砂糖でできた丘
砂糖でできた丘
登場人物
緒方恭輔 男子高校生
藤崎美奈子 女子高校生
田中勇気 男子高校生
由比藤 遥 女子高校生
斉藤彩加 女子高校生
鈴木春菜 女子高校生
中村みずほ 女子高校生
担任
ウェートレス
開幕
第一場
舞台中央にピンスポット。スポットライトの中に椅子に座った藤崎の姿が浮かぶ。背景には二場の道具がうっすらと見えていても良い。
天の声「おまえは罪によって作られている。おまえの心も体もたくさんの血と犠牲とでできている。多くの人が死んだからこそ、おまえは今呼吸をすることができる。おまえはそのことを、片時も忘れてはならない」
天の声がしている間、藤崎は俯いたまま聞いている。スポットが消える。
暗転
第二場
閉店後のホテルのレストラン。
下手側が出入り口。
緒方、藤崎、田中、由比藤、斉藤、鈴木、中村、担任、板付き。
担任のみ立っていて、他の人物は全てテーブルの前の椅子に座っている。テーブルのいちばん下手側に藤崎、その上手側に由比藤、斉藤、鈴木、中村、田中の順に座る。一番上手側に緒方。緒方のみ制服。田中のみ垢抜けたような私服。他の人物はジャージかスウェット。
由比藤「それでは修学旅行第二日目の事後研修を始めます」
担任 「(藤崎に向かって言う)顔色悪いぞ。まだ調子が悪いんだったら部屋に帰って休め。班長会議の司会なら由比藤に任せればいい」
藤崎 「いえ…、先生。ぜひこの機会にみんなに言っておきたいことがあります」
由比藤「それでは班長は今日の反省を言って下さい」
斉藤 「この沖縄に来て、戦争の悲惨さがよくわかりました」
鈴木 「戦争で死んだ人たちがとてもかわいそうでした」
中村 「あたしたちと同じくらいの女の子たちが国のために看護士にさせられていたのがショックでした」
田中 「みんな似たようなことしか言わんな」
緒方 「そりゃそうだろう」
由比藤「ガマの中で死んだ人がとてもかわいそうでした」
田中 「ガマって何だっけ」
担任 「ちゃんと人の話を聞いとけ。沖縄に点在している洞窟のことだ。太平洋戦争の末期、日本軍の部隊と住民たちがこのガマに隠れた。そしてここで多くの民間人が…死んだ」
緒方 「ガマとは何か、勉強になったな」
由比藤「では最後に委員長の藤崎さん、どうぞ」
藤崎 「(立ち上がって全員に向かって言う)今日はみなさんにご迷惑をかけてすみませんでした。だけど貴重な経験が出来たと思います。
あの…ガマに入った時、何かを感じました。
わたしには見えたんです。
本土が勝手に始めた戦争のせいで、傷つき、尊厳を奪われ、死んでいかなければならなかった人たちの姿が…。
わたしはあの中に入るまで、ここにはきっといろんな人たちの悲しみ、悔しさ、何よりも恐怖がひしめきあっているのだろうと覚悟をしていました。
だけど心のどこかで『霊なんかいるわけがない』と思っていた。思ってしまったんです。
あの人たちが姿を現したのは、そんなわたしたちを戒めるためだったに違いありません…」
緒方を除く全員が藤崎の方を見る。
緒方のみ客席側を見ている。
田中 「ずいぶんユニークな意見が出たぞ」
藤崎 「(田中を無視して)幸いわたしはガマを出た後すぐにお祓いをしてもらったためそれ以上怖い目には遭いませんでしたが、あそこでもっともっと恐ろしい目にあった人たちがたくさんいるんです。だからわたしたちは、どこにいてもどんな時でも、そういう人たちのことを決して忘れてはいけません。わたしはそのことを学習しました。みんなもそれを学習しなくてはいけません。そうでなければあなたたちもわたしのように、あの人たちの姿を見なくてはならないことになるでしょう」
沈黙。由比藤を除く女子たちが気味悪そうに藤崎を見ている。
緒方 「(座ったまま反論)バカか、おまえは。戦跡は心霊スポットじゃねえ」
由比藤「あんたの成績で美奈子を馬鹿だとか言えると思ってんの?」
緒方 「(由比藤にかまわずに)あのなあ藤崎、おまえはあの洞窟に入って霊が見えたような気がしただけだ。それで塩をかけてくれたあの人、名前は知らんが現地の人だろ。あの人は霊を払ったようなつもりになっただけだ。それでおまえは霊を払ってもらったつもりになっただけだ」
田中がニヤニヤ笑いながら緒方と藤崎を交互に見る。
斉藤 「(小声で田中に)こんな気持ち悪い話を聞いてよく笑えるね」
田中 「藤崎に食ってかかる男子がいるのが面白い」
鈴木 「確かに美奈子さんて、美人だけど頭が良すぎるし、何だか近寄りがたい雰囲気があると、男子には敬遠されています…」
由比藤「美奈子の良さはね、男なんかにわからないのよ!」
中村 「だとすると男にとっては何の価値もないってことになるし、だいいち今は、ただのイタイ人だし…」
藤崎 「緒方…、あんた霊を馬鹿にするのね。そういう奴がいちばん後悔するのよ…」
緒方 「幽霊がいるかどうかなんておれは知らん。いるかもしれないし、いないかもしれない」
藤崎 「見たことがないから? あたしは見たわ」
緒方 「バカ言え。自分が見たものしか信じないとしたら徳川家康がいたことも、ここに空気があることも、地球が丸いことも信じられなくなるぞ」
藤崎 「だったらなんであたしが見たものを見たわけじゃないとか言うのよ!」
緒方 「日本列島に人が住むようになってからどれくらい経つんだ? 何百万年か知らんが。人が死んだことがない土地なんてきっとどこにもないぞ。おまえは洞窟に入る時に『ここでたくさんの人が死んだんだ』とずっと思い続けていた。霊が見えてもおかしくないと思っていた。洞窟の中は光がまったく差さない。真っ暗な中で物音ひとつしなければ気持ちが悪くなってもおかしくない」
担任 「おまえらちょっと待て。ここは◯◯(上演されている都道府県)の教室じゃないんだ。ここには沖縄戦でひどい目にあった人達がまだたくさん生きている。この壁一枚向こうは公共の場所だ。誰が聞いているかわからん。ホテルや他のお客さんとのトラブルだけは勘弁しろ」
斉藤 「こんな気持ち悪い話なんかどうでもいいから、さっさと会議終わってよ」
担任 「気持ち悪いとは思わないが、続きは◯◯で…」
由比藤「気持ち悪いって何よ!」
