歩道橋で唄えば
僕は好奇心がミジンコ並だ。
いや、正確には全然無いと言った方が良いだろう。
好きな物も嫌いな物もないし、今のところ生き甲斐もない。
友達と呼べる程の仲の良い人もいないし、勿論恋人もいない。
要するに、何事にも興味が湧かないのだ。
そんな奴だと世の流れに揉まれ、
ストレスが溜まって、胃腸炎とかになってしまうのだが僕は違う。
暇人な僕の唯一のストレス発散法は熱唱する事。
まぁ、こうやって説明してる間に
もう熱唱ポイントに着いてしまったのだけど…。
カラオケ?嫌々違いますよ。
僕に人前で熱唱する度胸なんて無いし、かといって
一人で和気藹々とした人間が憩う所に入る勇気もありません。
歩道橋ですよ、ここが僕のステージですよ。
この歩道橋は大体の人は横断歩道をつかうため、
人気が少なく殆ど使われていない。
いつもの通り、スマートフォンのスリープを解除して
僕の一人ライブが始まる。
今日は、廊下で僕の横を通った女子がボソッと一言、
「私、あんな陰気くさそうな人とは付き合いたくない。」
なんだと。僕だってあんたみたいな派手なギャル系は、お断りだ。
その時のストレスを存分にぶちまけてやろうと拳に力が入る。
演歌を歌ってるわけではないけど…
と思っていたら後から、
「光樹?」と女子の馴れ馴れしい声がした。
僕には下の名前で呼ばれるほど仲の良い人なんていないし、
まさか自分の知らない所で実はモテていたり…
と思って後を振り替えると
クラスメイトの吉名 彩が驚いた様子で立っていた。
ちなみに「吉名彩」と書いて「よしなさい」と読むので
結構からかわれたらしい。
まあ、そんなことはどうでもいいのだが…
吉銘は顔を見るなりとニヤリと笑いと悪巧みの表情を見せながら
僕の肩をポンと軽く叩いて歩道橋を降りていった。
クラスメイトと遭遇してしまうという
イベントの経験がない僕はしばらく放心状態になっていたが、
歌う事を再開し自分の心の整理をしてみる。
直後は学校で噂されてしまうのではないかと思ったが、
クラスにとって僕という存在は
プラスにもマイナスにもならないということは
対象である僕自身も重々承知だ。
結果、僕の事で変化が起こることはない今のままだ
という結論に至り心の中でほっと息をつく。
それでもどこか己を誤魔化しているような不安が仄かに残るのは
唯一すっきりしない要素、
僕の肩を叩いた時吉銘が見せた不気味な顔が頭から離れなかったからだろう…。
― ― ―
結局次の日、歌いすぎて喉を痛めた。
原因は明らかで、歌いながら
「考察・結論・吉名への不安・振り出しに戻る」
のヘビーローテーションを繰り返し、
いつも以上ストレス発散に時間と熱を費やした故だ。
朝の「おはよう。」があまりにもガラガラ声だったようで、
母さんに「あんたどうしたの!」と驚いた表情で
朝から病院に連れていかれた。
病院に行くと医者は不思議そうに喉が枯れた理由を聞いた。
「外で熱唱してた。」とは流石に言えなかった僕は、
「体育の時間、サッカーで初ゴールを決めて嬉しくて雄叫びをあげたのが原因だと思われます。」と答えた。
一度でも良いから喜びの雄叫びをあげてみたいものです…。
そして、告げられた宣告は様子見という意味で
二日三日は声をあまり出さないようにという診断だった。
途中から授業に参加するという事の恐怖が、
心配性な母親の気遣いと合致したのでその日はそのまま休む事になり安心する。
家ですることも特にないが、ある程度自分の思う行動ができる分
不安な気持ちにさせる学校よりは良い。
でも僕が一番自分をさらけ出せてる場所は、歩道橋の様な気がする。
そう思うと使う人が少なくなった歩道橋が、
