「男の子の夢」
『もうすぐ……』
『もうすぐで、ここから出られる……』
『さあ、ナナ。続きを。もっとよく思い出して……』
白い部屋の少女は、自分と同じ黒い髪をしていた。
翌朝。
「ナナは外の世界を見たことがある?」
「仕事中に見てるでしょ」
「そうじゃなくて、自分自身の目で、だよ」
そう言われてみれば見たことがない。この部屋も、廊下にも、この建物のどこにも窓はないのだ。黒い部屋の目隠しでしか外の世界は見たことがなかった。
「ねえ、もしかしたら外の世界って――」
それ以上語ることを許さぬかのように、灰色の部屋の扉が開いた。現れたのはいつもと変わらぬ鉄仮面たちだ。
「ナナ、血が付いてる」
「……そう」
予想はしていたが、実際にそうなるとなんとも言えない気持ちになる。これで鉄仮面たちがロボットであることが確定したわけではないが、その可能性は高まった。
「じゃあさ、あんたらはいつからその白衣着てんの? もしかしてずっと同じ白衣なの? ばっちい」
検査中もヤヤは質問を投げかけるが、鉄仮面たちは答えない。
やはり人ではないのだろうか。それとも知っていてわざと変えていないのだろうか。
こちらが何を問いかけても、何をしても、彼らは決まった行動しかしない。
まるで、そう作られたロボットのようだ。
結局そのまま検査は終わり、鉄仮面たちは血の付いた白衣を着たまま、何事もなく部屋を出ていった。
Z・Z・Z
そして夜になり、早くお話の続きをとせがむヤヤをちょっとじらしてからナナは滔々と話し始める。
「お城の間取りもわかってきて道具も十分に集めたところからだったね。全ての準備が整って、いざ脱出しようとした時、彼女たちにとって最悪の事態が起きるわ」
「な、何……?」
固唾を呑むヤヤの姿が壁の向こうに見えるようだ。
「逃げようとしていたのが魔女たちにバレてしまったの」
夢の中の白いお城の異変に気づいた魔女たちは、レイが脱出するために集めた全ての記憶を消してしまう。同時に道具も没収されてしまった。その時の相棒である妖精サンジュだけはなんとか隠し通したが……。
「これまで頑張って集めた脱出までの術を全て失ってしまったレイは絶望に打ちひしがれたわ。それこそ、自殺を試みるほどに」
しかし、レイは死ねなかった。彼女を閉じこめた魔女たちは、彼女に死すら自由にさせなかったのだ。
サンジュの必死の説得もあって、レイはなんとか気力を取り戻し、再び脱出の計画を練り直す。
しかし、既に世界に残された時間は少なく、ほとんどが魔女の手に落ちていた……。
Z・Z・Z
それから数日後、長く続いた物語もとうとう終焉を迎える。
「そしてついにレイと妖精ハナは、ロボットたちを従わせる魔法の言葉を手に入れ、彼らを意のままに操って……」
「操って?」
…………?
…………。
「……お城を脱出して魔女たちを倒し、世界を元通りに直したわ」
「おおー、良かった良かった。めでたしめでたしだね。なんか最後だけ駆け足だったけど」
壁の向こうからヤヤの拍手の音が聞こえてくる。長かったお話もこれでおしまいだ。
だが、ナナの中では腑に落ちない終わり方だった。
レイは、本当に脱出できたのだろうか。
この話をどこで聞いたのかは覚えていないが、こういう終わり方じゃあなかった気がするのだ。
ではどんな終わり方だったか。それが思い出せない。
ロボットを従える魔法の言葉を手に入れるまでは合っているはずだ。しかし、脱出できたような覚えはない。
思い出せそうで思い出せない。もやもやした気持ちで考えているとヤヤは不思議なことを言い出す。
「でも、ボクそのお話聞いたことがあるような気がする」
「えっ?」
「うーん。どこだったかな。外の世界じゃないような気がするし……でもここで聞いたはずはないし……」
少し考えていたヤヤだがすぐに諦めて話を変えてくる。
「それにしても、そのお話、なんか似てるよね」
「何と?」
「今のボクたちとだよ」
当然のことのようにヤヤは言う。
「お城に閉じこめられている二人の少女、命令通りにしか動かないロボット、無理矢理やらされている仕事。ね? 全部ボクたちと同じだ」
「た、確かに似ているところはあるかもしれないけど、レイも妖精の子も女の子なのよ。ヤヤは男の子じゃない」
「えっ、違うよ」
…………え?
「あれ、今、ナナ、ボクの事男の子って言った?」
「えっ、いや、その」
「あ、じゃあもしかして、ナナはボクのこと今までずっと男の子だと思ってたの? ひっどいなー。ボクは女の子だよ」
「だ、だって、ボクって言ってるし……髪は短いっていうし……話し方とか男の子っぽいし……」
「まあ確かにナナみたいにカヨワイ女の子っぽくはないかもねー。泣き虫じゃないし」
にひひと壁の向こうでヤヤは笑う。
「ねえ、ナナ。ボクたちってさ、もしかして……」
何か含みのあるヤヤの声にナナは不安な気持ちになる。
「どうしたの、ヤヤ?」
「ううん、なんでもない」
「なに、気になるじゃない」
「物語は気になるような良いところで切るものなんでしょ、にひひ」
「む……。でもヤヤのは物語じゃないでしょ」
「まあねー。いつものお返しだよ」
それからはいくら訊いてもヤヤが続きを話そうとしなかったのでナナも眠ってしまった。