マナちゃんのチョコレート(『獣人メイちゃん、ストーカーです!』番外編)
今年もバレンタインなので何か書こうと思いまして……
こちら「獣人メイちゃん、ストーカーやります!」の番外編になります。
これだけ読んでも意味不明!という点があるかもしれませんがご了承ください。
丁度、本編の方で先日ヴェニ君の恋愛事情についてちょっと触れましたし。
小林にしては珍しく、まともに恋愛している女の子が出ます。
1年に1度やってくる、女の子の甘い祭典バレンタイン。
異国から渡ってきた風習は商売の気配に敏い商人たちによって交易の街で定着した。
誰もが幸せになれる日という謳い文句と共に、若い男女を中心に賑わいを見せる。
……1年ほど前は、違う意味で賑わったが。
主に男臭い決闘の大会開催日として。
だけどそんなものは例外も例外。
やはりバレンタインの本領は、甘酸っぱい恋の味に秘められているのだ。
どこかの誰かが、甘酸っぱいというより甘酢を仕込もうとしていたが。
~バレンタイン前日・朝~
「あのね、メイちゃん」
「なぁに、マナちゃん」
「その……ヴェニさんって、どういうお菓子が好きかなぁ。甘すぎるお菓子は避けた方が良い? 舌触りは滑らかしっとりな感じが良いかな。それともサクサク軽い感じの方が喜んでもらえるかな……」
「うわぁ、マナちゃん乙女だね! 恋する乙女ってやつなんだね!」
ぴるっとお耳を震わせて、マナちゃんは上目遣いに親友たちを見た。
毎年の恒例と化した、バレンタイン前日のこと。
女の子3人で集まり、誰かの家で周囲に配るためのチョコレート菓子を作る。
示し合わせた訳ではないが、今年も3人は自然と朝から集まってチョコレートを練り練りしていた。
去年までであれば、作るお菓子は完全配布用。
主に家族やお友達に配る為、若干1名はそれに加えて『崇拝対象』へのお供え用を作るのみだったのだけど。
今年はちょっと様子が違うようだ。
3人娘の中で最も大人しく、内気なマナちゃん。
なんと彼女には、今年、本命チョコを贈りたい相手がいるのだという。
親友が恋に奔走する姿は、ちょっぴり寂しくもあるけど喜ばしくもある。
大好きなお友達のことだから、メイちゃんも幸せになってほしいと思うのだ。
是非とも成就してほしい。
その恋の相手が5歳の時からつるんでいる自分の師匠という点が、なんか微妙だったが。
「ヴェニ君は好き嫌いないから、なんでも良いと思う。この間、森でミツバチの巣を見つけて4人で貪り食べた時も大きい塊、平然と口に放り込んでたし」
「なにさり気なくワイルドな拾い食いやってんのよ……。しかも4人で。もう年頃の女の子っていっても良いくらいなのに野性的過ぎるわよ」
「だってー……賞金首を追って3日くらい森を彷徨った後で、おなか空いてたんだもん。と、とにかく、ヴェニ君は甘いの大丈夫だよ。マナちゃんのいちばん得意なお菓子を作ったら良いんじゃないかなぁ。クオリティで勝負だよ! それでも不安だったらね、メイ、良いもの持ってるよ!」
「良い物ってなぁに、メイちゃん」
「これだよ」
予め用意していたとしか思えないのだが。
メイちゃんはそう言って、キッチンの引き出しから怪しげなピンク色の液体が入った薬瓶を取り出した。
「これをチョコレートに混ぜて食べさせれば、ヴェニ君だってイチコロ☆だよ!」
「………………」
得体の知れない薬に、なんとも不安が募る。
マナちゃんとソラちゃんは薬師の端くれだ。
得意げに掲げたメイちゃんの手からそっと薬瓶を取り上げ、蓋を開けてソラちゃんはくんっと中のニオイを確かめた。そっと隣に寄り添い、マナちゃんも瓶の中身を確かめて眉を下げた。
「……確かにこれを混ぜれば一殺ね。一発で殺せるわ」
「紺青蠍の甲殻に刺突薔薇の根、苦黒菫の蜜、古老蘭の蜜、油深芹の搾り汁、かな……? すごい、甘蟻蔓の溶解液まで……これ、今では滅多に手に入らないのに。他にも色々入ってるみたい、だけど。メイちゃん、これ劇毒だよ……」
