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黒の一号・終章  作者: 凡仙狼のpeco
『最終決戦篇』
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エピローグ②:四国


 花立が四国に降り立ち、かつて装技研のあった街を通りかかった時、不意に視界の端に不穏なものが映って車を停車させた。

 降りると、一人の少女が複数の少年達と怒鳴りあいをしている。


 どうもナンパか何かなのか、少女の腕を一人の少年が掴んでいた。

 少女の姿に見覚えがあり……どうせ口汚く罵ったのだろうと、花立は推測した。


 周囲に遠巻きの人だかりがある。

 多分声を掛けた少年は、引くに引けなくなっているのだろう。


「……それくらいにしておけ。騒ぎになったら司法局が来るぞ」

「なんだぁ、おっさん!」


 凄む少年と対照的に、少女は驚いた顔をした。


「花立!?」

「その少女の知り合いだ。やめておけ」


 花立が知り合いである事に少年が怯んだのを見て、花立が鋭く睨むと、少年は仲間とぶつくさ言いながらその場を後にした。


「……お前、こんな所で何をしているんだ。四国に来ると言っていたのは本当だったのか」

「あ、うん……」


 クリスマスを迎える度に、窃盗行為を働いては花立を呼びつけていた不良少女。


「相変わらず騒ぎを起こしてるのか」

「あいつらが絡んで来たんだよ!」

「どうせ喧嘩腰で文句を言ったんだろう。穏便に済まないのはお前の責任だ」

「ぐっ……うるさいな! あんな奴らに甘くしたら付け上がるだろ!?」

「それで怪我でもしたらどうする」


 不良少女は顔を背けた。

 まるで成長していない様子に花立は渋面を浮かべるが、自分はもう司法局員ではないことを思い出し、話題を変える。


「手足、直ったんだな」

「ああ、うん。無料で診察するってデカい病院が言ってて、そこで解除してもらった」


 不良装殻者の装殻解除は急務だった。

 解除とその後のケアを負担したのは、それまで富を溜め込んでいた『黒殻』と政府だ。


「暮らせてるのか」

「うん。……仲間が出来たよ。皆、元は不良装殻者の子達。キタツさんっていうおじさんが、皆を纏めてくれてるんだ」


 嬉しそうな少女に、花立は微笑んだ。


「そうか。良かったな」


 そんな花立の表情が意外だったのか、少女が驚いた顔をすると、彼女に対して声が掛かった。


「シズキ」

「あ、ヤマタ」


 手に買い物袋を下げた少年だ。

 顔立ちは整っているが、硬さを感じさせる少年だった。


「……妙な奴と喋るな」

「昔の知り合いだよ。じゃあね、花立!」

「ああ」


 去っていく二人を見送る花立は、ヤマタと呼ばれた少年を、妙に寒々しい目をした奴だな、と思ったが、すぐに頭を振って車に戻った。


※※※


「あらん、来たわね、トーガ」


 昔、コウ達が下宿していた装技研の寮代わりだった一軒家。

 今はそこに、ニーナ達が暮らしていた。


「久しぶりだな」


 今は第一線を退いている彼女は、相変わらず軽さを感じさせる表情でニッコリと笑う。


「今日は呑むわよん!」

「呑まん」


 俺を酔い潰して何が楽しいんだ、と内心で毒づきながら、花立は車から降ろした荷物を居間に置いた。


「少し出るが、本条と鯉幟さんは?」


 鯉幟カツヤはあの後、司法局を辞めて探偵になっていた。

 アイリが一人前になったからお役御免だ、と朗らかに笑っていたところを見ると、無理をしている訳ではなかったようで何よりだと思ったが、その後ハジメやニーナと共に四国に渡ったのは意外だった。


 もっとも、全員近いうちに、ケイカ達の住む『フラスコル・シティ』に近い八種(やくさ)市に居を移すと言っていたが……おそらく、花立が落ち着くまでスミレの墓を守っていてくれたのだと、花立は理解していた。

 墓の手入れをしてくれるのは、ヤヨイだ。


 彼女は、電装研の所長をそろそろ辞めると言っており、四国に居を移すらしい。


『全部終わった。後始末までね。後は自分達でどうにかしな』


 花立と同じように引き止められた彼女だったが、ヤヨイは譲らなかった。

 そんな所が自分と違って甘くないのだろうな、と花立は思い、ニーナの答えを聞いて意識を戻した。


「二人は相変わらずねん。ハジメはまた何処か飛び回ってるし、カツヤは今、キョウスケとユナを連れてお散歩中よん」


 面白くなさげなのは、本条の状況が状況だからだろうな、と花立は考えたが口には出さない。


「そうか」

「あ、言ってたら帰って来たわねん」


 楽しげな少年少女の声が響いて、ニーナは窓から外へ目を向ける。


「お、来たか花立君。ほれ、挨拶しろ、(ボン)(ジョウ)