今日は誰も留まらずひっそりとあると思うと、幾分か切なくなった。
吉名は今日も通ったんだろうかー
― ― ―
昨日散々増殖させた僕の不安は、案の定無駄だったようで
「歩道橋で楽器も持たず一人熱唱してた奴」
なんて陰口をする人はいないように見えた。
もちろん、クラスでそれなりの信頼を得ている吉名が
僕みたいな話題性のない人について言いふらす必要が無いことは
分かってはいたけれど去り際の怪しい表情もあって
心配をしてしまっていたのだ。
安心安全平凡通りの学校が終わり、自宅に帰る。
余計な心配が消え空気を入れ替えた部屋に入ったような気分に
足取りが軽くなったところでといつもの歩道橋についた。
このまま清々しい気持ちで思いっきり歌いたい衝動にかられたが
喉を悪化させてしまうかも知れないし、
そうなったら病院で正直に言えるわけがないから
また誤魔化しの嘘をつかなければならない。
そんな不安の連想が、沸騰時の気泡のように泡立って
衝動に打ち勝ち僕は大人しく横断歩道を渡り家に帰った。
けれども、
関心の薄い人間が唯一の習慣も出来なくなってしまうと
口から出てくる単語はだいたい予想がつくだろう。
「暇だ」
…口からも頭からもこの呟きが自然と発生してしまうくらい暇だ。
外はもう冬真っ盛りだなと僕の身体は帰宅するまで
外にいたことを忘れたかのようにずっとコタツに縮こまって
萎んだ目はつまらないテレビ番組をただ見つめていた。
親が帰って来るのは深夜だし、そう思うと一人っ子もなかなか寂しいものだな。
そんな物思いにふけはじめるとなにをしても憂鬱になってくる、
時間はまだ9時だけど着替えて布団に入ってまた思考を再開する。
今日は歌えなくても素直に家に帰れたのは何事も起こらなかったからで、
こういう日が声だしが禁止されてる間でいいから続いてほしいと思いながら
僕は瞼をおろして退屈さの解消を眠りに託した。
― ― ―
翌日、僕の願いが届いたのか昨日と同じような
変わらない負も可もない一日を過ごすことができそうだ。
医者が二日三日喉を安静にしろと言われ
その通りに様子見し二日目になった。
元々学校では最低限にしか人と会話しないので
そのお陰か大分喉は落ち着きをとりもどし会話で濁った声は出なくなっていた。
枯れが一過性の物であった事に安心しつつ、
今日まで我慢出来たら明日から声を張らない歌なら
歌えるかと思うと珍しく明日に希望が加算された。
帰りの足取りに軽さを感じて教室を出ようと引き戸に手を掛けかけた時
廊下側の机に座り戯れている集団の中から僕の名前が、
運んだ口からこぼれたおかずのように僕の耳に転がって入ってきた。
「なぁ、木下。お前ってカラオケ行く?」
落ちたおかずを気だるげにごみ箱に投げるように言葉を放ったのは
クラスでも目立つ男子達の一人、伊地知だった。
「え?まだ俺は行った事無いけど…それが?」
一様僕は現代的な流れにについて行こうと人前では「俺」と言っている。
まぁ、カラオケには興味があったけれど
恥をかくのは嫌だったため未だに僕は行った事が無かった。
伊地知の話し方からして、僕に来てほしいという感情は
一切感じなかったので単純な疑問なのか?
それならさっさと済まして帰りたい…
教室の中の気まずさより自宅の退屈さの方が断然マシだ。
伊地知はそんな僕を察し、ということにはならず
気だるさを維持したまま話を続ける。
「なんかさ、彩を明日のクラスのカラオケに誘ったらお前を誘えって言われたんだよ。」
吉名の下の名前がでた瞬間、全身が一瞬震えた気がした。
一昨日すれ違った時の顔が過る、歩道橋でしている事をバラしたのか?
でもなぜカラオケ?
伊地知の性格なら、最初から僕の趣味を馬鹿にするはずじゃないか?
