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黒の一号・終章  作者: 凡仙狼のpeco
『最終決戦篇』
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エピローグ③正義を騙る修羅


 彼が目を覚ますと、そこは見覚えのない場所だった。


「……どういう事だ」


 あり得ない程に巨大な樹木が立ち並び、足元の地面が常に湿っているほどに枝葉の茂る暗い森だ。

 彼は中でも一際巨大な樹木の、地上から数メートルはあろうかという木の根に抱かれるようにして横たわっていた。


 彼のいる場所にだけ、葉の間から木漏れ日が差し込んでいる。

 身を起こした彼に対して、声をかける者がいた。


「目覚めましたか? アンティノラセブン


 声は背後から。

 立ち上がって声のする方に目を向けると、樹木の幹にある瘤に腰かけた、柔和な顔をした青年が微笑んでこちらを見ていた。


「……アンティノラエイトか」

「ええ。もっとも、肉体ごと再生された貴方と違って、魂だけのようですが」

「何?」

「貴方に内蔵されていた補助頭脳を基礎に魂を復元されたのでしょうね。……この肉体は、貴方の装殻そのもの、です」


 言われて彼は、自分の体内から常に供給されていた霊子の流れが消えているのを感じた。


「どこだ、ここは」

「さて。異世界のようだ、という事は分かりますが。補助頭脳となって気付きましたが、装殻者……霊号と襲来体には、次のステージというものがあったようですね」

「次のステージだと?」

「ええ」


 柔和な笑みを消さないままに、アンティノラⅧは言う。


「貴方は、デウスに認められたようです。時空の円環を保つ為に、あらゆる世界で繰り広げられる装殻者と襲来体の闘争、それを維持し続ける調停者の一人として」


 だから、肉体を復元されてこの地に降り立ったのではないか、とアンティノラⅧは言う。


「霊号の助力のみでは、貴方の装殻能力が失われていない事の説明がつかない。得た知識からの推察は大事な事でしょう?」

「……霊子の流れを感じないが、装殻化出来ると?」


 彼の懐疑的な声に、アンティノラⅧはますます笑みを深めて自分の胸に手を当てる。


「試しに纏ってみれば如何です。貴方の装殻は『ここ』にあります」


 彼は鼻を鳴らして、左胸を叩いた。


「纏身」


 声に応えて、アンティノラⅧの姿がスライムのように崩れて、彼にまとわりつく。

 瞬時に自身の見慣れた銀色の腕と、慣れ親しんだ力が戻った事に、彼は何の感慨も抱かなかった。


「黒の一号に殺されて、負けたまま生きろと言う。無意味な事だ」

『では、元の世界に戻る方法を模索しますか?』

「わざわざ不愉快な顔を見に戻れと? ふざけるなよ」

『では』


 銀の装殻となったアンティノラⅧは、変わらぬ声音で言う。


『我々の目的の為に、再び生きましょう』

「目的?」

『そうですよ。随分と回り道をしてしまいましたが……安寧な生活を求めて。如何です?』


 もったいぶった言い方は癪に障るが、言っている事は正しい、と彼はそう思った。


「……そうだな」


 呟いて、彼は銀の装殻者の姿のまま、森を歩き出す。


「俺は、最初からそれだけを求めていたのだったな」

『ええ。しかし、貴方がシェイドと名を変えたのなら、私もシープやアンティノラⅧのままでは面白くありませんね。新たな名前を決めていただいても?』


 アンティノラⅧの言葉に、彼……シェイドは。


「シャム」


 即座に、そして短く応えた。


「お前が俺の装殻と成ったというのなら、死して蘇った我らは〝銀の死神〟……名も無き幽鬼シャム・シェイドだ」


※※※


「ヒルメ、出産おめでとう!」


 飛び込んで来たルナが、ヒルメ……向こうの世界でミカミと呼ばれていた女性の顔を見るなりいきなり言ってから、こちらに目を向けた。


「あら、ミチナリ。貴方も来てたの?」

「当然だろう」


 自分達の世界へ戻った後、ミチナリら《白の装殻クルセイダー》は、かつて自分達が率いていた組織へと舞い戻った。