「こんにちは……」

「こんにちは!」


 少し大きくなった青い目のキョウスケはおずおずと、ユナはハキハキと挨拶する。

 花立は、そんな二人に頬を綻ばせた。


「こんにちは」

「さ、手を洗いに行こう」

「「はーい」」


 鯉幟が二人を連れて奥に向かう。


「……大きくなったな」

「もうすぐ小学生だからねん。それまでには引っ越したいわ」


 すっかり母親の顔をしているニーナがおかしい。

 ユナは、向こうに行ったらケイカと暮らすという話も聞いたが、その辺りがどうなるのかはよく分からない。


「向こうに引っ越したらどうするんだ?」

「さーねん。この子達が手を離れたら電装研で働くかも。ヤヨイもいないなら、ケイカがオブザーバーくらい欲しがりそうだしねん」

「……おかしな話だ」


 【黒の装殻(シェルベイル)】は指名手配犯だったというのに、現在の政府中枢は着々と関係者が権力を握り始めている。

 悪の組織の日本征服……そんな馬鹿馬鹿しい言葉が頭を過ぎった。


「誰も損しないし、別に良いんじゃない?」


 内心を見透かしたのか、ニーナが、ふふ、と声を漏らす。


「で、どうするのん?」

「先に詣でる。そのために来たんだしな」

「そう。なら草抜きしといてねん」

「ああ」


 花立は、その場を後にした。


※※※


 子ども達におやつを与えて寛いでいると、おやっさんに通信が入った。


「お。知らん番号だな」


 探偵仕事関係の電話かと思い、おやっさんはニーナに目配せしてから席を立つ。

 通話しながらつっかけで外に出ると、声を出した。


「はい、鯉幟ですが」

『久しぶりだな』


 いきなり、ハスキーな女性の声でそう言われて面食らう。


「……どなたでしょう?」

『なんだ、妹の声も分からないのか』


 調子の変わらない声音に、少し考えてから、おやっさんは目を見開いた。


「は!? お前……ハルカか!?」

『そう。今は米国に居てな。愛媛駐留軍の総司令だったマークの女房になっていたんだが』


 数十年ぶりだと言うのに、まるで遠慮のない口調で言ったハルカに、鯉幟は懐かしさやその他の感情の前に、怒りを覚えて声を押し殺した。


「……生きてたなら何で連絡を入れねぇ」


 そもそもおやっさんがハジメと共闘してラボと対峙したのは、ハルカがラボに攫われた事が発端だった。

 本部を潰して幾ら探そうともハルカの記録はなく、とっくに死んだものと思っていた。


『事情があるんだよ、こっちにもな。だが、息子がそっちに居る以上、挨拶くらいはしておこうと思ってね』

「むす……!?」


 声を上げ掛けて、ニーナが窓の向こうからこちらを見ているのに気付いて口をつぐむ。

 軽く手を上げて背を向けると、おやっさんは歩き出した。


「……キョウスケは、お前の息子か」

『そう。親子で基地に暮らしていたが、義理の妹の出産でマークの代わりに本国に帰っている間に、基地が乗っ取られた。キョウスケがお前らに助けられたのは把握していたが、マークがいなくなって収入源がなくなったからな。仕事に復帰したら厄介ごとを押し付けられた。すまないが世話をしてやってくれ』