「絶対に殺してやるって気持ちがひしひしと伝わって来るわね。見事に耐性の付きにくい猛毒ばかりだわ。これ、奇跡が起こって辛うじて命を取り止めても、一生ベッドからは出られなくなるわよ。喋ることすらままならなくなるわね。まあ、ほぼ100%確実に死ぬでしょうから、命が助かったらなんて考えるだけ意味ないけれど」
「めぇ!? え、嘘。恋の相手を仕留める薬だって路地裏のおばあちゃん言ってたのに!」
「ある意味、仕留めるって言葉に間違いはないわね。意味が違うけど」
「路地裏のおばあちゃん……メイちゃん、その人にこのお薬もらったの?」
「ううん。買ったの。下町の路地裏で露天を広げていた『マド魔アゼル・セツコ』っていう『THE・喪中』って感じの黒いヴェールで顔を隠したおばあさんから」
「どこの不審者から、どんな経緯でこんな怪しげな薬買ってんのよ。そもそも何だと思って買ったの?」
「興奮剤」
「……メイ? 興奮剤入りのチョコをヴェニさんに摂取させてどうするつもりだったのかしら」
「恋ってよくわからないけど、どんな時も1対1の真剣勝負は先手必勝なんだよマナちゃん! 相手に冷静な判断できなくさせて畳みかける! 判断能力がふわっふわにさせたところで交際の承諾もぎ取って言質を取れば完璧だと思うの」
「うん、アンタね? それがマナに出来るはずないでしょう。性格の違いを考えなさいな。
呆れた顔で溜息を吐くソラちゃん。
マナちゃんも自分に出来ないとわかっているからか困ったように笑っている。
だけどふと真剣な顔をして、薬師の端くれである2人はメイちゃんに忠告した。
「メイちゃん、この毒薬、露店で買ったって言ったよね……?」
「露天って時点で確実に無認可の販売ね。そもそもこんな猛毒をそこらでほいほい売りさばいているって点でもうおかしいけど」
「あのね、無認可で薬剤を販売するのは犯罪なんだよ。毒物となれば、もっと特別な取扱いの許可がないと売り買いはできないの」
「こんな危険な薬を、しかも勘違いするような説明で販売するなんて有り得ないわ。そのお婆さん、確実に犯罪者よ。……軍人さんか警備隊の人に報告しておいた方が良いわ。きっと」
甘い匂いに包まれたお台所の真ん中で。
3人の少女はそんな会話をしながらチョコレートをねりねりし続けた。
~バレンタイン前日・午後~
怪しいマド魔アゼル・セツコの話をしながらチョコレートをねりねりしていた、数時間後。
メイちゃんはアカペラの街における賞金稼ぎ達の溜まり場……メリーの酒場にいた。
偶然酒場で遭遇した師匠とカウンター席の一画を占拠し、賞金首の手配書に目を通す。
それぞれの手元には酒場だというのにノンアルコール飲料が確保されている。
酒場の親父メリーに作ってもらった蜂蜜生姜湯を呑みながら、メイちゃんはふと思い立ってカウンターを挟んだ向かいに立つメリーへと話しかけた。
数時間前に会話のネタにした分、印象に残っていたのだろう。
メイちゃんの頭にあったのは、やはりマド魔アゼル・セツコのことだった。
「ねえねえメリーのおじちゃん! そういえば王都の方から手配書付きで回状まわってきてたよね」
「ああん? この間、お前らに話したやつか?」
「それってあれか? 毒頭巾爺。確かあと一歩のとこまで王都の騎士さんらが追い詰めた……が、まんまと逃げられて行方をくらませたっつう」
「どこに逃げたかわかんねえから、手あたり次第四方八方に回状まわして見かけたら捕縛しろっつう通達がされたヤツな」
「そうそれ! そのお爺さん。メリーのおじちゃん、ちょっと手配書見せて」
毒頭巾爺。
まるで何かの都市伝説に出て来る妖怪か何かのような通称だけど、そう呼ばれる犯罪者がいるらしい。
各地を転々と放浪しながら、恋愛に現を抜かす若い男女を標的とし、騙くらかして毒を盛ろうとする性質の悪い爺さんのことを指す。今までに残された遺留物や毒物からは卓越した薬学知識や技術が窺えるのだが、その突出した才能を全力で世の役に立たない(むしろ害する)方向に振り切らせて突っ走る、傍迷惑な爺さんだ。その腕を人を救う方向に活かせば世の尊敬と多くの感謝を集めただろうことが容易に想像できるだけに残念でならない。何がそんなに爺さんを恋愛への憎悪へと掻き立てるのかは不明だが、爺の過去に何があったのか大いに気になるところである。
