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猫又坂の鬼いさん  作者: 松葉
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1、水差し


――目が覚めたら、見知らぬ天井が見えた。

なんて本でたくさん読んだ言葉をまさか自分が体感するとは思わなかった。

その事実に海里は目覚めて早々口をあんぐり開けた。


(俺はこの、木で出来ていて結構古そうなこの天井を見る前は、海里は暗闇の中を走っていたはずだ)

本当は日の出前に元いた場所から帝都へ向かう為に出てきたはずで、思い出そうと思えばいくらか思い出すことが出来る。

生まれた村から誰にも見つからない様に急いで出て、遠くまで来たと思ったら隣村の連中に見つかって追い回されて、やっと逃れたと思ったら今度は野犬に襲われて逃げて。無我夢中に走ってきたせいでどこをどう通り今自分がどこにいるのかもわからない。だけどどこかに人は必ずいるはずだと走り、太陽が沈むのを見て、帝都は東の真ん中だからと東の方向に走り、とうとうたくさんの火が灯る場所を見つけた。

それ以降は思い出せないので、だいたいそこで気絶か疲れで寝るかをしてしまったんだろう。

ここまで考えたところで口の中に水がばたばたと落ちてきた。


「~~!!!??」


慌てて起き上がり、気管支に入った水を吐き出すように咳き込む。

ひと段落ついて改めて状況を確認すると、海里の寝ていた布団の傍らには髪を二つにくくった女の子が水差しを持ってきょとんとしていた。犯人はこの子か。


「あ、起きたぁ?」

「おかげさまで……ゴホッ。なんで水……?」

「起きてたらまず水を飲ませろって教わったから。じゃないと胃袋がびっくしするから。で、飲めた?」

「飲めたように見えるならね」

「だって口開けてたし。水飲ませてってやってたんじゃなかったんだね。ごめんご」


女の子はてへっと舌を出して愛嬌のある表情を作ったあと、背後にあったらしいお粥の入った盆を差し出してきた。


「その様子なら食べれそうだね。お粥でよかったかな」

「あ……」


ありがとうございます、そう言う前に手が匙を拾い、海里は椀に分けずに小さい鍋ごとお粥をがっついた。

食べ進めていくと満腹にならないうちに段々食べるのが辛くなる。思えば昨日は走ってばかりで昼も食べていなかった。相当空腹だったらしい。

それも匙を進めていくとじきに収まり、鍋が空になる頃には胃袋が少しだけ重くなっていた。

それを見て女の子は満足そうにお粗末様と笑った。


改めて天井以外の部屋の中を見回すと、六畳ほどの広さの部屋の壁際に小さいながらも美しい屏風が一つと枕元に小さな行灯が一つ置いてあるだけの物が少ない部屋だ。


「……あの、ここは?」

「白藤楼。キレーなチャンネーとおっぱいがいっぱいのとこ」

「ごめん、なんて言ったの」

「なんでもないよ。ここは遊郭の白藤楼っていうお店で、ここの店主とてまりが君を連れてきちゃったの。勝手にごめんね。地べたに寝てるのは良くないと思って」

「いえ!むしろ見ず知らずの俺によくしてくださってありがとう。この恩はきちんと返します」


普通なら海里は身ぐるみを剥がされてもおかしくはなかった。それどころか人さらいに攫われて売られてしまっても仕方ないくらい無防備だったのに、それを案じて屋内に連れてきてくれた事は海里にとっては感謝するしかない。何せ初めての事だからだ。


「……怖くないの?今てまりが包丁を突き付けて金を出せって言うかもしれないのに」

「?」

「てまりが声を出せば人が来て君を殺すことだってできるかもだよ?怖くないの?」


女の子は、てまりはかもしれないって言っているから可能性の話をしている。

知らない場所で警戒しない俺を心配している、もしくは逆に警戒しているのかもしれないと海里は考えた。


「そう言われたらやっぱり不安にはなるけど、俺を助けてくれたから怖くないよ」


笑ってみせると、つられたようにてまりもふにゃと口元をゆるませた。

ほらやっぱり。怖くないどころか可愛いじゃん。

にこにこし合っていると、てまりの後ろの障子が大きく開き、戸の向こうから海里と同じ、白髪の、長い髪を二つに結んだ男性が現れた。

男性はすぐに何かに気付いたように顔を赤らめた。


「あっ、お邪魔しちゃったかな」

「おはようサカちゃん。朝から勘違いが暴れ馬の様だねぇ」


てまりはとても冷静だった。


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