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「物語の夢」

 白い部屋の少女が泣きやんでいた。彼女は床に座って本を読んでいる。


『昔々、あるところに……』


「あなたは誰なの? どこにいるの?」


 少女がナナに本を差し出してきた。顔はもやで見えないが、笑っているような気がする。


 何も書かれていない真っ白な表紙をめくると、中身も全て真っ白だった。


『あなたは知っているはずよ。さあ、ナナ。思い出して。昔々……』


「昔々、あるところに……」

挿絵(By みてみん)

 ヤヤと出会ってから数日が経過した。


 かつては色の無かったここでの暮らしが、ヤヤの存在によってわずかに色を取り戻したようだった。


 気持ち悪いいつもの検査も、ヤヤが一緒だと不思議な安心感がある。ヤヤも壁の向こうで同時に検査を受けているようで、「うぇえ~」だの、「おおぉう」だの奇声が聞こえる度に笑ってしまいそうになる。不快な検査ではあるが、ヤヤのおかげで少しだけ気が楽になった。


               Z・Z・Z


 何故だか分からないが、自分の知識の中には物語やお話の類が多くある。ヤヤとの会話の中で、ある物語の一文を引用すると、ヤヤは強く興味を示し、その物語はどんな話なのかとせがまれた。

 それからというものの、ナナは毎晩ヤヤに様々な物語を話した。


「昔々、あるところに……」


 ナナの話す物語は、まるで自分がその世界を歩いてきたかのように鮮明で、聞き手をその世界へ投じるほどの臨場感があった。


「――そして、女の子は男の子を撃って彼の綺麗な両目を標本にしてしまい、彼女の秘密のコレクションが一つ増えましたとさ」

「おぉー、そうきたかー」


 パチパチと小さな拍手が壁の向こうから響く。


「最初はほのぼのしたストーリーだと思っていたけど、いやー、最後の展開はビックリしたね」


 今回のお話もヤヤに好評のようだった。



「ねえねえ、脱出劇みたいなのはないの?」


 ヤヤの方からリクエストしてくるのは初めてである。


「あるにはあるけど、どうして?」

「気分だけでもここから出たいなって思ってね」

「……そうだね。長くなるけど良い?」

「もちろん!」


 今までのお話は大抵一晩か二晩で話し終わり、長くても四日しかかかっていない。しかし、これから話す脱出劇は、五日かかっても語りきれない量である。あまりに長くて、ナナ自身も結末をすぐに思い出せないほどに。


「じゃあ明日からはそのお話にしましょう」

「にひひ、楽しみ楽しみ。おやすみー」


               Z・Z・Z


 翌日。

 今日のナナの仕事(・・)は特に凄惨なもので、顔の見えないヤヤと名乗る少年を何度も何度も殺させられた。ナイフで刺したり、銃で頭を打ち抜いたり、壁に押しつぶしたり、首をねじ切ったり、ありとあらゆる方法でやらされた。

