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「…ワタナベミオリ殿、本当によろしいのですね?」



 初老の男性が、神妙な顔つきで私に問い掛ける。



「はい、構いません」


「分かりました。では、この契約書にサインをお願いします」



 そう言うと、初老の男性が万年筆と契約書を私に差し出した。

 …私は差し出された万年筆を手に取り、手元に置かれた契約書にサインを走らせらせた。



 どうして、この契約書を書くことになったのか。

 私はそれを思い返していた。



───

──


 ダンジョンでの初めての探索から、二日後。

 私の元に二通の手紙が届いた。


「ワタナベ様、二通の手紙が届いております。一つは王国から、一つはギルバート様からです」


「ありがとうございます、ルイザさん」


 サクラくん担当の召使いルイザさん、彼女とはつい先日に知り合った。

 徹夜で看病を続けて疲れ果ててしまった私の変わりに看病を変わってくれた、とても優しい人だ。


「なんだろう…」


 私はルイザさんから受け取った王国からの手紙を開き、内容を確認する。


「えっと……読めない」


 あ、言語が伝わるから失念してたけど、ここ異世界だった。

 文字が違うのは当たり前か。


「ルイザさん、読んで貰っていいですか?」


「はい、かしこまりました。では、まず王国からの手紙から。『ワタナベミオリ様、あなたを正式な貴族に認定します。正式な階級については後日に決定させていただきます。アルキセルド王国』とのことです。」


「えっと、それって…つまりどういうこと。ですか?」


「えー…この国では貴族になるためには、所持金の量が関係しているのですが、勇者は魔王軍との抗戦での功績によって莫大な報酬がもらえるので絶対的に貴族階級へと認定されるのです。なので、事前に貴族にしてしまおうということになっています」


「なる程、でもまあ、私の実力じゃあ本当に形だけですよね」


「ええ、勇者様の収入源は主に抗戦での報酬ですからね。実質平民と差して変わらないでしょう。」


「はあ、そうなんですか」


「…さて、ではギルバート様からの手紙を…依頼達成料金、白金貨32枚を請求するっ?!!」


 ルイザさんが手紙を握りしめ、大声で悲痛に叫ぶように言う。


「きっ、白金貨32枚っ!?…なっ、白金貨32枚なんて有り得ないっ!…まさか!」


 いきなりの大声に動きが固まった私を横目に、強張った表情で再び王国の手紙に目を通すルイザさん。


「…でも…じゃあ…」


 そうブツブツと言葉を連ね、ルイザさんは頭を抱えこんだ。


「あの、大丈夫ですか?」


「……すいません。少々取り乱しました。」


「あ、いえ。…あの、凄い金額なんですか」


「凄いも何も、平民が一生働いても返すことが不可能な額です…」


 ルイザさんは、頭を抱えてそう言った。


「えっ、嘘…!でも、そんなの私払えっこないですよ!」


「はい、ワタナベ様への請求だと考えると有り得ない金額です。ですが、貴族や勇者への請求としてなら…有り得ます」


「えっ、じゃあ…」


「探索者には、貴族からは絞れるだけ絞れという考えが根付いているのです。ですから、平民料金と貴族料金で依頼を分けることも珍しく有りません」


「それってつまり、私が貴族だからその請求は正当なもので、私は実質平民だから絶対払えないってことですか…」


「その通りでございます…」


 私はどれだけ不幸なのだろう。そんなどうしようもない言葉が頭をぐるぐる回った。


「一体どうすれば…」


「話は聞かせて貰いました。ワタナベ様」


「「ひ、姫様!」」


 突然現れたとんでもない人物に、私とルイザさんは声を上げた。


「私に良い考えが有ります」


「その、考えとは…?」


「貴族にしか払えない金額なら、貴族に肩代わりして貰えば良いのです」


 私の中に、光明が差した感覚がした。


「あ、でも、頼る所が…」


「私に任せて下さい。私が話をつけて来ます」


「あ、ありがとうございます!」


 この時の私は、何故こんな所に姫がやって来たのか、考えることすらしなかった。


───

──



「…話を纏めて来ました。肩代わりしてもらう貴族は、ロドマジン・オクタビロ公爵様です。五年契約でメイドとして働くなら、返済して貰えるようです。これが契約書です。」


「…ありがとうございます姫様、あの、ルイザさん…」


「分かっております、サクラ様のことならお任せ下さい」


 唯一の心掛かりが消えた。


「では、準備が出来たなら事務室でサインをお願いします。その後に、すぐオクタビロ領へ出発しますから」


「分かりました。それでは」


 私は、足早にその場を去った。そして、今私は、事務室の中で契約書にサインを書いている。

 日比谷くんくらいは別れを言った方が良かったかな。

 佐倉くんに別れを言いたかったな。そんな後悔がサインを書き綴ったあとにやってくる。

 人間は、どうして物事をやってしまった後に後悔するのだろう。先に後悔してもいいのに。


「では、ワタナベ様。オクタビロ領に出発致します。準備は宜しいですね?」


「はい。勿論」

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