13 ジョゼフィーヌside
アンナの負傷を知った数日後、ルキアスから面会の連絡がジョゼフィーヌのもとへ届いた。今までルキアスと2人で会ったことなど一度もない。だからこそ、どれだけ大きな問題が起こっているのかジョゼフィーヌは理解した。
コンコン
「入れ。」
ルキアスの執務室を訪ねる。ノックをすると、夫となるはずの男の声がする。
「お呼びであるとの連絡を受け参りました。」
ジョゼフィーヌがそう言うと、ソファーの対面に座るように促される。
「ルークだけ残して、他は席を外してくれ。」
ルキアスは側近であり騎士でもあるルークのみを部屋に残し、人払いを行う。冷たい静けさが部屋に充満する。6年ものあいだ婚約者として側にいるが、ジョゼフィーヌはルキアスとどのような会話をして良いのか分からない。そしてそれはルキアスも同じように思えた。
ゴホン、咳払いで静けさを一度ごまかして、ルキアスは話し始める。
「ジョゼフィーヌ嬢、君の頑張りは聞いている。教師たちは皆、君を弟子に取りたいほど執心しているようだな。」
「お褒めいただきありがとうございます。」
「いや、事実だろう。君はよくやっていると聞いている。......。それなのに、こんなことを言うべきではないのだろうが......。」
いつも迷いなく進んでいるように見えるルキアスの、普段とは違う様子をジョゼフィーヌは静かに見つめた。
今日の面会に訪れるまでに、ジョゼフィーヌはある決心をしていた。それはこの6年間しがみつき続けた居場所を捨てること。努力を続け、表情を失った。決して居心地が良い場所ではなかったけれど、それでも手放したくはなかった居場所。
帰る場所をなくすことを恐れていたジョゼフィーヌだが、それ以上に自分の周囲の人が傷つくことは嫌だった。そして何より、そこまでして自分の存在が妃候補として必要とは思えなかったし、自分もその位置を望んでいなかった。
あんなにも手放しがたかったのに、諦めてしまえばなんだか清々しい気分だ。
「ルキアス様。大丈夫です。ある程度予想しております。お話をお続けください。」
微笑みながらそう言うと、側近であるルークが驚くように息を呑む。
「そうか。どうやらジョゼフィーヌ嬢にはかなわないようだ。じゃあ簡潔に言うが、君を妃候補から外そうと考えている。」
「分かりました。周りは私とクリスティーナ様が対立しているかのように見ているようです。私とクリスティーナ様であれば、クリスティーナ様をお守りになるべきなのは理解しております。」
「そうか。すまない。」
「あと一つだけ、お伝えしておきたいことがございます。」
「何かな?」
「私、クリスティーナ様や他の側妃様方からは一度も被害を受けておりません。皆さん行動に対して注意をしては下さいますが、そのような卑怯な行動はされておりません。」
強い気持ちを瞳に込めて、できる限り真摯に伝わるようにジョゼフィーヌはルキアスを見つめた。
「驚いた。君は割と冷静なことも多いから。そんな表情もするのだな。それと妃たちの行動について、ありがとう。こちらも一応監視はしているのだが、君が誤解していない点には安心できた。ただ周りの貴族や侍女たちの行動については申し訳なかった。」
「殿下に謝っていただくようなことは一つもございません。」
「いや、貴族たちの思惑を把握してコントロールするのも私の仕事だ。今回は申し訳なかったと思っている。君の処遇だが、優秀さや真面目さを考えても悪いようにはしない。この後陛下とも面談をしてもらおうと考えているのだが、良いだろうか?」
その言葉に頷き、ルキアスとの最初で最後の2人での面談を終えたのだった。
その後の王との面談もルキアスが話したものとそう変わることは無かった。ルキアスも王もジョゼフィーヌの努力を知っており、しっかりと評価してくれた。もうそれだけで十分幸せじゃないかとジョゼフィーヌは感じたのだ。
「陛下、第一王子殿下や陛下に努力の成果を評価していただけただけで充分でございます。幼い私に居場所を与えてくださり、本当にありがとうございました。」
そう言って微笑むと、ユリウスはくしゃっと顔をゆがめた。不敬だが、ずっと年上なのになぜか可愛く見えてしまう。
「ジョゼフィーヌ嬢には一生ものの居場所を贈りたかったんだけどね。」
「いえ、私は心より感謝しております。ですのでどこか都合の良いところがあるのであれば政略の駒としていただいても、修道院へ入るということでも喜んで従います。」
その言葉を聞いて、ユリウスは慌てて否定する。
「君にそんなことを強いるつもりはないよ。実は6年前から紹介したい男がいるんだよ。先にルキアスの妃候補として考えられてしまったから、紹介することはかなわなかったけど。私としてはルキアスなんかよりおすすめなんだがね。」
「御恩がある身ですので陛下がお決めになったことに従います。ただそんなに良い方なのであれば、私などを娶らなくても条件の良い女性はいくらでもいるのでは?」
「んー、なんていうかジョゼフィーヌ嬢におすすめっていうだけなんだ。彼は本を呼んでばかりの朴念仁だし、女性に賛美を贈るのだって苦手なんだ。見た目も良い訳ではない。でも私から見ると、彼はとってもあたたかい男だし信頼できる。彼の本質を見てくれるようなお嬢さんを探していたんだ。」
「相手の方がお嫌でなければ私に否やはございません。」
「38歳のおじさんでも?」
「38歳の男性をおじさんとは思いませんし、たとえおじさんでもそれが嫌だとは思いません。」
その返事を聞くと王は満足そうに頷き、今度紹介するから楽しみにしててよと子どものように笑ったのだった。
その数日後、登城したグラディオスはその日のうちにジョゼフィーヌを連れ帰り、城は大騒ぎになったのだった。