「何十年経っても勝手だな。大体、俺たちの歳であの年齢の息子だと?」

『人体改造型は歳を食わないからな』


 ハルカは自分の事情を説明し、おやっさんは絶句した。


 彼女がアンティノラⅨとして改造され、米国に渡り、ジンと因縁が出来、第三次襲来体殲滅戦で起こった事。

 それらの事実にしばらくして無理やり心の整理をつけ、おやっさんはボソリと言う。


「……家出して、勝手な事ばかりするからだ」

『返す言葉もない。が、キョウスケは頼む』

「強引過ぎる。お前、母親だろうが。キョウスケだってお前さんを恋しがっている筈だ」

『当然、キョウスケは愛しているとも。母親だからな。……金は口座に毎月振り込む。だが、今の件が終わるまでは会えん』

「いつ終わるってんだ?」

『さぁな。だが、長い仕事になるだろう。側に置いて殺されるよりは、まだしも短気だが情に篤いおじさんの所にいる方がマシだ。そうだろう?』


 おやっさんは舌打ちした。

 キョウスケには既に情がある。


 今更無理やり親元に戻しても、命の危険があると言われては頷かざるをえなかった。


「どいつもこいつも、俺にガキの面倒見るのを押しつけりゃ良いと思いやがって……」

『好きだろう? それに、キョウスケは良い子だ。……頼む』

「って、おい!?」


 最後だけ、少し済まなそうな声音で言い、ハルカからの通話は一方的に通話が切れた。


「あのバカが……」


 これは自分一人の胸の内に秘めるべきか否か。

 そう考えて、おやっさんは一人にだけ事実を伝える事にした。


※※※


「……キョウスケが。そうか」


 ハジメはおやっさんの言葉に頷き、含み笑いを浮かべる。


「頼りにされてるな、カツヤ」

『お前と違ってもうこっちはジジイだぞ! 少しは労われ!』


 八つ当たり気味に吼えるおやっさんに、ハジメは淡々と答えた。


「悪いが、それだけ元気なら大丈夫だと思える。……俺もしばらくしたら戻る。今は忙しいからな。切るぞ」

『おい!』


 通信を切ったハジメは、一歩、足を踏み出した。

 目の前には、装殻に代わる充電池式のパワードスーツ『電装』の試作型を身に纏う男達が立っている。


「待たせて済まないな」


 彼らは、犯罪組織だった。

 今開発されている『電装』の技術が流出したとカヤからの連絡を受けて、今、ハジメが始末しようとしている。


「その力を、悪用する事は許さない……」


 目的は、パワードスーツと開発工場の破壊、流出技術の消去。

 司法に引き渡せば殺す必要まではない、というので、ハジメが出向いたのだ。


 人を、これ以上殺す事は極力避けたい。

 償いの人生を歩むのに、償うべき相手を増やすのは元も子もない話だ。


「生身で、勝てると思ってんのかぁ!?」


 相手は自分が力を得たと勘違いしているのだろう、嘲るように言う。

 ハジメがただの人間が相手であれば、それは正しかったが。


『ハッハァ! 奴ら調子こいてるぜ、ハジメちゃんよ!』


 脳裏に響く声は、どこか楽しげだった。


「ゴウキさん。少し静かにして下さい」

『あ!? お前、俺にそんな事言って良いと思ってんのかぁ!? 体乗っ取るぞ!』


 ハジメが救われた後。

 補助頭脳をジャックの肉体に移し替えて体を与えてやれたのは彼女がいたからだった。


 在ろう事かゴウキは、時空修復(アカシックライディング)で自らの意識を生体移植型補助頭脳(インナーベイル)に変換して、ハジメの体内に居座ったのだ。

 どこまでも規格外な、黒の0号、南原ゴウキ。


 お陰で、ハジメが出て行くたびにニーナの機嫌が悪い。

 困ったものだった。


 ハジメは溜息を吐き、口元を引き締める。


 そのまま右腕を上げて二本指を立て、右肩から左腰へその指を一閃した。

 そのまま、跳ね上げた指を左肩を越えて顔の横に。


 最後に右腰へと指を払い、斜めに描かれた逆十字(アンチクロス)により、(キー)が解除される。


 最後にハジメは両方の拳を腰元で握り締めた。


「―――纏身(テンシン)

実行(レディ)!』


 装殻装着を告げた彼に、ゴウキが答える。

 そして、ハジメの秘めたる力が解放された。


 全身から粘液が滲み出し、空気に触れる傍から硬化してハジメの全身を覆う。


 滑らかな曲線を描く、艶消黒色の外殻が形成され。

 フルフェイスの、有機的な印象を持つ紅い双眼が光る。


 最後に前腕と膝下を覆う追加武装が展開し、彼は、人から異形へと姿を変えた。


装殻状態モード全能力制限フルリミット!』


 現れたのは、黒い装殻者。


「てめぇ、それは……!」

「装殻だと!? バカな、装殻は稼働しなくなったんじゃないのか!?」

「し、しかもその姿は……!」


 男達が狼狽えた声を上げるのに、ハジメは両手を広げながらさらに一歩、足を踏み出す。


 真に、世界で唯一の装殻者となった本条ハジメーーー黒の一号。


 だが既に、この世界に彼を排除しようとする襲来体が現れる事はない。


「邪悪は、滅ぼす……」


 言葉と共に地面を蹴り、『電装』を纏う者達を叩き伏せた黒の一号は、工場を破壊してその場を後にしようとして。

 再度、彼に対して通信が入った。

 

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