4 グラディオスside
「あのくそ坊主、締め上げてやらねば。」
普段は穏やかで激昂することなどは珍しいグラディオスは、数か月振りに怒声をあげた。腕まくりをしながら思わず立ち上がりかけたグラディオスをユリウスが止める。
「待ってくれ、分かるぞお前の気持ち。私も最初に聞いたときはとりあえず殴ったしな。」
「いや、兄上が殴ったところで納得はいかん。どうせ息子だ、加減しただろう。私が分からせてやる。物理でだ!!」
「待て待て待て!」
慌てた様子のユリウスは、立ち上がりかけたグラディオスの服を掴みその場に留めようとする。
「ふん、兄上もさすがに我が子が可愛いか。道を外れるようなことを言っても殴るだけで済ませるとはな。」
そう言って顔を横にそむける。王家の兄弟の中では素朴で穏やかと言われるグラディオスの顔にはしっかりと苛立ちの感情が刻まれた。
ストラグル王国はもともと宗教観もあって一夫一妻制をとっている。貴族家でも愛人を持つことはまれで、穏やかな家庭を作り上げている者が多い。そこを王家の問題で何人もの妻を娶るようになった。
だからこそ、王家に入った妃たちは夫を共有するという感覚に馴染むことができず、苦しむことも多かった。
そんな母たちを見て育ったユリウスは自分の妃たちに正面から向き合い、5人もの妃たちの心をそれぞれしっかりと掴んでいる。
妃ときちんと話し合い、正面から向き合う。これは王家の問題に多くの女性を巻き込むことになってしまう、ユリウスなりの贖罪だったのだ。
王となるからには第一に国民のことを考える。だからこそ一人の妃に執着するのではなく、全員で王族という家族として国を支えるという意識を妃たちにも持たせている。
その関係は恋や愛というものからは遠くビジネスライクではあるものの、今では後宮で5人の妃たちはまるで姉妹のように暮らしている。不満が一切無いとは言わないが、大きな問題は兄と妃たちの努力によっておこっていない。
そんな兄の努力してきた姿を見ているからこそ、長男であるルキアスの勝手な物言いに腹が立ってしまうのだ。
「彼女たちは少女の頃から集められ、教育をされているだろう。それを今更取り上げて、しかももう枯れかけているような自分に嫁げだなんて。よくそんな酷いことが言えますね。」
その場に留まる程度には冷静になったグラディオスだが、やはりどうしても納得がいかない。
「おまえの年で枯れるとか言わないでくれ。でもまあ、私も最初はそう思った。だからルキアスにも、そして妃から外すと言われている娘とも話したんだ。」
「話し合って納得されたのですか?その子の大切な少女時代を教育で奪っておきながら。」
「それを言われると、確かに心苦しくはある。だがな、私は彼女と話していると、ルキアスに嫁ぐよりはお前との人生の方が幸せそうに感じたのだよ。」
「兄上、それは私に対しての評価が甘すぎます。自分で言うのも悲しいところではありますがね、私はパっと見たところまったく魅力的な容姿をしておりません。髪も王家の者にしては珍しい、くすんだ灰色だ。ルキアスは銀髪に青い目で乙女の理想と言っても良いような美青年ですよ!?」
「私はお前の温厚そうな見た目が好きなんだがね。まあ、今はそれは置いておくとして。彼女にどんな男性が好みが聞いたところ、外見の話はまったく出てこなかった。」
「相手が兄上だから遠慮したのではないですか?」
「いや、はっきりと言われたんだ。『容姿は皮膚一枚の話ですので何が好みということもございません。』誰かに似ていると思わないか?」
ニヤニヤ笑いながらこちらを見るユリウスを睨みつける。
「昔、私も同じようなことを言っておりましたね。ですが少女としては珍しいタイプの意見だな。ただそういったところが似ているからと言ってごまかされませんよ。なんせ妃候補ということは10代でしょう?」
「まあ、16歳だな。」
「その子の父親も私より年下かもしれません。こんなおじさんは嫌でしょうよ。私がその子の父親であれば怒り狂っているところだ。」
「安心しろ。彼女の両親はとうの昔に亡くなっている。」
ユリウスのその言葉で、紹介されている少女が誰かをグラディオスは理解した。
「ジョゼフィーヌ嬢ですね?なぜ彼女がダメなのです。確かに正妃に据えるには後ろ盾がなく問題ありかもしれませんが、側妃としては十分でしょう。あれほど愛らしくて頭も良い。外される理由に納得がいきません。」