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がたがたと馬車が進む音が聞こえる。


ジョゼフィーヌは今日突然自分の身に起きた変化にまだついて行けていない。


客人としてジョゼフィーヌを招くといったグラディオスはくすくすとこらえきれないように笑っている。



馬車の対面に座るグラディオスをジョゼフィーヌが不思議そうに見つめていると、それに気付き視線を向けてきた。


「一人で笑ってすまないな。君を攫うように連れてきたから、きっと陛下は驚いただろうなと思って。」


いまだくすくすと笑っているグラディオスとは対照的に、ジョゼフィーヌが真っ青になってしまう。


「私のわがままでお騒がせしてしまって。」


「いや、居づらい場所だったのならこれで問題はないだろう。」


そう言ったあと、じっとジョゼフィーヌを見つめてくる。


「あの?」


「ジョゼフィーヌ嬢はずっとそんな風にきちんとしているのか?私は公爵なんていう立ち位置ではあるが、できるだけ権力から離れていたくてね。こんな考えなものだから、使用人たちもわりと気軽な雰囲気なんだよ。不快に思わないでくれるとありがたいのだが。」


「いえ、......。私、自分がどのように振舞っていたのか分からないんです。妃候補とされてからはずっと自分の行動に気を付けていて。なるべく感情を出さないようにしていたので。」



自分のことも分からないようでは呆れられるのでは?と思ったものの、ジョゼフィーヌは正直に感じたことを話した。飾らない雰囲気のグラディオスには、嘘の無い気持ちで話をしたかったからだ。


「ハハハ、分かるよ。あそこは他人もいっぱい居て、家という感じもしないしな。人の目を気にしていると、態度や表情もかたくなる。実は私もあそこから逃げ出している。」


イタズラをする少年のような顔でニヤリとグラディオスが笑う。


「逃げたのですか?第二王子であった頃ですか?」


あまりにも考えられない行動に目を白黒させながら、ジョゼフィーヌが質問すると、グラディオスは楽しそうに答えてくれる。


「ずっと私は兄上のスペアでね、自分でもそれで良いと思ってたんだ。でも周囲はそうでも無いみたいで、騒がしくなってしまって。全部嫌になって、成人頃には戻るという条件で他国へ渡ったんだ。」


「凄い行動力ですね。」


「まあ10代の頃だから、とりあえず逃げるくらいのことしか考えていなかっただけだな。」


「それでも凄いです。私にはそんな行動力はありません。」


そんな言葉を言って、ジョゼフィーヌは驚いた。いつの間に自分はこんなにも後ろ向きになってしまったのだろうか。



「私からすると、ジョゼフィーヌ嬢の方が凄いと思うが。だって君の故国は、まあ何というか、良く言っても最悪な国だっただろ?そんな所に生まれた王族が平民に愛されるなんてそれだけで凄いだろ。その後の妃教育だって、教師たちの賛辞が凄かったんだ。」


「けれど私は頭でっかちなのです、多分。他の妃様方のような振舞いができませんでしたし、どうにも人と付き合うのが苦手のようで。」


「まあ、誰にでも向き不向きはある。それに若いころは誰だって頭でっかちになるんだ。知らなかったか?クリスティーナたちも十分優秀な娘だが、彼女たちだってまだ未熟で間違うことだって多い。ジョゼフィーヌ嬢も出来ないことや苦手があることを悲しむ必要はない。」


力強い言葉に少しずつジョゼフィーヌの心は温かくなっていく。


「まあでも、自分が分からないってことなら、これからのんびり取り戻していけば良いんじゃないか?どうせ人生は長いんだから。それにそれなら私も一緒に君のことを知ることができるしな。家族になるんだから。」


ニコっと笑ってそう言うグラディオスを呆けたように見つめてしまう。


「ん、どうした?」


「家族。客人とおっしゃっていたので......。実は閣下のところに少し滞在した後、本格的に身の振り方を決めるのかと思っておりました。」


「ああ、違うんだ。おそらく兄上からは婚姻をと言われているんだろ?だが私は38歳で君はまだ16歳だ。実際の親子だってもっと年が近いことも多い。だから君にうちに来てもらって、妻となるか養子となるかをじっくり一緒に考えられたらと思ったんだ。詳しく話してなくてすまない。」


「いえ、私もしっかりと聞かなかったので。」


「私は良き父か夫になるつもりだから、君は娘か妻になってはくれないか?どちらにしても、家族になろう。......嫌か?」


ジョゼフィーヌの新緑の瞳がキラキラと輝き、眦からポロリと大粒の涙がこぼれる。



「すまない、泣くほど嫌とは思わず。勝手を言ってしまった。違うんだ、君が嫌な―――」


「ちが、違うんです!!これは嬉しくて。」


本当かどうかを見極めるように、グラディオスは新緑の瞳が揺らめくのをじっと見つめる。


「っひく、物心ついた頃から、家族は居ませんでした。優しくしてくれた人はいたけれど、家族ではなかった。居場所が欲しくて妃候補に残ろうとしがみつきました。資質が足りないのは分かっていたのに、足掻きました。でもダメだった。また居場所を失いました。ずっと、ずっと、......、私、帰る場所が欲しかった。」


心の中の重い澱を一度全部吐き出してしまえば良い。そう思ったグラディオスは優しいまなざしでただ見つめている。


「妃候補の時も、ただ役割を果たせばあの場所を奪われないと思っていました。欲しがっても、一度も手に入らなかった。だから諦めようと。でも、私なんかを家族にしてくれるんですか?」


一粒涙がこぼれた後は、必死に留めていたものがあふれ出るように涙がぽろぽろと頬を伝う。そうしてついに、顔を上げることさえできなくなったジョゼフィーヌはただ顔を伏せた。


ポン


「え?」


頭に感じる温かな感触に、ジョゼフィーヌの涙が止まる。


「頑張ったな。君は居場所に相応しい自分であろうと努力し続けたんだな。」


「違うんです。私はとっても卑しくて、居場所を追い出されたくなかっただけ。」


「君は自分の居場所を選べる立場ではなかった。だからそれは仕方のないことだ。努力し続けたことは事実だ。」


「そうでしょうか?」


「ああ、私も居場所を選べないことが多かったから、ほんの少しはその思いが分かる。そして、与えられた居場所に相応しくあろうと努力することは、君が思っているよりも凄いことだ。」


グラディオスが大きな手のひらで、安心させるように頭を撫でながら語り掛けるものだから、ジョゼフィーヌはその温もりにどっぷりと甘えたくなってしまう。手のひらの温もりが自分に与えられるのは初めてのことで、この温かさや穏やかな気持ちを忘れないようにしたいと願う。



「だから、頑張るのは一度やめてしまおう。私の家で、君と私が居心地の良いように居場所を作り上げていこう。心地よい居場所の作り方に関しては、私は君の先輩だからね。」


ニコッと笑うグラディオスの顔を見ていると、全てのことが上手くまわる気がしてくるから不思議だ。そんなことを考えていると、少しずつ瞼が重たくなってくる。


「立て続けに色々なことが起こって疲れているだろう、おやすみ。」


低く、少しかすれた落ち着く声を聞いているうちに、ジョゼフィーヌは深く眠りに落ちていった。


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