 残った仲間達は世界の復興を行い、組織を維持し続けていてくれた。


 白の0式が戻らなかった事を惜しんではいたが、ミチナリの語った状況を受け入れ、新たな旗頭としてアイリを頂く事を了承してくれた。

 向こうと違い、それほど襲来体に荒らされていなかった上、装殻の存在も元々なかった為に世界は今、平和の中にある。


 ミチナリらは組織を整理し、今は傭兵隊となっていた。

 人類の脅威が失せれば、人同士の争いも始まる。


 国家として抑止力になる事は出来ないが、無意味な闘争への介入が可能な組織を、ミチナリは作りたかったのだ。


「病院で騒々しい……悪くはないけれど」


 ルナに続いて入って来たリリスがぽつりと言い、微かに笑みを浮かべる。

 二人は、新たな会社を設立していた。


「開発は順調なのか?」

「当然……基礎理論はそう変わらない。利用方法が変わるだけ」

「そうよ! 当然、最初はあんたたちに使ってもらうからね! 無償提供の代わりにデータ寄越しなさいよ!」

「構わないが」


 ミチナリとルナ達のやり取りを、赤子を抱きながら楽し気に聞いているヒルメの横で、ケイタが訝し気な顔をする。


「何の話だ?」


 ケイタは、ヒルメの妊娠と同時に組織を抜けていた。

 今は、伝手を生かして物資調達の貿易商をやっているらしい。


「ふふん! 決まってるでしょ! 新しい装殻の開発よ!」


 Vサインを出すルナに、ケイタが頬を引きつらせる。


「はぁ!?」

「霊号の力が利用出来なくなったって、世界から霊子の流れが失われた訳じゃないでしょうが。だったら、今ここにある加速霊子を取り込んで利用する機関を作れば、装殻は稼働するでしょ?」

「いやちょっと待て! おま、それ軍事利用されたらどうする気だ!?」

「させないわよ。コアの構造なんて、普通の奴には絶対理解出来ないんだから。ミチナリ達に渡す分以外は、装殻同士の衝突を検知したら稼働しなくなるようなストッパーを組み込んであるし」


 あくまでも平和利用の作業しか出来ないようなものを作るのが目的だと言うルナに、ケイタが呆れたように頭を振った。


「……そんな上手く行くかよ」

「行かせるのよ!」

「言うだけ自由。……その姿勢は嫌いじゃないけど」

「まぁ、この場でするような話ではないな」


 ミチナリの言葉に、ルナとリリスは口をつぐんだ。

 この二人、対称的だが、そういう所はそっくりなのだ。


「そうね。場違いだったわ。それで、その子の名前って決まってるの?」

「決まってますよぉ〜」


 相変わらず眼鏡を掛けていない時はのほほんとした口調のヒルメが頷く。


「この子の名前は、ハヤヒ、ですよぉ〜」

「ハヤヒ君?」

「そうですよぉ〜」

 

 ルナとリリスが興味津々に赤子を覗き込み、ケイタがミチナリに問いかける。


「そういや、あの野郎とアイリはどうした?」

「今はちょっと出先でな。近いうちに戻って来るとは思うが、戦局次第だ」


 ミチナリの言葉に、ケイタは首を傾げる。


「そういやあいつら、くっついたのか?」

「知らん」


 まるで興味のないミチナリがそう答えると、ルナが言った。


「こないだ、ようやく落とした! って吼えてたよ。ジンが」

「言い方が悪い……嫌いじゃないけど」

「で、またアイリにしばかれてた?」

「よく分かるわね」

「あの野郎、マジで口が軽いからな」


 ミチナリは、時計に目を落とした。


「そろそろ、作戦開始の時間だな」


※※※


「どうした? アイリ」

「何が?」


 ヘリから降りて来たアイリに対してジンが問いかけると、アイリはふて腐れたような口調で答えた。

 二人がいるのは、中東の紛争地帯だった。


「顔が暗い。上手く行かなかったのか?」


 敵軍に押し込まれそうな侵略された側の戦線を、率いて来た傭兵部隊で支えつつ停戦交渉を行っていたのだが、相手にまるで聞く耳がない。

 仕方なく、この辺りで紛争が起こると困る大国に介入を呼び掛けて状況を収束させようとしていたが……野戦服を着て最前線の指揮を執っていたジンの元に来たアイリは、浮かない顔をしていた。


