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12 ジョゼフィーヌside

クリスティーナたちとジョゼフィーヌは、その後も上手く交流することができなかった。



都会育ちで洗練された貴族令嬢と居ないものとして扱われていた王女


美しい宝石やドレスを選ぶ審美眼を持つ彼女たち、宝物であるくたびれた植物図鑑を持ち庭を一人歩くジョゼフィーヌ。


お茶会でも他の令嬢たちを軽々と従えるクリスティーナたち、軽快なテンポの会話についていけず微笑むしかできないジョゼフィーヌ。




ジョゼフィーヌが何もかもできない少女であれば、彼女たちもその存在を忘れ去ったかもしれない。けれどジョゼフィーヌの頭脳がそれをさせない。


今まで知識を与えられてこなかったジョゼフィーヌは、乾いた大地がぐんぐんと水を吸い込むように知識を吸収した。


外国語、薬学、政治、経済、ジャンルを問わず与えられる知識はジョゼフィーヌにとって待ち続けていた水だったのだ。


そして知識をしっかりと吸収することは、クリスティーナたちと比較して社交がまったくできない罪滅ぼしの気持ちでもあった。


決して住みやすいと言えない王城ではあるものの、ジョゼフィーヌは居場所を守りたかったのだ。



(勉強を頑張るから。社交だって邪魔しないようにするから。お願いだからこれ以上、私から居場所をとらないで。)



夜眠る前にそんなことを考えてしまう。それがジョゼフィーヌにとってはとても卑しい気持ちのように思えた。


「クリスティーナ様たちはみんな、自分の意志で殿下をお支えしたいと思ってる。私はなんて意地汚いの。」


高潔な姿のクリスティーナを思い出し、ほおっとため息をつく。


クリスティーナはジョゼフィーヌに対して常に高圧的だった。けれど凛と立ち、優雅にふるまうその姿にジョゼフィーヌは憧れていた。



社交で上手く振舞えず、令嬢同士の空気を読むことも難しい。


そんな日が続くにつれて、ジョゼフィーヌは表情を失っていった。


なるべく目立たず、誰の目にも触れないように。そうしないと居場所が無くなってしまう。そう思うたびにジョゼフィーヌは体をぎゅうっと縮こまらせて、この嵐のような日々が過ぎ去っていくことを祈るのだ。




ジョゼフィーヌが王城に保護されて、妃候補となってから6年の月日が流れた。


知識をたっぷり携えて、けれども表情を失って。


それでもジョゼフィーヌは誰もが目を離せなくなるほどに、美しく成長していた。


陽射しを浴びるとキラキラと輝いて、透けるように繊細なハニーブロンドは腰のあたりまで伸び、春の森を思わせる新緑の瞳は理知的だ。ストラグル王国の平均よりは少し小さめな体は庇護欲をそそり、それでも女性らしい柔らかさはしっかりと感じられる。


繊細な指先を彩る小さな爪は桜貝のような愛らしさで、常にほんのりと微笑をたたえる唇は触れたくなるほどに柔らかそうに見える。




だからこそ、ジョゼフィーヌは再び居場所を失いそうになっていた。



庭を散歩していると花の鉢が落ちてくる。


王城に与えられた部屋に虫が大量に入った贈り物が届く。


誕生日のお祝いに紛れ込ませて驚くほど下品なドレスを贈られる。



ジョゼフィーヌを害するというよりは、脅しているといった嫌がらせが続く。ルキアスが立太子することが正式に決まり、妃候補が正式に妃となるまでに、ジョゼフィーヌを排除したいようだった。


(でもクリスティーナ様がご指示されている感じではないのよね。)


彼女が尊敬しているクリスティーナは、隠れてこそこそするような女性では決してない。だからこそジョゼフィーヌは、クリスティーナの後ろ盾となっている貴族たちや、クリスティーナに心酔している侍女たちの先走った行動だと考えている。



「ジョゼフィーヌ様、今日もお綺麗でいらっしゃいます。長くお仕え出来ていることが、私の自慢でございます。」


鏡に映った自分の姿の後ろに見える侍女、アンナ。彼女は王城に来た当初からずっとジョゼフィーヌを支えてくれている侍女だ。妃たちの序列の中で最底辺ともいえるジョゼフィーヌ。侍女としてつくのは外れくじなはずなのに、いつも嬉しそうにお世話をしてくれるアンナがジョゼフィーヌは好きだった。


髪を整え終わり、ブラシを少し遠くに置こうとしたアンナの右腕に違和感を覚える。


「アンナ、ちょっと待って。ごめんなさい、腕、どうかした?」


「お見苦しいものをお見せして申し訳ございません。」


かすかに見えたのは手首に巻かれた包帯。目立たないように長い袖のお仕着せをわざわざ選んだようだが、紺色の袖からちらりと見えた包帯をジョゼフィーヌは無視できない。


「包帯?怪我、したの?」


問いかけながらジョゼフィーヌの鼓動は煩いほどに大きく、早く音をたてる。


「ちょっと転んだときに手をついてしまったのです。大げさでしたね。」


困ったように笑いながらそう告げるアンナの瞳を真剣に覗き込む。そうして手首を優しく掴むと、巻かれた包帯をゆっくりとほどいていく。


ヒュッ。声にならない悲鳴がその場に響く。


「これ、手の痕?青黒くなってるじゃない。」


涙をためてアンナを見上げると、困ったような顔をする。


「ジョゼフィーヌ様。これくらいの怪我はなんてことありません。」


「そんなはずないわ。あなたは女性なのよ?こんな酷いこと、されて良いはずがない。」


「王城につとめていれば、様々な思惑に巻き込まれることもあるものです。ジョゼフィーヌ様はお気になさらないでください。」


優しく微笑むアンナを見ていると、母というのはこういった慈愛に満ちた顔をしているのかなとジョゼフィーヌは思う。それは教会の女神像のお顔ともよく似ていて、とても美しいと感じたのだった。


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