「妖精の夢」
白い夢の中でもナナはお話を続けていた。
少女に聞かせるためだ。
彼女から渡された白い本には、この前ナナが話した内容がなぜか書き込まれている。
『そう、その調子。もっと思い出して……』
翌日。
今日は仕事が無いので時間はあるのだが、お話をするのは夜と決めているので、ヤヤが不満げにそのことを聞いてくる。
「なんでお話は夜じゃないといけないのさ」
「なんでだかはわからないけど、お話をするのは夜って決まってるものなのよ。レイと妖精クウだって夜にしか会えないでしょ」
夜と決まっているというか、昼にしてはいけない。そんな気がするのだ。
「むう……。でもボク達には関係ないじゃん」
「ダメよ。決まりは決まりなの」
「ちぇー」
壁の向こうからベッドのきしむ音が聞こえる。
いくら暴れてもナナが話す気がないと分かると、ヤヤは話題を変えてきた。
「ねえ、あいつらって人間なのかな?」
「え?」
「鉄仮面だよ。いっつも作り物みたいな声でしか喋らないし、動きもぎこちないし、人間じゃないみたい」
あまり深く考えたこともなかった。鉄仮面は鉄仮面。こちらの言うことは何も聞いてくれず、ただ日々の仕事を遂行するだけの存在だとナナは考えていた。
「確かにそう言われればそうかも……」
「じゃあさ、鉄仮面のメットを取ってみようよ。そうしたら一発でわかるよ」
「……やめた方がいいんじゃない? 正体がばれたら怒るかもしれないよ」
「うーん。それは嫌だなー」
下手なことをして鉄仮面たちがこちらを攻撃してきたら、自分たちは拘束されているので抵抗する術がない。
「そろそろ検査の時間だし、変なことしないほうがいいんじゃない?」
「むむむ……。あっ、じゃあ――」
何かを思いついたらしいヤヤだったが、その続きはドアが開く音で止められる。いつもの鉄仮面たちが入ってきた。
「検査を始めます」
さっきの話が聞こえていたのかいないのかわからないが、彼らはいつも通りの合成音声で自分たちの検査を始める。
「あのさ、あんたらって人間なの?」
冷たくて気持ち悪い手が全身を這いずり回るのを我慢しているナナはヤヤのその言葉に驚愕した。しかし、鉄仮面たちは聞こえていないように黙々と作業を進める。
彼らの無言をホッとすればいいのか、不安に思えばいいのかわからないナナの思いを無視するかのように、ヤヤは更なる無謀な行動にでた。
「とぅ!」
ヤヤの声と共になにか鈍い音が聞こえた。何の音かはわからないが、ヤヤのかけ声と音から何かを叩いたか蹴ったのだろう。
ヤヤがした事は、おそらく……。
「……ヤヤ」
「大丈夫大丈夫。こいつら、顔を蹴っても全然怒ってないみたい」
「そうじゃなくて……」
検査は何事もなく終わり、部屋には再びナナとヤヤだけになる。
「あいつらの服に血を付けてみた。普通の人間なら、あとで洗濯するなり着替えたりするよね」
壁の向こうからヤヤが明るい声で言ってきた。
「ヤヤ、怪我したの!?」
「ちょっと唇噛んだだけだから大丈夫。なにもされてないよ」
平然としたヤヤの声にナナは安心する。
確かに、これは彼らの行動を測る指標のひとつになるだろう。いま一つ信頼性には欠けるが。
「これで明日になれば結果が分かるね。血がそのままだったらロボット、無かったら人間だ」
それだけで判断できるとは思えないが、今はそれで十分だろう。それからは取り留めもないことを話して夜を待った。
Z・Z・Z
「それで、クウは何をしたの?」
天井の明かりが消えて、床にオレンジ色の小さな明かりが灯って夜になると、ヤヤは待ちきれないと言ったようにお話の続きを聞いてくる。そんなヤヤを少しじらすようにからかってからナナはお話を始めた。
クウは、妖精ハッチと全く同じ見た目をしていたが、その性格は少々勝ち気だった。妖精とはそういう風に入れ替わったりするものなのか、とレイは聞いたが、クウ自身もよくわかっていないようだ。
彼女もレイの脱出の手助けをしてくれていたが、やはり白いお城から出ることは容易ではなかった。
クウが来てから数日して、いつものようにレイが仕事から帰ってくると、部屋にクウの姿が無かった。
「レイは呼び続けたわ。『クウ、クウ、どこにいるの』って」
ベッドしかない白い部屋の中に隠れられる場所などほとんど無い。どう探してもその部屋にクウは居なかった。