当然ながら無差別殺人や詐欺、違法薬物の取引その他諸々の罪に問われて手配書が回っている。
だがこれがどうしたことか、ひらりひらりと後少しの所で追及の手をかわして姿を消すので、その存在はやはり半ば都市伝説と化していた。
その爺さんの存在が13年ぶりに王都で確認され、大捕り物の末に逃げられたのが半年前のこと。
「でも、アカペラの街まで来てたみたいだね」
「はあ!? なんだって?」
メリーさんに見せてもらった手配書の細部まで確認しながら、なんでもない口調でさらっとメイちゃんが言い切った。
その目が食い入るように見つめているのは、手配書に書かれた人相書。
わかりづらいが耳の部分にある特徴的な黒子と、口元の形が記憶と合致した。
「おい、言い切るっつうことは何かしらの根拠があるってことだよな。どういうことだよ」
「知らない内に接触してたみたいなんだよねー……意図してなかったけど、証拠品も抑えちゃったし。うん、間違いないと思う」
「は? 偶然? 証拠品って……毒薬か」
「いつまでも同じところにいるとは思えないけどー……でもいま、バレンタインで街は恋愛まみれだし。明日が終わるまでは、この街に留まるんじゃないかなぁ」
「……おい、急いでスペード呼び出せ。お前の手に入れた『証拠品』の残り香辿らせて爺を確保すんぞ」
「お前ら毒頭巾爺を狙うつもりなら気をつけろよ。今までにも何度も軍人やら騎士やら賞金稼ぎやらの追跡から逃れてきたような野郎だ。どんな奥の手隠し持ってるか知れたもんじゃねえ」
「だからって放っとく訳にもいかねえだろ。爺の今までの手口、この手配書に書いてある通りならまた適当な恋愛お花畑を騙して異物混入……今の時期のこの街なら、毒物入りのチョコレートが猛威を振るうことになっちまう」
「そうそう! メイもうっかりノリと勢いで毒薬買っちゃったし」
「おいこら。いま何って?」
「危うくヴェニ君が死ぬところだったよ! マナちゃんとソラちゃんが薬学知識のある子たちで良かったよね」
「おい? ちょっと今なんて?」
つい、少し前まで考えもしなかったが。
弟子の口からぽんぽん飛び出す不吉で不穏な言葉の羅列に、ヴェニ君はぞっと背筋を震わせた。
詳しい経緯はわからない。
だが碌な事にならない気がひしひしと感じられる。
メイちゃんが自分で宣言している以上、ヴェニ君の知らないところから急接近していた身の危険は回避できたと思うべきなのだろうが……
何がどうして、そんな事態になりかけたのか。
分析したわけではないが理由らしきものに思い当り、ヴェニ君は大きな溜息をひとつ。
彼の思い浮かべた事の経緯は、実際の成り行きとほぼ同じ流れだった。
そして、思った。
今後もメイちゃんがマナちゃん達と関わって来るのなら、これ以上放置しても碌な事にはならない。
そろそろ、けじめをつけるべきだろうと。
~バレンタイン前日・夕方~
未だ薬師としては修行中の、マナちゃんとソラちゃん。
ふたりは過去の先人に倣って、修行先のお店……薬師としてのお師匠さんの元で労働に従事している。
わかりやすくいえば、師匠のお店で働いていた。
それもまた、立派な薬師修行の一環である。
2人が師と仰いでいる薬師は他にも何人もの弟子を抱えている人だ。
だけど弟子を多く取っているのに反して、営んでいるお店は小さい。
そんなに何人も、沢山の弟子たちがいっぺんに立ち回れるほどの広さはない。
なので弟子たちは時間と日にちを決め、交代制で店の手伝いを行っている。
この日、マナちゃんの担当時間は夕方だった。
引っ込み思案で内気なマナちゃんも、お店の手伝いをし始めたばかりの頃は慣れない接客業に失敗ばかりしていた。
しかし修行も何年も続ければ、苦手だった接客業にもこなれてくる。
最近では失敗することも無く、初対面の人ともにこやかに応対できるほど成長していた。
かろろん
特徴的なベルが鳴る。
店の出入り口につけられた、来客を知らせるベルが。
