10 ジョゼフィーヌside
逃亡先のストラグル王国は故国と全く違っていた。
「白くない…。」
王城の窓から眺める外の世界の全てがジョゼフィーヌには不思議なものだった。
「空も青い。灰色の重苦しい色じゃなくて、なんだか高く、果てしないほど遠く見えるんだ。」
故国よりもかなり南にあるストラグル王国は、温暖で過ごしやすい日が長く続く。季節は4つに分かれており、冬もくるものの、凍てつくような寒さを感じることはまずなかった。
何よりもジョゼフィーヌの心を喜ばせたのは、植物図鑑に載っている花や緑の多くが王城の庭園や温室で見られたことだった。
ある程度ストラグル王国での生活に慣れた頃、宰相閣下より第一王子の妃候補にならないかと打診された。愛妾や愛人ではなく妃として迎えられることにかなり驚きはしたものの、ジョゼフィーヌは勿論これを受け入れた。
「故国の民を救って下さった御恩に報いるなら、どのようなことでもいたします。」
王城に保護されたとき以来、二度目の陛下への謁見となる場でジョゼフィーヌは迷いなくそう告げた。
「ごめんね、勝手に決めるような真似をしてしまって。君の幸せは他にあるかもしれないのに、今は君を保護することを一番に考えなければいけなくて。」
一国の王がかける言葉としてはかなりくだけた話し方。しかし正式な場や庶民の前に姿を現すときは誰よりも輝く王の姿を見せることを、ジョゼフィーヌでさえ知っている。
美しい銀髪にこちらの全てを見通すような輝く金色の瞳。体も大きく、声は抑えていてもその場を支配するほどに低く響く。まさに生まれながらの王。
「いえ、私などの身をそこまで案じていただけること、恐悦至極にございます。保護されて以来私の忠誠は全て王家、そしてストラグル王国にございます。身に余る大役ではありますが懸命につとめてまいります。」
「ジョゼフィーヌ嬢は理知的だね。まだ10歳だろ?凄いな。これなら妃教育も不安はないかな。うちの息子は君より6つ年上なんだけど、それでも君の方がしっかりしているように感じるな。頼りない息子かもしれないけれど、将来に期待してがっかりしないでくれると嬉しいよ。」
その謁見より数日後、第一王子であるルキアスと妃候補たち4人で顔合わせをすることとなった。
(あ、第一王子殿下は陛下にそっくりなのね。)
初めてルキアスと顔を合わせたジョゼフィーヌは、数日前に見た陛下と重なるところが多いことに気が付いた。見つめる前にまずは深く淑女の礼をする。
時代の王者であることを印象付ける銀色の髪。誰もが見惚れる王族らしい美貌。瞳の色は青で、そこに正妃様の存在を思い出させる。国のためであればどこまでも冷酷になれそうな、鋭くとがったような気配を纏わせている。
「ストラグル王国で保護していただいております、ジョゼフィーヌ・トランドルと申します。」
短く挨拶のみを告げると、深く下げた頭に鋭い視線が突き刺さる。値踏みされている、ジョゼフィーヌは強くそう思った。
(そうであれば買い叩かれてはいけない。)
「頭をあげてくれ。顔を見せて。」
あくまでゆっくりと起き上がり、なるべく優雅に見えるようにふうわりと顔をあげた。王女として売られる予定であったからこそ、一般的な礼儀やダンスなどは叩きこまれている。後ろで控えている侍女や護衛騎士たちが「ほおっ。」と息を漏らすのが聞こえた。
「私はストラグル王国第一王子であるルキアスだ。君は私の妃候補になると聞いている。これ以降、正式に妃となるまではあまり外に出られないだろう。不自由をかけるが他の妃候補と協力して過ごしてくれ。」
「ご配慮に感謝いたします。」
「君と同じ妃候補のクリスティーナ、ミュリシナ、アデライード、ローゼリアだ。君が一番年下だ。妹のように可愛がってもらうと良い。」
ルキアスの言葉で、後ろに控えていた妃候補全員が軽く礼の姿勢をとった。
一人目に紹介されたクリスティーナは隣国の王女で正妃候補として有名だ。黒い髪に神秘的な金色の瞳。煽情的な真っ赤な唇に思わず視線が釘づけになってしまう。
ミシュリナはピンクブロンドの髪を緩やかに結った可愛らしい女性。
アデライードは燃えるような鮮やかな赤毛にルビーのような瞳を持つ妖艶な美女。
最後のローゼリアは神秘的な銀髪の菫色の瞳が印象的だった。
「では私は退出させてもらうよ。妃候補として励んでくれ。」
冷淡とも言えるその態度はビジネスライクで、それがなぜかジョゼフィーヌには心地よかった。妃候補として教育を受け、成長している間は王城に居場所ができたと感じたからかもしれない。
「先ほど殿下より紹介いただいた、クリスティーナですわ。」
クリスティーナを筆頭に全員が名乗っていく。ストラグル王国次期王の妃となる令嬢たちは、ジョゼフィーヌの目から見てもそれぞれ美しかった。しかし彼女たちの瞳にはカケラも歓迎の感情など宿っていない。
「お名前で呼んでもよろしくて?」
「勿論でございます。」
「同じ妃候補ですもの、わたくしのこともクリスティーナとお呼びになって。」
優しく対応しているように聞こえるが、どこまでも尊大な態度で高みからジョゼフィーヌを見下ろしている。クリスティーナは隣国の王女でもあるからこそ、誰よりも強さを見せなければいけないのだろうと理解した。
「ジョゼフィーヌ様はさすが、北方の姫君でいらっしゃる。あちらの王女様方はお美しいことで有名ですものね。まるでお人形のような綺麗さね。」
「クリスティーナ様のような圧倒的な美しさを持つ女性に、そのよう言っていただけると嬉しく思います。皆様方のように私も日々精進して参りますので、ご指摘などがございましたら仰ってくださいませ。田舎から突然出てきた身、お見苦しい場面をお見せするようなことがございましたら申し訳ありません。」
クリスティーナの嫌味は軽く流しつつ、丁寧にあいさつを告げる。あちらの言ったことは事実であるし、反論したところで得られるものもないだろう。
しかしこの時、ジョゼフィーヌは理解した。
この王城での生活はそれなりに厳しいものになることを。
だがそれでも、ジョゼフィーヌは新しく与えられた居場所、役割にしがみついていたかった。




