第8節:教導と記憶
「トーガ」
「ああ」
戦闘を終え、全員が解殻して集まると、ニーナは
花立に呼び掛けた。
「相変わらず、センスに頼りすぎよん。今と同じ振り分けメンバー、武装で300パターンの戦闘開始をランダムに選択する戦術シミュレーションを組むから、勝つまでやりなさいな。リミットは48時間よん」
「……分かった」
ニーナの指揮を相手に、たった二日。
極端な難題に対し、花立は素直にうなずいた。
「イケるんすか、そんなん?」
「あら。トーガがカンを取り戻せば、言われなくても要求通りに動く程度は余裕な筈よん。それは、代わりは出来なくても私の思考が読めるって事なのよん。大体この間の襲来体事件の時、あれは何なのん? マザーとの戦闘はマシだったけど、ミッツん達と合流するまでの襲来体との戦闘なら、トーガならあの半分の時間で潰せた筈よん」
ニーナの、花立に対する言葉は厳しい。
それは期待の裏返しなのだろう。
「……あの数を、半分の時間て。出来たら人外ですやん」
「参式、花立トウガにはそれだけの潜在能力があるのよん。それに、ミッツん」
「な、何すか?」
次にニーナが目を向けたのは、口を挟んだミツキだった。
「君は、相手に合わせ過ぎよん。出力変更の速度も、武装の選択も、ハジメとのタイマンでの動きも及第点。でもねん、相手を見て合わせるから負けるのよん。柔軟で臨機応変に対応出来るのは利点だと思うけど……貴方には、主体がないわん」
「主体、すか」
「そうよん。戦闘において一番大事なのは、自分のペースをいかに崩さずに、相手を自分のペースに巻き込めるか、という部分よん。その為にはね、確固たる芯が必要なのよん。ハジメにはどんな状況でも相手を食い破ろうという意志が、トーガには才能と極めた戦闘技術に裏打ちされた速さがあるでしょん? ケイの装殻者には、ミッツんみたいな相手に合わせられる資質が必要だった。でも、それはあくまでも必要条件なのよん」
ニーナの言葉に、徐々にミツキの目が真剣になる。
「ヤヨイも、芯を軸にした自分のスタイルがあったわん。だからこそ肆号は強かったのよん。何にでもなれる装殻の適格者は、逆に突き詰めた自分のスタイルが必要なのん」
「……どないしたらエエんすか?」
「ミッツんは今まで、言われるままに動いていたでしょん? カリーとヤヨイに基礎は叩き込まれた。それをこの装技研でさらに伸ばしたわねん。なら、後は考えるのよん。自分は何が得意で、何が性に合ってるのか。……君自身よりも、『青蜂』を君のものにしたコウくんの方が、良く知ってるかもしれないわねん」
と、ニーナはコウを見てウィンクした。
「君も。自分の力の意味を知った、と、私はハジメから聞いているわん。でも、君には圧倒的に装殻者としての基礎が足りないわねん。体の使い方も戦術も、君なりに考えてはいたんでしょうけど、短過ぎて付け焼き刃の域を出ていないわん」
その言葉は、深くコウの心に突き刺さった。
「……自分でも、そう思います」
「学ぶ気はあるかしらん? 私の授業は厳しいわよん?」
「是非、お願いします」
そんなコウに満足そうに頷き、ニーナは最後に、ジンに目を向けた。
「ジン」
「……なんすか、ニーナ姉ぇ」
ジンはどこかふて腐れたような顔をしている。
そんなジンに、ニーナは一言だけ言葉を掛けた。
「私は、今のジンに背中を預ける気には、なれないわねん」
※※※
その日、ジンは夢を見た。
遠い過去、まだ伍号になるよりも前の記憶だ。
『またやったのか』
ジンは薄汚い廃屋の、ゴミを蹴り払って作った寝床から体を起こして、そう言った。
声を掛けた男は、見るからに危ない奴だった。
視線は常に忙しなく色んな所へと彷徨い、定まることがない。
へらへらと笑みの浮かんだ口元は半開きで、呼吸が浅い。
『へ、へへ。良いじゃねぇか、ジン。こ、こんなご時世に金持ってる奴なんてよ、悪人に決まってんだからよぉ!』
男の服には、返り血が付いていた。
手には、まるで誰かに奪われ掛けてでもいるかのように、手が真っ白になるほど握りしめた財布。
日本は、ラボによって食い荒らされ、襲来体に襲われて極端に疲弊していた。
中でも、特に酷い貧困の酷い地域にいたジンとその男……ナマズは、暴漢に襲われる事も、それを撃退して殺す事も、しばしばあった。
この辺りでは、既に警察などほとんど機能しておらず、逆に腐敗した警官が賄賂を平然と要求するような状態だ。
断れば当然、ブタ箱行き。
ナマズのように狂いもせず、こんな生活を正気で続けられるジンの方が、もしかしたら狂っているのかも知れなかった。
ジンはナマズの行いに顔をしかめ、苦言を呈しながらも。
ナマズを本気で止める事もまた、なかったのだから。
『そ、それより見ろよ、これ、これよ!』
と、ナマズはポケットを震える手で探り、中から取り出したのは、何の変哲もないネックレスだった。
逆十字のヘッドが下がったそれは、安いアクセサリに見える。
『め、珍しいだろ!? サカサマの十字架だぜ! ね、値打ちあると思うからよ!俺、明日、ヤガミんとこに売りに行くんだよ! へへ、俺は、あ、あいつらとは、頭のデキが違ぇからよ!』
―――狂ってやがる。
と、ジンはもう、何度目になるか分からないナマズに対する感想を心の中で呟いた。
『好きにしろよ。で、誰から奪った?』
『が、ガキだよ! 女のガキだ! 親子連れでよ! なんか大事そうにしてやがったから、取ってきたんだよ!』
『殺したのか?』
ジンの目に怒気が篭ったのを察したナマズは、慌てて、滑稽に両手を横に振る。
『こここ、殺すてねねぇ! ! ガキ、ガキ殺すとジンが怒るから!!』
『親は』
『ぶぶ、ぶっころした! で、でも、大人だったから!』
ジンは舌打ちして、再び寝床に転がる。
胸糞悪い話だが、ジンが最初の頃、子どもを襲ったナマズをボコボコにしてからは、ナマズは子どもだけは殺さないようになった。
大人なら、マトモに自分の身を守れない自分の責任だ。
ジンは、人を殺すのをやめないナマズを、そう割り切っていた。
明らかにほっとした気配がして、ナマズもごそごそと自分の寝床に入るのを、背中で感じながら……。
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――――――
―――
……ジンは、目を覚ました。
「クソが……」
吐き捨てて、今度は現実で身を起こす。
久しぶりに嫌な夢だった。
ジンが今居るのは、割り当てられた装技研の一室。
眠っていたのも、味気も何もない病院にあるような簡素なベッドだが、それでも記憶にある寝ぐらよりも遥かに上等な寝床だ。
こんな場所で眠れる身分になるなどと、あの頃は思いもしていなかった。
「こんなゴミが、人類を救う最強の連中の一人だってんだからな。人類とかいうモンの人材不足も、相当深刻なレベルだぜ」
自嘲的に笑ったジンは、ニーナの言葉を思い出す。
「背中を預けられねぇ、か……確かに、そうかもな」
暗い目で呟き、ジンは闇の中で静かに座ったまま、夢の意味を考えていた。