斉藤 「美奈子がね! もう反省は一通り言い終わったんだから終わりでいいでしょ!」
由比藤「いいから美奈子の話を聞きなさい! 」
斉藤 「あんた…何様?」
由比藤、ゆらりと体を揺らしながら立ち上がる。斉藤、少し遅れて立ち上がり由比藤を睨む。由比藤、ポケットに手を入れる。手を出して箱を斉藤の鼻先に突きつける。
由比藤「ポッキー様」
田中 「なんで会議に菓子なんか持ってきてるんだ…」
鈴木 「ポッキー様には逆らえません…」
鈴木、横からポッキーを受け取る。鈴木、中村とともにポッキーの箱を開けて食べ始める。斉藤にも渡そうとする。
斉藤 「ちょっと、そんなもの食べてないで…」
斎藤、由比藤、座る。
田中 「おれにもくれよう…」
担任 「おいっ、会議中に物を食うのは…」
斉藤 「だったら早く終わらせてよ!」
藤崎 「緒方あんた、そんなことを言ってると本当に取り憑かれるわよ。あたしには見えたの。霊なんかいるわけないと心のどこかで考えてしまったとき、赤ちゃんを抱っこした若い母親の姿が…」
斉藤、耳をふさぐ。
斉藤 「いやぁ、うちはそういうダメだから!」
鈴木、斉藤をひややかに見る。
鈴木 「あなた、それで部屋に帰りたがっていたのですか」
鈴木と中村、ポッキーを食べ続ける。斉藤、怯えたまま。
緒方 「なんで赤ちゃんと母親なんだ」
藤崎、顔を緒方に向けて睨みつける。
藤崎 「あんた本当にガイドさんの話を聞いてないのね…。日本軍の部隊と民間人が一緒にガマの中にいた。敵に見つからないようにと全員物音を立てずにじっとしていた。だけど張りつめた空気を感じ取った赤ちゃんが、火がついたように泣き出した!」
舞台奥の白い壁に赤ん坊を抱いた母親のシルエットがあらわれる。
藤崎 「敵に見つかることを恐れた隊長は、母親に赤ちゃんを殺すことを命令した!」
母子のシルエットの左、藤崎の真後ろに軍服姿のシルエットがあらわれる。軍刀を腰に下げ、顔を母子の方に向けている。左手を腰に当て、右手を水平に伸ばして母子を指している。
藤崎 「母親は泣く泣くわが子を手にかけた…」
斉藤 「怖い。怖い。こわいい…」
斉藤、おびえたまま藤崎を見たり、緒方を見たり、さかんにキョロキョロする。
緒方 「ガマで死んだのは赤ちゃんなんだな。なんで母親も出てくるんだ」
藤崎 「…あんたって本当に人の気持ちを想像できないのね。自分の手で幼い我が子を殺さなければならなかった母親の気持ちがあんたにわかる?」
緒方 「そんなものおまえだってわからんだろうが」
藤崎 「自らの罪の恐ろしさとその時抵抗できなかった悔しさがものすごい念になってあそこにい続けたとしても不思議じゃないわ!」
斉藤 「だから、怖いって! だれか楽しい話をしてえ!」
田中 「沖縄に来て思ったんだが。ゴーヤーって皮を剥かないで調理するけれど、大根や人参は皮を剥くよな」
中村 「沖縄関係ないし」
田中 「大根や人参って、どこまでが皮でどこからが実なんだろうか」
斉藤 「だから、『楽しい』話をしてよ!」
鈴木 「わたしはゴーヤーが嫌いです」
由比藤「おいしいのに…」
鈴木 「おいしいかまずいかは人それぞれでしょ」
藤崎 「世界中に、ゴーヤーどころか何にも食べられない人がたくさんいるのよ!」
鈴木 「だったらはっきり義務だって言った方がすっきりします。わたしがむかつくのは『おいしいから食べなさい』と言われることです。これはつまり『おまえにはまず いと感じる資格もない』ということです。『うまくてもまずくても食え』って言われた方がよほどましです」
緒方 「理屈っぽい女だな…」
由比藤「あんたの方が理屈っぽいでしょ! そんな屁理屈で人の気持ちがわかると思ったら大間違いよ!」
斉藤 「ちっとも楽しくない! だれか面白い話をしてよう!」
田中 「………やっぱり幽霊っているんじゃないか?」
斉藤 「それのどこが面白いのよ!」
田中 「おまえの反応が」
緒方 「田中! いくら何でも不謹慎だ」
藤崎 「あんたに不謹慎だとか言う資格はないわ。あんたにいるのかいないいのかわからなくても、怒り、悲しみ、悔しさのあまりこの世を離れられなかった存在が、事実として『いる』のよ!」
緒方 「だったらなぜ、その隊長の霊が出ないんだろうか」
母子のシルエットがパッと消える。
藤崎の後ろには軍人のシルエットのみ。以後、台本の指示があるまでずっと藤崎の背後に軍人の影が浮かび続ける。
藤崎 「はぁ? そいつは母親に赤ちゃんを殺させるような奴なのよ!」
緒方 「敵に見つかったら全員殺されると思った。そんな時赤ちゃんが急に泣き出した。自分の部下も民間人も、その母親も赤ちゃんも、みんな殺されるだろうと思った。被害を最小限に止めようとすれば赤ちゃんを死なせるほかない。もしかしたらガマに避難していた母親以外の人達も、殺してでも赤ちゃんを泣きやませてほしいと思っていたかもしれない」
藤崎 「大きくなってから赤ちゃんを殺させたその隊長にだって、赤ちゃんのころがあったのに。お母さんのおっぱいをしゃぶっていたのに!」
緒方 「その通りだ。隊長が赤ちゃんのころ沖縄戦はなかった。だから大きくなれた。その赤ちゃんが赤ちゃんの時に沖縄戦があった。だから大きくなれなかった。ガマに隠れることができる程度の戦力を率いていたっていうことは、下級、高くても中級将校だろう。沖縄戦が起きたのはその隊長のせいじゃない。しかしガマでは最上位だった。だから決断した」
藤崎 「その隊長は、自分が助かりたいと思っていただけかもしれない!」
緒方 「確かにな。だけど隊長がその時どう思っていたにせよ、赤ちゃん以外の全員の命を救うためにはそうさせるしかなかったんじゃないか?」
藤崎 「その隊長が全員の命を救った? バカ言うんじゃないわよ。そいつは誰の命も救っていない。下らないメンツのために部下や民間人に降伏を許さなかっただけだわ。軍人ほど弱い人間はいない。武器を持っていれば自分が強くなったような気がする。武器を手放せば弱い自分を露呈してしまう。武器を持ったまま死にたいのなら、一人で死ねばいいのに!」
緒方 「ガマの外は危険なのか、安全なのか?」
