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「謝罪の夢」

 夢の力を使って世界を半壊させたレイを封じておく施設がこの白いお城(・・・・)だ。


 レイの夢の力は驚異だが、自分たちの意のままに操れればこれほど心強い物はない。そう考えた人間たちは、レイを生かさず殺さずの状態で白いお城に縛り付けたのだ。警備や防衛は、夢の力の及ばないロボットたちに任せて。


 力を完全には封じられなかったレイは、自身を縛る忌々しい封印を解こうと、自分の分身を夢の力で作り出した。レイはその分身をイチと命名する。


 イチは、レイの夢の力を多分に分け与えられたが、その強大な力に肉体が耐えきれずに溶けてしまった。次に作ったニイでは夢の力を抑えたが、それでも結果はイチと同じだった。


 試しに夢の力を全く与えずに作ったサンは、肉体が崩れることはなかった。しかし、夢の力を持たない彼女は夢の中のレイからの指示が聞こえず、何もわからぬまま一人で広大なお城を延々とさまよって気が狂ってしまう。


 そうして試行錯誤を重ねてようやく固定化できた存在が、七番目の分身であるナナだ。夢の力をわずかに与え、ナナ自身は力を使えずとも、夜に眠った時だけレイの夢に引き入れることに成功した。


 ナナが夢に見た白い部屋。あれこそがレイの夢の世界なのだ。そしてレイはナナに命じる。


 『自分をここから助けろ』、と。


 封じられたレイを救出すること。それが、ナナの生まれた理由。作られた理由。何があろうと必ず成さねばならぬ事だ。


 だが、ナナの存在に気づいた封印の防衛機構(ロボットたち)は、ナナをも閉じこめてしまう。夢の力をほとんど持たないナナ一人ではとても彼女に到達できなかった。


 そして時が経つと、ナナの夢の力が弱まってきていることにレイは気づいた。


 夢の力は使わないとどんどん衰えていく。しかしナナ自身の意志で夢の力を使うことはできない。夢の中で何度か使わせてみたが、効果は薄かった。

 もっと強力な効果のある方法は無いものか……。と思案したレイはある方法を思いつく。


 そこでレイは、現実でのレイの仕事(・・)をナナに肩代わりさせることにした。それが、あの黒い部屋で行われていた人殺しの仕事だ。あれは夢の力を使って遠くの都市を攻撃するためのもので、それをナナにやらせることにより、疑似的に夢の力を体験させることができるとレイは考えた。

 そしてレイの目論見は成功し、ナナに強烈なイメージとして夢の力を認識させることができたのだ。

 これで、ナナの夢の力が衰えることはなくなった。


 しかしナナだけでは自分の脱出がうまく行かないことに焦ったレイは、サンと同じように夢の力を持たない者を作りだし、ナナの忠実なるしもべとした。それがハッチだ。


 サンの時もそうだったが、夢の力を持たないハッチの存在はロボットたちにすぐに察知されなかった。二人は協力してレイへとたどり着く方法を探す。

 しかし、情報を集めていくうちに、ロボットたちにハッチの存在がバレてしまった。


 ここまではおとぎ話と同じだが、ハッチらの名前が変わっていく理由はただ記憶を失ったからではなかった。


 現実のハッチたちは、捕まったら殺される。


 ハッチの死に絶望するナナだが、崩壊しそうなナナの精神をレイが夢の中で修正する。しかしハッチたちの死は脱出に強く結びついているので、彼女らの死の記憶だけを消すことは、力を封じられたレイには不可能だった。

 自らの手で振り出しに戻らなければならないことに歯噛みするレイだが、暴虐の限りを尽くした彼女の反骨心に火がつく。


 必ずここから抜け出し、世界を滅ぼしてやる。


 そう決意したレイは、次々とハッチの後釜を作り出した。そしてナナたちを、夢から覚ます道具、目覚まし時計(・・・・・・)と名付ける。


 ナナの元へクウが来て、失敗して、トオが来て、失敗した。失ってはまた作りだし、失敗し続けて彼女らの死を幾度も幾度も見せつけられ、その度にナナは絶望と無念の思いを重ねてきた。そしてその全てをレイが修正する。


 何度も何度も繰り返しているうちに、ナナの記憶を完全に修復する事ができなくなってきた。不完全な記憶を残したまま、ナナは失敗をし続け、彼女の精神は次第にすり減っていく。


 それでも、レイ救出の義務を持って生まれたナナは、無理矢理自身を奮い起こして、レイを救い出す方法を考えた。


 まずナナは脱出の記憶を保管しておく方法はないかと思案する。そこで、今まで自分が体験してきたことをおとぎ話風にして、脱出との結びつきを弱くしておくことで、記憶が消えるのを防いだ。


 この方法にはレイも舌を巻いた。これなら記憶を修正してもナナの中に脱出の情報が残るからだ。

 しかし、結びつきが弱くなった分、それが現実のことだと思い出すのに時間がかかるようになってしまった。

 そこは夢の中でサポートするしかなかった。


 だが、その後も度重なる失敗によって、ナナの頭からは脱走のことだけではなく、様々な知識がどんどん抜け落ちていったのだ。


 もはや、レイの夢の力で作り出したナナの限界が近づいてきていた。だが、レイは新たなナナを作り出すことをしない。これまでに費やした膨大な時間をもう一度繰り返すのはレイに取っても耐え難い苦痛だったからだ。


