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黒の一号・終章  作者: 凡仙狼のpeco
『愛媛隕石篇』
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第5節:愚か者の末路(後編)


No.7セブン


 声を掛けられて、彼は振り向いた。

 手を離すと、今しがた首の骨を握り折った研究者の体がどちゃっと床に転がる。


「どうします? 襲撃者を潰しに行きますか?」


 声を掛けてきたのは、No.8(エイト)だった。

 彼と同様に外殻を纏い、彼のすぐ側には同じように研究者たちが倒れている。


 問われたNo.7は、鼻を鳴らした。


「黒の一号か……」


 彼らの元となり、ラボを裏切って敵対している、最初の人体改造型。

 最新型である彼とNo.8がやれば、倒せる可能性はあるだろう。


「わざわざ殺しに行く意味もない。俺は消える」


 彼には、Dr.ゲイルへの感謝の念も組織への忠誠心も何もなかった。

 そして、黒の一号に対する興味もない。


「では、お付き合いしますよ」


 No.8の言葉に、No.7はうなずいた。


「例の装置は本当に俺たちには付いてないのか?」

「あなたの目の前で死んでいる男は野心家でした。いずれはDr.ゲイルに成り代わろうとしていた。その手駒として、私たちをラボの任務ではなく実験側に回したのです。……彼が見誤ったのは、私たちが裏切る可能性を考えていなかった事ですね」


 笑いを含むNo.8の言葉に、No.7は死体を見下ろした。


「この世界は、愚者ばかりだな」

「全く同感です」

「……金を得れさえすれば、力にも争いにも興味はない。生きるだけの金を手に入れて、遊んで暮らす」

「良いですね。私も混ぜてくれませんか?」

「好きにしろ。まずはここから逃げ出す事だ」

「ですね。もう一人にはフラれました。彼女は一人で行くそうです」


 No.7は特に思うところもなかったので、何も答えずにその場を後にする。

 そして、後に災いとなる彼らと、もう一人……No.9と呼ばれたアンティノラの三体は、人知れず姿を消した。


※※※


「Dr.ゲイルの性格からすると、さっきの戦闘が終わった段階で無人兵器や爆弾による攻撃を仕掛けて来るかと思っていたが」

「あらん。そんなモノ、とっくに無力化してるに決まってるじゃないのん。私、これでも情報関係には強いのよん?」


 共に所長室へと向かう通路を駆けながら、二人は会話を交わした。


「監視カメラの映像も切ってやったら良かったかしらん?」

「心強い話だが、それなら自分の寄生殻化装置も無力化出来たんじゃないのか?」

「それをやってたら、私のハッキングを感知した段階で装置が作動してたわよん。私のあられもない姿が見たかったのかしらん? ハジメになら、全てをさらけ出す準備は出来てるけどねん!」

「……着いたぞ」

「もう! つれないわねん!」


 ぶー、とわざわざ膨れている擬音を口で表現しながらも、弐号は警戒を緩めてはいなかった。

 一息に所長室のドアを蹴り壊すと、中では二人の男が待っていた。


 一人は、丸メガネに長い口髭と頭頂部まで禿げた白衣の老人、Dr.ゲイル。


 もう一人は、黒い野戦服姿のフルフェイスタイプのヘッドギアを身につけた男だった。


 名は、王郷クロイチというらしい。


「見覚えのない奴だな」

「ハジメが消えた後に作られた、Dr.ゲイルの護衛よん。アンティノラNo.1。ちょっとは強いわよん?」


 ヘッドギアの男は、ゆっくりと前に出た。


「やれやれじゃわい。どいつもこいつも役に立たん事よ」

「ポンコツなのは、あなたの頭も同じでしょん? 類友よん☆」

「何とでも言うが良いわい。あの鉱石の力を手にしておきながら、やれ人類の救済だのと馬鹿馬鹿しい。この力を持ってすれば、世界を牛耳る事も容易いというのに」

「……それが、お前が俺を裏切った理由か」


 Dr.ゲイルの言葉に、黒の一号が感情を押し殺した声音を発した。


「そうとも。貴様はこの力の素晴らしさを微塵も理解しておらん。人を変容させ、無限の力を与える、全ての概念を覆す力の素晴らしさを!」

「その結果作り出したのが、寄生殻(パラベラム)のような醜悪な化け物か。人は、貴様の玩具ではない」

「この世に在るものは全てワシの実験対象じゃ。現に作り出して見せたじゃろう? 貴様の似姿を。理性を保ちながら強大な力を振るい、危うくなれば我が身を犠牲に周囲を滅ぼし尽くす殺戮兵器。ほほ、人類の夢とも呼べるわい」


 Dr.ゲイルは、狂気を目に浮かべてニヤニヤと嗤う。


「……作ったのは私でしょん? 自分の手柄みたいに言わないで欲しいわねん」

「部下の手柄はワシの手柄よ。裏切らなければ重用してやったものを、死を選ぶとは全く、度し難いわい」

「人に勝手なもの埋め込んで置いて、よく言うわねん」


 呆れた弐号が口をつぐむと、今度は黒の一号が告げる。


「欲にまみれた邪悪をみすみす身内に引き込み、見過ごしたのは俺の責任だ。―――邪悪は、滅ぼす」

「ほほ、人の本質は欲望よ。それを理解せぬ理想主義者(ロマンチスト)には相応わしい末路をくれてやるわい! やれ、クロイチ!」

「……纏身(テンシン)