藤崎 「危険に決まってるでしょ! 鉄の暴風っていわれるほどの爆弾と砲弾の嵐だったそうよ。だけどアメリカ軍は日本軍とは違う。手を挙げている者は軍人だろうが民間人だろうが決して命を取らない。だけどみんな殺されるっていう日本軍の宣伝を信じて集団自決した人たちもいた! 全員の命を助けたいんだったら手を挙げて出ていくだけで良かった。だけどその隊長にそんな勇気はなかった!」
緒方 「米軍を信じられなかったんだろうな」
藤崎 「民間人の中にはアメリカ軍がどんな軍隊かわかっている人もいた。仲間を説得して手を挙げて出て行き、全員が保護されたガマがあった!」
緒方 「アメリカ軍は民間人を保護する方針だったと?」
藤崎 「もちろんそうよ。現にそういう例が…」
緒方 「おまえさっき鉄の嵐みたいな砲撃と爆撃があったって言ってたじゃねえか。アメリカ軍の砲弾と爆弾には戦闘員非戦闘員識別ビーコンでも搭載されてたのか?」
藤崎 「あんたふざけてんの?」
緒方 「大真面目だ。砲弾も爆弾も殺す相手を選ばない。アメリカ軍は無差別に沖縄とその住民を銃撃し、砲撃し、爆撃した」
藤崎 「ドサクサに紛れていい加減なこと言うんじゃないわよ! 銃撃っていうことは相手が見えるってことでしょ! わざわざ民間人を撃ったりするわけないじゃない!」
担任 「米軍は民間人とわかっていても発砲した」
緒方 「…沖縄でのことですか?」
担任 「違う。○○だ。おれの親父は戦争中○○高専の学生だった。アメリカ海軍の艦載機が、学校に行こうと○○駅のホームで汽車を待っていた親父に機銃掃射を浴びせてきた!」
緒方、藤崎、田中、斉藤のほか、菓子を食べていた鈴木、中村も手を休めて担任の方を見る。
田中 「それで…、当たったんですか?」
担任 「戦闘機の機銃っていうのは、敵機の装甲を貫くために使われるものだ。そんなものを人間が食らったら貫通どころか体がバラバラになる。危うくホームから飛び降りて難を避けたが、落下の衝撃で足を骨折した。もし当たっていたら、おれがここにいるわけがないだろう?」
斉藤 「それを聞いて、何となくホッとした…」
田中 「わかりませんよ。先生のお父さんとお母さんが固く結婚を誓い合った仲で、お父さんが亡くなった時お母さんが先生をお腹に宿していて、お母さんが恋人の忘れ形見を女手一つで育てたと思えば…」
担任 「おれをいくつだと思ってるんだ!」
田中 「2019ひく1945だから、最低でも74歳!」
担任 「なぐるぞ!」
以後、担任と田中、どうでもいいような言い合い(アドリブ)を始める。
緒方 「藤崎…」
藤崎 「何よ」
緒方 「この二人はほっとこうぜ」
藤崎 「わかったわ…」
鈴木 「わたしたちもあなたたち二人を放っておきたいんですが…、というより部屋に帰りたいです」
緒方 「帰ればいいだろ」
鈴木 「そうはいきません。あなたたち二人が話している限り会議が終わらないんです」
由比藤「だったらここにいればいいでしょ」
鈴木 「そうは言いますが、二人とも委員長としてでも、班長としてでもなく、ただの個人として発言しています。班長会議でやることじゃありません。ディベートならTPOを考えて下さい。先生は、ここでこの話をさせたくなかったんじゃ…」
担任 「あっ、そうだった! 今日はこれぐらいにして、続きは○○に帰ってから…」
由比藤「とにかく美奈子の話を聞いて! この子は本気で平和について考えてるのよ!」
斉藤 「少なくともこの空気は平和じゃないね…」
由比藤「黙って座ってなさい!」
鈴木 「わたしはもうここにいたくありません」
由比藤「(バカにしたように)あんたも美奈子の話が怖いの?」
鈴木 「怖いというより不愉快です」
由比藤「あんたも、その日本軍の隊長の弁護をしたいの?」
鈴木 「エコロジストとか平和主義者って、上から目線なんですよね。『人類の愚かさには耐えられない』的な…。おまえは何様だ」
由比藤「美奈子はそんなこと言ってないでしょ!」
鈴木 「『どこにいてもどんな時でも戦争で死んだ人のことを忘れてはならない。忘れたら幽霊が出る』って、これじゃタチの悪い脅迫ですよ。そんな気の滅入るようなことをお風呂に入っていても、トイレの中でも、勉強していても考えてろってことですか?」
斉藤 「あんた勉強なんかしないじゃん」
鈴木 「やかましい」
由比藤「そう思うんだったらコソコソあたしに言ってないで、美奈子に直接言ったらどう?」
鈴木 「嫌ですよ。平和主義とか環境主義って宗教みたいなものですから、うっかり関わるとどんなことになるかわかりません」
藤崎 「全く、どいつもこいつも! 美奈子の平和への思いを何も理解していない!」
鈴木 「だから、あなたは何様ですか?」
由比藤「あんた、ポッキー様に逆らうつもり?」
鈴木 「ポッキー様はさっきお亡くなりになりました」
田中 「もう食い終わったのか?」
中村 「甘いものを食べたから今度はしょっぱいものがほしいし…」
由比藤、ポケットを探って袋を差し出す。
由比藤「ポテチ様」
田中 「いくつ菓子を持ってるんだ!」
斉藤、横からポテトチップの袋を受け取る。
鈴木 「何で受け取るんですか! あなた早く部屋に帰りたかったんじゃ…」
斉藤 「幽霊の話は終わったみたいだからまあいいわ。…あんた食べないの?」
鈴木 「食べますっ!」
鈴木、斉藤と中村とともに食べ始める。
田中 「だからおおれにもくれよう…」
緒方 「あの隊長は、本当に赤ん坊を殺させたかったんだろうか? 軍人になった以上は敵を殺すことも自分が死ぬことも覚悟していただろう。だけど母親に赤ん坊を殺させる覚悟なんかあったはずがない。だけど米軍を信用していいとも思えない。おまえがその隊長を責められるのは、結果を知っているからだ。2019年にガマの外にいるからだ。1945年のガマの中にいて、空と海から一つの県をまるごと、民間人もろとも焼き尽くすような奴らを信じられるか。泣く泣く赤ん坊を殺させた。そしてその隊長が戦後生き残ったとしたら、自分が赤ん坊を死なせなくてもよかったと知ったら? そのことをずっと周囲に責めつづけられたら? あのガマにその念が凝り固まっていてもおかしくない」