 殺したヤヤが壁の向こうのヤヤだと信じてはいなかったが、それでも部屋に帰るまでナナは顔面蒼白で終始震えていた。


 もしも、もしも部屋に戻ってヤヤがいなかったら? その考えがナナの頭の中を全て支配し、帰り道がどこを通ったかなんて覚えていなかった。


「ヤヤ!」


 灰色の部屋に戻って真っ先にヤヤに呼びかけると、壁の向こうからは驚いたような声が返ってくる。


「ど、どうしたの? ナナ」

「……なんでもないわ。ヤヤはそこにいるのね? なんともないよね?」

「うん。ボクはなんともないよ。ナナこそ大丈夫?」


 現実のヤヤが無事であった事がわかると、ナナはこれまでずっと呼吸を止めていたみたいに大きなため息をつく。


「……ええ、平気よ。どこにもいなくならないでね、ヤヤ」

「もちろん。ナナはボクの友達だもん。勝手にいなくなったりしないよ。あ、ナナもいなくなっちゃ嫌だよ」

「大丈夫。私も、勝手にいなくなったりしないから」



 そして夜になった。


「ねえ、早くお話聞かせてよ!」


 壁の向こうから待ちきれないといった風に、ヤヤが声を弾ませてせがんでくる。だが、現実のヤヤが無事であってもナナの精神は仕事で疲れ果てていた。


 それでも、見た事のないヤヤの、物語を楽しみにする顔を考えると話をする元気が少しでてきた。


「そうね。今日は脱出劇だったわね。昔々、あるところに……」



 このお話は、深い森の奥にある白いお城に幽閉されているレイという少女の物語である。彼女は白いお城に閉じこめられ、白い部屋の夢を見せられ続けていた。


「どうしてレイは幽閉されて夢を見させられているの?」


 ヤヤが話の途中で質問してくるのは珍しい。いつもは大人しく聞いているか、続きを促す程度なのだが……。

 しかしナナは嫌な気はしなかった。


「彼女の見る夢は現実の世界に影響を与えてしまうの。夢の中ならどんなことでも出来るでしょ? そこを、悪い魔女たちが世界征服のために悪用しようとしたの」

「ふむふむ」

「レイは、唯一動ける夢の中でなんとか脱出する方法を探したわ。魔女たちに監視されているから、あまり派手なことは出来ないけれどそれでも彼女には特別な力がもう一つあった」

「それは?」

「彼女は自分の夢の中に誰かを一人引き込むことが出来る。夢の中で起きたことは現実にも反映されるから、レイはそれで魔女たちを夢の中で倒そうと思ったの」


 だが、結局その作戦は実行されなかった。この力は魔女たちにも知られていない秘術であり、万が一失敗してバレたらもう二度と脱出はできないからだ。初手から博打となる手を打つわけにはいかない。

 そこでレイは魔女を引き込むのではなく、味方となる人物を夢に引き入れようとする。そして魔女たちの監視の目を避け続け、妖精の女の子ハッチを引き込むことに成功した。


「だけど二人が会えるのは監視の緩い夜の時間だけ。それでも、二人はその貴重な時間を使って脱出のための手がかりを見つけようと必死になったわ」


 それを邪魔するのは、魔女たちが白いお城に放ったロボットの軍団である。ロボットは夢を見ないため、レイの夢の力でも影響を受けることはない。ロボットたちは、閉じこめた白い部屋からレイが逃げ出さないように常に見張っていたのだ。


 時間はかかるが、手探りで少しずつ脱出の方法を探していくしかない。ハッチと二人で調べ、情報を共有していくが、この夢の中の白い部屋で得られる情報は多くなかった。さらに、レイは昼に魔女たちに自身の力を捧げて街や城を破壊させられていたため、情報収集は難航する。


 それでもなんとか情報が集まりつつあり、脱出の糸口が見えてきたある夜、レイはハッチの様子がおかしいことに気づく。


「レイは聞いたわ。『ハッチ、どうしたの?』って。そうしたらハッチはね、『ハッチ? 誰それ? あたしはクウだよ』って答えたの」

「……どういうこと?」


 確かに見た目はレイの知る妖精ハッチそのものだが、彼女はハッチのことをなにも知らず、ハッチが覚えているはずの記憶はすべて知らないと言う。

 いつ、どこで、どうしてこうなったのかはレイには分からない。今までのことが全て無駄だったと嘆くレイを尻目に、クウはとんでもないことをやってのけた。


「それは……」

「そ、それは……?」


 ヤヤがゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえるようだ。


「……はい、今日はここまで」

「えっ。ええー!」


 突然地面に穴が空いて奈落へ落ちていく時のような素っ頓狂な声をヤヤは上げた。


「ごめんね。今日はちょっと疲れちゃって……」

「むぅー、気になるー! すっごい気になるー! ……でも、ナナが明日お話出来なくなっちゃったらもっと困るから我慢する」


 子供っぽいヤヤだが、意外と聞き分けはよい。

 おやすみと言い合うとナナは沈むように眠りについた。

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