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16 使用人会議

執務室から退室したアランとラナは、使用人棟のラナの部屋にて家族会議を開いている。


「母さん、旦那様のあの様子どう思う?」


「そうねえ、なんだか家族が出来ることに舞い上がっていらっしゃって、いつになく空気がほわほわしてらしたわね。」


ラナは苦笑しながら感想を述べる。


ラナはグラディオスの乳母であり、アランは乳兄弟として育った。幼いころから知っているため遠慮が無い二人ではあるものの、大切な主であるためグラディオスがいない場所では特に旦那様と呼ぶように心掛けている。



「でも、幼いころからお世話をさせていただいているからこそ、旦那様にはご自分の幸せを見つけていただきたいわね。」


ラナは昔を思い出しながら、しみじみと呟く。



グラディオスは愛を知らない訳ではない。圧倒的存在感のある兄からは暑苦しいほどにかまわれ、面倒見の良い彼は弟妹からも常に纏わりつかれていた。



だが無償の愛をそそぐはずの父親は子どものことをゲームの駒のようにしか考えていなかったし、母親は後宮内での勢力争いや王からの関心を得ることにしか興味が無かった。


周りの大人はみな、グラディオスをどのように利用しようかと下心を持ち、少しでも隙を見せれば唯一の拠り所である兄弟との仲ですら引き裂こうとしていた。


崖にある細く脆い道を命綱無く渡っていく、そんな日々を過ごす幼いグラディオスのことをラナはいつも苦しい気持ちで見守っていた。



だからこそ、彼が城を飛び出していったときは、「よくやった!」と喝采を上げたい気分だったのだ。私の育てた王子はこんな狭苦しい檻の中で飼い殺されるようなちっぽけな存在じゃない。大きな声でそれを言えないことが苦しかった。


世界をまわり、信頼できる師と出会い、成長したグラディオスが再び国に戻ってきたときは不敬ではあるものの、「さすがうちの子!」なんて思ったものだ。



「でもさ、母さん。旦那様は養子なんて言ってたけど。」


苦虫を噛みつぶしたような顔をしてアランが不満を口にする。


「そうね、でもあの方にとって結婚なんてずっと他人事だったから、妻を娶るよりも養子にする方が現実感があるのかもしれないわね。」


「なるほど、それはあるかもしれないね。争いを起こさないようについ数年前まで身辺に異常なほどに気を使っていらしたからなあ。」


「旦那様が本当に安心できたのは、第一王子殿下が次期王太子としてしっかりと周りから認識されるようになってからですものね。」


「でも本当に養子になんてしたら旦那様は一生後悔すると思うけどね。」


クスリとアランが笑う。生まれたときからお互いのことを知っているアランには、グラディオスが理解できていない本人の気持ちまで何となく察することが出来る。



グラディオスが少女を抱きかかえてきたときは何があったのかと驚いたが、さらにグラディオスから漂う幸せそうな雰囲気にもびっくりしたのだ。


決して起こしてしまわないように、けれども落としてしまわないよう、大事に大事にふんわりと少女を抱きかかえるグラディオスはこの上なく幸せそうだった。


まだきっと、恋だとか愛なんていう気持ちでは無いのだろう。


自分だけが守ることができる存在。そういうものが突然現れて、愛することを許されなかった彼が今まで通りでいられるわけがない。



(大切な人が他の誰かを愛する。その悲しさすら知らないんだろうな、我が主は。)



そう思うと恋愛面の情緒がまったく育っていない、中年主のことがアランは本気で心配になってしまう。



どうせ誰とも結ばれない、結ばれてはいけないと思うグラディオスは女性と必要以上にかかわらないように心掛けていた。そもそも女性の外見をさほど重視しないグラディオスにとって、地位を目当てに近寄ってくる女性を遠ざけることは難しくなかったようだった。


夜会を極力避け、公務と研究や読書のため公爵邸に籠るグラディオスは常に変人扱いされている。



けれどもアランは知っている。


時折街で歩く庶民の親子の温かそうな雰囲気を、政略結婚でも穏やかな愛を紡ぐ友人夫婦の凪のような空気を、自分たち親子の気安い仲を憧憬のこもる眼差しで見つめていることに。


欲しくても、欲しがってはいけない。


それがどれだけ辛いことかを、アランは想像することしか出来ない。



「まずはお嬢様と旦那様が仲良くなってくれないとね。」


「それが一番の問題だな。旦那様は女性を楽しませようとしたことさえないだろう。」


「根本的にはお優しい人だから、それに気が付いてくれたらね。」


「まずはお嬢様への贈り物の手配でもしようかな。旦那様だけにまかせると実用的なものばかり贈りそうだ。」


「そうね、若いメイドたちに意見を聞いても良いかもしれないわね。とにかくこのお屋敷から出ていきたくないと思うほど、心地よく過ごしてもらうのが私たちの使命ね。」


こうして家族会議は続くのだった。

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