藤崎 「その時隊長がどんな気持ちだったにせよ、そいつの命令で死ななくてもいい赤ちゃんが死んだ。これは絶対に動かない。当然責任があるはずよ!」
緒方 「その通りだ。戦争に純然たる加害者も純然たる被害者もめったにいない。図らずも加害者になってしまうことだってあるんだ」
藤崎 「あんたまさか…、あの母親も加害者だって言いたいの!」
緒方 「言いはしないよ」
藤崎、つかつかと歩いていって緒方を平手打ちにする。緒方、頬に手を当てて目をそらす。由比藤、斉藤、鈴木、中村の四人が硬直する。田中のみ面白そうに見ている。
斉藤 「(由比藤に小声で)どこが平和主義なのよ!」
由比藤、藤崎の方を見ながら斉藤の言葉を聞いている。藤崎、緒方を睨んで怒鳴る 。
藤崎 「あたしは今まであんたほど軽蔑に値する人間を見たことがない。謝りなさい! 自分の子を手にかけなきゃならなかった母親と、全ての戦争被害者に謝りなさい!」
沈黙。
由比藤「先生…、やっぱりやめさせた方がいいんじゃ…」
中村 「(小声で)さっきと言ってること違うし…」
担任 「(藤崎に)なぜ殴った」
藤崎 「こいつを軽蔑してるから!」
担任 「理由にならん。軽蔑してる人間をいちいち殴る奴がいるか。もう一度聞くぞ。なぜ殴った!」
藤崎 「こいつが、あの母親を加害者だとか考えているから。あのお母さんがかわいそうだから…」
担任 「おまえは、そう考えた緒方を殴らなければ、自分もこいつと同じになってしまうと思ったんじゃないか? 他人に『気持ち悪い』と言う奴は、『自分はそうじゃない』って人に言いたいんだ」
由比藤、斉藤の顔を見る。
斉藤 「ウチはね、美奈子の言うことが気持ち悪いって言っただけで、美奈子が気持ち悪いなんて言ってないわよ!」
由比藤「確かに美奈子の顔が気持ち悪いなんて誰にも言えないわね…」
担任 「他人に『甘ったれている』と言いたがる奴は『自分は甘えていない』って言いたいんだ」
藤崎 「そうは言いますが、例えば、『死にたい』とか言う奴を見ていると、甘えているとしか思えません。そういうことを言う人は、そう言えば誰かに同情してもらえると思っているんです。死ぬ気なんかないんですよ。あのガマの中で、どんなに生きたくても死ななければならなかった人がたくさんいるのに!」
担任 「生きたくても死ななければならなかった人がたくさんいるということを知ったからといって、自分の今の悩みがほんの少しでも減るわけじゃない。『死ぬと言っている奴に限って死なない』っていうのは、絶対に教師が持ってはいけない思想だ。そんなことを言う奴が、どれくらい本当に死んだ人間を見たことがあると言うんだ。だれかがそんなことを言っていたのを気に入ってカッコつけてるだけだ」
鈴木 「だから、こういうのがエリート意識なんですよ…」
担任 「要するにネガティブなことを言っている奴がうっとおしいから、そういう人を自分に近づけたくないだけだ」
鈴木 「わたしはポジティブな人間の方がはるかにうっとおしいです。人生の成功者…って感じの人が学校に呼ばれて、講堂で『あなたが不幸なのは努力が足りないからだ』とか自慢話をするのを聞いていると、本当に気が滅入ります」
斉藤 「あんたの成績が悪いのは努力が足りないからでしょ…」
緒方、頬から手を離して言う。
緒方 「藤崎、おまえがさっき言っていた通り、責任っていうのは、その時どんな気持ちだったかよりも、その時取った行動がどんな結果を生んだかによる。おまえがおれを尊敬していようが軽蔑していようが気持ちなんかどうでもいい。まして心のどこかでおれと同じになりたくないと思ったことなんかに責任は一切発生しない。だからおまえがおれに責任を取らせたいんだったら、おれが何を考えたかじゃなくて、おれの行動と発言に対して負わせればいい」
担任 「続けろ」
由比藤「先生!」
担任 「今やめさせたらこの二人だけじゃなくクラス全体にしこりが残る。だいいちさっきおれが言ったことよりも、緒方の今の態度の方がよほど正しい。…やれ!」
緒方 「ありがとうございます」
担任 「田中!」
田中 「はい」
担任 「ヤバそうな人が来ないか、外を見張っとけ」
田中、立って下手端に行く。
斉藤 「やっぱりそれは気になるんだ…」
藤崎 「あのねえ緒方、確かに加害者はあの隊長だけじゃないのかもしれない。だけどそうだからと言って、本人の罪が軽くなるわけじゃないわ! 幼稚園児じゃあるまいし、先生に注意されて『ボクだけじゃないのに…』とか言ってるのとおんなじよ。他人が同じようなことをしていても自らの罪と向き合う、それが大人ってものよ! 他人が何をしてもしなくても、自分の行いを糺すべきだわ!」
緒方 「美奈子…、おまえにはその資格がない」
藤崎 「あんたみたいな甘ったれた奴にそんな風に呼ばれると虫酸が走るわ!」
鈴木 「そういうことを言うのは、『自分が甘えていない』っていうアピールだって先生が言ったのを、聞いてなかったのかしら」
斉藤 「あんた、授業中先生の話なんか聞いてないでしょ…」
由比藤「ドサクサにまぎれて下の名前で呼ぶんじゃないわよ!」
緒方 「その必要があるんだ。もう一度言うぞ。美奈子、おまえにはその資格がねえ」
藤崎 「はぁ? 何の資格よ!」
緒方 「他人が自分と似たようなことをしていたとしても、自分だけは断罪されるべきだと言えるのは、自分の罪に対してだけだ。おまえ自身の罪じゃないからには、片方を断罪して片方を免罪するなど許されない。他者の中からある人のみを抜き出して、他の人はともかくおまえだけは罰するなんて言えるわけがない。当事者でも何でもないおまえに、そんなことをする資格はない」
藤崎 「あたしは当事者よ! あたしの持ち物は全て罪によって出来ている。今着ているものさえも罪で出来ている。あたしの心と体さえも罪によって作られている。多くの死と犠牲によって作られている!(藤崎の背後の軍人のシルエットがみるみる濃くなっていき、ついには真っ黒になる)あたしのお爺さんは職業軍人だった!」
緒方 「(藤崎の言葉を遮るように)先生のお子さんは何年生でしたっけ」
担任 「大学二年の息子と、高校二年の娘の二人がいる」
緒方 「先生のご両親は戦争中何をしていたんですか?」