 おそらくナナに残された猶予はあと何回もないだろう。いつ目覚まし時計(ナナ)が動かなくなっても不思議ではない。


 そんなのは絶対に嫌だった。


 次で必ず成功させる。

 そう決意を固めたレイは、最後のパートナーであるヤヤに、ハッチからいままでの記憶全てをそそぎ込む。そのまま入れるとヤヤが溶けてしまう可能性があったので、記憶を冷凍状態にして入れておき、ナナのおとぎ話で次第に解凍されるようにした。



 そして今、全てはレイの思い通りに事が進んでいる。ナナはおとぎ話を現実の物と認識したし、ヤヤもそれを受けて今までの記憶を思い出した。さらに二人とも自我を持って生存している。


 これなら……。


               Z・Z・Z


 ナナは全てを思い出した。


 これまでに行ってきたレイ救出の全てを、ハッチたちの壮絶な最後を。


 ヤヤの前の相棒、ハナとの会話がよみがえってくる。


『あたしがレイに会ったら、間違いなくその面をひっぱたいてやるわ』

『どうして?』

『あんたはレイを助けるためだけに作られたからわからないでしょうね。でも、あたしは違う。あたしはナナを助けるために作られた。そしてナナはレイのために何度も何度も苦しんでいる。そんなの、許せないわ』

『でも、私はレイを助けなきゃいけない』

『……あんたがそう言うなら、あたしは従うわ』


 そして脱出決行の日。

 レイが捕らわれている部屋へと向かう廊下を二人は息を切らしながら走っている。後ろからは鉄仮面たちが迫っていた。城中に警報音が鳴り響き、緊急を知らせる赤いランプがあちこちで光っている。

 鉄仮面たちから逃げきれないと見ると、ハナは鉄パイプを構えて足を止める。


『ナナ、早く行って! ここはあたしが!』

『嫌! 私はもう、あなたたちを失うのは嫌なの!』

『馬鹿言わないで! 今ここであんたも捕まったらあたしが死ぬ意味がないじゃない!』

『ハナ……』

『あんたはレイを助けるために生まれた。あたしはあんたを助ける為に生まれた。だからこれで良いの!』


 ハナはナナを突き飛ばす。


『さよなら!』


 ハナが壁際のパネルを操作すると天井から分厚い壁が高速で落下してくる。ナナが駆け寄るが無情にも二人は隔たれてしまう。いくら叩いても呼びかけてもハナの声は聞こえなかった。


 悲しみに暮れるナナだが、止まるわけには行かない。

 ここまで来たのだ。

 もうすこしで、レイに届く。

 今度こそ、終わらせてみせる!


 だが、ナナは失敗した。

 レイの部屋まで到達することはできたが、あと一歩のところで鉄仮面たちに捕まってしまったのだ。そうして灰色の部屋に戻され、ハナはヤヤになって帰ってきた。


「ごめん……ごめんなさい……。ハナ……」


 ヤヤの呈示した『8』の刺繍がされている切れ端をナナは抱きしめる。この切れ端の黒ずんだ汚れは、ハッチの血だ。


 しかし、いま再び全てを思い出した。ハナと別れた後にレイの部屋で入手した情報は、次こそ確実にレイを助け出せる確かな手段だ。


 もう、失敗しない。

 今度こそ、レイへたどり着く。

 たどり着ける。

 だが、そのためには……。


「ナナ。すぐに脱出しよう」

「いいえ。脱出は明日にしましょう。仕事が終わってからでも遅くはないわ」

「なんでさ。早く逃げようよ」

「ヤヤ、お願い。私に考えがあるの。脱出を確実な物にするためにも、言うことを聞いて」


 真剣なナナに押されてヤヤは渋々うなずく。


「わかったよ。明日で全部終わらせよう。生きて、ボクとナナの二人で脱出をするんだ」

「ヤヤ、私……」

「レイはどうなろうと知った事じゃないけど、レイを助けないとナナはここから出られないだろうから仕方ないね。先にレイをなんとかしないと」

「ねえ、聞いて、ヤヤ――」


 言葉を紡ごうとするナナの口をヤヤは人差し指で遮る。


「ナナのしもべとして作られたからじゃない。ボクたちはボクたちの意志でナナのためになりたいって思っているんだ。だから、気に病むことはないよ」


 それから二人はそれぞれのベッドに戻る。しばらくしてヤヤの寝息が聞こえてきてもナナは起きていた。


「ありがとう。ありがとうね、ヤヤ。ハッチの頃からずっと私を助けてくれて。二人で一緒に脱出しようって言ってくれて」


 ナナは自分の腕を閉じた目の上にゆっくりと置く。


「……ごめんね」


 子供に聞かせる物語というものは、残酷な部分は削除されるか修正されているものだ。

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