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ぽろぽろと涙をこぼし、体にぎゅっと力を入れていた。
そんなジョゼフィーヌの頭をグラディオスはずっと撫でていた。
しばらく時間がたったころ、糸が切れたかのようにジョゼフィーヌは眠りに落ちた。
「おっと危ない。」
ゆらりと崩れ落ちそうになったジョゼフィーヌを柔らかいクッションで受け止める。思わず馬車の横に座り体を支えようかとも思ったが、寝ている間におじさんが横で支えているのも嫌かもしれないと咄嗟に判断したからだ。
「疲れてるんだな。」
子どものようにすやすやと眠るジョゼフィーヌを見つめていると、目の下にしっかりと刻まれている隈を見つけてしまう。
後ろ盾もなく、社交技術もない、そんな不器用な少女が王城で過ごすことの大変さを、グラディオスは身を以て知っている。だからこそ、自分の元でしっかりと休んでほしいと思うのだ。
「そうか、私に家族が出来るのか。」
すやすやと眠っているジョゼフィーヌを見ていると、なぜだか胸の奥がじんわりと温かい気持ちで溢れてくる。兄や弟妹たちとは親しい関係だったし、信頼できる師もいた。公爵邸にいる使用人たちも、まるで家族のように温かい。だから自分はもう満ち足りていて、家族を持つ必要は無い、そう思っていた。
グラディオスはクスリと自嘲するように笑う。
「私は実のところ寂しがり屋なのかもしれないな。」
公爵邸の使用人たちに言うと、良い年して何言ってるんだと笑われそうな台詞。しかしグラディオスの本音だった。
目の前に、これから家族になる少女が眠る。幸せの象徴のような美しい光景を、グラディオスは飽きることなく見つめていた。
「おかえりなさいませ旦那様。」
公爵邸へとたどり着き、未だ目を覚まさないジョゼフィーヌを抱きかかえたグラディオスを家令のアランが出迎える。
「ああ、今帰った。」
「旦那様、私の妄想でなければ旦那様の腕の中にお可愛らしいお嬢様がいらっしゃるようなのですが。......公爵という身分を笠に着てかどわかすとは嘆かわしい。誘拐はいけません。」
「人を勝手に犯罪者にするな。この子は元々ユリウスのとこの坊主の側妃候補だったんだが、王家の都合で外すことになった子だ。」
「第一王子殿下の?それはなんとも身勝手な。で、その哀れな少女が泣き疲れてしまったところ攫ってしまったのですね?」
「いや、先ほどから好き勝手言い過ぎじゃないか?」
「まずはお嬢様を客間へお連れしましょう。南向きの部屋であれば明るい内装ですので、お若いお嬢様にも良いのでは?」
「ではとりあえずそこへ運ぼう。」
メイドに整えさせた部屋へとジョゼフィーヌを運び、グラディオスは一度執務室へ戻った。
執務室に座るグラディオスの目の前には家令のアランとメイド長であるラナが立っている。
「簡潔に言うと、家族としてあの子を連れてきた。」
満足そうにそう告げたグラディオスに、アランは思わずため息をついてしまう。
「旦那様、詳しくお話してくださいませんと事情が分かりません。」
ギロリと睨むアランの機嫌をとるように、今度は改めて兄であるユリウスから言われた内容をかいつまんで説明する。
「まあまあまあ!あの可憐なお嬢様は旦那様にようやく現れた奥様なのですね!なんてこと。奥様のお部屋を整えないと。ああ、忙しくなるわ!」
「ラナ、落ち着いて。嬉しい気分にさせた後で申し訳ないんだが、彼女には家族になろうって言ってしまった。」
一気にご機嫌となったメイド長に苦笑いしながらグラディオスは説明をする。
「ええ、分かっておりますとも。出来る限り早くご結婚されてご家族になるのでしょう?」
「違うよ。私はこの年で、彼女はまだ16歳だろ?だからしばらく過ごしてみて、妻でも娘でも良いから家族にならないかと提案したんだ。だから彼女が嫁いでくれるか分からないよ。でも娘でも十分に幸せな気がする。」
何でもないことのように告げたグラディオスに家令もメイド長も呆然としてしまう。
「いやいや、日頃から旦那様は馬鹿だ馬鹿だと思っていましたが、それにしても大馬鹿者ですよ!」
「いや、お前さすがに雇用主に対して失礼すぎやしないか?」
「そんなことを気にするなら乳兄弟で子どもの頃から一緒に育った俺なんて雇うなよ。いいか、幼馴染として断言する。その言葉を言ったこと、お前絶対後悔するからな!」
家令のあまりの剣幕に押され気味のグラディオスだったが、その隣でプルプルと震えながら怒りを押さえ切れていないメイド長の存在に顔を青くする。
「ラナ?ラナさーん?」
「なんで私の子どもたちは二人そろって馬鹿ばっかりなんだろうね。」
「母さん、今俺のことは関係ないでしょ?」
「いいや、あんただって旦那様と同い年のくせしてふらふら遊びまわっているでしょう。それにしても旦那様、ラナはがっかりしておりますよ。嫁にどうぞと言われたのに、遠慮をして養子だなんて。」
「だって彼女の気分にもなってみろ。あんなに綺麗な少女なんだぞ。」
「貴族女性であれば20も年の離れた人に嫁ぐなんて良くある話じゃございませんか。」
「彼女のこれまでの人生を考えると、もうこれ以上無理やり何かをさせたくはなかったんだよ。」
苦しそうにグラディオスが言うものだから、今までの二人の怒りの熱が冷めてしまう。
「それに兄上みたいな見た目ならともかく、私は王族として珍しいほどの平凡さだ。あんな綺麗な少女に求婚なんておこがましくてできんよ。」
そんな気弱なことを言う主を二人は優しく見守るような目で見つめている。
「私にとって旦那様は最高の主人でございます。」
「ええ、本当に。きっとお嬢様も旦那様の良さにお気づきになられるはずですわ。」
口調を使用人にものへと戻し、真摯な顔でグラディオスに告げる。
「二人ともありがとう。あの子が不自由なく過ごせるように頼む。遅くまですまないな、もう休んでくれ。」
その声を聞き、家令とメイド長は退室した。