担任 「母親は女学校の生徒だったけど勉強を教えてもらえずに、ゼロ戦の工場でプロペラを作っていた。父親は高等専門学校の学生で、理系だったから兵隊には取られなかったけど、毎日毒ガスを作っていた」
藤崎 「先生のお父さんも戦争に協力してたんじゃないの! それを民間人なのに撃たれたって…」
緒方 「(藤崎を無視して)先生は自分の両親の作った兵器が戦争に使われたという理由で、自分のお子さんが責任を取らされるのを許せるんですか?」
担任 「(きっぱりと言う)許すはずがないだろ」
藤崎 「何で先生の子供の話になるのよ…」
緒方 「ちょうどおれたちがそういう世代だからだ。おれたちの祖父母の世代はどんな形であれ戦争に協力している。おれたちの両親は自分たちの親が戦争に協力したという理由でおれたちが責任を取らされるのを許すだろうか」
藤崎、考え込んでしまう。
田中 「こっちに人が来ます!」
担任 「ここに来られたらヤバそうな感じか?」
田中 「もちろん」
担任 「まずいな。おい二人とも…」
田中 「校長先生、それと名前は何て言ったっけ、生徒課長の…」
担任 「それはおまえにとって入ってこられたらヤバい人だろ!」
田中 「特に校則違反していないのにしょっちゅう注意されるんですが」
担任 「きっちりネクタイを締めているくせに腰にでかいハンドタオルをぶら下げたり、台風の日に制服制靴をリュクサックに入れて海パンにゴムゾーリで登校してみたり…」
田中 「合理主義ですね。朝着替えなくてすむように制服のズボンをはいたまま寝るのと同じです。ぼくは原則として明日出掛ける時の服装で寝ます。それと、家族がいないときの夕食は鍋から直接食べます。皿を洗わなくてすむ」
担任 「だらしないだけだ! ここに来られたらヤバい人っていうのは地元の人で、今の話を聞いて不愉快に思いそうな人っていうことだ。校長先生たちには話が込み入っているから班長会議が長引いているって言っておけ! それから、菓子のクズを捨てろ!」
田中、下手に退場。
中村 「部屋に帰りたいし」
由比藤「あんたは何? 怖いの? 不愉快なの?」
中村 「いや、美奈子の話なんかどうでもいいし。ただ、借りたマンガを今晩中に読み終わらないといけないし」
由比藤「今大事なところなんだから我慢しなさい!」
鈴木 「また、言うことが変わりましたね」
中村 「だからウチは、あんた何様なのって気がするし…」
田中、下手から登場して座る。
田中 「もう食い終わったのか!」
由比藤「もう持ってないわよ!」
斉藤 「今度は甘い物がほしかったのに…」
中村 「部屋に帰れば、甘甘の少女マンガが待ってるし」
田中 「甘いな」
斉藤 「何が」
田中 「空気が」
中村 「ちっとも甘くないし、むしろ重いし」
鈴木 「甘いですか…。恋ばなでもしますか」
斉藤 「コイバナって言ってもねえ…。うちの男子でルックスがいいのって緒方と田中ぐらいだし、田中は変人だし、緒方は女の子の扱いが雑だし…」
田中 「そんなことはない」
由比藤「あんたはだれが見ても変人よ!」
田中 「(緒方を見て)バカ丁寧な男だよ」
藤崎 「(今まで考えていたのを断ち切るように)ママが許してくれないからボクにはできないって、やっぱりあんたはお子ちゃまね! だいたいあたしたちの両親でさえ、戦争を経験したわけじゃないわ。もちろん先生もね。さっき聞いたお父さんがケガをした話だって先生が直接経験したわけじゃない」
緒方 「あのガマの話だってそうじゃねえか」
藤崎 「確かに沖縄戦についてのわたしたちの知識は又聞き、又聞きの又聞きでしかない。だけどわたしたちがこの沖縄に来て直接知ることができたことがあるわ。それはガマに霊が出るっていう話を『沖縄の人々が語り伝えてきた』っていうことよ。これはわたしたちが自分の耳でしっかりと聞いた。何人もの地元の人から聞いたわ。この『語り伝えられてきた』っていう事実は、日本軍の仕打ちを沖縄の人々がどう思っているかのはっきりとした証拠になる。沖縄の人たちは自分たちにひどいことをした奴らに、不幸な死に方をした人たちの霊を見てほしかったのよ!」
緒方 「だからおまえには見えるはずがないんだ」
藤崎、一瞬ポカンという表情をする。そして驚いたように緒方を見る。
藤崎の背後のシルエット、だんだん薄くなる。
緒方 「やっと最初の問題に帰ってきたか。バカ女め、手間かけさせやがって。おまえが言っていた通り、責任っていうのは行動した結果に対してしか負えないものだ。なんとなく考えてしまったとか、軍人の孫に生まれて育ったとか、そんなものに責任なんか取りようがない。おまえが誰に何を言われたか知らんが、死んだ人間だろうが生きている人間だろうが『取りようのない責任を負え』なんて言う奴を信用するべきじゃない。確かにおれには幽霊がいるかいないかなんかはわからん。だけどいるんなら、自分に害を与えた奴のところに出るだろう。いないんならそいつを見てしまうのは、自分は祟られてもおかしくないっていう後ろめたさがある奴だけだ。あの地元の人がなぜおまえに塩をかけてくれたかわかるか? おまえにそんなものを見てほしくないからだ。だから美奈子、絶対に見えるはずがないんだ……」
緒方、襟のボタンを外してネクタイを緩める。眼鏡を外して藤崎に突きつけ、やさしく微笑みながら怒鳴る。
緒方 「おまえにはな!」
由比藤があわてたように緒方と藤崎の顔を交互に何回も見る。
斉藤、鈴木、中村、ぽーっとしたように緒方を見ている。
藤崎は変わらぬ表情で、緒方をじっと見ている。
田中だけは頬杖をついて明後日の方を向いて聞いている。
担任は全員の表情を注意深く見ている。
緒方 「もう一つ言い忘れていたことがある。おまえは自分が罪で出来ているとか言ったな。…ふざけるんじゃねえ。そんなものに人間が作れるか。おまえもおまえの親もおまえの爺さんも同じだ」
緒方、大きく息を吸い込んで決意したかのように言う。
緒方 「……人間はみな、恋によって作られている」
藤崎の背後の軍人のシルエット、一瞬濃くなりパッと消える。
田中 「甘いな…、空気が」
藤崎、緒方を見つめたまま。