 Dr.ゲイルの命令に答え、感情を感じさせない声でクロイチが外殻を纏う。

 自身と全く同じ姿のクロイチに、黒の一号は疑問を覚えた。


「……そいつは、何だ?」


 人体改造型の装殻は、似た部分は多くとも、人に合わせて細部が変わる。

 だが、クロイチ……アンティノラNo.1は黒の一号と全く同一だった。


「ほほ、こやつは貴様の、意思なきクローンよ。ありとあらゆる戦闘技術を叩き込まれた自分自身に勝てるかの!?」


 アンティノラNo.1は、Dr.ゲイルの声と共に黒の一号に襲いかかった。


※※※


 数分後。

 まるで黒の一号に歯が立たなかったアンティノラNo.1が、Dr.ゲイルの足元に転がった。


「……こんな、こんなバカな事が!」

「当然でしょん? ハジメは貴方の作った寄生殻と、他のアンティノラを全て屠ったのよん。私も慣れない頃は遅れを取ったけど、タネが分かれば所詮操り人形(マリオニイェトゥカ)。ハジメに敵う訳ないじゃないのん」

「ぐぬぬ……かくなる上は!」


 Dr.ゲイルは、自身の切り札……寄生殻化をアンティノラNo.1に適用した。

 ビクン、とアンティノラNo.1の体が震え、変容が始まる。


「馬鹿の一つ覚えねん。散々人を馬鹿呼ばわりする割に、能がないんじゃないのん? この場でアンティノラを寄生殻化すれば、貴方の身も危ないわよん?」

「ほほ、寄生殻を操作する方法は既に開発済みだわい! ワシ自身の脳波とリンクし、寄生殻は襲う対象を選ぶ……死ね! 裏切り者ども!」


 アンティノラNo.1は。

 その知性のなさを象徴するかのような、でっぷりとした半透明の肉塊に変わった。


 ヒルの姿をしたスライム。

 ヒル・パラベラムだ。


 ボタボタと滴る粘液が、床に溢れるとじゅうじゅうと白煙を立てて床材を溶かしている。


「溶解液か」

「厄介ねん。武装も溶かされるかしらん?」

「ほほ、いいぞ、いいぞクロイチ! 奴らを溶かし殺せ!」


 嬉しそうに言うDr.ゲイルの声に、ヒル・パラベラムが反応し。

 ゆっくりとした動きで、彼の周囲を包むように体を伸ばし始める。


「な、なんじゃ!? どうしたクロイチ! 敵はあっちじゃぞ!」


 予想外の動きに狼狽えるDr.ゲイルに、弐号がぽつりと漏らす。


「もしかして、体内の粘液のせいで操作装置も溶けたのかしらん?」

「……道化に相応わしい最後だな」

「よせ! やめろクロイチ! ワシじゃない! ワシじゃ……ああアアァッ!」


 ぬったりと広がったヒル・パラベラムの体が波打ち、一気に、囲い込んだDr.ゲイルの体を呑んだ。

 断末魔すら上げる事が出来ず、ものの数秒で溶かし喰われたDr.ゲイルに、黒の一号は逆十字(アンチクロス)を切る。


「地獄で待て。……すぐに俺も、そこへ行く」

「で、どうするのん? ハジメ。あれ、あのまま放っておくわけにはいかないわよん?」


 何でも溶かす粘液の塊。

 もし都市部にでも現れれば大惨事になる。


 黒の一号は少し考えてから、こちらに向かってゆっくりと動き始めたヒル・パラベラムを見て。


「……多分、倒すのは簡単だ」


 そう言って、ヒル・パラベラムに背を向けた。


※※※


 時間を掛け、はぐれない程度にヒル・パラベラムを外へと誘い出した黒の一号は、沈んでいく夕日の中で、眼下にそれの末路を見届けていた。


「ああ、ヒルだものねん。……塩に触れたら、自分が溶けるのねん」

「そういう事だ」


 弐号の足に捕まって海の上に浮遊している黒の一号はうなずいた。


 研究所に保管されていた大量の触媒用の塩を合流したキヘイ、カツヤと共に外へと運び出し、ヒル・パラベラムに呑ませたのだ。

 体積を減らしていくヒル・パラベラムは、知性がない為に、自分の頭上に浮く届かない獲物をひたすら追い続けるだけで、自分に起こっている事にまるで気付いていない。


 ついでに、研究所の中にあったデータも全てヒル・パラベラムに呑ませて後始末も終えていた。


 やがて限界を超えたのか形を保てなくなり、ばしゃりと床に広がったヒル・パラベラムの残骸も、塩が吸って消していく。


 後は数日、日差しでも当たれば、完全に乾くだろう。


 こうして、悪の組織『飛来鉱石研究所(フラグメント・ラボラトリィ)』は壊滅した。

 

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