日常
なんでもないある日の朝のことだ。
本当になんでもない朝であり、いつもどおりの朝だ。
僕と父、そして母は、だだっ広いテーブルを囲んで朝食を食べている。
会話はなく、ナイフとフォークを動かす音だけが響く。
5年以上前、まだ弟たちが土に埋まってはいなかったあの頃、
毎朝の朝食はとても賑やかだった。
チャールズが冗談を言うと、レオナルドが呆れたような笑みを浮かべつつ諭す。
アルフレッドは笑いを噛み殺している。
父が次男に乗っかりつまらない冗談を披露すると、一瞬の静寂が訪れる。
母はため息をつき、弟たちはたまらず笑い出す。
父は苦笑すると、母は少し微笑んだ。
みんな笑っていた。僕以外は。
いや、正確にいえば笑ってはいた。顔筋に、口角に、笑顔の形を貼り付けていた。
少しも楽しくはなかったけれど。
だから僕は大して変わっていない。笑顔を作る必要がなくなっただけで。
変わったのは周りだ。
父は朝からワイングラスを傾け、母は見るからに痩せた。
父からかけられる言葉は最小限の事務的な言葉。
僕はそれに対して、「はい」や「勿論です」といった言葉を繰り返す。
僕は少食だ。そして食べることが早い。なぜかはお分かり頂けると思う。
そういうわけで、僕は空の食器を召使いに任せると僕は自室へ向かう。
僕はできるだけ早く歩く。理由はすぐわかる。
床を掃除している侍女が呆れたようにこちらを見る。
この城において、僕に威厳なんてあったもんじゃない。
ただでさえ全てにおいて弟たちに劣っていた僕は、影で侍女たちに嗤われていた。
そのことに気付いたのはいつだったろう。
ちょっと思い出せない。
それほどに当然に自分の無価値を自覚していた。
その弟たちが非業の死を遂げた今、僕の精神的地位は最底辺と言っていい。
行政は王とその秘書たちによって行われている。
父は酒量は増えたもののまだ現役ではある。
僕の父が治めるこの国は、大国とは呼べないものの、古くからの歴史を誇る。
商業が発達しており、街は活気に溢れている。
軍事力は誇れるほどのものではないが、その豊かさから、大国と同盟を結び、
今のところ国防に支障はない。
それより僕の仕事だって?そんなものはない。
仕事が出来ないわけではない。ただ、ないのだ。
僕などに任せては置けないということだろう。
自分の部屋に着くと、鍵を閉め、ため息を吐く。
自分の部屋は落ち着く。
僕には嫌いなものが沢山あるけれど、
その中でこの部屋には、僕の愛するものが雑多に詰め込まれている。
大量に積み上がった本や、木彫りの人形、綺麗な置き時計に、美しい絵画、
イーゼルに乗ったキャンバス、瓶に入れられた筆、絵の具の匂い。
堅苦しい服を脱ぎ捨て、ベッドに倒れこむ。
少し埃臭い匂いを吸い込み、目を閉じてまどろむ。
僕はこの空間を愛しいと思っている。
世界がこの部屋だけになればいいと、
心から思う。
読んで頂いてありがとうございます。
国の設定など、見苦しいところがあれば申し訳ありません
頑張って書きますので次があったら読んで見てください