緒方もしばらくそのままでいるが、耐えきれなくなったように藤崎から視線を外し、助けを求めるように担任を見る。
担任 「結論が出たようだな。班長会議を終了する。各自部屋に戻れ。十時に点呼だ」
担任の台詞が終わると同時に生徒たちが立ち上がる。
藤崎と由比藤、下手側に立つ。
斉藤、鈴木、中村、舞台中央に立つ。
担任が下手端に立つ。
緒方が上手側に立つ。
田中がガイドブックを持って緒方のそばに来る。
田中 「おれは菓子を全然食えなかったんだ…」
緒方 「何だよそりゃ」
田中 「だから、明日の班別研修は、ここでオヤツを食べよう!」
緒方 「何が『だから』なんだ。だいたい、班長会議におれとおまえがいるっていうことは、おれとおまえは別の班っていうことだ」
田中 「んなこたあ、どうだっていい」
緒方 「まあ、それくらいならつきあってもいいけど。なんて名前の店だ」
田中 「シュガーローフっていうんだ」
緒方 「……すごい名前だな。経営者は地元の人か」
田中 「いや、外国人だ」
緒方 「やっぱりな。どんな内容だ」
田中 「内装は日本人の奥さんが担当したそうだ。なかなかカワイイ」
田中、ガイドブックをめくり始める。田中と緒方、ガイドブックについて会話。
斉藤 「『おまえにはな』を聞いた時はゾクッとした」
鈴木 「全身の毛が逆立ちました」
中村 「ドキドキしたし…」
斉藤 「ウチ、恭輔をねらっちゃおうかなー」
鈴木 「きゃー」
中村 「きゃー」
藤崎、舞台中央にずいっと進む。完全に客席に背を向けて斉藤に正対する。
藤崎 「恭輔って…なれなれしいわね…」
斉藤 「ああ、いや、緒方くんね。別にウチは、あんたから緒方くんを取り上げようだなんて…」
藤崎 「誰を誰から取り上げるって?」
藤崎、じりじりと前に(舞台奥に)進む。藤崎の顔は客席から全く見えない。
斉藤、じりじりと後ろ(舞台奥)に下がる。
斉藤 「いやあ、美奈子お、そんな顔しないで! 幽霊よりあんたの方が怖い! 悪魔だってそんな笑い方しないわよぉ!」
斉藤、鈴木、中村、本気で怯えた表情。
藤崎 「できるものならやってみなさ…」
由比藤、藤崎の二の腕をつかんで下手側に引き寄せる。
由比藤「あんたはそんなことより、やらなきゃならないことがあるでしょ!」
斉藤 「今のうちに逃げるよう!」
鈴木・中村「うんっ!」
斉藤、鈴木、中村、走って下手側に退場。
下手端で由比藤と藤崎、小声で話し合う。
田中 「ああ、これだ、これだ」
田中がガイドブックを緒方に見せる。
緒方 「……カワイすぎだ! 女も連れずにこんな所に入れるか!」
田中 「すると何か? おまえはおれに男一人でここに行けって言うのか?」
藤崎が緒方に近づき、田中との間に割って入る。由比藤が下手から、藤崎と緒方の様子を見ている。
藤崎 「恭輔、あんたに話があるの…。」
緒方 「なんだぁ美奈子、おれの後ろに何か見えるとか言うのか? それじゃ今までの話は何だったんだよ…。まだそんなことを言うようだったらいくらおまえでも…」
藤崎 「違うわよ! そのっ、ごめんなさい!」
藤崎、ペコッと頭を下げる。
緒方 「………おれを殴ったことか。さっきも言ったように軽蔑の気持ちを持っているだけなら何の責任もないが、それを言葉なり行動なりで表現してしまえば責任が発生する。たしかに、だから謝罪というのは筋が通っているわけで…」
藤崎 「あたしがあんたのことを! 軽蔑なんてできるわけないでしょうが! このバカァ!」
藤崎が緒方の胸くらいの高さからその顔をジロリと睨め付ける。緒方が一歩引いた所で、肩を怒らせてくるりと回れ右をして下手側に歩いていく。そのまま退場。
担任 「一流ホテルの廊下をドスドス歩くな…」
下手で藤崎を待っていた由比藤がニヤニヤ笑いながら緒方に手を振る。
緒方 「はあ、ああいう頭がいい奴にバカとか言われるとマジで傷つくわ…」
田中 「軽蔑はされてないだろうが、バカだとは思われているだろうな」
緒方、顔をしかめながら由比藤に手を振り返す。由比藤、手を振ったまま下手に退場。
田中 「たしかおまえは藤崎の家と近所だったな。あいつの爺さんがどんな人生を送ったのか知ってたんじゃないか?
今日の話では、沖縄とも因縁があったような気もするが。もしかしたら、あの母親に赤ん坊を殺させたっていうのは…」
緒方 「知らねえよ!」
田中 「だからおまえは、『取りようのない責任を負う必要はない』と説得を始めた。しかし下手なやり方をすれば爺さんの『罪』だけでなく爺さんそのものと今のあいつを断ち切ってしまうかもしれない」
緒方 「おれは必ずしも『罪』だと思ってるわけじゃないが」
田中 「言い方なんかどうでもいい。とにかくその『罪』と藤崎を切り離した。そっちはそれほど難しいことじゃなかった。要するに『おまえに霊が見えたわけじゃない』と納得させればいい。あいつは霊が見たかったわけじゃない。むしろ見たくないと本気で思っていた。『霊なんかいないと思ってしまった』っていう言葉からも、あいつが見たくなかったことがはっきりとわかる。見たくないものを見なかったと信じさせるのは簡単だ。しかし『罪』と切り離しながら爺さんとは切り離さない、これをやるためには論理のアクロバットが必要だった。
おまえはまず、そうと知らせないまま…知られたらうまくいかなかっただろう…。三代にわたってからみついていた呪縛から、祖父を責め続けなければ自分も祖父と同じになってしまうという呪いから、藤崎を細心の注意を払って解き放った。
『苗字ではなく名前で呼ぶ』
『祖先の罪は他人の罪だ』
『他人の罪は自分の罪ではない』
『祖父母の罪を背負うことは両親が許さないだろう』
これだけ丁寧に伏線を張ったんだ。あとは一気にたたみかけければいい。こんなことはおまえには簡単だった。
だけどおまえにはまだやることがあった。
呪いから切り離したあいつを今度は爺さんそのものとくっつけなければならない。
そのための切り札がこれだ。
これは言ってみれば魔法の言葉だ。
これを言えばあらためてあいつの家族をひとつながりにできる。
そしてこれを言えば自分が傷つくことを承知でおまえは使った」
緒方 「何だよコレコレって。コレコレ詐欺か?」
田中、ニヤリと笑う。
