第11節:黄と紅の閃光
「―――領域解除!」
マザーβ、アナザーβが視認できる距離になった所で、黒の一号の合図と共に【黒殻】の周囲を包んでいた領域が消滅した。
「行くで! 《青の猛攻》ッ!」
「風撃!」
一斉に群がろうとする襲来体に対して、ミツキとケイカの意思に呼応した【黒殻】が青と緑の光を帯びて、無数の小さな黒殻を産み出した。
カブトムシのようなサテライトは主角から光条を放ちながら【黒殻】を中心に放物線状に広がり、長く伸ばした後翅型振動刃で近接した襲来体を薙ぎ払っていく。
それでも撃ち漏らした襲来体が、【黒殻】に取り付こうとする直前。
「出力解放Lv4……《紅の爆撃》」
本来であれば装殻解除を伴う程の参式の切り札である紅いエネルギー乱が【黒殻】の周囲に吹き荒れ、一匹残らず襲来体を殲滅していく。
その破壊乱が収まるのと同時に、伍号も吼えた。
「もう一発喰らいなァ! 《黄の雷撃》!」
時間差で、肆号の操るサテライトが撃ち漏らした第二陣を、今度は吹き荒れる雷が襲った。
二人が失ったエネルギーを、黒の一号が放出する霊子力を弐号が振り向けて即座に充填、続く第三陣に対しては黒の一号自身が動く。
「ーーー形状変更:突進形態」
【黒殻】が黒の一号に応えて、蟻のような頭部を一本角の形状に変化させる。
「出力解放ーーー《黒の進撃》」
『実行』
補助頭脳が黒の一号の声に応え、【黒殻】の主角から円錐状の領域が形成され、【黒殻】が襲来体の津波の中に突っ込んだ。
視界がブラックアウトしたかと思う程の密度の群れが、【黒殻】に弾き飛ばされて行く。
それを三度繰り返した所で、マザーβとアナザーβが【黒殻】の交戦領域に入った。
「行くわよん! 《黒の暴虐》!」
弐号の声と同時に、【黒殻】 の鞘翅に当たる部分が変化して射出口が複数展開、撃ち出された瞬間何百発の爆撃フィールド形成弾が周囲に広がって行く。
音のない暴威が連鎖炸裂して襲来体を呑み込み、一気に視界が開けた。
マザーβとアナザーβは目の前だが……黒の一号は。
「時空改変……」
コウ達とマザー・アナザーを置き去りにしたのと同様の手法で空間跳躍を行い、マザーβとアナザーβをスルーした。
しかし。
「……どういう事だ?」
空間跳躍を終えたと思った直後に出現座標軸が変更され、衛星軌道に乗った【黒殻】の前に、静止軌道で同じように周回するマザーとアナザーの姿があった。
周囲を埋め尽くしていた襲来体の生き残りが、姿を消している。
「やられたわ。予想以上に学習が早かった。オーファンも、こちらと同時に転移して火星の周回軌道に乗ったようね」
「……状況を」
今の時点で情報を統制しているのは弐号で、恐らく最も正確に把握しているのも弐号だ。
黒の一号の問いかけに、弐号は極めて短く状況を説明した。
「跳躍した時に、時空改変そのものではなく空間跳躍した先の霊子場に干渉されたわ。こちらの出現座標を予測して、周囲に居た襲来体を霊子エネルギーに変換し、転移場を作り出したのよ」
オーファンが、【黒殻】が自身の再形成に使用した霊子を丸々この座標軸に移し変えたらしい。
装殻者は時空改変の影響を受けないが、この宇宙における瞬間移動に類するものは霊子情報の移し替えだ。
移し替える前の霊子に、襲来体のエネルギーを使って時限爆弾のような転移情報を付与されていたのだろう。
「空間転移は危険だわ。次に、もし転移先の霊子に自己崩壊を規定されたら防ぐ手段はないでしょう。そしてこれまでの加速が消された以上、極限機動を再度行ってマザーβとアナザーβを抜けるか、倒す以外に、オーファンの所には行けないわね」
「……その隙があるか?」
極限機動自体は相手も行える。無闇に加速した所で相手も加速しては意味がない。
隙を突こうにも、既に相手は正面に居てこちらを捉えている。
「ならブッ倒そうや!」
ミツキの言葉に、参式が冷静に呟いた。