お客さんだ。
どんな人が入ってきたのか確認しようと振り向き、そこに思い人の姿を見止めてマナちゃんは固まった。
慣れてきたはずの接客なのに、どうしていいのかわからなくなる。
「え、ヴぇ、ヴェニ、さん」
「よう」
「え、え、え……えっと! なにか、御入用、ですか……?」
「御入用っつうか……そうだな、ちょっと」
「な、何をお出ししましょうか! 内服薬と軟膏、ええと、あ、傷薬ですか!? それとも打ち身に効くおくすり……!?」
「はは、もうちょっと肩の力抜けよ。薬が欲しくて来たわけじゃないんだ」
「え……っ?」
「なあ、ここの店番が終わった後、時間あるか?」
お前と話がしたくてきたんだ。
ヴェニ君にそう言われて、マナちゃんはますます固まった。
~バレンタイン前日・夜~
店番が終わり、後は帰る時間。
いつもだったら両親の待つ家に直行するのだけれど……
マナちゃんは今日ばかりは真直ぐ帰らずにいた。
ヴェニ君の呼び出しを受けて向かったのは、夜の公園。
昼間は元気に遊ぶ子供たちの声で常に賑やかなそこも、夜は人気が無くて静かなばかり。
待っていると告げた言葉の通り、そこには白いうさ耳を垂らした青年が待っていた。
「ヴぇ、ヴェニさん! お待たせしました……っ」
「悪いな、呼び出して」
わざわざ呼び出して、自分に用があるという。
一体なんの用だろうかと、見当がつかずにマナちゃんは内心でドキドキだ。
そんなマナちゃんに、ヴェニ君のお言葉はたいそうズバッと貫いてきた。
「まだるっこしいのは苦手だし、回りくどいことを言って伝わらなくても意味がねえしな。俺も照れ臭いんで1回しか言えねえが、はっきり言うぞ。
マナ、俺と結婚を前提に付き合ってくれ 」
かなり直球で、だけどマナちゃんの感覚的には凄まじい変化球だった。
まさかこんな、こんなことを言ってもらえるなんて。
しかも明日、告白しようと思ってたのに!?
告白するつもりが、逆に結婚前提という枕詞付きで先制されて。
なんだか盛大なフライングを喰らったような気までしてくる。
予想外の精神攻撃に、マナちゃんは平常心という言葉を忘却の彼方に吹っ飛ばす羽目となった。
あたふたと、おろおろと、取り乱すだけ取り乱して。
もう何を言って良いのか、何を言うべきなのか頭に一言も浮かんでこない。
ただただ顔を真っ赤に染めあげて、涙目でヴェニ君の顔を見上げていた。
許容量を超えて、いっぱいいっぱいで。
息を吸って吐くだけで精いっぱいなマナちゃんの様子に、ヴェニ君は苦笑する。
「いま返事を、ってのは難しそうだ。そうだな、もし俺に良い返事をくれるつもりなら、明日バレンタインだし」
チョコレートがほしい。
それを返事代わりにさせてもらっても良いだろうかと。
既にもらえることを確信していながら、殊勝なふりして微笑んで。
もう夜だからとヴェニ君はマナちゃんを家まで送り届けたが、道行は2人ともずっと無言で。
いっぱいいっぱいにもいっぱいすぎるマナちゃんは、既に殆どショートしていた。
白羊メイちゃんの仲良しお友達なマナちゃんと、
白羊メイちゃんが振り回しまくっている面倒見の良いお師匠様なヴェニ君。
ヴェニ君に寄せるマナちゃんの恋心がどうなったのか……
その答えは、甘いチョコレートに刻まれた。
マナちゃんとヴェニ君、2人が一緒に暮らし始めるのは数年先のことである。
マド魔アゼル・セツコ
本名ジョナサン・ポルチーニ(76)
薬物関連に卓越した才能を持ちながら、それを悪意に満ちた方向にしか使わない凶悪犯。
特に恋愛方面で充実した若者を標的にする。
5歳の時、相思相愛だと(一方的に)思っていた幼馴染に告白するも呆気なく玉砕。
しかも幼馴染だと思っていたのは自分だけで、実は両親の離婚によって別居していただけで相手は自分の実の兄(爆)だった。
兄にはドン引きされ、親戚連中には物笑いのネタにされてぐれたらしい。
それが彼の道を踏み外すきっかけとなった。
作中では女装して露天を広げていたが、別に女装趣味はない。
ただ指名手配中なので変装していただけである。