 彼女は純白のパンツスーツを身に着けている。

 砂埃舞うこの地域ではすぐに汚れてしまうものだが、アイリはかたくなに白のスーツに拘った。


「ううん。そういう訳じゃないんだけど。妙な話を聞いてさ」


 マサトの色と、花立の強さ、それらを象徴するのが白のスーツなのだと、彼女はジンに言う。


 終わらない戦いに、自分の心が負けないように。

 そう言う彼女は、変わらずに明るく強いままだ、とジンはそう思っている。


「妙な話?」

「そう。戦場で死んだ兵士の死体が、敵味方関係なく起き上がって徘徊してる、って話」


 浮かない顔をしている理由を聴いて、ジンは表情を引き締めた。


「まさか……襲来体が?」

「分かんない。でも、霊号はまだまだ生まれない筈だ。こんなに早く、一度安定した時空が揺らぐ事はないと思うし」

「だったら……」


 ただの、戦場に付き物の噂話じゃないのか、と言いかけたジンの耳に、警報が飛び込んで来た。

 古い要塞を利用しての防衛戦をしている身としては、空爆ではない事を祈りながら……相手にはそんな資金も物資もない筈だが……


 要塞をアイリと二人で駆け上がり、騒いでいる兵士が指差す方向から顔を出すと。

 地平の向こうに、妙なものが見えた。


 ゆら、ゆら、と蜃気楼に揺れながらゆっくりと歩んで来るのは、敵の兵士のように見える。

 双眼鏡で覗くと、それは人間ではなかった。


 いや、元々は人間だったようだ、と言うべきだろうか。

 

 それは腐っていた。

 腐って、どう見ても明らかに死んでいるのに動いている。


「ゾンビ……?」


 昔の映画で見たようなその姿にジンが思わず呟いて双眼鏡から目を離すと、同じように自分のものを覗き込んでいたアイリも肯定した。


「そうとしか……見えないよね」

「噂は本当だったみたいだが、襲来体、には見えねぇな」

「でも妙だ」


 アイリがジンに目を向ける。


「何か、警報が響いた瞬間から、空気が違う。……アナザーが作り出した空間に、閉じ込められた時みたいな感じ」


 ジンは考えた。

 どう見ても襲来体には見えないのに、アイリは近い感覚を感じると言う。


「何か、起こってんのかもな」


 分からない事は、既に起きていた。

 会う筈がないと思っていた彼が、自分が未だ存在し続けられる理由として、デウスの意志を語っていた事と、何か関わりがあるのかも知れない。


「……呼ぶか」

「誰を?」


 ジンは、彼との再会をアイリに伝えていない。

 本人に口止めされていた事もあるが……こういう事が起こった時に驚かせるのが、楽しいからだ。


 ジンはニヤリと笑い、かつて纏身する時にしていたのと同じように、両腕をがっちりと逆十字アンチクロスの形に組み、吼えた。


時空接続ゲットコネクト!」

命令実行ゲットレディ

「なっ……!」


 既に霊子供給がなく、稼働を停止したものが動いている、とでもアイリは思ったのだろうが、違う。

 アイリ自身は失ったから分からないだろうが。


 生体移植型補助頭脳インナーベイルは、その名の通りジンの一部だ。

 生体であるジン自身の霊子エネルギーを分け与えられているものであり、それ単体で使ってもセンサーなどに当たる外殻がないから起動してもそれ自体は無意味なものとなる。


 だが、たった一つだけ使い道があり、それが、霊子通信だ。

 同じく霊子通信出来るものが『存在すれば』通信可能であり、ジンは、たった一人だけ、通信相手を持っている。


 それが。


「来てくれーーーハジメさん!」


 ジンの呼び掛けに対して……空が、パキィン、と音を立てて割れた。

 割れた空間から飛び出してきた黒い何かが、要塞とゾンビの間に降り立つ。


「うそ……」


 アイリの呆然とした顔に、ジンはニヤッと笑った。


※※※


 ジンの要請に応えて次元跳躍を行ったハジメは。

 大きく口を開いて彼を見るアイリの姿を要塞の上に見つけて、頭部外殻の下で懐かしさに目を細めた。


『おい、ハジメちゃん。何か妙なのがいるぞ』

「ええ、見えています」


 地平に居並ぶ、妙な反応の死体達。


『敵か?』

「でしょうね。少なくとも、放置して良いモノではなさそうです。霊子空間が形成されている」

『そうだな。ま、アレを潰しゃー消えるか』

「と、思います」


 ハジメはゴウキとのやり取りの後、体の前で逆十字を切り、名乗りを上げる。

 

「我は、装殻者が一人ーーー」


 例え装殻を失おうとも、共に戦う力を持たなくとも。


「律に背き、権を拒み、力を以て望みを通しーーー」


 共に戦った者達は、いつまでも仲間であるという想いを込めて。


「終に、過ぎた力を与えられし者」


 彼は腰の両脇で拳を握り、敵対者へ向けて地面を蹴る。

 与えられた力を持って、大切な者を守る為に。 




「我は、正義を騙る修羅ーーー名を、黒の一号」




END.

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