第7節:ニーナの真価
酒盛りの翌朝。
コウたちは装技研の訓練用グラウンドに居た。
調子の悪そうな花立が、ニーナに問いかける。
「ニーナ。一日くらい休まないのか?」
「んー、むしろカンを戻したいから、ちょっと動きたいのよねん」
準備運動を終えたニーナが答える。
全員、訓練用の運動服に着替えていた。
「それに、新人ちゃんたちの力も把握しときたいしねん?」
「……始めるか」
ハジメが首を回してから言い、メンバー分けをしたが。
「ちょ、戦力差あり過ぎちゃいますか!?」
ミツキが抗議の声を上げた。
ハジメ側は、花立とジン。
ニーナ側は、ミツキとコウである。
「……戦力差?」
「特に問題はないと思うが」
「だな」
ハジメが首を傾げ、花立とジンがうなずく。
「えーと……時空改変は、使っていいんですか?」
「駄目に決まってるでしょん。使っていいのは出力変更までよん。さ、始めましょっか!」
ニーナが言い、左手で宙に逆十字を描いた。
「трансформ!」
青い出力供給線を持つ、一つ目と左腕にブレードワイヤーを持つ弐号装殻を纏ったニーナ。
彼女は、『羽衣』すら使わない基本形態で戦うようだ。
「纏身」
『要請実行』
コウも、姉の声をした補助頭脳の応答と共に、漆黒の外殻と赤い双眼を持つ零号に変わる。
ニーナに従い、手に追加装殻である爆轟銃剣のみを保持した。
「俺はどないしたら良いん?」
「自前の装殻はあるんでしょん? それ使いなさいな」
「……ホンマに勝負になるんすか? Veild up!」
『命令実行』
ケイカは所長の通常業務があるため、この場にいない。
肆号になれないミツキは、鮮やかな青の外殻に出力供給線を持つ蜂に似た装殻……ヤヨイの纏う肆号を模した『青蜂』を纏った。
視覚線の入った頭部装殻は、騎士兜を連想させる。
背中には二対の薄羽に似たHBスラスター、両肩には蜂の巣模様の多機能兵装『ハニー・コム』。
主武装は右手の刺突杭だ。
相手も、それぞれに装殻の展開を終えていた。
暗い紅黒色の外装にマッシブなシルエットと二本角に似たアンテナ、そしてナイフ、ハンドガン、マシンガンという兵士のような基本兵装の参式( ザ・サード)。
先の開いた巨大な一本角に両肩と胸郭の分厚い黒の外殻、雷色の出力供給線を持ち、両腕に電撃を走らせる局部人体改造型装殻、黒の伍号・大甲。
そして艶消黒色の装甲に、赤い出力供給線、丸みを帯びたレトロな印象の装殻者……黒の一号だ。
彼は突撃形態と呼ばれる、手甲脚甲型のスラスターと追加の背面スラスター持つ高速機動形態だった。
「行くぞ」
合図と共に、相手は一斉に散開した。
向こうは全員が、近接戦闘を主体とする状態である。
「出力変更、女王蜂形態!」
『変更』
ミツキがワイヤー制御型の自由砲塔を十数基備えた射撃形態に変わり、弾丸をばら撒く。
訓練モードの、威力を抑えた射撃だ。
応えたのは参式だった。
手に持ったマシンガンで、こちらにも銃撃を打ち込んで来る。
「《黒の天蓋》」
参式の射線上に割り込み、ニーナが障壁を展開して弾丸を防いだ。
「コウくん、右に撃ってねん」
参式を抑えようとしたコウに、ニーナの指示。
見ると黒の一号が回り込んで来ており、コウは爆轟銃剣の音波弾でそれを牽制する。
不可視の散弾に似た範囲攻撃だ。
黒の一号は無理をせずに距離を取った。
「《黄の稲妻》!」
後ろで戦局を伺っていた伍号が、一条の雷撃を放つ。
しかしその直前に。
「ミッツん、ゴメンねん」
「おわっ!」
ニーナがミツキの背中を蹴り押していた。
二人の間で雷撃が炸裂する。
「コウくん、こっち見てないで後ろ撃つ!」
言われて、コウは反射的に肩に担ぐように銃口を背後に向けて、爆轟銃剣を撃った。
「ちっ!」
真後ろで声が聞こえ、地面を蹴る音。
上空を見ると、参式の姿があった。
ミツキの牽制が止んだ瞬間に突っ込んで来ていたのだろう。
―――相変わらず、常人離れした判断力と身体能力だ。
と、コウが思ったところで。
「トーガ……格下ばかり相手にし過ぎて、貴方の方が鈍ってるんじゃないのん?」
参式のさらに上空から、コウの真横にいる弐号とは別に、滲み出すようにニーナが姿を見せた。
