第9節:操り人形
マザーと対峙し、戦闘を行い始めたコウは、相手の様子に違和感を覚えた。
「……竜牙翔翼!」
双翼型のスラスター基部に備えられた無数のドラグ・スラスターがコウの宣告と共に解き放たれ、マザーに迫る。
マザーはその攻撃を無数の襲来体を生み出して壁にする事で防ぐが、その間にコウは逆の軌道でマザーの側面に回り込んで、破殻鎚砲を砲撃モードで構える。
「……Fire!」
ドン、と重い音と共に撃ち出された砲弾が、マザーを貫く直前にぐにゃりとマザーの体が歪んで穴が空き、砲撃をスルーすると、再び襲来体を生み出してコウへ向かって襲い掛からせる。
「限界機動!」
『要請実行』
超加速領域に突入したコウは、両腕を振るって襲来体を殴り、消し飛ばしながらマザーの背後に回り込みつつ、遥か視線の先でアナザーを相手取るアイリ通信を入れた。
「アイリ。こいつら、様子がおかしくないか?」
『コウも感じた? 攻撃も防御も単調過ぎるよね。地上で相手にしたアナザーはもっと嫌らしい手を使って来たのに……』
「もしかしたら、意思がないのかも知れない」
母体複製体にすら擬似的ながら意思があったというのに、今のマザーとアナザーからはその意思が感じられなかった。
輪唱のように霊子を震わせて時々届く彼らの言葉と思わしき波長は、ただ一念に凝り固まっている。
『全テ、ハ、デウス、ノ、意志、ノ、ママニ……』
まるで機械か幼子のような波長。
しかし、力こそ確かに地上で相手をしたアナザーよりも巨大で強力だが、操る意思がこの程度では。
『正直、敵じゃない、よね……』
アイリの呟きは、コウにとっても同意出来るものだった。
力を愚直に振り回すだけの存在では。
「一気に決める。アナザーもこっちにおびき寄せてくれるか?」
『良いよ。タイミングは?』
「先に仕掛けてくれ」
『了解』
マザーの攻撃をいなしながら待つコウに、徐々にこちらに近付いてきたアイリが吼える。
『行くよ! 装殻心核―――』
「―――共鳴励起!」
一度、シープの画策によって引き起こされたマサトとコウの共鳴励起は、コウの暴走と引き換えに強襲形態を発現させ、戦闘能力を格段に引き上げた。
同様の現象を意識を保ったまま行えるのは、ニーナによるアカシック・リーディング技術の習得により、霊子への理解が深まったからだ。
アイリの声に応え、霊号心核同士の共鳴を引き起こしたコウは、さらに吼える。
「時空改変ーーー出力解放! 《無の連弾》!」
『要請実行.制限解放( リミットリリース)』
ゴウキとマサトの使った霊号のみが出力可能なエネルギーをフルに使った出力解放が、共鳴によってアイリの能力も引き上げる。
『5』
最初の一撃。
アイリの両手の刃が爆轟銃剣に変化し、引き付けたアナザー向かって空間跳躍した。
『爆轟ぉ!』
瞬時にアナザーの横に出現したアイリの両手による刺突が隕石の外皮に突き刺さり、中でエネルギー・ストリームを炸裂させ、振動破壊を誘発する。
『……!』
外殻から連続崩壊していくアナザーの放つ意識が乱れるのと同時に、コウ自身も変質した。
手に構えた鎚砲を回転させると、龍の両翼が肥大化し、6対12枚の大出力スラスター化する。
『4』
「おおおおおおッ!」
「跳躍!」
鎚砲を振りかぶり、アイリのサポートを受けてマザーの頭上に空間跳躍したコウは、アイリ同様に破壊振動をマザーへと叩き付ける。
『3』
「「液化!」」
コウとアイリは同時に宣言し、全身を無数の微粒子に変化させた。
そのまま、それぞれにマザーとアナザーの体内に破壊された外殻から内部へと侵入し、全身を霊子的破壊力を纏った単分子の刃と化して球状に伸ばす。
機械的に、与えられる刺激に反応しているだけのマザーとアナザーに、その曲芸のような攻撃を防ぐ手立てはなかった。
コウは思う。
相容れないと定められた霊号と襲来体だが、実際は、共に成長するものなのだと。
この時空を存続させる為の霊子加速と霊子量の増大、それらを操り、維持し、安定させ、その後に滅ぶ自分達が、自身の全てを燃やし尽くしてぶつかり合う事。
燃え尽きて、満足し、果てる事が……もしかしたら、デウスの定めた装殻者と襲来体への救いだったのかも知れない。
身勝手で無慈悲な救いだが、コウは怒りを覚えながら考える。
「そんな下らない救いでも……こんな呆気ない幕切れよりは遥かにマシだ」
意思もなく、知恵もなく、ただ一方的にやられるだけのデクを相手にするよりは……。
『3』
そんなコウの気持ちを、収束して実体化した直後にカウントダウンを告げる補助頭脳の声が遮る。
アナザーとマザーを挟んだ向かい側にあるアイリの反応を見て、コウは息を合わせた。
「「《無の雷陣》!!」」
マザーとアナザーの巨体を包む巨大な領域が瞬時に形成され、単分子の刃で寸断されたマザーとアナザーをさらに崩壊させていく。
『2』
「《断罪》!」
アイリの宣言と同時に、アイリの右腕の刃が巨大化し、同様の形にコウの鎚砲が変化する。
お互いに切っ先が届くほどの巨大な白と黒の刃を、アイリとコウは十字に合わせるように薙ぎ払った。
それぞれに四分割されたマザーとアナザーの中心部から、コアに似た器官が露出するのを見て、コウは鎚砲を投げ捨てて拳を握った。
アイリも、遥か視界の先で元のサイズに戻った刃をしゃらん、と擦り合わせる。
『1』
二人は、一直線にアナザーとマザーのコアへ突撃し。
「ーーー《黒の拳打》」
「《双顎振動》……!」
無防備なそれを、最後の一撃で打ち砕き、斬り裂いた。
『0ーーー共鳴解除』
眩い光が炸裂し、コウとアイリの視界が真っ白に染まった。
※※※
「……やったか!?」
爆発光を見てミチナリが襲来体を薙ぎ払いながら光の方向を振り仰ぐ。
『マザーとアナザーの反応は消えたわ!』
『襲来体が崩壊していく……ざまぁ』
ルナとリリスがそれぞれに答えるのを見て、ミチナリは周囲を見回した。
果てなく襲い掛かってきていた襲来体が、動きを止めて砂へと還っていく。
ミチナリは一度目を閉じて、心の中でかつての主であり弟子でもあった少年に告げた。
ーーー三度目の正直だ。今度こそ始末したぞ、マサト。
ミチナリはすぐに目を開けて、光が収まった所に無傷で存在する二人の零号を確認すると、ケイタとミカミに呼び掛けた。
「すぐに【黒の装殻】を追うぞ! どの位離れた!」
『火星の反対側ですねぇ〜。衛星軌道を逆進すれば20分くらいかと〜』
『重力利用は無意味だな。限界機動で直進した方が速い」
二人の答えに、ミチナリは頷いた。
コウが、通信に割り込んでくる。
『俺とアイリがタンクになる。陣形を組んで、エネルギー補充を』
「よし……行くぞ」
集まったミチナリ達は、素早くエネルギー供給を終えて火星の衛星軌道乗った。
レーダー上の、未だ健在な襲来体の群れの中を突き進む【黒殻】の反応は、もうすぐ《星喰使》の本体に到達しようとしていた。




