力を振るうだろうと思っていた。」
「過去形ですか?」
「クリスティーナ嬢、ジョゼフィーヌ嬢、どちらを優先するかと問われれば、私は王としてクリスティーナ嬢を優先させるよ。」
はっきりとそう告げるユリウスを見て、グラディオスはため息を吐く。兄の言葉には反論の余地がなく、ジョゼフィーヌが妃候補から外されることはもう既定路線なのだとあらためて知る。
「最近ではクリスティーナ嬢側がジョゼフィーヌ嬢を攻撃するような姿勢を見せているようで、ルキアスも警戒しているらしい。だが一日中見張るわけにもいかないし、あいつも疲れてきたらしくてな。」
「まあ、妻を何人も持つなんて私からすれば地獄と変わりませんからね。そこはルキアスもあなたも尊敬しますよ。」
「王となれば国民全員が子どもみたいなもんだからな。妃だってみんな楽しく暮らせるように手を尽くす程度の実力があって欲しいとは思う。だがジョゼフィーヌ嬢と話をしてみたところ、これまた別に妃になれなくてもよさそうなんだ。」
その言葉にグラディオスは思わず目を見開いてしまう。
「え?ずっと教育を受け続けてきたのにですか?」
「ああ。10歳まではあまり熱心に教育を施されなかったようで、王家で受ける妃教育は楽しかったらしい。」
「なるほど。」
「妃になりたくないのか?と聞いたところ、『故国の大切な国民を背負って下さったストラグル王国のためであればどのような立場でもありがたく頂戴いたします。ただわたくしに他の妃候補の方々が苛立っていることも理解しています。ですので妃候補から外れるということであれば勿論否やはございません。』そう答えたんだよ。」
「何というか、達観していますね。」
「そうだな。それからこうも言っていた。『その場合、どこかへ政略の駒とするのであってもお受けしますし、亡国の王女という身分が煩わしいのであれば修道院へ入るのでもかまいません。』だとさ。」
「いやいや、駒とする気は無いのでしょう?修道院などは問題外だと思いますし。」
「まあ、私としてもクーデターを起こすほど切羽詰まった国民に、あそこまで大切にされる王族だ。彼女が幸せになれる未来を探したいとは思っている。」
ユリウスはそこまで話すと一度深く息を吐く。そして切り替えるように明るい声色を出す。
「と、言うのは建前だ!」