レイが途方に暮れていると、突然部屋のドアが開く。
そこには平然とした顔でクウが飛んでいた。
『どうしたの、レイ? 鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して』
『あ、あなた、どうやって外に出たの?』
『普通にドアから出て、よ』
なんとも不思議なことに、レイがどうやっても開けられなかったドアを、クウは何事もなく外へ出てしまったのだ。
「なんでクウはそんなことができたのさ」
「そう、レイも同じ事を言ったわ」
だが話を聞けばなんて事はない。レイがロボットに連れていかれる時に、開いたドアから滑るように外へ出ただけだ。
「だったらそのまま外への道でも探してくれれば良かったのに」
「彼女なりに試してたのよ。いろいろとね」
クウは、まず自分の存在が機械たちに気づかれているかを調べたという。レイもそのことは気になっていた。日に一度の食事も、レイの分しか与えられず、文句を言うクウの方をロボットたちは見向きもしないのだ。もっとも、体の小さいクウはパンのひとかけらで満腹だったが。
そして数々の検証の結果、機械の目しか持たないロボットには妖精のクウが見えていないことがわかった。
レイはそこに目をつけ、脱出の希望を抱いたのだ。
それからは、レイが連れて行かれる度にクウが外出して情報を仕入れてくることを繰り返した。使えそうな道具はまとめてベッドの下に隠して集め、ようやく脱出の目処が立ったところで、妖精と人間の少女はついに脱出計画を実行に移す。
しかし、その計画は失敗に終わった。途中までは順調に行っていたのだが、ある場所を境にロボットたちが一斉に襲ってきたのだ。クウはレイを逃そうと必死に抵抗するが、体の小さい妖精では大したこともできなかった。
そのうちにレイとクウは捕まってお互いを見失ってしまう。
次にレイが目覚めたのは、見知った白い部屋のベッドの上だった。
脱出は失敗してしまったが、自分は殺されていない。まだ自分に利用価値があるからだ。つまり、脱出するチャンスは失われていないと言うことだ。
昼の仕事の進み具合から見るに、魔女たちの世界征服は着々と進行していたが、時間の猶予はまだある。しかし悠長にはしていられない。また仲間のクウと作戦を考えなければ。
そう考えたレイは、クウの姿を探した。
クウはベッドの横の床に座っている。協力者である彼女も無事だったのだ。この脱出計画はバレていない。
これなら……。
『クウ、次こそは成功させましょう。何度失敗しても、効率よく進めていけばすぐに出られるわ』
しかし、呼びかけてもクウはきょとんとしている。
『クウ?』
よくよく見ると、クウの座り方がいつもと違う。いつもなら足を投げ出して座っている彼女だが、今は正座している。
何を改まっているのだろうか、とレイが考えていると、クウの方から口を開く。
『……クウとはどなたでしょうか。私はトオと申します』
「――そう。ハッチからクウに変わった時と同じように、クウからトオに名が変わるときも彼女の記憶は消えてしまっていた」
再び絶望の淵に立たされるレイだったが、逆に彼女の意地に火がついた。
絶対にここから抜け出してやる。
そしてレイは幾度となく脱出を図り、その度に新たな道を見つけていった。巨大な吹き抜け、長い廊下、赤い部屋、螺旋階段、白いお城の中を歩き回り、駆け抜け、地図を頭の中に刻み込む日々が続く。ロボットたちに見つかる度に妖精の名前と性格が次々と変わっていくが、彼女らがレイの味方という事実は変わらなかった。
そして、途中で見つけて集めた道具ももうベッドの下に入りきらなくなった頃、大変なことが起きる……。
Z・Z・Z
「た、大変なことって? ねえ、ナナ。二人はどうなったの?」
ヤヤが続きをせっついてくると、ナナは小さく笑った。
「はい、今日はここまで」
「あーっ、もう! いっつも良いところで終わっちゃうなー! もしかしてナナ、わざとやってる?」
「もちろん」
「えっ」
「物語っていうのは良いところで区切るものよ。そういう決まりなの」
「誰だそんな決まり作った奴は! ボクが文句を言ってやる!」
怒るヤヤを笑ってナナはベッドに横たわる。
……それにしても、このお話の終わりはどうなったのだろうか。思いだそうとしても靄がかかったようにはっきりとしない。
まあ、そのうち思い出すだろう。