あまり期待してないが一様理由を聞いてみる。
「吉名が?何で?」
伊地知は俺が聞きたいって顔をしながら
「さぁ?知らねぇよ。」
当人も知らないのになんで誘うんだろうと思っていると
「でもさ、やっぱ木下はカラオケとか柄じゃねえよなー。」
と言葉を重ねてきた。
周りのやつらが頷いたり、伊地知に「だよなー。」と返事を返す。
この空気が僕は嫌いだ。居てはいけない場所に居る様な気がして歯痒い。
僕がnoと言ってもyesと言っても伊地知にとって大したことないというのが嫌なほど伝わってくる。
どうあれ僕は行かないと言うつもりだが、
上手い言い方はないかと考えている間しばらく沈黙が続いた。
「で、行くのか?行かないのか?」
僕がその問いに答えようとした時、
伊地知の向こう側の僕とは反対側の引き戸に吉名がいた。
睨む様に僕を見ている。まるで、僕は蛇に睨まれた蛙の状態になった。
「行かないと、殺す。」と目から伝わってくる…。
そういえば、元ヤンだったと言う噂を聞いた事があったな…と思いながら
黙っていると、吉名の睨みはより鋭くなり…
これで断れば殺される!と思うぐらいの殺気に襲われた。俺は情けないだ。
そう思いながら
「い…行きます。」
と伊地知達に答えた。
伊地知は後ろの吉名に気付いていないようで、驚いた顔で僕を見た。
「あ…ああ。じゃあ明日の四時半な…。」
「初めてがクラスの前でじゃかわいそうだから今回は俺たちだけでって事にしてやるよ。」
と軽く嘲笑う様に言葉を放ち帰って行った。
吉名のせいでカラオケに行く事になってしまった…。
はぁ…大体、何の曲を歌えば良いのか分らない。
スマホに入ってる曲も、
全部音楽ランキングを見て適当にとってるだけで特に好きな曲もない。
しかも、人前で歌うのなんて合唱以来。
どうしたら良いんだ…と悩んでいると、
いつの間にか歩道橋の階段を上りかけていた。
最初は行くか戸惑ったが、まぁ、歌わなければいいんだから
上がって気分転換するかっと思った時、歩道橋の上から小さな歌声が聞こえた。
僕は自分のベストポジションを盗られたのかと、全力疾走で階段を掛け上がる。
上につき、息を切らしながら、見上げると…吉名彩がもたれて座っていた。
吉銘は何か歌ってるようで、とぎれとぎれに耳に入って来た。
歌声が揺らいだ時、吉名が僕に気付く。
「おっ!やっと来た光樹。」
吉銘はニコニコしながら僕の方へ歩いて来る。
「あの…吉名さんが何故ここに?」
「名前で呼べ、さん付けするな。じゃないと突き落とすよ。」
言葉はふざけているようにみえるが、表情は真顔で僕には「なぜ?」とは聞けない壁があるようにみえた。
吉名は何故か名字で呼ばれる事が嫌だった。
そのせいなのか、クラスの人は皆名前で呼び、全く関わりのない人でも名前を呼ぶようにしていた。
「あ…はい。…何でここに居る、んですか?」
「光樹の歌が聞きたいから。」
「じょっ冗談は…ねぇ?」
「本気なんだけど。だって光樹、歌上手いじゃん。今日は歌うんでしょ?」
「そなの?…あーでも、今日は無理。喉ちょっと痛めてて、明日からしか…。」
「じゃっ明日歌ってよ!」
「…いや…明日カラオケ…」
「終わってからでいいじゃん!!」
…人の話はちゃんと聞いてほしいものだ。
「…わかりました。」
「やったぁ!!じゃっ明日ね!」と言って吉名は帰った。
・・・何だったんだろう?ただ単に、僕の声を聞きに来ただけなのか?
なんか現実味が無い。ああ、明日は最悪だ。伊地知達とのカラオケもあるし。
その後は吉名に…はぁ…。
僕は家に帰った。ご飯があまり食べれなかった。夜は、眠れなかった…。
いつもは特に感じない不安がグルグル回って目は閉じたり開いたり。
どんなに僕が抵抗しても物理的な眠気と時間止まらないとはわかっているけど、
「時間よ止まれ」と願わずにはいられなかった。
― ― ―
ついにその日が来てしまった…。
学校に行く途中、音楽を聞きながら呟くように歌ってみた。
いつもと変わらない声はまるで僕の様に
小さく誰にも気付かぬまま雑音に消えていった。
吉名はこんな声で歌を聴きたいのだろうか?
