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黒の一号・終章  作者: 凡仙狼のpeco
『最終決戦篇』
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第15節:時空修正


 コウは、黒の一号がアイリの掬い上げに乗れなかった事に気付いていた。


「ふざけるなよ……ここまで来て!」


 全員無事に済んだ。

 この段階で、黒の一号だけが助からないなどという事が、許容出来る筈がない。


「アイリ、先に行け!」

「コウ!? 何を!?」


 空間跳躍の最中でも、アカシックリーディングを行なっているコウとアイリの意識は繋がっている。

 今、コウとアイリはほとんど停止していると言っても過言ではない程に、空間跳躍中の思考を引き延ばしていた。


 それが、裏技に必要な事だったからだ。

 だが、黒の一号を見捨てる位なら……!


「俺は残る、ハジメさんを……!」

『それは、許されねーな』


 二人の会話に割り込んで来たのは、聞き覚えのある声だった。

 驚くコウだったが、すぐに誰かを察して、反論する。


「じゃあ、ハジメさんを見捨てるんですか!?」

『はっ。俺が、ハジメちゃんを? 冗談キツいぜ。お前らは、為すべき事を為せば良いんだ。そしたら、あっちは俺が引き受ける。……分かるな?』

『コウ。ここで君がいなくなれば、霊号の力だけを切り離す事が出来なくなる』


 また別の声が意識に割り込んだ。


『それは、アイリに死をもたらす事だ。俺は許さない』

「任せて……良いの?」


 新たな声に対してアイリが問う。


『その為に来た。始めてくれ』


 コウはアイリの意識に目を向けた。

 アイリも、コウを見ているように感じる。


 同時に頷いて、コウは言った。


「ハジメさんを……お願いします」

「約束破ったら許さないからね!」

『俺を誰だと思ってやがる』

『ああ、約束は果たす』


 二人の力強い声に、コウは再びアイリと息を合わせて、霊号として最後の戦いに臨む。


「「時空修正(アカシックライディング)!」」


 装殻者が、まるでデウスからの最後の褒美であるかのように行使出来る、最後に一つだけ望みを叶える手段。

 時間を、巻き戻す事だけは出来ない。


 それは確定された円環だからだ。


 故にゴウキも、マサトも。

 襲来体への対抗手段を失わない為に、自分自身を残す選択をした。


 だが、コウとアイリの望みは、生き残る事。

 全員で、帰る事だった。


 二人で共鳴したコウとアイリは、世界を修正する時間を、ゴウキ達よりも長く取る事が出来た。


 まずは《白の装殻(クルセイダー)》。

 世界の外へと惹かれる魂を掬い上げて、アイリが長く手を伸ばし、本来存在するべき時空へと乗せる。


 その手に、絡みつくようにもう一つの魂が乗るのを、コウは見た。


「ジン……?」


 俺も連れて行け、とジンの意識が言ったような気がした。

 

「ジンさんは、君が好きなんだ。アイリ。一緒に行きたいって言うんなら、連れて行ってあげなよ」


 コウの言葉に、アイリははにかんだようだった。

 腕に乗る魂にそっと囁く。


「まだ、付き合わないよ。僕は、僕より弱い男は嫌いだ」


 お前が霊号でさえなけりゃ……、という意識と共に、ジンが世界を渡る。


「日和まくって皆に迷惑かけたくせに」


 黒の一号に、アイリの為にジンが挑んだ時の事を言っているのだろう。

 だが、コウには彼女の声音が嬉しげなものに感じられた。


「……次だ」


 今度は、《黒の装殻(シェルベイル)》の面々を地球へ。

 

 ニーナ、花立、そしてケイカの魂にそれぞれに問い掛けると、彼らは今のままで、と望んだ。

 霊号がいなくなれば装殻は使用出来ない。


 それでも、人体改造型、あるいはハイブリッドである事を望む彼らを、時空への影響がない状態へと変化させて、地球へ送った。


 ミツキは元々人間だ。

 人のまま、最後まで戦い続けた。


 彼に問い掛けると、彼は意外な事を望んだ。


 過去の狭間で、デウスにとっては役目を終えて不要な魂と……魂に成りかけていたモノを掬い上げる。


 カオリと、カオリの生体移植型補助頭脳(インナーベイル)