「―――!?」
コウの驚きをよそに、左手からビームワイヤーで繋がるブレードを射出したニーナは、それを参式の首に巻きつける。
「ッ限界機……!」
「減速。使用禁止って言ったでしょん?」
『参式、ワイヤーにより頭部切断、撃破認定』
限界機動をキャンセルされた参式の首に、ビームワイヤーが触れて消えた瞬間、戦場を管理していたAIが参式の離脱を告げる。
「後でおしおきよん」
「ぐっ……」
呻く参式がスラスターを吹かし、ラインを割って外に出る。
コウ達の間にニーナが着地すると、側にいたもう一人の弐号が消えた。
「ホログラフと、光学迷彩ですか?」
再度突っ込んできた黒の一号を牽制しながらコウが問いかける。
「そ。無駄話してる余裕はないわよん?」
ニーナが腰のホルダーから筒を引き抜いて投げると、空中で展開し細長い金属棒が出現した。
それが再度飛んできた伍号の雷撃に対する避雷針になり、攻撃を防ぐ。
輝きが視界を焼く中で、ミツキを黒の一号が襲った。
「出力変更! 大雀蜂形態!」
『変更』
瞬時に対応したミツキが、自身も高速機動形態になって黒の一号を迎え撃つ。
突き出された黒の一号の左拳を右の前腕でいなし、黒の一号の腹に逆の手で掌底を放つ。
踏み込み、タイミング、共に完璧に近いミツキの発勁を。
黒の一号は畳んだ膝を体と掌底の間に挟んで威力を殺し、そのままスラスターの勢いで押し切った。
「がっ!」
完全な力業だが、質量の差でミツキが転がされる。
そのままミツキを放置して、黒の一号はニーナに向かって跳んだ。
「あらん? 私? ―――読んでるわよん♪」
ニーナが、右腕に追加装殻を展開した。
細く長大な砲身を持つ『羽衣』の右腕部に保持されていた榴弾砲だ。
「―――喰らえ」
「おいでませ!」
そんな二人のやり取りを横目に見つつ、コウはジンに銃口を向けて。
「はい、こっちよん」
「!?」
「バァン☆」
発射のタイミングで、ぐい、と横から構えた右腕を『見えない何か』に押された。
押された先に居たのは。
またしてもホログラフの分身だった弐号を突き抜けた黒の一号。
音波弾が発射されたが、黒の一号はそのまま勢いを殺さずに駆け抜ける。
「―――お前のそうした行動には散々助けられた」
「流石ねん!」
言葉を口にしながら姿を見せた不可視の何かは、当然ながらニーナだ。
さっきのミツキを蹴り飛ばした後の移動といい、今の避雷針を展開してからの挙動といい、いつの間に分身と入れ替わっているのか全く読めない。
「ちっ……」
ジンが、参式の代わりに近接戦闘を行おうと足を踏み出すと。
その踏み出した足の下で、ぱんっ、と癇癪玉のような破裂音がして。
『大甲、地雷により破壊、撃破認定』
AIの宣告に、呆然と固まる伍号。
「い、いつの間に……?」
「さてねん☆ 少なくとも戦闘が始まってからよん」
ニーナは伍号に答えてから、黒の一号に問い掛ける。
「続けるかしらん?」
「……降参。流石に3対1は厳しい」
「まったく、歯応えのない男どもねん」
黒の一号が緩く両手を上げ、ため息でも吐きそうな調子でニーナが言った。
「そんなんじゃ、マザーをヤれないわよん?」
コウは最早言葉もなく、ニーナの横顔を見つめる。
参式を封殺し、黒の一号を手玉に取り、ジンを嵌めて―――相手に何もさせないままに戦闘が終わってみれば、ほんの数分しか経っていなかった。
『あの人ほど頭のキレる人を、私は見たことがないわ』というケイカの言葉が、コウの脳裏に蘇る。
「……スゲェ」
起き上がって訓練場を見回したミツキが呟く。
ニーナは、決して装殻そのものが強い訳ではない。
黒の一号同様、再改造による強化こそ行われているが、基本形態の性能は初期の人体改造型から逸脱するレベルのものではない。
迷彩、分身、追加装殻、地雷。
そのどれもが、使おうと思えば誰でも使える程度の武装だ。
だが、ニーナは練度と使い方が桁違いに突き抜けている。
知謀の《黒の装殻》。
誰よりも広い視野と、先を読む頭脳の持ち主。
ニーナ・ソトニコワは、今までコウが見たことのない、異質な〝強さ〟を持つ装殻者だった。