「ニーナさん。勝率は?」
「八割ってとこかしらん? 時間と手の内が明かされて居ない今が勝負ね。こちらの手を知られるだけ勝率は下がると思った方が良い。それに、時間を掛ければ数も増えるわ」
黒の一号は、視認出来る場所にいるマザーβとアナザーβが、襲来体を再び生み出し始めるのを見ていた。
グズグズしていては、物量で倒される可能性もある。
各個撃破。
一瞬だけそう考えたが、黒の一号は違う選択を口にした。
「いや、突っ切る」
「は!? 倒さんのですか!?」
ミツキの言葉に、黒の一号は事実を口にした。
「……俺の時間がない」
自分の稼働限界が近づいているのを、黒の一号は自覚していた。
思った以上に【黒殻】による戦闘は自身の体に負担を掛けている。
これ以上動きが鈍れば、もう、オーファンの所までたどり着いても黒の一号自身が動けなくなるだろう。
トドメの一撃は、自分が刺さなければ円環が閉じない。
黒の一号の言葉を、全員が正確に理解したようで、少しの間沈黙が流れ。
「ニーナさん。マザーとアナザーの外殻を抜けるか。コアまで。ただ一点で良い」
そう口にしたのは、参式だった。
「……可能よ。《黒の暴虐》を叩き込めればね」
「なら、こういう手は?」
参式の説明に、黒の一号は頷いた。
「一回だけ、だろうな」
「ええ、最初は効くでしょうね。でも、それでどうする気?」
参式は、特に気負った様子もなく答えた。
「後は俺がなんとかする」
「コアまで届くなら、アナザーは俺がやれる」
参式の言葉に呼応したのは、伍号だった。
「花立さんはマザーに集中してくれ」
「……分かった」
黒の一号は、二人のやり取りには口を挟まず、大きく息を吐くと。
「……行くぞ」
襲来体を生み出し続ける二体の母体に向かって、全速力で【黒殻】ごと突っ込んだ。
母体らは、自身はその場に留まったまま、生み出した襲来体を進路上に進ませる。
再び、サテライトと襲来体のぶつかり合い、そして《黒の進撃》による突貫。
進路を塞ぐように徐々に間を狭め始めるマザーβとアナザーβに、弐号が時空改変兆候をわざと見せた。
それに呼応して、周囲の襲来体にマザーとアナザーが干渉し始める。
学習能力は高い、が、応用力が足りない。
弐号が時空改変の兆候を消すと同時に、黒の一号は呟いていた。
「時空改変……極限機動」
ジンの力を借りずに時空改変によって極限機動を行う【黒殻】。
そうして加速する【黒殻】に合わせて、二体の母体もそれぞれに極限機動を行い……。
「……〈妨害場形成〉」
『実行』
時空改変を妨害した事で、極限機動も同時にキャンセルされる。
認識の齟齬による影響を、弐号が【黒の装殻】全員の装殻に干渉して打ち消すが、母体には影響が残った。
動きを止めた二体に対して、弐号が即座に宣言する。
「《黒の暴虐》!」
驚異的な数の領域弾が母体に対して牙を剥く。
ただ一点、穴を掘るように破壊して行く弾頭が、母体の中心に辿り着いたとデータが送られた瞬間……。
「「解殻!」」
参式と伍号が、同時に【黒殻】を離れた。
装殻心核共鳴も、遮断される。
「ちょ、ジンさん!?」
「花立さん!」
マザーとアナザーに対して突っ込んで行く参式・巨殻形態と黒の伍号・雷殻形態に、ミツキとケイカが叫ぶ。
『突っ切れ!』
『ハッハァ! やっぱりそういう狙いだ! 後は頼んだぜ!』
二人は出力解放を出力を宣言し、マザーβとアナザーβに穿たれた穴の中に飛び込んだ。
『良かったのか? ジン』
『《紅の爆撃》で二体巻き込むよりは確実だろ!?』
参式は、腰だめに右の拳を構えてエネルギーを集中し。
伍号は、右足をコアに向けた姿勢で雷を纏い、螺旋を描き始める。
『《紅の一撃》……!』
『《黄の蹴撃》ァアアアッ!』
二人の声と共に、マザーβとアナザーβの中で光が炸裂し……宇宙空間に、二色の閃光が咲いた。