 シェイド。

 そして、崩れかけていたものを再生したシープ。


 彼らを、そしてマザーやアナザー、オーファンまでをも異世界で蘇らせる事を、ミツキは望んだ。


 意に染まない運命に抗った彼らに、今度は望むままに生きることの出来る生を、と。

 コウは、気持ちに応えた。


 姉を殺した許しがたい敵であった筈のシェイドですらも、デウスの定めた運命に翻弄された者だと言うミツキに、敬意を払って。


「次は……誰も傷つけないように生きて欲しい」


 そう望んで、コウはそれらの魂を別の時流へ乗せた。

 これから先の人生は、彼ら自身のものだ。


 そしてようやく。

 コウはアイリと自分の力を、手放した。


 同時に、アイリの魂が離れ、意識の繋がりが薄れていく。


「アイリ。君に出会えて良かった」


 違う世界へ旅立つアイリに、意識の手を差し出すと、彼女はそれを握り返した。


「僕もだ。コウ。君と黒の一号に出会った事が、僕を強くしてくれた」

「……さよなら」


 アイリの意識と、二つの力が離れ、意識の加速が終わる。

 二つの力は、黒の一号へ向けて飛んで行く。


 そしてコウの意識は、真っ白な光に包まれた。


※※※


 オーファン・コアが、爆発すらも因果地平の彼方に呑まれて収束するのを見届けて、黒の一号は深く息を吐いた。


「……終わった、な」


 もう指一本すら動かせない。

 すぐに、オーバーヒートで解殻されて、本条ハジメは死ぬ。


「これでいい……」


 地上に、装殻を作り出す事によって火種を撒いた。

 襲来体との戦闘で、日米装殻紛争で、一体どれだけの人間が死んだか。


 寄生(パラベラム)と化した人々も、他人に害となる人間も、黒の一号は幾人も手にかけた。


 装殻が失われた世界は混乱に陥るだろう。

 その混乱の中で恨まれ続ける対象として、自分ほど相応しい人間はいない。


 人類は強い。

 その混乱をくぐり抜けた先で、また強く生きるだろう。


 と。


『なぁに死んで楽になろうとしてんだ、このハジメちゃんはよぉ』


 聞く筈のない声と共に、装殻が光に包まれた。


修復命令(リザレクション).実行(レディ)


 補助頭脳が勝手に起動し、何処かから供給されたエネルギーによって瞬く間に半壊していた外殻が修復される。


「な……に……?」


 呆然と呟いた黒の一号の眼前に、二つの光が生まれた。

 それは人の形を取り、黒の一号に目を向ける。


 一人は、ボンバージャケットを羽織った覇気の塊のような女性。

 ニヤニヤと笑みを浮かべた、懐かしい人。


 もう一人は、表情に乏しい冷徹な刃のような青年。

 呆れたように見下ろす顔立ちに見覚えはあるが、性別が違う誰か。


「ゴウキさん……それに、マサト、か?」

『他に誰に見えるってんだよ、オイ』

『正解だ、黒の一号』


 それぞれに答えて、ゴウキが言う。


『時間がねー。時空改変で地球に跳べ』


 あっさりとゴウキが言うが、黒の一号は首を横に振る。


「俺は……」

『生き残るべきじゃねぇ、とか言うんじゃねーだろうな。ボケが。死ぬより生きてお前の大事な大事な人類とやらの為に苦労しやがれ。せっかく時間をくれてやったんだからな』


 相変わらずの思考の先回り、それに口の悪さだ。

 見透かされて苦笑しながらも、黒の一号は反論する。


「どっちにしろ無理ですよ。俺に、時空改変は使えません」

『いいや、可能だ』


 マサトが言い、黒の一号を指差した。


『君には、もう一つ魂がある。長く君と生を共にし、育まれた魂が』


 その言葉に、黒の一号は以前ゴウキに同じ事を言われたのを思い出した。


「補助頭脳、ですか?」

『そう。あのクソ女と同じように『俺』を分け与えた奴だ。そいつに頼れよ』


 クソ女、とは一体誰の事だろうか。

 疑問に思ったが、それよりも先に補助頭脳が、勝手に言葉を口にした。


 最初からずっと、片時も離れずに付き合ってくれた相棒が。


通告(コール).黒の一号(アンティコア)ーーー貴方に救済を(エイメン)

補助頭脳(サポーター)……お前」

救済を(エイメン)


 時空改変の兆候が、黒の一号を包み込む。


『ハジメちゃん。ご褒美だ。何故か知らねーが、デウスの奴は未だに俺ら魂の削りカスを装殻者と認めてくれてるようでな。ーーー良いもんやるよ。帰ったら驚くぜ?』

『どうせ使い道はない。肉体もないし。アイリを助けてくれた、君へのお礼だ』


 二人の装殻者は、それぞれに何かの時空修正を行い、黒の一号の体が暖かな何かに包まれる。

 薄れていく二人の姿と、補助頭脳に。


 黒の一号は、小さく呟いた。


「ありがとう……」

 

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