自己主張もない地味な歌声を…あれこれ考えてるうちに学校に着いてしまった。
さぼろうかと思ったけど後で何か言われるのも嫌で、
いつもよりゆっくり足を踏み出し教室に入った。
僕が自分の席に着くと同時に、
「よっ、木下。今日楽しみにしてるぜ~。」
伊地知がニヤニヤしながら僕に言った。
僕は顔を伏せて、嫌だな…と思いながら、少し胃がもやもやしてきた。
そう思った時、伊地知の「うげっ!!」と言う声がして顔をあげた。
吉名が蹴りをいれたのだ。
「馬鹿!!光樹はあんたが思ってるほど下手じゃないんだから!」
…庇ってくれたのは有り難いんだけど…ハードルを上げてしまったら…嗚呼。
案の定、
「そうなのかよ!?じゃあますます楽しみじゃん!」
と伊地知が蹴りをいれられた所を擦りながら言う。
更に胃が痛いよ…吉名なんて事を…と思いながら吉銘を見ていたら、
吉名が僕を見て口の動きだけで言った。
『昼休み屋上に来い。』と。
僕は、吉名に言われた通りに昼休み、
朝コンビニで買ったイチゴサンドを持って屋上に向かうと
着くと吉名が金網を揺らして遊んでいた。
「来ました…よ?吉銘さん…」
「遅い!遅いし名字で呼ぶな!」
そう言うと、さっき伊地知を蹴った時と違う怒りを僕に向けた。
…僕、振り回されてる側なのになんで呼び方ごときで怒られないといけないんだ?なんだか理不尽さに珍しく明確な怒りが湧きだしてきた…
久しぶりに頭ときたせいなのか、いつもの僕だったら絶対聞かない…
いや、普通人は聞きたがらない壁の向こうの疑問を僕は怒りに任せて聞いてしまった。
「なんで、吉名って呼んだらダメなんだよ!」
吉名は、ビクッと少し驚いた後…僕に向けていた視線をゆっくり下に向けた。
しまった…。そう思い次の言葉を考えていると、吉名がゆっくり口を開いた。
「…そうだね。ごめん…言わなきゃ分かんないね。」
この言葉に「理由を言いたくない」という気持ちがあるのはわかっていたけれど、
ただ単に「吉名の言葉の先を知りたい」思う僕の気持ちが大きく、
僕は話を止めずただただ聞くだけだった。
「名字が嫌いな理由は…あっ先に言っとくけど、別にくっつけると『よしなさい』になるからとかじゃないからね。前は『しきなさい』だったし。」
すみません。それだと思ってました。とは言えず、僕は何も声にださなかった。
「…あいつの名字だから。」吉名は顔を上げて外を睨みながら言った。
「あいつ…?」
「義母。小学校の終りごろにお母さんが出て行って、数年して父さんが再婚したの入婿の形で…」
吉名の父は良いとこの次男坊で元々は御贔屓の令嬢と入婿なる予定だったが、それに反発し実母と結婚した。
が、結局上手く行かず結果元の形に戻ったということらしい。
「父さんには良い人ぶって、私にはいも汚い言葉を言ってきて、一時期はそれが嫌で家に帰らなかった。でも、それは間違い…。私が居ない間今度は妹を標的にしてた、そのせいで妹は…家から飛び出して帰ってこなくなって。」
「…。ごめん、言いづらい事言わせてしまって…。」
と、やっと口に出せた時、吉名は僕の方を向いて小さく微笑みながら話を続けた。
「妹がいなくなってもやっぱ家に帰りたくなくてよくあそこ歩道橋の下で時間潰してたの。そしたら、上から誰かの歌う声が聞こえて来てね。その声で歌う歌は慰めるだけ、励ますだけの、キレイな『歌』じゃなくて…優しく包みこんで大丈夫って言われている様に思える素直な『唄』で、凄く惹かれたの。」
「…。」
「どんな奴がうたってるか顔が見たくなって、でも、通ったらやめてしまうかなと思ってしばらくは下で聞いてたんだけど、我慢出来なくて上がってみたらまさかの光樹だとはね。予想外だったよ。」
吉名は、ハハっと軽く笑った。僕のあの声が聞かれてたと思うと恥ずかしくなる。
「…いつから聞いてたの?」
「うーん。初めてが高校の視察の帰りだから、中学三年かな?」
…結構前で驚いた。
恥ずかしいなー、と僕が口をムズムズさせていると、吉銘が話を続けた。
「あの声を聞いてからさ…なんか自分に自信がついた気がしたんだ。家にも遅くなる前には帰るようになって。あいつの言葉にも言い返せるようになって…。あっ、妹も帰って来たんだ。友達の家に居たみたいで…あいつも文句言わなくなって…謝ってきて。でも、まだ許せない気持ちもあって名字が嫌いなんだ…。」
そう呟くと吉銘はまたうつむいた。
「…その人はまだ好きにはなれないとは思うけど…名字だけでも好きになってあげれば…?」
「…え?」
「…吉名って名字、俺は好きだけどな…。」
吉名は吉のある名。僕は木下、ただの木の下。
僕は名字に意味があるのがなんか羨ましかった。
吉名はパッと僕の方を見て、
「…ホント?じゃあ光樹だけは、私の事「吉名」って呼んで良いよ」
と笑顔で答えた。
「わかった。」