田中 「人間はみな恋によって作られている…」
緒方 「何が言いたいんだ」
田中 「シュガーローフにつきあえ」
緒方 「恥ずかしいからイヤだ!」
田中 「おれはここでどうしてもシュガーローフ・ヒルを食いたいんだ!」
緒方 「だからなんだ、その悪趣味な名前は!」
田中 「名前だけじゃないぞ」
田中、ガイドブックのページを一枚めくり、緒方に見せる。
緒方 「なんだこのデカさは! これを一人で食う気か?」
田中 「お、おまえまさか、おれとこれの食べさせ合いをしたいのか? あの、『はいっ、あ~ん・ハートマーク』ってやつか? つき合い方変えるぞ!」
緒方 「違うわ!」
田中 「これはおれ一人で食う! おまえはコーヒーでも飲んでればいい」
緒方 「だから恥ずかしいと言っとろうが!」
田中 「恥ずかしい? おまえが?」
緒方 「なっ…なんだよ」
田中 「人間はみな恋によって作られている…」
緒方、居心地悪そうに目をそらす。田中、意地悪そうに笑う。
田中 「人間はみな恋によって作られているカッコ笑いカッコとじる…」
緒方、ますますバツが悪そうな表情をする。
田中 「きゃー恥ずかしい。人間はみな恋によ」
緒方 「いい加減にしろ!」
田中 「明日付き合わなかったら◯◯に帰っても言い続けるぞ。人間はみな恋…」
担任 「こらそこのバカ二人! さっさと部屋へ戻れ! 十時点呼だ!(緒方に)何でおまえだけ制服のままなんだ。風呂には入ったのか?」
緒方 「まだです。班長会議がこんなに長引くとは…」
田中 「おまえのせいだろうが」
緒方 「おまえに正論を吐かれると、なんかむかつく…」
担任 「さっきも言ったように十時に点呼だ。点呼後の入浴は認めん。違反したら廊下に正座させるぞ」
緒方 「やべえ、急がなきゃ…」
緒方、飛び出すように下手に退場。下手に向かって担任が叫ぶ。
担任 「一流ホテルの廊下を走るなぁっ!」
暗転
幕間(二.五場)()
暗転中、聞こえてくる声(暗転が素早くできるようであれば省略してもよい)
女子の寝室での会話。
藤崎 「恭輔のやつ…、あたしがあいつを軽蔑しているなんて言いやがって…。あたしがそんなことできるわけがないのに…。ねえみんな、ひどいと思わない?」
鈴木 「おやすみ」
斉藤 「さっさと寝ろ」
中村 「むしろ死んでほしいし」
藤崎 「あんたたち、夕べはあたしが平和学習に備えて寝ようとしている間、ずうっとあたしの枕元で、コイバナとか言って盛り上がってたじゃないの!」
斉藤 「結論の出たコイバナなんて面白くとも何ともない!」
中村 「ただのノロケだし」
鈴木 「これだからポジティブ人間はうっとおしい」
藤崎 「ちょっとみんな、寝ないでよう! みずほ! あんたマンガ読むって言ってたじゃない。読みながらでもいいから起きててよう!」
中村 「こんなゲロ甘女と同じ部屋であんなマンガ読んだら確実に吐くし」
藤崎 「あたしのどこが甘いのよ! あたし怒ってるのよ! 恭輔めぇ…、明日どうしてくれよう…」
由比島「あんた、明日も緒方に面倒かけるつもり?」
藤崎 「大丈夫よぉ、あいつが本気になったら、あたしなんかイチコロだしぃ…」
由比島「あー、ごちそうさま! しかもちょっとみずほが入ってるし…」
藤崎 「ごちそうさまって…、なんか食べたの!」
由比島「食べてないわよ! あんたのせいで、あたしは自分のお菓子を全部あげる羽目になったのよ!」
藤崎 「ごめんねえ、あたし『たち』のせいで…(間)ちょっとぉ、はるかぁ、あんたまで無言で寝ないでよ! なんかあたし、今日はハイになってるの。寝たくなんかないのよぉ!」
照明がつく。
第三場
舞台上手側、沖縄風の繁華街の背景。安っぽい書割でよい。さまざまな土産物屋が軒を連ねている絵。
舞台の下手側半分は喫茶店の内部。客席に面している側の壁はなく観客に中が見える。可愛らしい、子供っぽいような内装。下手奥にカウンター、少し上手側にテーブル席がある。表に「喫茶 シュガーローフ」の看板。
上手から藤崎が楽しそうに歩いてくる。その後ろを緒方が両手に重そうな紙袋を持ち、うんざりしたような顔で歩いてくる。二人とも私服。
緒方が舞台中央で立ち止まる。
緒方 「何でおれがおまえの荷物を持たなきゃならんのだ…」
藤崎 「あんたがバスの集合時間に遅れるからでしょうが」
緒方 「他のクラスの女子が宅配便を送るのに手間取っているからつい手伝ったんだって言っただろうが!」
藤崎 「集合時間はクラスによって違うのよ。わかってる?」
緒方 「四分遅れただけだ! だいたいクラス全体を待たせたんだろう? 何でおまえの荷物を持たなきゃならんのだ…」
藤崎 「クラスの過半数が『半日間委員長専属荷物持ちの刑』を望んだわ。みんな昨日あんたがあたしに偉そうにしたことは知ってるしね」
緒方 「いじめだ。吊し上げだ。人民裁判だ! クラスの過半数って言ったって女子ばっかりじゃねえか!」
藤崎 「うちのクラスは女子のほうが圧倒的に多いのよ。残念だったわね」
緒方 「女って、ふだんあんまり仲がよくなくても、男が悪者になるといきなり団結するからやだよな…」
藤崎 「ゆうべはみんな、まるで相手にしてくれなかったけど、あんた相手だったら協力してくれたわ」
緒方 「だから何でおまえだけに迷惑をかけたわけじゃないのにおまえの荷物を持つんだ!」
藤崎 「あんたが他の女の子を手伝うために、あたしを待たせたからよ…」
緒方 「『他の女の子』って、『クラスの』が抜けてるぞ。『他のクラスの女の子』だ。それに『あたしを』じゃなくて『あたしたちを』だろ」
緒方、言いながら腰をかがめて荷物を下ろそうとする。
自然に前に出た頭を藤崎がゴンッと殴る。
藤崎 「地面に置くな!」
緒方 「やっぱりいじめだ…」
藤崎 「さすがにかわいそうになってきたわね。あそこで休憩しましょう」
藤崎、「シュガーローフ」の看板を指さす。
緒方 「あそこってまさか…」
藤崎 「ちょうどいいじゃないの。あたしも疲れたし」
緒方 「おまえがおれより疲れているとは思えんのだが…」
藤崎 「歩くだけでも疲れるの!」
緒方 「歩きすぎだ! 似たような店をいくつもいくつもまわるし…。しかも『さっきの店の方が安くて可愛かった』とか言って後戻りまでするし…」
