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プロローグ

ランバート公爵邸は最近浮かれている。


そう、公爵邸全体が浮かれている。


それは最近新しく住人となった、フワフワと甘く可愛らしい、あのご令嬢のおかげだ。




廊下の掃除をしていたメイドはにやけ顔を抑えようとする。家令の許可をとり、壁にかけてある絵を取り替えたのだ。


もともとかけていた重厚感ある宗教画はもちろん美しかったが、新しくかけた自然あふれる風景画の方がご令嬢の心を掴んだようだ。


その証拠に、今日はその画の前を通るたびに立ち止まる。「はあ。」と可愛らしい吐息をこぼし、バラ色の頬に手を添えて、まん丸の目を細めて風景画を見つめていた。


あとでメイド仲間に自慢せねばなるまい!


そしてこの幸福感、あの可愛さを共有せねばなるまい。


そう思うとニマニマと崩れる顔を止められないのだ。




目が合うと必ず女子どもに怖がられる。そんな強面な料理長もだらしなく頬が緩んでいる。緩んだ結果、無表情よりも壮絶に恐ろしい顔になっている。


地獄の鬼も逃げ出しそうな顔を装備した彼は、昨日の晩餐をぽおっと思い出す。


ご令嬢のふるさとの料理を再現した晩餐。それを見た彼女は、ぱあっと笑顔を煌めかせ、美しい新緑の瞳を喜びで揺らした。


いそいそといつもよりも機敏な動きで椅子に腰掛け、一口一口幸せそうに噛み締める。


そんなに小さな体のどこに入るのかという量を平らげて、最後に一言言ったのだ。


「料理長!私、食事でこんなに幸せになれるなんて知りませんでした。美味しいのはもちろんのこと、私のことを考えてくれたことが何より嬉しい。」


素直な言葉はそれだけ胸に響くもの。その日の厨房の使用人たちはみんなデレデレとした顔を隠せずに、後片付けに勤しんだのだ。




普段高貴な人たちの視界に入ることはない、庭の番人である庭師たちも目元が溶けてしまうのではないかというほど緩んでいることがバレバレだ。


公爵邸の主の意向で、広大な庭には大輪の花ではなく、香りが控えめで可憐な季節にあって花が植えられている。


それらは趣味が良く整えられてはいるものの、高貴な人々は貧相だと主のいないところでバカにすることもある。


そんな自然の花畑のような庭に足を踏み入れたご令嬢は、森の新緑を思わせる瞳を輝かせて言ったのだ。


「うわぁ、物語に出てくる場所みたい。とっても幻想的。」


それだけではなく、庭師に様々な質問をする。色々な種類の花を同じ場所に植えるのは難しくないのか、肥料はどのようなものなのか、色合いはどうやって決めているのか。


社交辞令ではなく心から、庭師の仕事に興味を抱いてくれている。


その事が実は何より嬉しい。


自分たちの手で整えた美しい庭に、神秘的な美しさを持つご令嬢。


この場に絵師がいないことを全員が悔やんだ日だった。




公爵邸の主であるグラディオス·ランバートは、西日の眩しさで夕方であることに気付く。


グラディオスが1日の大半を過ごすこの執務室は、彼の好みで統一されている。上質なウォルナットの机に壁一面の頑丈な本棚。椅子もソファーもローテーブルも、全てが頑丈な作りとなっている。


そんな部屋に一つだけ、出来の悪い間違い探しのような椅子がある。ホワイトオークで作られたその椅子は、座面がふわふわと柔らかく、椅子の主が長時間座っていても疲れないよう細部までこだわって作られている。


座面に使われている布は新緑と黄色の小花柄で、公爵邸に住むものであれば持ち主がすぐに分かるはずだ。


グラディオスが座れば壊れるのではないかと思うほど小さなその椅子を見て、今日は執務室に来ていないご令嬢のことを考える。


「あの子はまた眠ってしまってるんじゃないかな。」


ボソリとグラディオスが呟くと、家令のアランも時計に目を向け答える。


「お茶の時間もとっくに過ぎておりますね。夕方になると冷えてくるので、迎えに行って差し上げてください。」


グラディオスは立ち上がり、そのまま迷うことなく彼女のもとへとむかう。


「公爵邸の中であれば好きなように過ごしてほしい。」


来たばかりの頃にそう言うと、彼女は図書室を守る妖精のように、本に囲まれたその部屋にばかり居るようになった。


たまに庭を散策したりはするものの、基本的には図書室か、もしくはグラディオスの執務室で楽しそうに本を読んでいる。


きっと彼女は今日も図書室にいるのだろう。


そう思うと、住み慣れた公爵邸のはずなのにいつもよりも温かく感じるのだから不思議なものだ。




図書室の重厚な扉を慎重にあける。


何故なら彼女がもしかしたらうたた寝しているかもしれないからだ。


光に透けるハニーブロンドに、美しい新緑の瞳。誰もが見惚れる美しさを持つ彼女だが、寝ているときの可愛らしさは格別だ。


いつもは気まぐれな妖精のようなのに、寝ているときは無防備な猫のよう。


ちょっとした期待を抱きつつ、慎重に図書室へはいる。


そこにはグラディオスの予想通り、暖かい日の光の中で体を小さくして眠る彼女がいた。


メイドの一人が編んだという膝掛けをかけ、ソファーで眠る彼女を見る。幸せの象徴のような神秘的な光景だ。


起こしてしまうのは勿体ないが、そろそろ起きなければ晩餐にも間に合わない。そうなると華奢な彼女が一食栄養を取れなかったことになってしまう。そして何よりも厨房にいる使用人たち全員にグラディオスは恨まれてしまうだろう。


ふっくらとした薔薇色の頬を手の甲で優しく撫でる。少しずつ現実に戻ってきたのか、彼女が小さく、くあっと可愛らしいあくびをした。


その様子がまさに子猫のようで、グラディオスはクスクスと笑ってしまう。


はちみつ色のまつげに縁取られた新緑の瞳がゆっくりと開かれる。


「おはようございます。グラド様。」


ゆっくりと、寝起きだからこその甘い声で彼女が挨拶をする。


(ああ、あの時はこんなに幸せな気持ちになるなんて思わなかったな。)


胸に広がる穏やかな気持ち。


それを感じつつ、彼女が公爵邸へ来るきっかけとなった半年前のある日を思い出していた。


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