プロローグ 毬と坂
てんてんてまり てんてまり てんてんてまりの手がそれて
どこからどこまで とんでった
ちろりと横を睨むと、若い青年がぽんぽこ音を立てて小さな毬をついてご機嫌そうに歌を歌っている。
それどころかちらちらと構ってほしそうにこっちを見ている。
「それやめて。不快だよぉ」
「えへへやめない」
「不快すぎぃ」
はぁっと思い切りため息を吐き、目の前の通りを眺める。
黒が基調の木造建築の建物の合間には、飾り窓の向こうからや提灯の極彩色があちこちから目を引こうと輝いている。
あちこちの店の格子戸の内側には、髪を結いあげ紅を引いた着飾ったうなじの眩しい女性が手招いていて、道行く男は花を探す蝶のようにあっちこっちをふらふらひらひら舞うように今宵の相手を定めようとしている。
ここは花街。
祖国であり島国であるヒノメの中で五本の指に数えられる、巨大な生垣に升の形に囲われた遊郭である。もちろん名前の通り、色を売る事を生業にした大人による大人の為の街だ。
街の中は唯一の出入り口である門から中央に伸びる通りで大きく二つに割られ、その線を区切りにして派閥が分かれているが、それはまた別の話だ。
その街の中心にある店の一つ……白藤楼の玄関の前に座り込んでぶすくれるのは、町の雰囲気に馴染まず浮いているセーラー服の少女だった。
少女は名前をてまりと言った。
てまりの隣で毬をつくのは、長い絹糸のような白髪を二つに結んで垂らしている、藤色の着物を羽織った赤い瞳の青年だった。
「サカちゃんお店しなくていーの」
「大丈夫。うちの従業員は優秀だから」
「てまりを構わなくってもいいんだよ」
「あ、違う違う。今日くらいに来ると思ってさ」
「何がぁ?」
頭に疑問符を掲げるてまりを傍目に、白髪の青年もといサカは遊郭の門を指さす。
てまりがそちらに目を凝らすと、提灯に火がつくような時間なのでそろそろ人の集まりやすい門の辺りには、いつもよりも多く人が集まっているように見える。
「行ってみない?」
てまりは返事をせず、人だかりの方へ歩き出す。
「どいてぇ」
てまりがそう声を掛けると、人だかりは困惑した表情を浮かべながらもすっと横に退く。
そうして人だかりの真ん中に来ると、地べたに倒れ込んだ白髪の少年がいた。