藤崎 「ちょっとみずほが入ってるわよ! だいたい女の子の買い物っていうのはそういうものなの!」
緒方 「とにかくこの店にはおまえ一人で入れ。おれは外で待ってる」
藤崎 「ダメよ。あんたあたしが目を離すと、荷物をそのへんに置くでしょ!」
緒方 「男がこんな店に入れるか!」
藤崎 「女の子が男も連れずにこんな店に入れるわけないでしょ!」
緒方 「絶対に入らないからな、恥ずかしい!」
藤崎 「『恥ずかしい』ねぇ…」
藤崎、いやらしくニマッと笑う。
藤崎 「あんたに恥ずかしいことなんてないんじゃないの?」
緒方 「なっ、なんだ…」
藤崎 「人間はみな恋によって作られている…」
緒方 「てっ、てめえ…」
藤崎 「人間はみな恋によって作られている…。フフッ」
緒方 「ぐわぁぁっ」
藤崎 「人間はみな恋によって作られている…。フフフッ」
緒方 「やめろぉぉぉっ」
緒方、両手に荷物を持ったまま頭を抱えようとする。
藤崎 「ほらほら、往来で悶絶するんじゃないわよ。さっさと来なさい!」
藤崎、緒方の袖をつかんで歩き出す。
二人、「シュガーローフ」に入る。藤崎は嬉々としているが緒方は落ち着かない様子。テーブルにつき、緒方は入口に背を向けて座る。向かいに藤崎が座る。
ウェートレス「ご注文は…」
緒方 「ブレンドを下さい」
藤崎 「紅茶とシュガーローフ・ヒルを一つ」
ウェートレス、下がって下手に退場。
緒方 「頑張って食えよ…」
藤崎 「何言ってんのよ。あんたも食べるの!」
緒方 「田中は一人で食うって言ってたぞ…」
藤崎 「…あんたあたしを糖尿病にさせたいの?」
緒方 「おまえはもう少し太ったほうがいい」
藤崎、大げさに両腕で胸を隠す。
藤崎 「い、いま胸を見たわね。ヘンタイ!」
緒方 「見てない!」
藤崎 「見たっ!」
緒方 「絶対に見てない!」
藤崎 「見たわね、エッチ!」
ウェートレス、「このバカップルめ…」という感情を抑揚のない声に込めて言う。
ウェートレス「シュガーローフ・ヒルでございます…」
ウェートレス、巨大な生クリームパフェをテーブルに置く。
緒方 「はやっ!」
藤崎 「美味しそう…」
緒方 「でか…」
藤崎 「真ん中に置いて下さぁい」
ウェートレス「紅茶とブレンドでございます…」
ウェートレス、藤崎の前に紅茶を、緒方の前にコーヒーを置いて下がる。カウンターの奥に移動。
藤崎、スプーンでパフェをすくって食べる。
藤崎 「美味しいわね…。あんたも食べなさい」
緒方 「はぁ……、スプーンをもう一つ下さい」
藤崎 「このままいっちゃっていいわよ?」
藤崎、自分の使ったスプーンを緒方の前に突き出す。
緒方 「やめろ! 恥ずかしい!」
藤崎、意地悪そうに笑う。
藤崎 「人間はみな恋によって作られている…」
緒方 「うるせえ…」
藤崎 「人間はみな恋によって作られている…」
緒方 「くそ…」
藤崎 「人間はみな恋によって作られている…」
緒方、しばらくスプーンを見据えていたが、意を決したようにそれに顔ごと口を持っていく。時に藤崎がスプーンを後ろにひっこめる。
藤崎、ニヤニヤしている。
藤崎 「冗談よ。あたしがあんたなんかと間接キスとかするわけないでしょ」
緒方、しばらくポカンとしている。
緒方 「はぁ…。『おれなんかと』か…。だったら誰とならやるんだ? 確か田中がここに来るって言ってたから良ければあいつと…」
緒方、まわりを見回す。
藤崎、ムッとした表情になる。
藤崎、緒方が後ろを向いたと同時にゴンッと後頭部を殴る。(さっきよりも強く殴る)
緒方 「いでえっ!」
緒方、前を向く。
緒方 「おい美奈子、何しやが」
藤崎、緒方が口を大きく開けると同時に自分のスプーンをその中につっこむ。
緒方 「うぐっ…」
藤崎 「おいしい?」
緒方 「うまいっていうより、いたい…」
藤崎 「ごめん! 口の中を切った?」
緒方 「ちがう。後ろアタマのほうだ…」
上手から田中が登場。まっすぐシュガーローフに向かう。垢抜けた私服姿だが二場と同じ。さらに腰にタオルをぶら下げている。
藤崎 「そっちは我慢しなさい! くだらない冗談を言ったバツよ。それより、さあ食べるわよ!」
緒方 「おれはもともと甘いものは苦手なんだが」
田中、シュガーローフに入ってくる。藤崎と目が合う。二人とも何も言わない。緒方は田中が入ってきたことに気が付かない。
緒方、コーヒーを一口啜る。
緒方 「ブラックなのに口の中でウィンナーコーヒーになってるし」
藤崎 「男のくせにグダグダ言わないの! あんた昨日から理屈が多いわよ!」
田中、カウンターに進む。緒方がそちらを向きそうになる。藤崎、緒方の顔をつかんで無理矢理自分の方を向かせる。
藤崎 「こっちを見なさい!」
緒方 「ゴキッて言ったぞ!」
ウェートレス「(田中に)何にいたしましょう」
田中 「バニラのソフトクリーム一つ。テークアウトで」
ウェートレス「男の子が一人でやってくるとは珍しいね」
田中 「友達を誘ったんですけどね…、女の子に取られました」
ウェートレス「めげずに頑張るんだね。応援してるよ」
ウェートレス、ソフトクリームを田中に渡す。
田中 「ありがとうございます」
田中、店の外に出る。藤崎、緒方の顔を離す。
藤崎と緒方が話をしているが声は聞こえてこない(口パクのみ。役者は声を出さない)。
舞台中央から前(客席側)に出て、セットの外に出てしまう。観客に向かって話す 。
田中 「こんなことは全然重要じゃない。
他愛もない話。
どうでもいい話。
沖縄の暗く重い歴史に比べれば果てしもなくどうでもいいことだ。
この物語は語られることはない。
彼が君に語ることはない」
田中、持っていたソフトクリームをぺろりと舐める。
田中 「だから、君は知らない」
セットの奥の、茶さじでパフェをつつきながら疲れたような表情をしている緒方に向かって、なにごとかを楽しそうにまくし立てている藤崎の方を見る。
再び観客の方に向き直る。田中にピンスポット。
田中 「自らを傷つけた少年によって一つの魂が救われたことを、君は知らない」
ライトが消える。
閉幕