「でも、さん付けはやめてね。」
「…うん。」
「じゃあ、光樹も木下って呼んだ方がいい?私…名字とかさん付けって、なんか距離がある感じがしていやなの。」
「…いやいや。名前で良いよ。その方が吉名らしいし…。」
吉名は清々しく笑って、
「わかった。カラオケちゃんと行ってよ。その後楽しみにしてるから!」
「うん。一つ聞きたいんだけど…なんで俺を行かせようとしたの?」
「…バカだから。」
「はっ?」
「だって、あいつら光樹の事知らないくせに嫌味ばっかり言うから許せなくって…。」
「…。」
「そう言ってる私も光樹の歌声の良さしか知らないから、聞かせたら分かってくれるかもと思って…。ごめんね。勝手な事しちゃって・・・それを言うために屋上に呼んだの。」
そこまで考えていたと僕は思っていなかった僕は、
「ありがとう。」と感謝を込めて吉名に言った。
それを聞いた吉名は僕の背を軽く叩いて「見返してやんなさいよ!」と言うと、
また後で!と屋上を去って行った。
僕はふぅ~!と、緊張でたまった息を吐きだした。
吉銘は頑張って本当は口にだしたくない事も言ってくれた。次は僕の番だ。
そう思うと、お腹が減ってきて
手元に持ったままだったイチゴサンドを高速で食べ終え教室に向った。
誰とも話すことなく5.6校時が終わり学校が終わり、
5人の伊地知軍団の後を一人ついて行く。
すると、前で歩いていた伊地知の友達の品田と宮部が僕に歩幅を合せて来た。
「木下ってさ~。オタクなの?」と宮部が言う。
「…え?」続けて品田が「なんか見た目がオタクっぽいからさ~漫画とか好き?」
と聞いてきた。
確かに僕は中3の頃母さんに、
「光樹の目はチワワみたいにクリクリしてて可愛いわね。」
と言われてから自分の目が好きではなく、
長い前髪で顔半分を隠しいるのでそう思われてもおかしくない。
オタクじゃないけど。
「…漫画はあんまり読まない。」と小さく答えると、
品田は「そっかー木下だったら語れると思ったんだけどな。」と口を尖らせて言った。
品田はその後、オススメの漫画を僕に熱く読め!と訴え気付けばカラオケボックスに着いていた。
部屋に入るとなんか緊張するな…。
品田がアニメソングとやらを歌っている時隣の宮部から電子機器を渡された。
使い方が分からなくてあたふたしていたら
宮部が笑いながら教えてくれた、ありがたい。
曲は何にしようか…やっぱ知名度がある曲が良いだろうと思い
バンドの曲を入れて転送した。
僕が転送した曲が表示された画面を見て
伊地知軍団の一人が「このバンドの曲いいよなぁ~」と嫌味っぽくつぶやく。
皆、歌うまかった…。なんか、もっと緊張してきた。
宮部のヘビメタが終わり僕の番が来た。
すると、伊地知が
「さぁ、さぁ、今日の目玉だぜ。」と冷やかす様に言う。
品田と宮部はニコニコしながらそわそわしている。どうやら期待してるようだ。
緊張する…ここは、歩道橋。ここは、歩道橋。ここは、歩道橋。
周りにいるのは皆じゃがいも。…品田と宮部以外は。
これは吉名のためのリハーサルって事で、よろしく。
前奏が始まり、周りから煽るような歓声が聞こえる…。
僕は大きく深呼吸して、マイクを構える。
目の前にはあの時の笑顔の吉名…「唄」を歌うのは僕。
歌詞を頭に巡らせて歌い始める。
何も考えない。ただ、いつもの様に歌詞に声を乗せるだけ―。
歌い終わった時
僕は他の人の存在に我に返り何を言われるかと心の中で構えていたが、
伊地知率いる三人は口を閉じるということすら忘れたかの様にと開けたまま。
品田と宮部は期待以上だったのか、すげー!うめー!を何度も繰り返していた。
たまってた緊張が出てったのか、僕のお腹はスッキリしていた。
そして、なぜかこの空気に笑えてきたので、
「じゃあ、用事あるからぼ…俺帰るね…。」
と言うと宮部が、
「木下ぁ!最後にもう一曲!!割り込みでいれるからさ!」
と言うと続けて品田が「もう一曲」と加えてきた。
伊地知達が動揺が抜けないのかなにも言わず、
僕は品田リクエストを歌って宮部たちに別れを告げカラオケボックスを出た。
寒い。
外は冷気がぎっしり詰まっていて、街頭は暖かそうに見えるだけ。
夜空の星達が見せかけの街灯りに怯えつつ、小さく点々と下を覗いている。
僕の体から逃げ出した白い息を目で追いかけると、
小さな道にそった電灯が僕を待つ人が居る歩道橋へと導く。
今日は忘れられない日になった。何もかも、吉名のおかげだ。
この気持ちを伝えたくて「唄」にして届けたくて、
高ぶる想いを抑えきれない僕の歩幅は大きくなって
―早くでもどこかゆらりと歩道橋へ走り出した・・・。
END
最後まで読んでいただきありがとうございます。
約10年前にブログに投稿していた物を
加執修正した作品でした。
誤字脱字が多いと思うのでのちのち修正していけたら…